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酸素じかけの境界層  作者: 堀河竜
第三章 そらをまわるもの
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新たな旅


三ヶ月後、ヴィンス達は海底都市に戻って穏やかな日々を暮らしていた。

オゾンシールドを展開するという大きな目標を達成することはできたが、それだけではまだ地球は救われない。

空を降下している最中に見た地球には海も緑もなく、ほとんどが砂……廃墟となったビルなどが小さく見えていたがそれ以外は全て砂漠と荒野だった。


オゾンシールドも展開された今、次なる目標は植物の種や苗を植えて緑を増やしていくことだった。

オゾンシールドを展開したことを無為にしないためにも、ヴィンス達は街の住民と一緒に砂漠の緑化を目指して今日も砂漠で種を植え続けていた。


「ベル、もっと深く植えないと育たないわ」

「おっと、そうなのか……。しかしこの仕事はなかなか慣れねえな。俺の性に合ってないのかもしれん」

「それでも大事なことだから続けなきゃ」

「わかってるさ。それにユグドラシルみたいな植物が何本も根を張っているところを俺も見てみたいんだ。匙は投げねえよ」


話をするベルとレベッカの顔に日の光が当たる。

手の平をかざしながら空を見ると、ユグドラシルと呼ばれるようになった大樹が微かに目に映った。

かつて人工衛星が飛んでいた高さを回っているので肉眼では本当に小さくしか見られないが、確かに地球周回軌道を飛んでいる。


このユグドラシルがもたらした影響はやはり大きい。

オゾンシールドで有害紫外線を防いでくれるようになったのは勿論のこと、日中に人が活動できるようになって昼夜が元に戻った。

昼に休息を強いられていた人類が活動できるようになって、本来の生活リズムに戻ったのである。


それでも過去の名残か、夜に活動する人はまだ少なからずいるが、大体の人々はベル達のように太陽の下で仕事をしていた。


「そういえばヴィンスは? 姿が見当たらないけど」

「ヴィンスなら今は街にいるぞ。この後、俺達に集まってほしいと言われていたんだが聞いてなかったか?」

「何よそれ。聞いてないわ」


レベッカは遅い情報に腹を立てる。

ベルに伝えておけばレベッカにも伝わると思っていたのかもしれないが、大雑把なヴィンスに後で文句を言うことを考えながらレベッカは尋ねる。


「それで、集まって何をするの?」

「それは俺も聞いてない。身支度だけ済ませておけ――だなんて言うだけで何も教えてくれなかった」

「秘密にしてるつもりかもしれないけどかなり無責任だわ」


何をするつもりか知らないが情報だけは回しておいてほしいというのが本音だった。

人を集めるのにも何もかも無責任であるし勝手だ。

レベッカに至っては、身支度が必要だというのに今更情報が伝わってきた所為で何の用意もできていないのだ。


しかし実際のところ、ヴィンスが何をしようとしているのか疑問になってくる要素だけがわかっている。

身支度が必要ということはどこかに行くということ。

それならどこに行くのだろうか。植物を植える使命はどうするのかなどと、気になることが増えてくる。

無責任で勝手で腹立たしいが集合しない訳にはいかなかった。



地上から海底都市に戻り、二人で集合場所に行くと、ヴィンスは一台のトラックを用意して待っていた。

運転席の後ろにコンテナが付いていて、中を見るとバイクも載っている。

以前のようなトレーラーよりは小さくなるが、旅には打ってつけの車だった。

やはりヴィンスはこの街を発とうとしているらしい。


「よく集まってくれたな。身支度は済ませてきたか?」

「そのことなんだけどねヴィンス……私に用事を伝えてくれてないから用意なんて何もできないのよ! ベルから話を聞かなかったら集まってたことすら知らないままだったわ!」


怒るレベッカにヴィンスは「悪い悪い」と笑いながら謝る。

謝り方もやはりいい加減でヴィンスらしかった。

その謝り方がまたレベッカの腹を立たせるが、揉める二人の横からベルが尋ねる。


「それで何をしようとしてるんだ? 車を用意したってことはどこかに行くつもりなんだろう?」


本題に入る問いにヴィンスは嬉々として答える。


「そうだ。この海底都市の他にも街を見付けたんだ。その街を目指してみようと思う」

「街を見付けた? それは確かなのか?」

「確かだよ。ユグドラシルからスカイダイビングした時、東側の大地に街が明かりを灯しているのを見たんだ。トラックで行くとなると遠くなると思うが辿り着けない距離じゃない。何日か掛ければ行ける街なんだ」


