番外編 ~コーネリア~
「っ!!」
コーネリアはベッドの上で目を覚ました
「いやな夢」
ゆっくりと起き上がると、じっとりと絡みつくような首筋の汗をぬぐい、たった今見た夢を思い返していた。
それはあまりにリアルで恐ろしい夢だった。
見知らぬ男と婚姻しただけでなく、最後はその男の胸に刃を突き立て、そして自分もその刃に突かれて死ぬのだ。
男に突き立てた刃の感触が今もこの手に残っている気がする。
自分の掌を見つめるが、そんなことがあるはずが無い。自身はまだデビュタントもしていないし、婚約者もいないのだから。
しかも、見たこともない男だった。だが、不思議と名は覚えていた。
『オードリック。ジョルダーノ』
父や兄がいつも話して聞かせくれている、辺境地伯爵の名。
辺境の地に出ると言う魔獣を彼が討伐してくれるおかげで、この国は守られているのだと。そうでなければ魔獣たちは人々を殺し、田畑を荒らしながら王都まで現れ、今の様な生活を送ることは難しいだろうと。そして、彼がいるからこそ父も兄も討伐のために魔獣退治に駆り出されることが無いのだと。子供の頃からそう聞かされていた。
その彼が自分の夫となり、そして死んでいく。
信じられない夢を見たと、コーネリアは自分自身が少し怖くなるのだった。
コーネリアのデビュタントを迎える数日前のことだ。
すでに準備は済んでいる。デビュタントを迎えた後は社交界に顔を売り、良き夫となる結婚相手を探すことになるが、彼女の心は憂いでいた。
あの夢に出て来た男の人が脳裏を離れない。
夢で初めて彼に出会ったのは、数日後に控えたデビュタントだった。
そのデビュタントをもうすぐ迎えることになる。
コーネリアの心は落ち着かず、ざわざわと乱れるのだった。
『夢に現れた人を好きになる節』
彼女は正にそれを体現していた。彼のことが頭から離れず、どうすれば会えるのか?
気を引けるのか? あまりにリアルだったあの夢の通りに彼に嫁ぐにはどうすれば良いか? それだけが今の彼女の思考の全てだったのだ。
そして、決心する。
『私が彼を幸せにする。決して彼を死なせないし、自分も死なない』
コーネリア・キャリスタン。一世一代の決意だった。
迎えたデビュタント当日。コーネリアは父に手を引かれ王宮の舞踏会に初めて顔を見せた。眩いばかりの会場は多くの人がおり、気をくれしてしまうほどだった。
そして気が付けば中の良い令嬢達とともに談笑していた。
だが、彼女の瞳は常にだれかを捜し続けていたのだ。
そう、夢に見たその人 オードリックを。
『居たわ!』
会ったこともないその人を、コーネリアはみつけることが出来た。
夢では目が合った気がする。そして、その目を離すことが出来なかったと記憶している。それなのに、彼はまったくと言っていいほどに視線をこちらに向けてくれることが無いのだ。チラチラと視線を向けても、彼は知人と話しをしているらしく、こちらに一切の関心を持っていないのだ。だが、それも当然のこと。
だって、あれは夢だったのだから……。そう思えば納得もいく。
だが、それで納得など出来ないのがコーネリア。
彼女は常に視線を送り続け、彼の行動を監視していた。なぜそこまでするのかは自分でもわからない。わからないけれど、不思議とそうせずにはいられなかったのだ。
そして彼が会場から姿を消すと、コーネリアは自らもそれについて行ってしまった。
デビュタントの令嬢が一人で行動するなどあり得ない失態。それでも今の彼女を止めることは出来ない。
気が付けばコーネリアは一人廊下にいた。
オードリックがシガールームに消えたのだ。さすがにそこには入れないと思ったコーネリアは、仕方がなく一人廊下で待つことになる。まさかその後、とんでもないことになるとも知らずに。
数年前からデビュタントを迎えたばかりの無垢で世間知らずの低位貴族の娘を蝕む悪い令息がいると噂にはなっていた。
だが、そんな破廉恥で下世話な話題を、純真無垢に育て上げた自分の娘に聞かせる親など貴族社会にはいない。
気をつけるまでもなく、普通の令嬢は一人になることなどないのだから。
それなのに一人になってしまったコーネリアは、悪いことを考える者達の格好の餌になってしまったのだ。
「やめてください!! はなしてください!!!」
令嬢一人の力など、若い令息の手にかかれば子どもと同じこと。
引きずられるように人気の無い庭の、暗い茂みに連れて行かれそうになる。
「騒げば皆に気づかれる。そうしたら、お前は傷物だといわれるんだぞ。いいのか?
