その後のお話
アイザックとのフラグをこれでもか、と破壊したエリスはとても良い笑顔で登校してきた。
それはそれは機嫌が良かったこともあってか、周りに誰もいなければスキップしていたに違いないほどに、軽やかな足取り(ただし馬車を降りてから)で。
「ふんふーん」
『エリス様、ご機嫌ですね』
「ルートいっこめ、破壊完了~♪」
『……』
何だかごめんなさい、と心の中で謝ってるナビ精霊のリーアだったが、これをエリスに聞かれた場合『なら最初からヒロインに指名するんじゃないわよボケ』という苛烈なツッコミを食らってしまうことだろう。
予想はしやすいが、だからと言って自分から地獄に飛びこむだなんて真似、したくない。
「さぁて、後は……」
『残り四人ですね』
「……何か嫌になってきた」
『でもエリス様』
「何よ」
『そのうちの一人、って……確かアーリャ様の……』
あ、と珍しくリーアとエリス、二人の声がハモった。
それと同時、エリスの肩に手がぽん、と置かれたことでエリスの体はびくん、と大きく跳ねてしまった。
「おはようエリス……って何ですの、お化けでも見たような顔をして……失礼な」
「お、おおおおおおおおおお、おはようございます、びっくりしました今日もお綺麗ですねアーリャ様!」
「……」
めちゃくちゃ顔を顰めているアーリャも、とてつもなく美人。
何なら怒っているからこそ引き立つ美しさもある、ということなのだろうか。何にせよ、こんな美心を朝から拝めるだなんて……とエリスはアーリャを拝んでいる。
「貴女ね、人を何だと思っておりますの」
「あいた」
拝んでいたエリスの頭に遠慮なくチョップを落とすアーリャと、見事に頭に直撃して『うおお……』とヒロインらしからぬ声を出しているエリス。
なお、周囲の皆さまはこれが段々日常になってきているためか、特に騒ぐことなく受け入れているものだから、これも一種のゲーム補正というものなのだろうか。
「えへへ、朝からアーリャ様のお顔を見れて嬉しいな、って思いまして」
「……そう」
直接的に褒められるだなんて、いつぶりだろうか、とアーリャはほんの少しだけ驚いた。と、同時に微笑んでエリスの頬にするりと指を滑らせた。
「……へ」
「貴女だから、こんなお馬鹿なことを許してあげる、っていうのは忘れちゃ駄目よ?」
「(あああああああ眼福ですアーリャ様!)」
元々、アーリャはとてつもなくお顔が整っている。
つり目だが、瞳はとてもきれいなルビー色。髪の毛は彼女の魔力の火属性を象徴するかの如く、少しだけくすんだような緋色ではあるものの、魔力が高まるととても鮮やかな髪色になる。
これのおかげで、アーリャには『緋色公女』という二つ名のようなものまであるのだが、それはまた別。
「……アーリャ様って……あんなお顔をなさるのね」
「……穏やかだわ……」
「おい誰だよ、アーリャ様のこと悪とかいった奴」
こそこそと話している生徒には、アーリャは容赦がない。
まるでエリスとの時間を邪魔するな、と言わんばかりにギロリとひと睨みしてから、二人は仲良く教室の方向へと歩いていった。
「…………」
なるほど、つまりエリス嬢はあのアーリャ・ロゼルバイドのお気に入りになったのか、とその場にいた生徒は理解する。
だが同時に、何人もの生徒が実はエリスに感謝していただなんて、知らない。
いくら悪役といえど、それはあくまで『役割』でしかないのだ。
そしてアーリャはこの国の公爵家令嬢。
この国には、公爵家は二家しかない。そのうちの一つがロゼルバイド家であり、アーリャは王子妃として王家へと嫁ぐ準備をしていたにもかかわらず、何とも不名誉な『悪役令嬢』としての役割を与えられてしまった。
まぁ、これに関しては完全に不運な事故、というやつではあるが、何をどうしてそういう判断になったのかはアーリャの考え次第だ、としか言えないが、彼女は己自身で『悪役令嬢』という役割を放棄したのである。
「ところでエリス。貴女、何か気付いたことはなくて?」
「?」
「あの大馬鹿男のことよ」
「どっちですか?」
どっち?とアーリャは首を傾げる。
エリスは何でもないかのように、しれっと小声でアーリャに続けて問いかけたのだ。
「ですから、王子殿下と、この前乗り込んできてルート壊滅させた人です」
名前覚えてないんか、とアーリャは思わず突っ込みかけたが、そもそもエリスの中であの王子殿下が『大馬鹿男』に分類されていたとは、と笑みが零れる。
「ルート壊滅させた方」
「ああ、あの人!」
歩きながら思い出したエリスは、何かあったっけ、と言わんばかりに首を傾げている。ああ、これは本格的に興味がないんだな、と察したアーリャは少しだけ苦笑いを浮かべ言葉を続けた。
「ふふ。そう、あいつ。このわたくしのことをぼろくそ言ってくれてありがとう、って要約して書いたお手紙をね」
「はい」
「送り付けたの」
「はい……って、はい!?」
エリスが慌ててアーリャを見れば、何ともまぁ良い笑顔を浮かべているではないか。
あ、これきっと相手は……というか相手の親が死にかけたんだろうな、とエリスは察する。
「……大丈夫よ、親御さんには何の責任もない、ときちんと書いておいたから。そう、責任があるのは……あの男。エリスにも、このわたくしにもあれだけ無礼な口をきいたのだから……」
ひゅ、とアーリャの纏う温度が下がったような気がして、エリスもリーアも、揃って震える。
「喋れないように舌引っこ抜いてやろうかとも思ったのだけれど、きちんと謝罪をさせることにしたの。ああついでに、そろそろ『元』婚約者になるであろう殿下の権力も煽ったうえでフル活用させていただいたわ。うふふ、楽しかった」
一体何を、と聞きたかったが聞いて平常心を保っていられるのか分からなかったエリスは、視線だけでどうにかアーリャに察してほしい、と言わんばかりにじぃっと見ていると、とても蠱惑的な笑みでアーリャが答えてくれた。
「反省して、今後わたくしの人生に関わらないようにしていただけるように、働きに行っていただいたの。この学園で常に成績トップの彼には……さぞやお辛いでしょうけどねぇ……」
どこに、は聞いてはいけない気がしたので、エリスは視線をぎぎぎ、と前に移動させておいた。
あーあ、あの男子お馬鹿さんだなぁ、と思いながらもルート潰しはやはり有効なのだと確信する。ならば、この調子で攻略対象とやらのルートは全て潰してしまえば良い。
エリスがそう思っていると、いつの間にか教室に到着した。
さて今日も授業頑張ろう、とクラスの扉を開いたら視界に入ってくる仁王立ちのアーリャの婚約者。
この国の王子であるグラハム・アルベニスが、朝から早々にアーリャをぎっと睨みつけた挙句、遠慮なくアーリャのことを指さしたのだ。
「ようやく来たか、この魔女!」
「…………は?」
こいつ言うに事欠いてアーリャに暴言放ちやがった、とまるで瞬間湯沸かし器のごとく頭に血が上ったエリスは決めた。
――次に潰すのは、コイツだ。




