残念な鑑賞会
クラネオスの王都タラモーリにある建物は、商業施設であれ民家であれ、全て青系統の色をしている。大神殿でも感じた事だが、海を意識して作られた街だというのが見て取れる。
クラネオスは海を渡ってやって来た人々によって建国されたという言い伝えがあり、それにちなんでいるそうだ。
その街並みが、美術館のある区画に入ったと同時に一変した。
「まるで森の中だねえ」
景色を眺めながらぽつりと呟いたサリカの言葉に、ヨハンナの口元に笑みが浮かんだ。
道の周囲は大小様々な木々が、数え切れないほど立ち並んでいる。枝だけとなった樹木だけでなく、常緑樹も多くあるため冬特有の寂しさはあまり感じない。
王都の中にあるのだ。おそらく人の手で意図的に作られた場所なのだろうが、それを感じさせない独特の雰囲気があった。
「元々あった森の景観を損なわないように作られたそうです。この区画に、美術館と音楽堂、図書館があります」
「へえ、すごいね。今日は無理だけど、時間がある時にまた来てみようかな」
「是非いらして下さい。その際は、お声がけ下さい。エリナ様の許可を頂いてご一緒いたします」
「ありがとう。カミルも喜ぶだろうから、その時はよろしくね」
「はい」
カーテンに掴まっているカミルの揺れが、先程より大きくなっている。視線は向けていないが、会話はしっかり聞いているだろう。
(これは絶対に連れてこないといけないな)
ワクワクした気持ちを全身で表現するカミルの姿に、肩から余計な力が抜けるのを感じる。
護衛の役目を果たしているかは微妙なところだが、こうして気持ちを和ませてくれるだけで十分ありがたい。
楽しそうに揺れるカミルの姿を眺めていると、獣車がゆっくりと停車した。カーテンに掴まっていたカミルが、一瞬のうちにサリカの左肩に戻ってくる。
『到着しました』
声と同時に獣車の扉が開き、先に外に出たヨハンナの手を借りて獣車を降りると、街中とは思えない自然の香りが漂っている。
ヨハンナに礼を言って手を離したサリカは、周囲を見回し「ほう」と小さく感嘆の声を上げた。
目の前にあったのは、水色の尖った屋根が印象的な城だった。城の正面には、中央に噴水を配した庭園が広がっている。
「ここが王立美術館になります。先触れを出しているので、美術館側から迎えが……あ、来たようですね」
ヨハンナの言葉と同時に、正面扉が勢い良く開いた。中から真っ黒の服を着た真っ白の髪の人物が飛び出し、転がるように駆け寄ってくる。
体型のせいか、大きな球が転がっているように見える。
思った以上にゆっくりと近付いてくる迎えを眺めていると、ヨハンナがすっとサリカの前に移動した。同時に、御者台に居た二人の神殿騎士がサリカの背後に立つのが分かる。
「よ、よーこそ……お、おいで……くだ……さい……ま……した……」
ヨハンナの背中で姿は見えないが、迎えらしき人物の声が聞こえてきた。
「館長、呼吸を整えてから、ちゃんとご挨拶なさって下さい」
「は、はい……」
息も絶え絶えな男性の声音以外に、ヨハンナではない女性の声が聞こえてくる。どうやら転がってくる人物の他に、もう一人いたようだ。
呼吸が整ったのか、男性にしては高めの声が聞こえてきた。
「お、お見苦しい所をお見せし、申し訳ありません」
ヨハンナが移動し、美術館の職員と思われる二人の人物の姿が視界に入った。
正面に立っているのは、背の低いふくよかな男性だった。くるくるとした色の薄い金色の巻き毛で縁取られた艷やかな丸い顔には、真冬だというのに汗が流れている。
昔図鑑で見た、冬になると全身が一つの大きな毛玉のように見える動物に似ている。
男性の背後には、栗色の髪の毛を頭上でまとめた眼鏡を掛けた細い女性が立っている。マイヤと雰囲気が似ており、テキパキと仕事をしている姿が容易に想像できる。
二人が驚いたように目を見張るのと同時に、サリカは笑みを浮かべて口を開いた。
「どうぞ、お気になさらずに。私は大神官のイリアと申します。プリメナス大神殿の神殿長エリナ様から話を伺い、こちらに参りました」
「あ、ありがとうございます。私は館長をしております、ニクライネンと申します。お越し頂けたこと、心より感謝申し上げます」
「館長秘書のムルトと申します。当美術館までご足労いただき、厚く御礼申し上げます」
緊張しているのだろう。元々高めの館長の声音が、裏返って更に高い声になっている。一方、秘書の女性に動揺している様子は見られない。
サリカは笑みを深めると、深々と頭を下げる対照的な二人に礼をとった。
御者台にいた二人の神殿騎士のうち一人が同行することになったため、肩に乗ったカミルを含めると、四人で現場に向かうことなった。小鳥姿なので分かりにくいが、いつもよりキリッとしたカミルの様子が微笑ましい。
「どうぞ、こちらへ」
館長達に案内され美術館に入ったサリカは、目の前の大階段を見つめ、声を出さずに「へえ」と呟いた。
吹き抜けとなっている大階段の両脇には、サリカの身長と同じ高さの台座に乗った、男女の彫像が置かれている。
