愛するものは護りぬく、永遠に
俺たちは朝日が昇る前に里を離れた。
いろいろ思うところはあるが、この里に戻るつもりはない。
俺の身体を使って暴れた父親たちのことを思うと、胸が熱くなって仕方がない。
俺たちは生まれたときから護られていたんだ。
今なら分かる気がする、死んでも護ってやりたいって気持ちが。
霧雨は隣を歩く菖蒲の手を取った。
「ん?なに?」
「もう一人の柳生と俺たちの御殿様に報告しないとな」
「そうだね。結局は甲賀の忍びの所為で家光様や孝子様に辛い目に会わせてしまったから」
「そっちじゃねえよ」
「え?」
霧雨は歩みを止め、菖蒲を正面から抱きしめた。
トク・トクと規則正しい心音が耳に響く。上下する胸の動きが直に伝わってきた。
生きている。
最悪、自分が死んでも菖蒲だけは生かしたかった。
でも、今は違う。これから先、もし同じような事が起きたとしたら。
自分が死んでも護りぬくのではなく、共に生きる方法を二人で考えればいい。
「俺たちの婚姻の報告」
「えっ!もう?」
「なんで?嫌なの?」
「嫌じゃないよ」
顔を赤く染めて俯く菖蒲が可愛らしくて、愛おしくてもう一度腕の中に閉じ込めた。
もぞもぞと動く菖蒲に「動くな」と制するも、恥ずかしさからか菖蒲は身を捩る。
「しょうがねえな。ほら顔上げて」
「ん?」
言われるがままに霧雨に顔を向けた菖蒲は一瞬目を見張る。
自分が大好きな霧雨の瞳が自分の瞳を覗きこんでいる。
自分しか映っていない。
ゆっくりそれは近づいて、何も見えなくなって・・・唇が重なった。
「もう、俺たち夫婦だよな?」
「・・・うん」
「じゃあ、早く報告して。俺たちの家に帰ろう?」
「私たちの家?」
「そ、俺たちの家。実は城の外に買ってある。城に近くてすぐ呼び出されるかもしれないけどな」
「嬉しい」
家光に忠誠を誓った二人の忍びは陰から徳川を支え、害を排除しなければならない。
これからも忍びとして生きていくことは変わりない。
父と母が護ってくれた、甲賀の里、徳川の安寧、そして二人の命。
そこからまた、たくさんの命が生まれてくるだろう。
その中にはきっと自分たちの子供も居るはずだ。
護りたい、その全てを俺達の力で。
***
「霧雨!菖蒲!心配したではないかっ」
「家光様・・・申し訳ございません」
二人は家光に手を突き深々と頭を下げ、ただひたすらに謝った。
柳生も隣で同じように頭を下げている状態だ。
「まったくお主たちは・・・もうよい!顔を上げよ」
「かたじけない」
柳生の一声で二人も頭を上げた。不在中、柳生は二人の事が心配で約束の日よりも早くにあの血判書を家光に報告していたのだ。
しかし家光は二人の命が優先だからと兵を里に向けることを我慢したのだ。
「それで、報告はそれだけではあるまい。霧雨!」
「殿には敵いませんね」と不敵に笑い、菖蒲と夫婦になったのだと告げた。
「ほう!やはりそうなったか。まあ、遅い方だとは思うがな。こそこそと城の外に民家など買いおって」
「存しておられたのですか!」
「お主と何年共におると思っておる。全く世も見縊られたものじゃ」
「恐れ入ります」
これまでの霧雨と菖蒲の働きに免じて、血判書は見なかったことにすると言われた。
直後、目の前でそれは燃やされ灰となったのを確認した。
「それから俺からも報告がある」
家光は急にかしこまり、声を潜めた。人払いはしてある為、ここには四人しかいない。
なのに何故急に・・・
扇子を広げ、顔を半分隠すようにしてこう言ったのだ。
「孝子が・・・」
「!?」
「・・・、・・・懐妊した」
「・・・」
余りにも声が小さすぎて、よく聞こえなかったが孝子様がどうされたのか。
すると菖蒲が口を開いた。
「家光様?孝子様がどうされました。はっきりと仰ってください!何があったのです」
「菖蒲、そう焦るな。その、あれだ」
「はい」
「子が、出来たようなのだ」
「・・・、・・・ええぇ!!本当でございますか!?」
家光が頷くのを確認した菖蒲は飛び上がらんばかりの勢いで喜んだ。
二人の男は口を開けて固まったままだ。
―――――
後に、孝子はその姿を隠すように隠居した。すでに側室から男児の誕生が確認されていた為だ。
家光は孝子が男児を孕んでいたとしてもそれを世継ぎとしない事を決めていた。
幼い頃より孝子にはいわれのない苦労を知らずうちに背負わせていたのだ。そう言った争いや中傷の中に置く事を家光が嫌ったからだ。
十月が過ぎた頃、孝子は可愛らしい女児を産んだ。しかしその事実は世に知られぬままだ。
霧雨は変わらず殿の側で政務を支え、諜報にも明け暮れた。
孝子が隠居してから菖蒲は護衛を解放され、霧雨の妻として夫を支え続けた。
「霧雨?」
「ん?」
「護るものがひとつ増えました」
「は?」
「腹に」
そっと菖蒲は霧雨の手を腹に導いた。
目を見開いた霧雨の瞳からは、一滴の涙が伝ったらしい。
濃紺の瞳と翡翠の瞳は優しく腹を愛でる、やがて訪れるその日が希望と期待に包まれるであろうと考えながら。
禁忌を破っても貫き通した愛おしい人、護りぬいたその愛の証。
また新たな形で引き継がれていく。
父のように、母のように、強くありたい。
―完―
勉強不足な部分は多々ありましたが、完結させていただきます。
ここまで読んで頂きましたこと大変感謝いたします。
ありがとうございました。