あなたに出会ってからの物語 ③
後日、証拠を揃え、バーチェリー公爵を呼び出した。
公爵家はだめだ。
万が一、アンリエッタ・バーチェリーに気付かれたら、アーロンに情報が漏れるかもしれない。
今はまだ、アーロンに、探りを入れられていると知られる訳にはいかない。
そして、今日。
城下町の個室レストランに公爵を呼び出すと、彼は先に到着していた。
「お久しぶりです、リアム殿下」
「お久しぶりです、公爵。本日はご足労いただきありがとうございます」
「いいえ。それは私のセリフですよ、殿下」
軽い挨拶を交わしたところで、食前酒が運ばれてくる。白ワインのボトルが置かれ、グラスにつがれる。白ワインの芳香が立ち上り、公爵がにっこりと笑った。
アメリアの目元は、父公爵に似たのだろう。笑みを浮かべたその目元は、よく似ている。
思わぬ所で彼女との共通点をみつけ、公爵に気付かれないよう、笑みを零す。
公爵は供されたこのワインの銘酒が酷く気に入りらしい。
そういえば、店を指定したのは公爵だったな、と思い出す。
公爵はグラスに注がれたワインをじっと見つめながら、思い出を語るような声で、言った。
「懐かしい。彼女と初めて会った時に飲んでいたのが、これだったのですよ」
「……彼女、というのは」
「ジェシカ。アメリアの母ですよ」
故人だ。
アメリアの母、つまり前公爵夫人は産後の肥立ちが良くなく、アメリアを産んですぐ亡くなったという。
沈黙していれば、公爵が微笑んだ。
「申し訳ありません。殿下を前に、思い出語りなど。歳をとると、どうもだめですね。彼女を思い出す時間は、ますます増えるばかりです」
「…………」
公爵が、前夫人を深く愛していたのは、社交界でも有名なことらしい。
特に、正妃のエリザベス妃と前夫人は幼い時からの付き合いだそうだ。
仲睦まじい公爵夫妻の話はエリザベス妃が語ることもあり、社交界で知らないものはいない。
だけど──いや、だからこそ、と言うべきか。
気になることがあった。
(踏み込みすぎか……?)
しかし、こんな機会はもうないだろう。
礼儀程度にグラスに口をつけたあと、俺は公爵に話を切り出した。
「後妻のサラサ夫人とは、どのような経緯でご結婚を?」
「おや、聞いておりませんか?」
どうやら公爵は、エリザベス妃経由で聞いたことがあるものだろうと考えたらしかった。
しかし、俺は母の件がどうしても蟠りとなっていて、エリザベス妃とはあまり話したことがない。
エリザベス妃は、決して非情な人間ではない。
リックとロイドの母親なだけあって、愛情に溢れる人物だ、と俺は思っている。
ただ、俺の母──第二妃は、ひとの目を必要以上に気にする質の人間だった。
エリザベス妃の言葉を深読みし、彼女の気配に過敏になり、取るに足らないことでこころを弱らせる。
俺の母、第二妃はそんな人間だった。
公爵は、グラスを置いてまつ毛を伏せると、苦笑した。
「私と、サラサは本物の夫婦ではありません」
「……と、言いますと」
「つまり、私たちの結婚は利害の一致。……互いに、ジェシカを忘れられないからこそ、結んだものです。私たちは仮初の夫婦。私は、アメリア以外の子を持つこともない」
「……アンリエッタ嬢は?彼女も、公爵のご息女かと思いますが」
問いかけると、公爵は心底弱りきったような、そんな顔になった。
公爵は、食えない人間だ。
穏やかそうに見えて、腹に一物抱えている。
高位貴族など、その大半が何かしらの仮面を被っているものだ。公爵とて、同じこと。
だけど、今だけは、彼は正直に、本音を口にしているように見えた。
彼は、顎髭を撫で付けながら言う。
「アンリエッタは……正直申し上げますと、私の子か疑わしいのです」




