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モンテレイアの街にて  作者: 雅夢
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出逢いと離別 後編Ⅰ

先ず後編の前半のお届けです。

出逢いと離別 後編Ⅰ


 帝歴1541年のバルト公アクサムによる反乱の勃発以来アルカディス王国、いやアクサム地方は80年に渡り内乱が続いていた。

 ただ内戦初期を除き、その多くの期間は両勢力の戦力が拮抗した事で、その支配地域は境界線を境に大きく変わる事も無く、王権支配地域と叛徒勢力(帝権と叛徒は自称している)支配地域に住み分ける形でその支配地は固定されることとなっていた。

 しかしながら、その境界線地域は例外であり、侵入した勢力を他方の勢力が迎え撃つ形で80年に渡り武力衝突が繰り返されてきた。

 その結果として、境界線の両側には王国領土を東西に二分する境界線帯と呼ばれる数キロの幅の荒廃した地帯を生み出した事と成った。

 そうは言っても両勢力が80年間、弛まず武力衝突を行って来たかと言うとそれは違う。

 大雑把な見方だが、80年の大半、その約8割の時間は例え境界線帯であっても戦闘が起こらない時間が流れていた。

 これは、武力衝突を行うにはそれなりの準備期間と事後処理を行う時間が必要な事を意味していた。

 更に、ここ10年程は国王エドワルド陛下とカトン帝(自称)は共に、双方の衝突が共倒れを企図する周辺紛争干渉国の思惑に乗りいたずらに国力を消耗する結果を招くと認識し、その結果として大規模戦闘を避け戦力の温存に努めていた。

 それでも、前述の干渉勢力に唆される者、功名を求める跳ねっ返りは双方の勢力に存在しており、そう言った者の不満を逸らす名目で小規模の侵攻は黙認、或いは無断で行われそれに伴う武力衝突は少なからず起こっていたのである。


 帝歴1619年9月、叛徒勢力の一群が境界線を越えて王国支配地域へ侵入した一件もそういった事例であった。

 彼らが侵攻の舞台として選んだのは、境界線地帯の東部に位置するサントメル湖沼地方であった。

 同地は、東西に延びる境界線地帯を南北に街道が貫く交通の要所であったことから、大規模な軍を移動させるのに容易あると言う地政学的条件を持っていた。

 侵攻そのものは、前述の様に功名を上げたい叛徒貴族が私兵を動員して王国支配地へ侵入する典型的なガス抜き型侵攻であった。

 従って叛徒勢力軍の総数約1000と見られた兵力の大半は傭兵であった。

 対する王国側は、同地方の中心都市サントメルに駐留していた守備隊の指揮官であるノルト・コーエン准将がいち早く守備隊を敵の侵攻路上に展開させた。

 老境の一歩手前であるコーエン准将は一兵卒からのたたき上げで現在の地位を戦功により手にした経験豊富な指揮官であった。

 彼は前記の地政学的条件を理解し、寡兵でもって数の多い敵軍を足止めさせる術に秀でていた。

 実は、大軍が移動しやすい条件は境界線帯を抜ける迄であった。

 街道が境界線帯を抜ける辺りから周囲の様相は一変する。

 これまで荒地や草原等の大兵力の移動させやすい平坦な土地から、多数の湖や池や沼が点在しそれを結ぶ無数の小川が流れる名称通りの湖沼地帯と変貌するからである。

 従って、同地は大軍を用いての戦闘には向かず、小規模な戦闘群が連携して戦うのに都合がいい土地であった。

 同地の守備を任されたコーエン准将は、上記の条件により侵攻路が街道上に限定される事から指揮下の守備隊には単純な戦闘よりも、街道周辺に監視哨を置くことで常態的に敵勢力の動向把握を逸早く行えるよう日頃より備えさせてきていたのである。

 守備隊の兵力数は総数で500程度であったが、多くが同地方の出身者である為に強い団結心持ち複雑な湖沼地方の地理を知り尽くしていた。

 彼らは、自身の損害を損得勘定で気にする傭兵部隊を消耗させる為に機動力を生かし神出鬼没な軍事行動を行い、敵勢力を放浪し侵攻の足を止める事に成功していた。



 サントメルの王国軍守備隊は 地の利を生かした遅滞作戦により敵の侵攻の出鼻を挫くことは出来た、しかし、敵の兵力が倍以上であったことからその阻止線は何れ綻びを生むであろうことは容易に想像できた。

 しかしながらコーエン准将は自身の部隊の能力も遅延作戦の限界は充分認識していたので、敵軍に対する足止めに徹する一方で敵に撤退の兆候が無い事を確認した時点で国軍司令部に対して中央軍による来援要請を行っていた。

 この要請に対して、国軍司令部と参謀本部も既に集結させていた部隊に対して早急にサントメルへ向かい侵攻した叛徒を叩き出すように命じた。

 中央軍の、東部方面軍から1個中隊300名の諸科の兵が抽出され派遣されたが、 これに加えて、工兵隊と輜重隊に加え医術班で編成する部隊計100名も本隊の支援を任務として派遣が為された。

