お前は遠慮なく叩き潰す
グラハム・アルベニス。
アーリャの婚約者で、この国の王子。こいつに関してはこれくらいで別に問題ないか、とエリスは思っている。
だって、いきなりアーリャのことを悪魔だのなんだの呼んでおいて、ゲームの補正力だなんだか知らないがエリスの前では大変よろしい顔をしているだなんて、何様なんだ。
王子様だ、と言われればそれまでなのだが、それはあくまでエリスがこの物語通りに『ヒロイン』として動いた場合のみである。
「フン、堂々と登校か。魔女のくせによくもまぁ……」
鼻息荒くアーリャを糾弾しているつもりらしい、このグラハムという男は、かっこいいだろう、と言わんばかりにちらちらとエリスの方を見ている。
それでいい男アピールをしているつもりなのであれば、片腹痛い。
エリスがちらり、とアーリャに視線をやれば、アーリャはとてつもなく怒っていた。
当たり前だ、朝っぱらから魔女だの悪だの言われて気分のいい人など、誰もいるわけがない。
「……魔女、でございますか」
「ああそうだ、汚らわしい! そんな女を娶ってやるだなんて、我が王家はどれだけお人よしなのだろうか!!」
自分に酔いしれているな、とエリスからすれば嫌悪感しかないが、グラハムはどこまでも設定上の王子様というキャラクターを存分に生かして行動するようだ。
彼の肩にいるナビ精霊は、いいぞやっちゃえー!と呑気に煽っているが、果たしてそんなことをしてタダで済ませられるとでも思っているのか、とエリスは隣のアーリャの迫力に震えてしまった。
「……」
「ぐうの音も出ないようだな!まぁ良い、そんな魔女なんかよりも……さぁ、俺のところへおいで、エリス!」
「は」
「……ご愁傷様ね、エリス」
「嫌ですって、あんなきっしょい男のところに行くだなんて」
一刀両断、と言えるこの一言に、さすがのグラハムも彼のナビ精霊も硬直している。
「…………へ?」
『あ、あれぇ?』
こうしておけば、エリスはきっとグラハムにメロメロ!そしてグラハムとの恋愛ENDに到達できる!と何故だか信じているような気配すらある目の前の一人と一匹(?)。
駄目だこいつら、救いようがない、とエリスは溜息を吐く。
そもそも、エリスはこうやって巻き込まれているアーリャのことも、ついでにリーアのことも助けたい、というか解放してあげたいだけ。
恋愛ENDだなんて迎える気は、これっぽっちもないのだから。
「何で私が殿下のところに行くとか思っているんだか……色々大丈夫ですか?」
「え?あれ?」
『負けちゃいけません、グラハム様!あの魔女の毒気にエリス嬢は……』
「おいてめぇ、アーリャ様のことを魔女って言ったか」
『ひぃ!』
何だその迫力、とナビ精霊は震えあがる。
というか、ヒロインらしくない言動に、真っ青になってリーアを見たが、リーアはこれがいつものことなので一切動じていなかった。
『リーア、お前!』
『え、だってこれがうちのエリス様なので。ヒロインの性格なんて、そもそもこっちが指定できるとかありえないでしょ、やると精神操作って判定受けて一発アウトだし』
「あ、そんなのあるの」
「わたくしも初耳ですわ」
あらまぁ、とのほほんとしている女子二人と、真っ青な顔のグラハムのナビ精霊。それから別にこっちはどうしようもできないですし、と達観しているリーア。
三者三様なそれぞれは、どうしたものかと悩んでいたものの、そもそもクラスが同じなのでここでいつまでもにらみ合いを続ける訳にもいかないのだ。
『ありますよ、そもそもエリス様をはじめとした方々の精神操作やらかしちゃうと、ボクら消滅します』
「まぁ、そうなの。良かったわ、お前がエリスに対してそんなことをしていなくて」
『してたら』
「……」
にこ、と擬音が付きそうなほどの、大層迫力のある笑顔でアーリャに微笑まれたリーアからは何だかおかしな声が漏れてしまっていたが、そんなことアーリャは気にしない。
たとえが悪いんだからな、と言わんばかりにすっと笑顔を消してギロリとリーアを睨んでからエリスの腕を軽く引いた。
「エリス、教室に参りますわよ。こんな人に構っていては遅刻してしまうわ」
「あ、はい。行きましょうアーリャ様」
「お、おい!!待てお前ら!!」
