冷たく青い肌の秘めた熱3
そうして始まった大猿討伐は、俺が想像した以上にハードだった。
まず何と言っても数が多くて動きが早い。
更にその動きが予測のし辛い不規則な物で、戦いの流れをコントロールする事が非常に困難である。
複数の敵と戦う場合、自分から切り込み、常に動き回る事で敵の配置をコントロールし、正面のみを相手にする戦術を俺は得意としているが、今回の大猿はそれを許してはくれない。
故に相手の攻撃を待って反撃で切り倒す様な戦い方を取るしかなく、俺とララディーナは自然と背中合わせになって互いの死角を守り合う。
冒険者ギルドが、大猿討伐にはチームでの参加を基本としている理由が充分に理解出来た。
勿論身体強化を発動して動き回れば、大猿の速度を上回って有利に戦う事は出来るだろうが、押し寄せて来る敵の数を考えれば、その戦い方では体力が持たない。
けれども互いに背中を預け合って正面の敵のみを相手にしていると、何とも言えない不思議な安心と高揚を覚える。
これまでにも幾度か他の冒険者と臨時のチームは組んだけれど、この感覚を覚えた事はなかった。
あぁ、この感覚はもっと以前に、古参の凄腕傭兵と組んで任務に当たった時に感じた物に、良く似てる。
つまりは、そう、負ける気がしないって奴だ。
「人間、配置を押し上げるぞ」
押し寄せる大猿、恐らくは群れの中の最下級の雄を十数匹ばかり殺して敵が一時途切れた際、不意にララディーナはそう言った。
成る程、俺と彼女は余裕だが、他もそうであるとは限らない。
もう直ぐすればより手強い、群れの中で上位に位置する個体も出て来る筈だ。
俺と彼女が配置を、他との繋がりが切れない程度に少し前に出せば、より多くの大猿がこちらに集まり、上位の個体も来易くなる。
仮に他の誰かと組んでいたなら、俺はその判断は無謀だと反対しただろう。
だが彼女とならば、……そう、問題はない。
「弱者の負担を減らしてやるのは、強者の務めだ。貴様とならば問題あるまい」
そんな風に言うララディーナに、俺は唇を吊り上げて笑みを向ける。
随分と気が合う。
どうにも楽しくなって来た。
「勿論構わない。けれど一つ、条件がある。ララディーナ、俺は君の名前を知ってる。俺はアスィルだ。君もそう認識しろ」
俺は布で短槍に付着した体液を拭い、一度振う。
流石はドワーフ製の逸品だ。
たったそれだけで、短槍は鋭さを取り戻す。
この後数十、数百と戦っても、この短槍は俺の期待通りの性能を発揮し続けるだろう。
そしてそれと同じ位に、ララディーナの実力も信頼が出来た。
ふっ、と彼女もまた笑みを浮かべる。
「私に自分を認識しろとは、おかしな人間……。いや、アスィル、貴様はおかしな奴だな」
俺は思わずその笑みに見惚れそうになって、あちら側から聞こえてきた大猿の鳴き声に顔を顰めた。
随分とまぁ、良い所で邪魔をしてくれる物だ。
「行くぞ」
既にララディーナの顔に笑みはなく、配置を引き上げる為に歩き出す。
仕方ない。
邪魔の礼は、たっぷりと大猿の群れ全体に返してやろう。
そして俺とララディーナは大量の大猿を引き付けて、その全てを討伐した。
最終的な討伐数は、俺が最下級が二十二、兵級が十六、群れの長である白毛の王が一。
ララディーナが最下級が三十、兵級が十五、将級が二。
トータルすると他のチームの追随を許さない圧倒的な戦果である。
流石に全てが終わった後は、俺もララディーナも立っているのがやっとの凄まじい疲労に襲われ、血塗れの泥塗れの酷い姿だったが、それでも気分は最高に良かった。
その後に行われた掃討戦、大猿の雌や幼体の討伐には参加しなかったが、それでも今回の依頼で最も功績を上げたのが俺達である事に、反論する者は誰も居ない。
これが俺とララディーナの出会いであり、二人のチームが、一躍有名になった一件だ。
あぁ、そう、この後、俺と彼女は臨時でなく、正式にチームを組む。
多分もう、この時にはお互いが得難いパートナーであると言う認識は、既に双方共にあっただろう。
チームを組んでからの俺達の活躍は、多分客観的に見ても凄かったと思う。
比較的弱い魔物の巣なんて日常的に潰していたし、マンティコアと呼ばれる尾に毒針を持つ獅子の様な化け物も狩った。
小さな集落を襲うとしていた魔物の群れを、偶然居合わせた俺と彼女だけで殲滅した事もあったし、飛竜を仕留めた事もある。
活躍し始めた当初は、俺とララディーナを纏めて自分のチームになんて勧誘もあった。
俺と活動し始めてからの彼女は少し人当りも良くなっていたから、他の冒険者からの目も変わって行ったのだろう。
物は試しと、期間を限定して他の冒険者と組んだ事もある。
……だが、やがてそんな誘いもなくなった。
何故なら他の冒険者達は誰も、俺とララディーナに付いて来れなかったから。
実力だけの問題じゃなく、魔物を討伐するペース、依頼を受ける頻度が、俺と彼女のチームは他の冒険者とは段違いだったのだ。
結局二人だけで活動するのが一番良いと判断する頃には、他の冒険者も臨時なら兎も角、俺達を固定メンバーとしてチームに誘おうとはしなくなっていた。
とても充実した日々だった様に思う。
ララディーナも、他の誰にも見せない表情を、俺にだけは見せてくれた。
しかし討伐ペース、依頼を受ける頻度が他より圧倒的に高いと言う事は、金が貯まるスピードもまた早いと言う事。
それ故に俺が当初は最低限の準備を整えるだけで三年、余裕を持って準備をするなら五年は掛かると想定していた額が、僅か二年で揃う。
それも俺が単独で活動していた期間が半年から一年程あったから、彼女と組んでからの時間は一年と少し。
たったそれだけで、終わりの時は近付きつつあった。