良い嫁ぎ先も無くなり、家の名にも傷がつく。わかったら大人しくするんだな」
令息の一人に脅され、普通の令嬢なら恐れおののき、恐怖で震えながら大人しくなるのだろう。だが、コーネリアにとってはそんなことどうでも良かった。
彼女の頭にはオードリックしか映っていない。夢で見た通り彼に嫁ぐことに全精力を捧げると誓った彼女にとって、傷の一つや二つ関係がないのだ。
いや、その傷じゃないのは確かなのだが、今の彼女はそれを知らない。残念なからその知識は持っていなかった。
「やめて下さい!!」
叫び続けるコーネリアも、そろそろ疲れが滲み出て来た。握られた腕を払うように力を込め、引きずられる足を踏ん張り耐えるには、若い令嬢では体力が無さ過ぎた。
夜伽の教育などまだ受けてはいないコーネリアにも、この先待ち受けている結果がなんとなくわかり始めた。これはマズイ。なんとかしなければと本気で思い始めた時。
気が付けば自分の腕を握り、連れ去ろうとしていた令息が足もとに転がっていた。
「え?」
衝撃で思わず座り込んでしまったコーネリアが見上げると、そこには焦がれていたオードリックその人がいた。
彼は令息達を叩き込み、騎士を呼びつけると引き渡していた。アッと言う間だった。
コーネリアは訳も分からずキビキビと動き指示を出すオードリックに見惚れていたが、その場を去ろうとする彼の姿で正気を取り戻した。
なんとかこの縁を繋がなければ、その思いで自らの名を名乗るも、彼は当たり前のことをしただけだとそのまま去ってしまった。
まさかこんなことが起こるなんて思わなかったコーネリアは、夢に見た世界とは違う事に気が付く。やはり夢は夢なのだ。あの夢が正夢になったらどうしようと思ったがそうではないのだと気が付く。ならば、後は自分でこの先の未来を切り開くのみ!
彼は幸せになることを避けている。
だからこそ、私が彼のそばにいてあげたい。
そばにいて、彼を守りたい。
この国を守る彼を、彼自身の心を守るのは私だ。
彼を幸せにするのは私だけ。
一緒に幸せになる。
そう心に誓うコーネリアだった。
「まあまあ、本当に沢山産んだわね」
「も、申し訳ありません。王妃様」
「なぜ謝るの? この辺境の地を守る子は何人いても足りないくらいだもの。立派に妻の役目を果たしたと胸を張りなさい。
それに私はもう王妃ではないわ。元王妃よ」
「は、はい。元王妃様」
コーネリアは結婚式を済ませた後、間を開けずにポンポンと七人の子を産んだ。
もう十分だろうと誰もが思った時、歳の離れた八人目を出産したのだった。
それでもまだまだ若い。彼女はまだ産み続ける気でいたが、それを止めたのは夫であるオードリックだった。
「さすがにコーネリアの体を考えると、もう終いにしようと思っています」
「そ、そんな! オードリック様とはもう同衾できないという事ですか?」
おいおい、なんてことを言うんだとばかりに、元王妃は額に手を当て大きく息を吐いた。
「コーネリア。誰もいないから良いものの、そういうことを口にするものではありません。あなた達が想いあっているのは皆がわかっている事ですが、それでもそういうことは夫婦二人だけの時にしなさい」
「は、はい。申し訳ありません」
いくつになってもコーネリアはコーネリアのままで、あの夢から目覚めた時に感じたオードリックへの想いが尽きることはないのだった。
「私の夢はこの辺境の地を守る騎士隊を、私たちの子で一杯にすることだったのですが、もう無理のようですね」
コーネリアのトンデモ発言を聞き、オードリックと元王妃は思わず顔を見合わせ、そして笑った。声を上げて笑った。
「可笑しなことをいいましたか?」
コーネリアの不思議そうな顔を見つめながら、目に涙を溜めた王妃が告げる。
「これから先あなた達の子が子を産み、そしてまた子を産んで命は繋がれていくわ。そうすれば、あなたの夢であるジョルダーノの血筋で出来た騎士隊が出来上がる事でしょうね。素敵な夢だわ。私もできるならその姿を見届けられると良いのだけれど」
「はい! ぜひ王妃様にも見ていただきたいです。ね? オードリック様」
「そうだな。国王と王妃には長生きをしていただいて、ぜひその姿を見ていただかなくてわ」
オードリックはコーネリアの隣に座ると、そっと彼女を抱きしめた。
この細い体で彼を受け止め、守り、そして命を紡いできた。
ここジョルダーノ家にとって女神の様な女性。
二人の幸せは、互いの幸せ。
コーネリアの幸せがオードリックの幸せ。
オードリックの幸せがコーネリアの幸せ。
ジョルダーノの血が絶えるかと思われたのは昔。
今は子どもの声に溢れた地に変わった。
その命消える時まで、二人は幸せに過ごすのだった。
~おしまい~




