十三話 真実を知る旅
翌日の早朝、俺はディアーナの部下であるユイと二人で馬車に乗っていた。
俺の初任務だ。ディアーナは「簡単な仕事だ」としか言わなかった。行き先は、馬車で半日の城下町。
向かいに座るユイは、窓の外を見たまま、さっきから一言も喋らない。小柄で、俺より頭ひとつ低い。
「仕事の話をするの」
唐突に、ユイが言った。
「ああ。頼む」
「城下町に、ノワール家の見張りが出ているかもしれないの。いるかどうかを確かめるのが、今日の仕事なの。見つけても、手は出さないの」
「見分け方は」
「一本線。黒い薔薇の紋章。分かっているのは、それだけなの」
「少ないな」
「だから、確かめに行くの」
会話は、それで終わった。
☆
城下町は、学園のある町とは比べものにならないほど人が多かった。
広い通り。両脇に並ぶ店。パンを焼く匂いと、魚の匂いが混ざっている。丘の上に、白い城が小さく見えた。
馬車を降りる前に、仮面をつけた。目元だけを隠す、黒い半仮面だ。額の線は、布を巻いて隠してある。
「旅の芸人ってことにするの。この辺りでは、珍しくないの」
「俺は何もできないぞ」
「しなくていいの。歩くだけなの」
実際、通りを歩いても、誰も俺たちを見なかった。仮面の二人組くらい、この町では珍しくないらしい。
ユイは、店を見るでもなく、人を見るでもなく、ただ歩いている。それでいて、時々、目だけが動く。ノワール家を探しているのだろう。
俺も真似して探してみたが、それらしき人物は見当たらない。
そして、広場の噴水の前まで来たとき、後ろから声をかけられた。
「あの、すみません」
振り向くと、女の子が立っていた。
ピンク色の髪を肩のところで切りそろえて、派手な衣を着ている。顔つきはおっとりしていた。
……一本線
黒薔薇の紋章を探すが見当たらない。
「旅の方、ですよね。その仮面」
「そうなの」
「やっぱり。あの、私、昨日こっちに来たばかりなんです。どこに何があるのか、さっぱり分からなくて。よければ、少し教えてもらえませんか」
「いいの」
即答だった。
思わずユイを見る。見張りを探しに来たんじゃなかったのか。
ユイは俺の視線を無視して、噴水の向こうを指さした。
「この通りをまっすぐ行くと、市場なの。朝のうちが一番安いの。パン屋は、右から二番目の店がおいしいの」
「右から二番目、ですね」
「宿は、広場の東側が高いの。でも静かなの。西側は安いけど、夜がうるさいの」
「あ、助かります。まだ宿が決まってなくて」
「なら、東側がいいの」
「ありがとうございます。お肉屋さんは?」
「二本先の角なの。少し高いの」
淡々とした声で、ユイは延々と案内を続けた。女の子は、一つ一つ丁寧に頷いている。
俺は何もすることがなくて、噴水の水面を眺めていた。
ふと、引っかかった。
この城下町の話をきくなら、俺たちよりもっと適任がいるはずだ。
市場の人や住人のほうがもっとよく知っているはずなのに……
「長々とすみませんでした。本当に助かりました」
女の子が、ぺこりと頭を下げる。
「私、シエラといいます。シエラ・フランソワーズ。また、どこかで会えたら」
というと、ポケットから家紋を見せてきた。
サーモンピンク色の綺麗な花の家紋だった。
どうやら杞憂だったらしい。
「そうなの」
「それじゃあ」
手を振って、シエラは人混みの中に消えた。
ユイが、小さく息を吐く。
「あ、肉屋の場所、間違えたの」
「……そこか」
「本当は、三本先だったの」
どうでもいい訂正だった。
☆
丘の上の白い城。
この城下町を統べる貴族の館。
見張も少なく、違法線を引くなら絶好の場所だが、それゆえにノワール家の刺客がいてもおかしくない。
「ここは私がいくの。エルドは三本線だから屋敷には入れないの」
ユイはそういうと、仮面をはずし、ポケットに入れたあと、スタスタと門まで歩いていった。
「気をつけていけよ」
「わかってるの」
木に寄りかかり、ふぅっと息を吐いて、ふと空を見上げて、考え事をする。
「いまごろバルト、なにしてるかな」
そう言えば今日が模擬戦か……
国の縛りから抜け出し、自由になった解放感と、国の敵になったという、不安感が同時におそってくる。
――待つこと三十分
門から堂々とユイが出てきた。
「待たせたの。ここにはまだノワール家はいなかったの」
「そうか、今からどうするんだ?」
「宿を予約してるからそこに泊まるの。明日馬車に乗って帰るの。ディアーナに報告するの」
黒い仮面をつけながら、ユイはそう告げた。
まだ小さいのにしっかりしてるな。
「いま、失礼なこと考えたの。私はエルドより年上なの」
「え?」
考えを、読まれた?
☆
宿はほんとうに普通の宿だった。
木造で年季がはいっていて、どこか俺の家を彷彿とさせた。
「明日、朝馬車にのるの。寝坊しちゃダメなの。私の部屋は横にあるから、困ったことがあったらいつでも来ていいの」
ユイは俺にそれだけいうと、部屋に入っていった。
面倒見がいいな……
俺も部屋に入り、剣と仮面を机においた。
「……」
よくないな、することがなくなったら、学園のことを思い出してしまう。
「なんかするか」
俺は机に座り、羽ペンを握った。
エルバト流。
もうジェスターに入った以上、どうせ王家を敵に回すんだし、断線流を制限する必要はない。
「一応、練習しておくか」
俺とバルトの唯一の繋がりを形として残しておきたい。
小一時間練習して、なんとか一の型が形になった。
時刻は深夜を回っている。
遅刻するなと言われたし、もう寝よう。
そう思って、ベッドへ向かったとき、コンコンと扉がノックされる音がした。
ユイか……?
「はい」
「……」
返事はない。
今朝ディアーナから支給された鉄剣を手に取り、扉に近寄る。
そして、ドアノブに触れようとした瞬間、
「――ッ!」
扉を貫通し、細剣が俺の喉元目掛けて、放たれた。
「あれ、おかしいですね。たしかに貫いたとばかり」
間一髪で回避した。
聞いたことがある声。
それも、つい最近……
そこで、扉が蹴り破られた。
「あんた、今朝の」
「あら、覚えていてくださったのですか?」
突如、血生臭い匂いが鼻腔を通った。
女の剣を見ると、血がこびりついているのがわかる。
慌てて体を確認するも、どこも怪我はしていない。
「おまえ……ユイになにもしてないだろうな」
「もしかして、小柄な女の子のことですか?」
生唾を飲む。
シエラがゴソゴソと背中の袋を漁ると、不適な笑みを浮かべて、大きな何かを取り出した。
「これ、ですか?」
乱暴に髪の毛を鷲掴みにし、掲げているそれは、
――ユイの生首だった。
殺されてすぐなのか、まだ首から血がポタポタと落ちている。
「お……おまえ!!!」
膝がガタガタと震え、その場に崩れ落ちそうになるのを、必死で踏みとどまる。
胸の奥底からドス黒く湧き上がってきたのは、理性を丸ごと焼き尽くすほどの殺意だった。
「ここだと目立ち過ぎます。場所を変えましょう……風よ大地よ、我が身を繋げ、かの場所へ。開け、ポータル!」
詠唱!?
させるかよ!
剣を構え、踏み込み、隣接する。
「――《テレポート》」
振りかぶった剣がシエラに届く前に、まばゆい光が俺を包んだ。




