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あなたに出会ってからの物語 ④

「──」


リックの言葉通りだった。

彼も、アンリエッタがバーチェリー公爵の子か、怪しんでいた。


思わずまつ毛をはねあげる。

公爵はポツポツと、話し出した。


「……ジェシカは、元々体の弱いひとでした。アメリアを産む1年ほど前に、重い病にかかり……私も、まともに会うことは許されないほどでした」


それは、知らなかった。

目を見開くと、公爵は静かに話を続ける。

まるで、罪を告白するかのように。


「感染する類のものではなかったのですが、彼女の体調に障るから、と別離を促されまして。彼女は公爵領で療養することになりました。アメリアが産まれるまで、私は彼女と会うことが出来ませんでした」


「…………」


「彼女のいない生活は、灯火が消えたかのようでした。不眠に陥った私は、酒に溺れるようになり──アメリアが生まれ、彼女とふたたび再会するまでは、とにかく、乱れた生活を送っておりましてね……」


「……アンリエッタ嬢は、その時に、出来た子だと?」


どうせ、ここには公爵と俺のふたりしかいない。

あけすけな物言いで尋ねると、公爵は首を横に振った。


「覚えていないのです」


「それは」


「殿下。私は、ジェシカが公爵領で療養するようになって──一ヶ月が経過したあたりから、アメリアが生まれたと聞くまで。彼女の危篤を知るまでの間、酒浸りの生活だったのです。その間のことは……情けないことに記憶が曖昧なのです」


「…………」


あまりのことに、絶句する。

何を言っても、公爵の人間性を問う言葉になりかねない。

公爵は酷く苦い顔で言った。


「あまりの体たらくに、陛下からは断酒を勧められ、医師が派遣されました。それと時同じくしてアメリアが生まれました」


「……話は、わかりました。それで、アンリエッタ嬢を、自分の子か定かではない、と言ったのですね」


「……ええ」


公爵は重たい声で答え、頷いた。


公爵は、女性に入れ込むタイプには見えないが──おそらく彼は前夫人に依存に近い愛を向けていたのだろう。

健全、とは言い難い。


「妻と対面したのは、彼女が亡くなる数分前。アメリアを産んで、彼女は息を引き取った。……酷く、後悔しました。飲んだくれてないで、どうせこうなるなら、医者の言葉を無視してでも逢いに行くべきだった」


公爵は、グラスの水面を見つめるようにしながら、言葉を続ける。

淡々とした声だが、強い感情を感じられた。

おそらく未だ、後悔しているのだろう。


「そして、ジェシカが儚くなった後、私はまた酒に溺れました」


(またか……)


懲りないひとだな、思わず公爵を見る目が冷たくなる。

それくらい辛かった、ということなのだろうが、彼には責任感に欠けているように見える。


「彼女がいなくなったという現実を知りたくなくて、受け入れたくなくて。……私は空想の世界に逃げ込みました。アメリアのことも、忘れてね。情けないでしょう。父親失格です」


それを肯定することも否定することもせず、沈黙を返す。

公爵も俺の返答は求めていなかったらしい。

彼は、また話を再開した。


「……アンリエッタを抱いた女性が現れた時、私は分からなかったのですよ。本当にアンリエッタは私の子か、それとも、違うのか」


「だけど、あなたはアンリエッタ嬢を娘として受け入れた。覚えは、なかったのに?」


「もし、本当にアンリエッタが私の娘なら、放置すれば面倒なことになる。それに、本当に分からないのです。記憶が曖昧になるほど酒に溺れた私にも責任がある。私の子なら、放逐するのは罪です。私は過ちを繰り替えなさいことを誓い、アンリエッタを娘として迎えました」


どうやら、公爵はアンリエッタを養育することで、【もしも】の責任を果たすことにしたようだ。

アンリエッタが彼の娘でないなら良い。

だけど、万が一、もしも彼の娘なら。

彼は、彼の娘であるアンリエッタの面倒を見る義務がある。

つまり、そういうことなのだろう。


(ずいぶん面倒な事情だな……)


それで、アンリエッタの劣等感(コンプレックス)か。


(……なるほどな)


そう思ったところで、ふたたび公爵が口を開いた。


「ジェシカが死んだ後。酒に溺れ、ふたたび過ちを繰り替えすところだった私を一喝したのが、サラサでした。彼女はジェシカの乳母姉妹であり、彼女の専属メイドだった」


公爵は、ゆっくりと言った。当時を思い出すように。


「『今、あなたは奥様に会えますか?』……とね。それで、目が覚めたんです。私はまた、間違いを犯すところだった、と」


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