ロゼルバイド公爵家にて
「さて、アーリャ」
「はい、お父さま」
「あの馬鹿は、相変わらずかな?」
「えぇ、それはもう馬鹿が服を着て歩いているというレベルで」
にこにこと微笑み合っている親子。
二人の背後には気のせいかもしれないが、とてつもなく恐ろしい形相の魔物にも似た何かが見えるような気がする。
何なら、ゴゴゴ、という擬音が聞こえてきそうな雰囲気すらあり、慣れている執事長ですら冷や汗を流している。
「しかし……ええと、アーリャのお友達?で良いのかな。エリス嬢におかしなことを言いながら付きまといをする男。うん、言っているわたしが気持ち悪いと思ってしまうねぇ。ダメだダメだ。うちの可愛いアーリャを嫁に?ダメだ」
「お分かりいただけて嬉しゅうございますわ、お父様」
おほほ、と笑うアーリャは、ここぞとばかりに言葉を続けた。
「わたくしの大事なお友達の夢も何もかも、色んなことをすっ飛ばして無視までして自分のものにしようと企んでいる大馬鹿者の妃になど、わたくしなりたくございません」
「それはそうだなぁ、うんうん」
「陛下は、きっと息子さん馬鹿でいらっしゃるから、こちらの都合もエリスの都合もまるっと無視なんですわ……嘆かわしいこと」
はぁ、と溜め息を吐いたアーリャは、父に向けてにっこりと微笑んだ。それはそれはもう綺麗に。
「だからね、お父様。わたくし、あーーーーーーんなクソバカ王子……ごほん、愚か者のお尻を拭ってあげることなんてしたくないのですが」
「はっはっは、わたしの可愛いアーリャは口が悪い。国王に今までのことをあれこれ突きつけてやって、慰謝料がっぽりむしり取りつつ、あのバカ王子の後見もまるっとやめてしまおうか。あ、婚約破棄は当然ね。もちろん可愛いアーリャに傷がつかないようにお父様頑張っちゃうぞ~」
にこやかな笑みを浮かべているものの、アーリャ父は容赦がない。
何もかも一切合切容赦なく、王子を切り捨てるべく動き始めてしまった。
ちなみにアーリャの母は病気療養中だったが、手紙を送ったところ速達で返事がやってきた。中身には『思う存分おやりなさい。お母様もそっちに戻り次第色々お手伝いするから』という、なんとも心強いものだった。
「うふふ、さすがお母様」
にま、とあくどい笑みを浮かべたアーリャは、エリスに対しての誕生日パーティーの招待状を作成していた。
いつの間にか自分の心の中に入り込んできて、抱えているものを軽くしてくれた。
というか、アーリャが色んな意味でエリスを主人公にしたゲームの一部に巻き込まれているのだが、エリスがそれを考慮しているのかどうかは分からない。無意識の行動だったのかもしれないが、実際アーリャはとても救われている。
(えーと、……)
手紙を書こうとして、アーリャの手がピタリと止まった。
「………………」
そして、たらりと冷や汗を流す。
(お友達がいなかったから……お友達宛に何て書いたらいいのか分からない……!手紙って……公式的なもの以外ほとんど書いたことないのよ!!どうしましょう!!)
オロオロしているところに、部屋の扉を誰かがノックし、無意識ながらにもアーリャは『はいどうぞ!』と返事をしたから、その人物は部屋に入ってきた。
「アーリャお嬢様、失礼いたしますね。……って、何ですかこれ」
部屋に入ったアーリャ専属メイドが見たのは、珍しく机に向かい合ってうんうんと唸っている主の姿。
アーリャは常に成績トップなので、基本家であまり復習はしない。やるなら学校で、尚且つ、授業の間に全てやってしまう。
やっているのは『どうせ婚約解消を向こうから申し出てくれるだろう』という推測から、領地経営の勉強だったり学校からの課題ばかり。
何なら、学校の課題も早々に終わらせているので、机に向かう理由として一番なのは将来に向けての学び、というところだが、今はそうではない。
「……アーリャお嬢様、どうなさいました?」
「…………」
「お嬢様、お黙りになったままだと分かりませんよ?」
優しく問いかけてくる専属メイドを、ぎぎぎ、と音が出そうな程ゆっくり振り返り、アーリャは深刻そうな声音で言葉を紡ぐ。
「……お、お友達、への手紙って……どう書いたら良い、のかしら」
「え」
「あぁいやでも、エリスがわたくしのことをお友達って思ってくれているのかどうかも分からない……!」
ここにエリスが居たら、間違いなく号泣しながら『お友達って思ってくれてたんですかアーリャ様!!好き!!お友達です!!私たち友達!!』と絶叫したことだろうが、生憎不在。居たら居たでやかまし過ぎてアーリャに間違いなく怒られる。
それはさておき。
専属メイドは『まさかあのアーリャ様がこんなことを考えるようになるなんて』と勝手に保護者目線になってしまった。
「……くっ……今まで家のための人付き合いしかしてこなかったわたくしが憎い……!」
(公爵家令嬢たるもの、というか、上位貴族であればあるほど、そうなるのは当たり前ですよ……お嬢様……)
専属メイドは、心の中でそう思っていた……のだが、アーリャがジト目で彼女のことをめちゃくちゃ睨んでいる。
「お嬢様?」
「全部声に出ていたわよお馬鹿」
「失礼いたしました、お嬢様を思うがあまり、つい」
淡々と返してくる専属メイドに、アーリャは溜め息を吐きつつもどうにか手紙を書いていく。
「……難しいのね、ほんとに」
はぁ、と呟いたアーリャは、どうにか手紙を書き終える。
封筒に入れ、家紋の入った封蝋で封をしてからエリス宛に届けるように伝え、ついでに専属メイドにエリスの誕生日パーティーをロゼルバイド公爵家で行いたいことや、エリスの好むパーティーにしたいこと、更についでに王子と婚約破棄をする場でもあるから粗相のないようにね、としれっと告げてから図書室に向かった。
「かしこまりました…………って、お嬢様!?」
内容をメモに書いてから読み返しつつ返事をしかけ、ぎょっとしたアーリャの専属メイドだったが、顔を上げた先に既にアーリャはいなかった。
どうしたら良いのか悩み、メイド長に知らせるべく走って使用人室に行ったところ、メイド長もぎょっとしてしまい、ロゼルバイド公爵家がちょっとした騒ぎになっているのを気にしていないアーリャと彼女の父である現当主は、いつものように過ごしていたのだった。
なお、エリスの元に届いた手紙を見て、エリスの兄がひっくり返ったり、エリスがくるくると小躍りをしたりして、翌日登校した際に感激のあまりにアーリャに抱きついたりしたのだが、それはまたある意味別の話である。
「くそっ……おのれ悪女め……」
そんな二人のじゃれ合いは既に学園で日常茶飯事になりつつあったせいで、他の生徒からは微笑ましく見られていた一方で、グラハムが悔しそうにしていたもののエリスには1ミリも気にされることは無かったのである。




