第四十四話(第61話) 証拠と罠
ついに証拠を掴んだカエソたち!
でも「証拠がある=勝ち」じゃないのがローマの怖いところです。
今回は一枚の羊皮紙を巡って、策と罠の応酬が始まる回になりました。
羊皮紙に刻まれた署名は、確かにコルネリウス家当主プブリウスのものだった。
だが、それを持ち帰ったカエソたちはすぐに気付いた。
「……こんな証拠、一枚で十分か?」
クラウディアが首を振る。
「むしろ危険だわ。これを持っていると知られた瞬間、私たちこそ消される」
ヴァレリアが無言で剣を握り直す。
「証拠は剣より重い刃になる。だが、それを振るう時を誤れば自分が斬られる」
——
翌朝。
カエソは老議員ルキウス・カッシウスに羊皮紙を見せた。
老議員は目を細め、深く息を吐いた。
「……確かに、これは奴の署名だ。しかし、元老院の場で突きつければ逆に揉み消されるだろう。
奴は証人も買収し、偽りの証言を並べ立てる。結果、お前が偽造の罪で裁かれる可能性すらある」
「ならば、どうする?」
カエソが問うと、カッシウスはゆっくりと答えた。
「罠を張れ。奴が自ら墓穴を掘るよう仕向けるのだ」
——
その日の夕刻。
コルネリウス家の屋敷では、すでに噂が広がっていた。
「カエソが我らの署名を持っているらしい」
「馬鹿な、あれは廃棄させたはずだ」
プブリウスは唇を吊り上げた。
「ふん、ならば良い。奴がそれを持ち出して元老院で騒げば、偽造罪で潰せる。
奴を狼ではなく、犬として吊るし上げてやる」
——
その夜、カエソの陣営に密使が現れた。
「プブリウス閣下がお会いになりたいとのこと。今夜、フォルムの北門で……」
クラウディアが低く囁いた。
「……これは、罠ね」
ヴァレリアは剣に手をかける。
「ならば狼も牙を隠す必要はない」
カエソは静かに笑った。
「罠には罠を返す。奴らの影を、この牙で引きずり出す」
狼と策士の戦いは、いよいよ直接の対峙へと向かおうとしていた。
——
【解説】
ローマ政治では「証拠」は非常に扱いが難しいものでした。
裁判や元老院での弾劾は、真実よりも「どれだけ支持者を買収したか」で決まることが多かったのです。
実際、カエサルやクラッスス、キケロらも裁判や議会での策略合戦に巻き込まれています。
そのため、証拠を突きつけるのではなく「敵を自らの言葉や行動で失脚させる」ことがよく行われました。
剣を振るう戦いも熱いですが、政治の中での「証拠と罠」の応酬はまた違った緊張感がありますね。
ローマ史を調べると、本当にこういう駆け引きで命が決まるケースが多くて驚きます。
次回はいよいよコルネリウスとの直接対決!
戦場とは違う「言葉と策の戦い」を描きますので、お楽しみに。