グラハムが二人を止めようとするも、間に合わない。それどころかアーリャがグラハムを見据え、ゆっくりと口を開いた。
「此度の殿下の暴言に関しまして、我が父を通じて陛下に報告させていただきますわ」
「は!?」
「魔女などと呼んでくる婚約者なぞ、不要ですもの」
おい待て、とか何だか後ろから声が聞こえてくるが、アーリャもエリスも一切気にしていない様子でさっさと歩いていく。
実際、いくら王家の人間とはいえ暴言を吐くにしても限度があるだろう。
あんな風に魔女だのなんだの言ってくる輩、早々にルート破壊してやらねば、とエリスが考えていると、隣からとんでもない殺気が飛んでくる。エリスに対して、ではなく勿論ながらグラハムに対しての殺気。
「アーリャ様、どうなさいましたか」
「トドメは貴女に任せますけれど……エリス、ちょっとわたくしこの機会に婚約破棄しようと思いますので、ご協力願ってもよろしいかしら?」
次は迫力のある笑顔ではなく、とても可愛らしいにっこりとした笑顔。
だがしかしそこはかとなく怖い。
何というか、これまでの鬱憤晴らしてやるからな、と宣言しているかのような笑顔だったが、アーリャに懐いているエリスが拒否などするわけもなかった。
「はい喜んで!」
「良かったわ、ありがとうエリス」
グラハムは、きっとこんな笑顔なんか見たことがないんだろうな、とエリスは思う。
というか、元々からあんな性格だったのだろうか、というところも一瞬過るが、あの男とは何があっても今後よろしくなんかしたくない。
「あの、アーリャ様」
「何?」
「あの王子様って、昔から……」
「前に軽く話したでしょう?あの人、昔からああよ。エリスが絡んでいなくても絡んでいても、あのままで、どうにも変わらないんだから……そうねぇ……どうしてくれようかしら」
アーリャの家は由緒正しき公爵家。
辿っていけば王家の血筋でもあることは当たり前として、他国の王配だっているし、そのおかげで他国との取引ルートも大量に持っている。
アーリャ自身、そのルートを使って、交易なども担っているのだがグラハムはこれをいいことにアーリャの手柄を自分の手柄にしていることが最近多々ある。これを親ばか全開な国王は『我が息子、とっても優秀!』と豪語しているのだから、どうしようもないとしか言えない。
「あの、アーリャ様」
「なぁに」
「遠慮なんかしないでくださいね?」
「……?」
はて、とアーリャは首を傾げた。
遠慮なんかしてやるつもりなんて、さらさらない。だがしかし、エリスがこう言っているのだから、更に輪をかけて遠慮なんかしなくても良いということなのだろうか。とはいえ、どうしたものか……と考えていたところで、アーリャが『そうだわ』と口を開いた。
「エリス、貴女のお誕生日はいつかしら」
「へ?」
「お答えなさいまし」
「えーっと、来月です」
「そう、なら……当家でお誕生日会でも開きましょうか」
少しだけ大きな声で、アーリャは言う。
先ほどのエリスの誕生日に関しての話題を、後ろを歩いてきているであろうグラハムに聞こえるようにしてやれば、案の定食いついたようで少しだけ足音が大きく聞こえる。ああ、どちらにせよあの男はこちらのやることなすこと、どうにかして文句を付けまくるような、器の小さい……もとい、器などあるのかないのか分からないほどの、クソ野郎だったんだ、と思い直した。
「良いんですか!?」
「ええ、勿論。だから、貴女の好きなものを聞かせてちょうだいね」
「はーい」
嬉しそうに笑うエリスにつられるようにして、アーリャも微笑む。
二人の背後をついて歩くグラハムは、ニタリと笑った。このまま自分がエリスの誕生日会に突撃訪問し、エリスが喜びそうな贈り物をして、そして自分も王宮でエリスのための盛大な誕生日会を開いてやれば、きっと彼女は泣いて喜び、アーリャなんかには目もくれなくなるだろう、……と考えた。
「(さてと、うまいことつり上げられたようですし……殿下には言いたいことが山積みでもあるから、遠慮なんかいたしませんわ)」
エリスを利用する形にはなってしまうものの、結果的には彼女の攻略相手を蹴落とせる。双方にとって良いことづくめだ、とアーリャは心の内で微笑んでから、エリスと並んで校舎へと入っていったのだった。




