↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/13

一話 線を持つ者達

 この国では、人は生まれて七日目に、額へ線を引かれる。

 引くのは『線師(ライナー)』と呼ばれる者たちだ。特別な墨と筆で、赤ん坊の額に身分を刻んでいく。


 王族は、何も引かれず、上級貴族は一本。下級貴族は二本。平民は三本。そして、家を持たない者たちは四本。

 洗っても、削っても、消えない。死ぬまで、一生。

だから額を見れば、その人間がどの身分で生まれ、どこまで行けるのかが、一目で分かる。


 俺の額には、三本の線がある。


 そして、線の数はもう一つのことを決める。


 魔術だ。


 魔術を使えるのは、二本線、一本線、そして線を持たない者だけ。三本線と四本線の人間には、生まれつき魔術の才がない。理由は誰も知らない。ただ、そういうものだと、この国の誰もが信じている。


 つまり、俺の額にある三本の線は、魔術を一生使えないという印でもある。


 そして昨日、弟の額にも同じ三本が引かれた。



☆



 俺の家、クレイス家に生まれたばかりの弟は、真っ赤な顔で泣いていた。

 その額を、線師の筆が三度すべる。黒い線が三本、小さな額に並んだ。

 

「……よし、三本。元気な子だ」

 

 線師はそう言って筆を置いた。

 弟の名はアッシュと名付けられた。

 線師は赤子の顔をじっと見て、名を告げる。それがこの国の習わしだ。


「なあエルド、お前の弟めっちゃ泣くな! 将来うるさいぞ絶対!」

「バルト、声がでかい」

「お前が小さいんだよ!」


 隣で笑う悪友バルト。バルト・ラッセルの額にも、俺と同じ三本の線がある。


「……なあ、バルト」

「ん?」

「俺は上に行く」

「上って、どこまでだよ」

「……まだ、そこまでは決まってねえよ」

 

 バルトは一瞬きょとんとして、それからにやりと笑った。

 

「いいじゃん。俺も行く。お前一人じゃ心配だしな!」



☆



 ——七年後


 アッシュは母さんに似て物覚えがよく、もう家の手伝いをしている。

 そんな中、俺とバルトはいま剣の稽古をしていた。

 街外れの、崩れかけた石橋の下。ここが俺たちの稽古場。

 

「――遅い」

 

 カンッ! という乾いた音とともに、木剣が弾き飛ばされ、手首がじーんと痺れる。

 

「今のは踏み込みが半歩浅い。それじゃ間合いに入れても、自分の剣が届かねえ。どんな攻撃も間に合わねえと意味がねえぞ」

 

 目の前の老人は、木剣を肩に担いだまま息ひとつ乱していない。ぼさぼさの白髪に、継ぎ接ぎだらけの布切れを身にまとい、額には、黒々とした四本の線。

 家を持たない者、つまり捨て子の印だ。四本線に剣を教わっていると知られれば、白い目で見られる。だから、人目のない橋の下なのだ。


 彼の名はオズ。苗字はない。


 誰もが目を逸らすこの老人が、この街一番の剣の使い手だと知っているのは、たぶん俺たち二人だけだ。

 ちょうど三年前、俺とバルトが森を探検していたとき、素振りをしているオズを見つけた。


 その空気を切る音が、俺たちを惹きつけた。


 四本線だということすら忘れ、俺はただ、その剣に見入っていた。


 それから俺とバルトは稽古をつけてほしいと頼んだ。もちろん断られたが、何度も何度も頭を下げて頼みにいった結果、こうしていま稽古をつけてもらっている。


「ぐあああ! もう無理! 腕が上がんねえ!」

 

 隣でバルトが、地面に大の字になって叫んでいた。

 

「バルト、まだ十本目だぞ」

「お前が体力化け物なんだよ! 何本目でも同じ顔しやがって!」

「バルトが弱いだけだ」

「ひっでぇ!!」

 

 オズが鼻で笑う。

 

「バカ坊主は体力をつけろ。そしてエルド」

 

 老人の目が、まっすぐ俺を射抜いた。

 

「お前は、型が綺麗すぎる」

「……綺麗すぎる?」

「俺の教えた型に、別のもんが混じってる。誰にも教わってねえ動きがな」

 

 オズはそこで喋るのをやめ、俺の額を一瞬だけ見た。

 そしてすぐに視線を逸らして、木剣を構え直す。

 

「……まあいい。もう一本だ」


 混じっているもの。そんなものに覚えはなかった。


 稽古を終えて、バルトと別れたのは夕暮れの頃だった。

 空はもうオレンジ色に染まりかけている。


「ただいま」

「あら、おかえりなさいエルド。またそんなに服よごして! また今日もお稽古?」

「そうだよ」

「いい加減その先生を紹介しなさいよ。いつもエルドがお世話になってるお礼の一つもできないじゃない!」


 台所から母さんが顔を出す。だが、いつも真っ先に駆け寄ってくる足音がない。


「母さん、アッシュは?」

「それがね、お昼過ぎに買い物を頼んだのだけど、まだ帰ってこなくて」


 母さんは窓の外を見て、エプロンの端をぎゅっと握りしめた。


「いつもなら、とっくに戻る時間なのに……」

「ちょっと俺、見てくる」


 言い終わる前に、俺は玄関を飛び出していた。


 胸がざわついた。


 急いで家を出たため着替えておらず、腰には稽古で使った木剣がそのままに、服は砂埃で汚れている。

 夕暮れの市場通りは、帰りを急ぐ人で溢れていた。八百屋、パン屋、肉屋。アッシュがいつも寄る店を順に覗いていくが、アッシュの背中はどこにもない。


 嫌な予感が、胸の奥でじわじわと膨らんでいく。

 そのとき、広場のほうからざわめきが聞こえた。

 人だかりができている。誰もが遠巻きに、何かを見ていた。


「かわいそうに……」

「貴族様にぶつかったらしいぞ」

「もう終わりだな……あの子」


 人の隙間から漏れた声に、足が止まる。


 まさか!


 人垣をかき分けて、前に出た。

 そこにいたのは、地面に額を擦り付け、土下座している、小さな小さな背中だった。

 服は破れ、膝と肘は擦りむいて血が滲んでいる。頬は赤く腫れ、抱えていた買い物袋は破れて、リンゴが地面に散らばっていた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 震える声。聞き慣れたこの声。

 目の前に立っていたのは、白いジュストコールで、赤い髪の青年だった。額に、線が一本……上級貴族か! 服の裾には、林檎の果汁が染みている。後ろには、剣を提げた従者が二人。


「顔を上げろ」


 青年が冷たく言った。


「その程度の謝罪で済むとでも思うか? 貴様にこの服の価値が分かるか。平民風情が」


 アッシュが、ゆっくりと顔を上げる。

 泣き腫らした目。額には、三本の線。


 頭の中が、真っ白になった。


「――アッシュ!」


 気づいたときには、俺は人だかりを飛び出して、弟の元へと駆け寄っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。