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酸素じかけの境界層  作者: 堀河竜
第三章 そらをまわるもの
27/28

空の果てからの降下、消え行く宇宙樹

※6/20 次話「希望の光」をこの話に付け加えました。


施設に何かが起こり始めていることは、外にいるレベッカ達にもわかっていた。

レベッカは麻痺したベルを安全な場所に連れて行ったらヴィンスの元へ戻るつもりでいたが、突然どこからかアナウンスが流れ始め、退避するように告げられたのである。


結局、飛行機が待機している場所に戻ってバルドメロと共に施設の方を見ていたのだが、カウントダウンが0になると驚くことに大木と地下の施設が空中に浮かび上がり、ゆっくりと空へ上り始めた。

施設の底は大きく凹んでいて、その部分が青白く光っている。

その光は燃焼のものではなく、何が光って見えるのかまではレベッカにわからなかったが、ガスや燃料が燃えている光ではないということだけは理解できた。

そしてその施設が向かっている先が空よりも遥か先であることを察して、耳にしただけでその景色を目にしたことなどない、この時代では最早伝説と化していた場所のことを思い出した。


「まさか、宇宙に行くの? 空よりもずっと高いところへ向かうつもりなの?」


隣にいたバルドメロが一緒に仰ぎながら答える。


「どうやらそのようだ。世界が滅びる前に、ロケットが宇宙へ飛び立つのを見たことがあるが、まさしく同じ光景だよ」

「でも、あの中にはまだヴィンスがいる……まだフンベルクと戦ってるかもしれないのよ……!」


レベッカは不安そうな表情で消えていく光を見上げている。

まさかヴィンスはこのままオゾンシールドを展開するために別れも告げずに犠牲になるのではないか。

そう考えるとレベッカは胸が押し潰されそうな感覚に襲われる。


あの高さから無事に地上へ戻ってくる術があるのか、バルドメロに尋ねるのが恐かった。

もしかしたら緊急用に脱出できる道具が備わっていたりするのではないかと僅かな希望を抱きながら、ヴィンスのいる施設を仰いでいた。



しかし、そのようなもの……パラシュートなどの降下用道具は備わっていないのである。


そのことをヴィンスもちょうど博士のホログラムから聞かされていた。

フンベルクをオキシゲンナー装置のコアに連れ込むのに時間を使ってしまい、脱出が遅れてしまったのだ。


逃げ遅れて強烈な重力に体が襲われ始めるが、ヴィンスは諦めず脱出できる場所を探す。

宇宙まで出てしまうと地球にはもう二度と帰ってこれなくなる。

これまで旅を続けてきた仲間達……レベッカやベルとも会えなくなってしまうのだ。


『しかしヴィンス、パラシュートもないとなると脱出しようがないんじゃないのか?』

「なんとかする。それより外までの道案内をしてくれ」


技術が進んでいた時代のロケットとはいえ立っているのもやっとの重力が体に掛かっていて走ることなど到底できない。

前へ進むのも手を付きながらでしかできない。

手すりが付いていればずっと楽に進めるが遺跡のような道にそんなものは用意されていなかった。


そんな中、ホログラムの博士は真っ直ぐに立ちながらヴィンスを急かす。


『急げヴィンス。外へ出るにしても高度三十キロが限界だ』


わかっていると心で答えるも口にする余裕はなかった。

ただ一歩一歩、確実に前へと歩く。

地球に残り、仲間達と再会する望みを諦めない気持ちで脱出用の道を辿っていった。


ヴィンスは外に出るために一番近いエアロックへ向かった。

遺跡のような場所だったがその気密扉だけが鉄製で強固な造りになっている。

その扉を通って閉じると、ヴィンスはいよいよ最後の扉を開ける準備をした。


この扉を開けば体はすぐに外へ放り出される。

上昇中に開けるとなるとエアロックが損傷する可能性があったが、もうヴィンス以外に使う者はいない。


「それじゃあ博士、あとはオゾンシールドの展開を頼む」