 そして、その支援任務部隊の医療班の要員の中に我が娘アルメリアがいた。

 リアは未だ医術魔法士の教育課程を履修中であったが、これまでにも何度か戦地近くの医療拠点へ派遣されていたが、勿論これはリア個人に限った話では無い。

 名目としては現場でより実践的な医療魔法の技術研修を行うための派遣とされていたが、実際には不足する医術魔法士の穴埋めとして比較的脅威度の低い戦場へ生徒を送り出すことが茶飯事とされてきた事情があったのだ。

 故に、今回も正規の医術魔法士に混じり魔法学院の医術魔法専科の生徒達が多数派遣されていた。


「くれぐれも無理をしない様にな。」

 俺は強張った表情のまま、気の利いた言葉も言えず野戦旅装に身を包んだリアへそう声を掛けた。

「はい、でもお父様も何か有れば戦場へ出られるのでしょ?

 私はそちらの方が心配だと思いますが。」

 この2年程の間に随分と大人びた表情を見せる様になったアルメリアは、嘗ての妻と同様に自分よりも相手を気遣う表情でそう言った。

 その日の早朝、魔法学院の中庭に集められた医術魔法士の卵は20名、全員が女生徒であった。

 庭のでは、俺たち以外にも見送りに来た家族たちが心配そうな表情で娘らと別れを惜しんでいた。

「クリム兄様、貴方もですよ。

 お父様の手綱をしっかり握っていて下さいね。」

 俺に並んで立つ金髪碧眼の端正な容貌の青年、魔法士団の副士団長付き副官クリムト・ロスにリアはそう語り掛けた。

「勿論です、いや・・、

 勿論だ、師匠せんせいのことは任せてくれ。」

 師匠の暴走には慣れているからと、クリムトは失礼な言葉を言い添えるとリアを胸に抱いて抱擁しそして物足りない表情でその身を離した。

 そして、彼の頬へ別れの接吻をするとリアは俺に一礼して集合を始めていた学友たちの元へ小走りで走って行った。

「リアのペンダントはクリムトのか?」

 俺は、振り返った瞬間に胸元から顔を見せた見慣れないペンダントに気付いた。

「ええ、婚約の記念品で一応魔法具です。」

「ほお?」

 一月前に、リアとクリムトは婚約していた。

 それは未だ仮の口頭上の約定ではあったが、婚約は両家の意向であり何よりも本人たちの希望でもあった。

 尤も、結婚に関しては未定と言えた。

 クリムトは兎も角リアは昨年15歳を迎え成人になっていたとは言え未だ学生の身だ、卒業は4年後の20歳である、それを機会に婚約を正式なものとし、その2年後に婚姻と言う道筋が整えられていた。

 当然、クリムトは結婚と同時にロス伯爵家の爵位相続権を放棄する予定だが、その後、リアとクリムトの何方がヴァンクリフ侯爵と成るかについては未だに定まっていないがまだそれは良いだろう。 

 現状では、何よりも次期の侯爵と伯爵の地位に絡む面倒で執拗な他家からの働き掛けから二人の生活を護る事が出来ればそれで良しなのだから。


 集められた生徒たちは、教官と思われる年配の教師から簡単な訓示と指示を受けた後、班ごとに分かれて乗車する馬車に向かった。

「魔法具か・・。」

「簡単な発火魔法の術式を組み込んだ護身用です。

 不心得な者が居ないとは限りませんので。」

 クリムトは馬車に乗り込む婚約者の姿に視線を釘付けにしながら不安げにそう言った。

「そうか・・・。

 しかし、リアの奴、使えるかな?」

「えっ?」

「いやな、以前、火竜弾の術式を書き損ねて魔力暴走を起こしそうになった事が有るのだ。」

 俺は、5年程前の逸話をクリムトに語った。

 それは、魔法に興味を持ったリアが俺の目を盗んで本来は女性には習得禁止の火球弾の術式を模倣し術を行使した際の顛末であった。

 試みは、リアの執念が実り見事に術式は起動した、しかし、術式内の制御式の記述に誤りがあった為、術式は起動したが魔法の展開途中に制御不能に成り周囲の魔素や魔力を引き寄せて魔力の暴走を起こし始めた、屋敷に居た俺は周囲の魔力の異常な流れに気付きリアの元へ駆けつけ、その出来損ないの術式陣を消し飛ばして事なきを得た。