目的が達成できるかどうかを話すヴィンスに、ベルはどうしてその街を目指すのかと疑問に思ったが、愚問だと考えてやめた。

いつかヴィンスが話していた、使命を感じて生きていたいという話を思い出したからである。


そしてその話を聞いた時のように、ベルはヴィンスに対して同じ感想を持つ。

疲れそうな生き方してるな、と。一箇所に留まって平和に暮らしているよりずっと苦労して生きていそうだな、と。


しかし今回はそれに加えてもう一つ感想を持った。

それをベルはヴィンスに伝える。


「まったくヴィンス……お前といると退屈しないよ」

「楽しいだろう?」

「楽しいさ」


それだけ答えるとベルはヴィンスに続いて出発の準備を始める。

レベッカだけが二人を唖然と見ている。


「待ってベル……もう付いていくつもりなの?」

「レベッカは行かないのか?」

「い、行くけど二人は話が早すぎるのよ!」


言いたいことは沢山残っていたし、ヴィンスの勝手な都合に流されたような状況になってしまったが、レベッカもまた旅を楽しんでいる者の一人だった。

一緒に旅をしていたいと既に宣言しているのだ。

 


一時間後には準備も済んで街を発とうとしていた。

三人分の荷物や食料、植物の種や酸素玉を荷台に詰め込んでヴィンス達はトラックに乗り込む。

エンジンをかけると火の入った車がぶるりと震える。


見送りに駆け付けてくれたバルドメロを見掛けると、ヴィンスは運転席の窓を開けて顔を出した。


「それじゃあ行ってくるよバルドメロ。元気でな」

「お前達こそ無事に帰ってこいよ」

「爺さんも来ればいいのに」

「いいや……俺には飛行機があるからな」


そう言ってからバルドメロは神妙な面持ちで続ける。


「でも機会があったらまた会おう。お前達の為ならいつでも空を飛んで駆け付けるぞ」

「ありがとう爺さん」


感謝を述べてヴィンスはハンドルを握る。

ベルもレベッカも顔を出した。


「またな爺さん」

「また会いましょう。いつかどこかで!」


それぞれ挨拶を済ませるとトラックは動き始める。

バルドメロが手を振って見送ってくれるのを見ながらヴィンス達は門を潜り、いつか飛行機で駆けた道を走り始める。


海底トンネルの道を走りながらヴィンスはこれまでの出来事を思い返す。

海底都市から発つことはまるでこの世界に目覚めてから今までとの区別を付けるようで、沢山のことを思い出す。


コールドスリープから目覚めてレベッカ達と旅をするようになったこと。

ブルーレイクのことで諍いが起きたがそれから互いを理解し合うようになったこと。

フンベルクに追われて死に掛けながら街に辿り着いたこと。

ユグドラシルへ向かうためにバルドメロと飛行機を作り始めたこと。

街を出る時にセリカを失ってしまい悲しみに暮れたこと。

フンベルクとの雌雄を決して、高高度から飛び降りたこと。

それらの経緯があってようやくオゾンシールドを展開したこと。


本当に沢山のことがあったとヴィンスは思い返す。

決して平坦な道ではなく苦労や歓喜があって今があるんだと実感した。


そんな道を今もまた進み始めたのだと思うとヴィンスの心は躍らずにはいられない。

東はヴィンスだけでなくレベッカもベルも未知の世界。

目的地があるだけで予想も付かず保証もないが、それがヴィンス達の心を惹き付けて離さない理由であり、苦労や別れの悲しみを越えて旅を続けさせているのだった。



今回で「酸素じかけの境界層」第一部は完結です。第二部を書く予定はまだ未定です。

何か個性が出る作品書きたいなと思って酸素玉を特徴にして書き始めたのですが、説明や調査不足もありまして反省するところは残っています。

これから改訂を続けてもう少し磨いていくつもりです。


公開停止する予定があるので小説家になろうでは完結したことにはしません。

六月末に公開停止して公募に出そうと考えております。

どこまで辿り着けるかわかりませんがこの作品は今回で一先ず完結です。

ここまで読んで頂いた方、本当に有り難う御座いました。

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