地味な妹、派手な姉
そのまま、どうやって部屋に戻ったのかは定かではありません。気がついたら私は、私室のソファの上で、ぼんやりとしていました。
視界に入る、特徴のない白い髪。
お父様は黒髪、お母様も黒髪。
産みの母は故人で、私のこの髪はお母様譲りのものらしい。分かっていても、家族で白い髪を持つのは私だけ。
……疎外感を、ずっと感じていました。
『誰に似たのかしらね?』
お姉様の言葉を思い出します。
お姉様は、知っていてそういったのです。
それが、悲しくて仕方ありませんでした。
バーチェリー公爵家の娘として、私は生まれました。
産みの母は、産後の肥立ちが悪く、私を産んで直ぐに儚くなってしまったそうです。お父様は、私のお母様をそれはそれは愛していらっしゃったらしく、毎日泣き濡れて暮らしておりました。
今にも死んでしまいそうなお父様を支えたのが、今のお母様。
彼女は、私のお母様のメイドでもあったそうです。彼女は元々、お父様に恋心を抱いていました。しかし仕える主の夫だから、とその気持ちを封印し、墓場まで持っていこうと思っていたのです。
ですが、妻を失ったお父様の嘆きは深く、このままでは後を追ってしまうのでは、と彼女は危惧しました。
彼女は、お父様を献身的に支えました。
その甲斐あり、お父様は徐々に、妻の死を受け入れ、立ち直ることが出来たのです。
その矢先、ある事件が起きました。
お父様の子を産んだと訴える女性が現れたのです。それが、お姉様の産みの母です。
お父様は、一年前、その女性と一夜限りの夜を過ごしていたようでした。
お父様は、彼女の産んだ子を認知しました。
そして、金銭を要求する彼女を追い返し、その子を公爵邸で養育することにしたのです。
その子が、私のお姉様です。
私とお姉様は、ひとつ違いではありますが生まれ月は半年ほどしか空いていません。
私とお姉様は、時には友達のように。
時には姉妹のように。時には双子のように。
遊び、笑い、過ごしてきました。
それだけに、今回のことはショックでショックで、たまりません。
婚約者が私ではなく、お姉様を愛していた、ということよりも、正直、お姉様に嫌われていたことの方が悲しいのです。
それに、今思えば婚約者の言葉は、いつも誰かと比べているようでした。
『もう少し、背は高い方がいいね』
お姉様は、私より背が高いです。
『もう少し、顔は華やかな方が好みだ』
お姉様は、華やかな顔立ちをしています。
『もう少し、肉感的な方が好きだな』
お姉様は豊かな体つきをしています。
全て、お姉様と私を比べた言葉だったのです。
それに気がついて、私は涙を零しました。
この婚約は政略的なものではありません。
いいえ、私が知らないだけで婚約に絡めた契約もあるのかもしれません。
ですが少なくともきっかけは、私と彼が恋愛関係になったから、なのです。
デビュタントの夜。
私は、アーロン様と出会いました。
初めての社交界に右も左も分からない私が逃げ込んだ先は、あろうことかバルコニーで。
酔っ払った紳士に絡まれていたところを、アーロン様に助けられたのです。
最初、彼は私がバーチェリー公爵家の娘であることに驚いていたようでした。
だけどすぐ、彼は笑って言ったのです。
『可愛いお嬢さん。今宵はあなたを狩ろうとするハンターばかりだ。間違っても、バルコニーになんて入ってはいけない』
優しい声で諭されて、私は泣いてしまいました。
気が緩んだのだと思います。
ぽろぽろ泣いていると彼は困った顔になり、私を庭園に誘いました。
男性と、夜の庭園を歩くなんて……と逡巡した私に、彼がまた言いました。
「気分転換をしよう。僕は、スペンダー伯爵家の人間だ。決してきみに酷いことはしない」
彼の優しい言葉を信じたくて、私は頷きました。
言葉通り、彼は私に不埒な真似をすることなく、庭園を案内してくれました。
そこから、私と彼──アーロン様との付き合いは始まったのです。
婚約して、一ヶ月が経過したあたりから、でしょうか。アーロン様は、私に不足を感じるようになったようでした。
彼の望む淑女に近付きたくて、懸命に頑張りました。
だけどそれも、意味などなかったのです。
独りよがりで、笑いものにされていただけだったのです。
次から次に、涙が止まりません。
お姉様は、魅力的です。
会場に出れば、その視線をすべて独り占めするくらいです。私とは、比べるのがおこがましいのです。
それでも──それでも。
婚約者には、私だけを見ていてほしかった。
そう思うのは、過ぎた願いなのでしょうか……。




