level20
「おお、ユーリ。弓の練習はもう良いのか?」
居間で俺の用意した朝食を食べながら、師匠がそう訊ねて来た。
“タナスアート=ラファガ”。
ラファガ流術式戦闘術の開祖にして、俺の師匠である。
身長は175㎝程。
年齢は70は越えているだろうが、その体は若々しく、歴戦の勇姿を思わせる。
長く整った口髭と、頭髪を残して大きく前進した頭頂部をもつナイスガイだ。
「…なんか失礼な事考えておらんか?」
「…流石師匠…敵いませんな…。」
「それ、下手に出とらんからな。普通に馬鹿にしとるからな。」
まぁ、いつもの流れである。
家事を済ませ、弓の練習をしてくると出掛けた俺が、然程時間もかからず戻って来た事が不思議だった様だ。
「…で、どうしたんじゃ?
何かあったのか?」
「はい。まだ子細は分かりませんが、
グリフォンが此方に向かっております。」
“グリフォン”
“大翼王ハーレック”の眷族で、鷲の顔と翼。
獅子の体を持つ魔獣である。
魔獣の中でも誇り高く、知性の高いグリフォンは、主人と認めた者に対しては忠実な僕と成る。
…魔王の影響下に入らない限りだが。
俺がさっき千里眼で確認したのは、そのグリフォンが此方に向かって来る様子だったのだ。
「グリフォンか、珍しいのぅ…。無いとは思うが、野良か?」
「いえ、騎獣鎧に同じくグリフォンの徽章があり、その背には二人の人影も見えました。
恐らくアルバーン侯爵家所縁の方々かと…」
アルバーン侯爵家は、このエルバレスタ地方一帯を統治している貴族だ。
広大な領地に幾つかミスリルと銅の鉱山を持ち、王国内でも高い地位を持つ。
とは言え、グリフォンは騎獣としては極めて高価かつ扱いの難しい部類に入る。
使いだとしても、一介の騎士に使わせる事は無いだろう。
「そうか…。
しかし、お前さん何でグリフォンの徽章がアルバーン侯爵家のものじゃと知っとる?
教えた覚えは無いのじゃが。」
「師匠の書斎の本は全て目を通しています。
3年程前の物ですが、貴族名鑑を読んで記憶しておりました。」
「…よく覚えておったのう…。」
「はい。超絶イケメンですので。」
「意味が違うんじゃないか?
まぁ、良い。
取り合えず外に出て様子を見るとするぞ。
お前さんは顔を見られると面倒じゃから、この面で隠すんじゃ。」
そう言って師匠は戸棚の上から一つの面を取り出した。
白地に、恐らく獅子をモチーフにした装飾かがされている物だ。
成る程…確かに素顔を晒すのは不味い。
「師匠も分かりますか…。超絶イケメンは顔を隠さないと、全ての人々を魅了して大変なのだと…。」
「いや、お前レッサーヴァンパイアじゃん。」
そう言って師匠と俺は外に出た。
ーーーーーーーーーーーーーー
外に出ると、グリフォンが上空で旋回している。
師匠と見ていると、此方に気付いたのか、動きを変えて時計回りと反時計回りを繰り返しだした。
「なんか変な動きしてますね。」
「あれは着地の許可を求める動きじゃよ。
どれ、応えてやるか。」
そう言うと師匠は右手を大きく上げた。
するとグリフォンは旋回を止め、ゆっくりと此方に降りて来る。
これが許可の合図らしい。
やがてグリフォンが地面に降り立つと、二人の人物が降りてきた。
二人供訝しげに俺を一瞥し、そして師匠の方へと近づいて来る。
一人は、年齢は30代中頃で、仕立ての良い服を着こなしたナイスミドルだ。
少しウェーブのある髪を整髪用の香油で整え、キリッとした目鼻立ちは、中々の男前である。
そして、その男性の後ろから続く小さな人影。
10歳程の女の子で、緩やかなウェーブで光沢のある髪。
目鼻立ちは先の男性と印象が重なる。恐らく親子なのだろう。
少し気の強そうなきらいがあるが、十分に美少女と言える。
貴族然とした一礼を済ませると、ナイスミドルが師匠に向かい声をかけて来た。
「お久し振りです。タナス様。」
「うむ。久しいのうルイス。
セシリアも息災で何よりじゃ。」
二人はそう言って挨拶を交わす。
まぁ、分かっていた事だが、俺の師匠は大人物らしい。
“ルイス=アルバーン”。
俺が読んだ貴族名鑑に、アルバーン侯爵家の嫡男として書かれていた人物だ。
本自体が昔の物の為、今の立場は分からないが、恐らくは現在のエルバレスタ侯爵その人であろう。
そんな人物に敬語を使われているのだ。
「セシリア。ご挨拶を。」
「はい。お父様。」
そう言って、セシリアと呼ばれた少女が前に出た。
そのまま父にならい、貴族然とした一礼を済ませて挨拶を始める
「お久し振りです、タナスアート様。ご健勝の御様子で、慶賀の至りに存じます。」
「ホホ!そんな畏まらずとも良い。昔の様に“じぃじ”と呼べば良かろう。」
「そ、そのような事は出来ません!
あれは幼い頃の話です!」
「ワシから見ればまだまだ幼いがのぅ?」
「た、タナス様!」
どうもこの二人も初対面では無いようだ。
まぁ、この三年の間に師匠が留守をしていた時期もあるし、俺が来る前からの知り合いなのかも知れない。
ひとしきり二人が話終えると、此方を一瞥し、ルイス氏がこう切り出した。
「…タナス様、そろそろそちらの御仁を紹介して頂いても宜しいでしょうか?」
そうなのである。ずっと俺は放置されていたのだ。
「おぉ、すまんな忘れとったわい。
ユーリ、ご挨拶を。」
忘れとったんかい。
まぁ良い。
正直だろうと思ってた。
俺は気を取り直し、二人に向かい挨拶をした。
「お初にお目にかかります、ルイス様。セシリア様。
私は魔術師タナスアートの弟子、ユーリと申します。
御二人にお会い出来た事、まことに光栄にございます。
以後、お見知りおきを。」
「「へ!?」」
凍りつく空気。
俺が挨拶をすると、二人は驚愕に目を見開きそのまま固まってしまった。
…挨拶としては無難だと思ったんだが…なんか地雷踏んだか?
「…で、弟子ですか?タナス様。
タナス様は御弟子はとらないと御決めだったのでは…?」
意を決した様に、そうルイス氏が師匠に尋ねる。
「うむ。そのつもりじゃったが、縁が有っての。
こやつを弟子にとったんじゃ。」
どうもさっきの間は師匠が弟子をとった事への驚きから来たものらしい。
師匠は自分の事はあまり教えてくれないけど、やっぱり目茶苦茶凄い人なのだろうな。
俺がそんな事を考えていると―
「タナス様!!」
セシリア嬢が大きな声で師匠を呼んだ。
「…なんじゃ?」
「私、今日父に無理を言って同行させていただいたのは、実は折り入ってタナス様にお願いしたき議が有っての事なのです!!」
「セシリア!!お前、まさか…!?」
ルイス氏が何かを言いかけたが、それを遮りセシリア嬢は続けた。
「私を、タナス様の弟子にして下さい!!」