 その日、俺が屋敷に居たのは僥倖であった、しかし、一歩間違えば屋敷もろとも吹き飛ぶ大惨事を生むところであった。

 禁を破ったリアは当然俺に厳しく叱られたが、そのショックも大きかった事からその後は魔法に手を出すことは無かった。

「それは初耳でしたが・・。

 リア、使えますかね?」

「まあ、お守りにはなるだろうさ。」

 俺は、走り出す馬車に手を振りその姿が見えなくなるまで見送ると、クリムトと連れ立って自分達の持ち場である魔法士団本部へ向かった。


 その後、叛徒勢力の他地域への侵攻も無く、我々魔法士団も国軍の中央軍も出番が無いまま一月が経過することとなった。

 そして、サントメルに於いても2週間ほど前に中央軍の援軍が到着し王国側の反攻が始まっていたことから、魔法士団本部や国軍司令部に於いても『近日中には戦闘は終わるだろう』と言う言葉が俎上に載せられるように成っていた。

 その日、俺は魔法士団の本部の自分の執務室で事務作業に当たっていた、前述の通り戦闘にはそれなりに手間のかかる事務作業が伴い、それには実質的に魔法士団の長である俺の決裁が必要とされる書類も少なくないからである。

 自慢では無いが事務仕事は正直得意ではない、ただ地位に伴う責任から逃げられないと言う責務から淡々と片付けているだけであった。

 俺の本心を言えば「一魔法士に戻りたい!」であった。

 それでも、太陽が天頂近くに達する頃には、それまで溜まっていた決裁文書は大方が片付いていた。

 俺は、最後の書類を手に取り内容を確認して居たが、そこでふと人の気配に気づき机上の書類から顔を上げて気配のする方へ視線を走らせた。

 そこには確かに人が佇んでいた。

 栗色の髪とアンバーの瞳、医術魔法士の制服である薄い緑色のローブを纏った少女だ。

「リア?

 何故ここへ?」

 俺は、突然現れた娘の姿に思わず立ち上がってそう声を掛けた。

 娘のリア、アルメリアは東部のサントメルの戦場近くで医術魔法士の技術研修中であり、王都近郊の魔法士団本部に姿がある筈が無かった。

 その事実が俺を混乱させた。

『ごめんね、おとうさん。』

 俺の声に、悲し気で泣き出しそうな表情をしていたリアは、無理して笑顔を作ってそう一言呟くように言うと、身を翻しドアへ向かった。

「リア!

 行くな!!」

 俺は、娘の名を呼びながら歩み寄ろうとしたが、少女は俺が差し伸ばした手のそのすぐ先で、その中空に溶ける様に消えて行った。

「リア・・。」

気がつくと俺は手を伸ばしたままの姿勢で執務机に向かう椅子に座っていた。

『何なのだ?今のはいったい!』

 俺は背凭れに身体を預けると瞑目して天を仰ぎ、今目前に現れた事象を己に問い掛けた。

 だが、その答えに辿り着くより遥か手前で俺は現実に引き戻された。


 隣室に繋がるドアにノックする音が響生き、俺が入室許可を与える前にドアが開かれた。

「失礼します!」

 その声に続いて二つの人影が執務室に入ってくるのを俺は確認した、一人は副官のクリムトで彼は隣の副官執務室で俺の事務作業の補助をする傍ら来客者などの取次をしていたのである意味彼が入室して来るのは不思議では無かった。

 しかし、その後に続いては言って来たのは見慣れない人物であった。

 アイボリーカラーのローブを纏った青年である、アイボリーのローブは「塔」に所属する魔法士であることを示していた、そしてそのローブを止める金具には士官である事を示す徽章が記されていた。

 青年士官は、一言入室を認めてくれたクリムトに礼を言うと執務机を挟んで俺に正対する位置へ歩を進めた。

 魔法士団本部に限らず王国の軍や政府機関に於いて、入室の際にノックをして許可を待たずにドアを開ける行為は懲罰の対象となる、ただし、緊急時にはそれを例外として認められていた。

 今回、俺の許可を待たずにドアが開けられた事は、彼の訪問が緊急性を有するものであることを示していた。

 だから俺は「ご苦労。」と、労いの言葉を掛けて用件に入らせた。

「塔長エイムス閣下よりの伝言を、口頭にてお伝えする許可を願います。」

 敬礼の後、青年士官は実直そうな表情でそう切り出した。

「許可する。」

 言霊縛りの伝言は、魔法士の間で特に機密性の高い情報のやり取りをする際に使用される手段であった。

「ではお伝えします。」

 姿勢を正した青年士官の口からは、これまでとは違う無機質な声が発せられた。

『本日正午前、王国北東部ニ於イテ巨大ナ魔力爆発ノ発生ヲ確認。

 位置、サントメル北5キロ、カルゼン村廃墟付近。

 規模ハ不明ナレドカルゼン村ノ医術拠点ハ消滅シタトミラレル。』

 青年士官は伝言を言い終えると、「以上です。」と本来の口調に戻るともう一度敬礼して執務室を辞していった。

 俺はその青年士官の後姿を茫然と見送った。


予告通り後編を投稿出来ましたが、申し訳ありませんが長く成り過ぎたのと書き終えていないの先ずは前半分をお届けしました。


続きの後半分は日曜日には投稿できると思います。

更に本編に戻りますのでもう少しお付き合いください。


では毎度のことですが誤字脱字が有りましたらご一報ください。


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