床に敷かれた瑠璃色の絨毯は、毛足が長く踏み心地がいい。階段にも絨毯が敷かれているが、どうやら上に行くほど色味が薄くなっているようだ。
真っ白な壁や柱にも所々彫刻が施され、建物自体が芸術作品のように見える。
「これは素晴らしいですね」
「ありがとうございます。一階には彫刻、二階には絵画、三階には宝飾品を展示しております」
「問題の壺は一階ですか」
「いえ、二階にございます」
素材が何かは知らないが、壺なのだから一階かと思いきや、どうやら違ったらしい。何処に何を展示しようと美術館側の自由なので、サリカは黙って二人の後をついていくことにした。
階段を上がって二階に到着すると、『順路』と表示された看板通りに左側の入口へと進んで行く。
両開きの大きな扉を開け中に入ると、四角い部屋が広がっていた。壁に大小様々な絵が掛けられ、真ん中には背もたれの無い長椅子が一つ置かれている。
休館日だからだろう。天井の明かりは点いているのもの、部屋の中は薄暗い。おそらく絵画を照らすための魔道具の明かりが、全て消えているせいだろう。
一応ぼんやりとは見えるものの、どんな絵なのか殆ど分からない。絵画鑑賞に来たわけではないが、少々残念である。
館長達の後に続き、サリカ達は入口の対角線上にある出口から次の展示室へと進んだ。柔らかな絨毯のお陰で、足音一つしない静かな展示室を二つほど通り抜け、三つ目の展示室の出口付近で、館長が足を止めた。
「問題の壺は、この先にございます……」
出口から見えるのは、細長い廊下だった。壁際に座り心地の良さそうな長椅子が置かれているので、休憩所としても使われているのだろう。
「館長、大丈夫ですか?」
秘書の女性の声に、館長へ視線を向けると小刻みに身体が震えている。先程まで血色が良かった丸い顔が、青白くなっている。
「どうやら体調がよろしくないようですね。どうぞ遠慮なさらず、椅子で休憩なさってください」
「す、すみません……」
館長は秘書に支えられ、展示室の中央に置かれた椅子に腰掛けると、ふうと大きな溜息をついた。秘書の女性に丸い背中を擦られ、少しずつ体調が落ち着いてきたのが見て取れる。
「『癒し手』ではないため、お役に立てず申し訳ありません」
この場に居たのがソニヤやエリナだったら、すぐに対応できただろうが、サリカは黙って見守る以外何もできない。
患者の扱いが雑で癒し手にならなかったユリウスと異なり、サリカは癒し手としてのセンスがないのだ。一応、体内魔素の調整をすることはできる。だが、調整中に全身を何かが這いずり回るような不快感が生じるらしく、ユリウスから二度とやるなと厳命されている。
「いえ、とんでもございません! こちらこそきちんとご案内する事ができず、申し訳ありません」
慌てて立ち上がろうとする館長を身振りで留め、サリカは再び展示室の出口へと視線を向けた。
「壺は、あの休憩所にあるのですね」
「はい、そうです」
「展示品なのですか?」
「いえ、違います。花瓶として使用するため購入した、ごく普通のどこにでもある壺です」
今いる場所から壺は見えないが、状況によっては動かす必要があるかもしれない。だが、展示品でなければ、動かしたところで問題はないだろう。
グッタリとした様子の館長と、心配そうに背中を擦る秘書の様子を確認したサリカは、自分のすぐ傍に立つヨハンナと、背後に立つ若い神殿騎士に目を向けた。
「どうかなさいましたか?」
「二人は体調に変化はありませんか?」
「私は何ともありません。アルベルト、お前はどうだ?」
「私も問題ありません」
二人の返答に頷いたサリカは、館長へと歩み寄った。
「館長、今日もしくは昨日、壺の傍に行かれましたか?」
「は、はい。昨日は壺に入れられた手紙の回収に、今日は皆様がいらっしゃる前にもう一度確認をと思いまして……」
「そうですか。おそらく今体調が優れないのはそのせいですね」
「よ、余計な事をしてしまいましたでしょうか」
おろおろしている館長に、サリカは笑みを浮かべて首を振った。
「いえ、余計な事ではありません。館長のお陰で、少し状況がわかりました。ご尽力感謝いたします」
「は、はい……」
感謝の理由が分からず戸惑う様子の館長を見ながら、サリカは笑みを深めた。
今は理由の説明より、現場の確認が先である。
「これから近くに行って様子を見てまいります。状況によっては壺を動かす事になるかもしれませんが、構いませんか?」
「もちろんご自由になさって下さい」
「では、お二人はここでお待ちください。何かありましたらすぐにご報告します」
「よろしくお願いいたします」
美術館だというのに、鑑賞するのは芸術作品ではなく備品である。何とも残念な鑑賞会ではあるが、役目を果たすために来たのだから仕方ない。
館長達に頭をさげると、サリカは出口に向かって歩き始めた。ヨハンナとアルベルトも、サリカと一緒に展示室の出口へと向かう。
「カミル、よろしくね」
サリカの囁きに、カミルが大きく頷いた。




