謎生物と試験勉強
俺達がシードラゴンを討伐したあの日から、マティアさん親子の生活はがらりと変わ……らなかった。
二人(+俺と白いヤツ)は今まで通り裏路地の家で過ごしている。
マティアさんは商店街にあるレストランに働きに行っているし、俺とレイラちゃんはいつも通り魔法と座学を勉強してるし、モフ太はベットの上で眠りこけてるし。
少しかわったところといえば、少し勉強する時間が増えたこと、ご飯が少し豪華になったことだろう。
どうやらモフ太は魔法にステ全振りしていただけでなく、欲の方も金銭欲・睡眠欲、そして食欲の三つに全振りしているみたいで、俺の分まで食べていた。それは多分食欲もあるだろうけど、何よりマティアさんの料理の腕もある。
マティアさんはレストランでウェイトレスだけではなくシェフもしているらしく、本当にさすがの腕前だった。モフ太も「マティアさんの料理だけで生きていきたい」とまで言っていた。ちなみに初日から。
数少ない食材でもかなりの旨さだったのに、お金に余裕ができたことで食材が少し増えたのでもっと旨くなったのだ。
「………よし、正解だ!」
「わぁい!」
レイラちゃんの学力はうなぎのぼりに上がっている。
俺が来たときなんか読み書きすらままならなかったのに、今では簡単な計算(四則計算)はばっちりマスターし、国の歴史も大体記憶し、なぜかエルフ語までも理解していた。
試しに一次関数を教えてみると、自分で自主勉ノートを作って勉強しだし、今では俺の出した問題の八割方に正解している。
なんなんだこの天才児は………!
「先生、ここはどうやってとくの?」
「あー、そこはまず点Aと点Bの座標を出して………」
だが、レイラちゃんがここまで真剣なのには理由がある。
それは一週間ほど前のマティアさんの発言に遡る。
ーーーーー
『が、学校!?』
その日の晩御飯の時、マティアさんは真面目な表情を浮かべて俺に言った。
口があんぐりとあいたまま動かない。
『はい。この子を学校に行かせてあげたいんです。』
『へ、へぇ……ガッコウ……』
異世界に来て二日目にモフ太から聞いたこの世界の教育事情。
なにやら「やばい」ということだけ聞いたんだけど、そういえば詳しく聞いてない。後で聞こう。
『お金に余裕も出てきましたし、いつまでもリュウさんに頼りつづけるのも悪いかと思いまして………』
『いっ、いやいやいや!俺は別に構わないですよ?』
その時、階段を駆け降りてきた音がして、ひょっこりとレイラちゃんが顔を覗かせ、花のような笑顔をみせながら言ったのだ。
『私、学校行きたい!』
ーーーーー
どうせマティアさんもあの笑顔にやられたのだろう。
そしてそれは俺も同じだった。
「先生!次は次は~?」
「よーし、じゃあ次は座標使って三角形の面積求めよう!」
「はーい!!」
あーいいなぁこういうの!
俺、普通に教えるの得意なんじゃね?そういや、あの万年赤点だった夏樹を、たった四回の勉強会で赤点回避させたよな、俺。
げしげし、と首の後ろを蹴って来るもふもふに首のこりを取ってもらいながら、俺はにんまりとほくそ笑んだ。
マティアさんの行動は意外と素早く、すぐに編入手続きを始めた。
試験は月末。受かれば二学期からもう通えるらしい。
『……ねぇ、リュウ。』
「ん?なに。」
レイラちゃんが嬉々として問題に取り組みはじめ、俺がほっと息をついた時、少し低い声でモフ太が言った。
なんだ?また愚痴か?
『この後、ちょっと付き合ってよ。』
「………は?」
『すごーく大切なことするので、寝ないでよね!』
窓の外は真っ暗。元の世界とそっくりな白い月がぼんやりと浮かんでいる。
正直だらだらしたいところなのだが、なぜかモフ太の丸い目がいつになく真剣で、俺は疑問符と共にうなずいた。
「せんせ、できた!」
「えっマジで?!やはり天才児か………!?」
『てゆーか、学園の試験に一次関数が出るとは思えないんだけど………』
赤ペンを手に丸付けをしながら、俺は心の中で少し笑う。
知っているさモフ太。でも、実はまだこの国の歴史を整理できてないんだ。あの図書館、本が多い割に雑多にしか書いてないし、内容が重複しまくってるんだよ……
図書館に入ってから、目につく歴史書やら魔獣図鑑やらを見繕って取ったのだが、基本事項を長ったらしい文章でつらつらと書いているだけだった。
まさか、図書館の本全部読んでもわからない部分があるとは思わなかった。
具体的には、上位魔法や魔獣の細かい特性とかだな。
「先生……この問題、解けない。たぶん問題文、ここが違う。」
「え!?………うっわマジだ…ごめん、レイラちゃん!」
レイラちゃんの言葉で意識を戻し、指をさされた場所を見ると、確かに問題文の数字が間違っている。
うわぁ……やっちまった。やっぱり徹夜明けに問題は作るもんじゃないな。
『はっ!どっちが先生なんだか!!』
「うるせぇはたき落とすぞ!」
ぐふふ、と気持ち悪い笑い声が聞こえる。
くっそ、こいつは煽りスキルまで持ってんのか!
「あの……先生…………」
「どうしたの?レイラちゃん。」
「先生って、モフ太ちゃんとお話しできるんですか……?」
俺を見上げる小さな瞳の中でくるくると光が回る。
この、幼女………あざとい!?
「あー…うん。なんか、わかるんだよねー……」
『曖昧な答え方で逆に面白い。』
あははーと苦笑いしながら答えると、レイラちゃんの顔がぱっと明るくなった。
何か宝物を見つけたみたいに嬉しそうに笑い、レイラちゃんは言った。
「じゃっ、じゃあ、エルフ語もっとおしえてください!図書館に読みたい本があったけど、難しくて読めなくて………」
「え、エルフ語!?」
あくまで俺はすべての言語が日本語に脳内翻訳されているだけで、学んだわけではない。
だから、どんな文字がどんな意味なのかなんて考えたこともなかった。
………どうすればいいんだ。
なので、俺はとりあえずレイラちゃんに今かけるだけのエルフ文字を書いてもらうことにした。
出来上がったのは「私」とか「嬉しい」とか「ゆっくり」みたいな単語の山。
ふむふむ、これはいいぞ。
「よし、じゃあこの単語をカードにして文脈の練習しよっか。補充する必要があったら俺が書くから。」
「………!はい!」
喜々として紙を切りながら、レイラちゃんはふんふんと鼻歌を歌う。
微笑ましいなぁ………
思わずにやけるほっぺくらいは、モフ太よ、見逃してくれよな。