『その心配はいらないがどうやって地上に戻るつもりだ? パラシュートもないから落下速度も落とせないぞ』

「オキシゲンナーでなんとかしてみる」


そういうとヴィンスは先程交換したオキシゲンスフィアを使って、体全身に酸素の膜を展開する。

外の低気圧でダメージを負わないように、オキシゲンナーによる宇宙服を作り上げた。


「ハッチを開けてくれ」


ヴィンスも博士も依然不安は残るものの、ヴィンスは背をハッチにして言う。 


『降下準備開始……カウント、3、2、1……』


ゼロと共にハッチは開き、ヴィンスは勢いよく放り出される。

風によって体は四方八方に回転し、錐揉み状態になる。

何度も地球と施設が入れ替わって左右もわからなくなるほど回り、遠心力で頭部と足に血液が上り始める。

制御不能に陥る前に空気を噴出して回転を調整し、どうにか体の体勢を水平、仰向けに安定させた。


そこでヴィンスは初めて施設の全貌を目の当たりにした。

宇宙へと遠ざかっていっているので下から眺めるアングルになるが、上端部の葉、真下の根、中心部の施設が見える。

先端部には木にはないビームシールドが展開され、底辺にはクレーターのように大きく凹んだ部分が青白く発光しているが、それらは大気圏を脱出すればやがて外れる。

宇宙に浮かぶ大木はヴィンスにとって初めて目にするものだった。


「ユグドラシル……」


ヴィンスはいつか聞いた神話の樹の名前を呟いた。

初めて見た時から不思議に思っていたがまさか宇宙に浮かぶことになるとは思わず、神妙な気持ちで離れていくその宇宙樹を眺めていた。


うつ伏せになって水平線の先を見ると、その線はかなり角度の付いた弧を描いていた。

水平だったはずの線は反対側の線と一緒に丸形を作っている。

真下にアングルを向けるとそれが円だということがはっきりわかり、地球が丸いということが実感できる。

海がほとんど干上がって砂漠だらけになってしまったのでさすがに青かったことはわからないが、それでも今現在、地球がどんな姿をしているかヴィンスははっきりと目で確認した。

それが高度三十キロから十キロまでのことだった。


『酸素残量低下、酸素残量低下』


ヴィンスのオキシゲンナーが警告する。

しかし酸素量が足りなくなるのは予想済みで、フンベルクが持っていたオキシゲンスフィアを持ってきていた。

時間が足りなくて1つしか持ってきていないがこれがあれば十分に持つはずだ。


オキシゲンナーを開けて、底が尽きそうな酸素玉を排出する。右腕を背中に伸ばしてセットしようとするが……その瞬間に突風が吹いた。

体勢も崩れてしまいそうな風によって、新しい酸素玉はヴィンスの手から離れて上方へ流れていったのである。



ヴィンスは手の平などで空気抵抗を作ってそのオキシゲンスフィアを追う。

どうにか酸素玉を掴もうと近付いていくが、接近が速すぎたり、向かう方向を誤ったり、上手くキャッチすることができない。


酸素玉がオキシゲンナーになければ体に酸素が行き渡らない。

能力が使えないだけじゃなく酸欠の危機にも晒される。

ヴィンスの心も段々焦り始めてそれが集中や冷静さを欠く。


地上まで残り三百メートル。

パラシュートがあったならこの時点で開かなくてはいけないがまだヴィンスは酸素玉を掴めない。

どうにかして酸素玉を掴まなければいけない。

掴まなければ先に酸欠へと陥って枯れ果てた大地へと激突してしまう結末になってしまう。

それだけは必ず避けたい。

突風に煽られて酸素玉を落としたという死因で人生を終わらせることだけは避けたい。


地上まで残り二百五十メートル。

あと一回の接近でオキシゲンスフィアを掴まなければ落下速度を落とすのにも間に合わなくなる。

目標の酸素玉があるのは左側。

左肩を怪我しているというのに左手で掴まなければいけない状況。

上手く動かせず痛みも容赦なく襲い掛かってくる左腕を伸ばし、接近する酸素玉を掴もうとする。

肺の苦しさや焦る気持ちなどを抑え、冷静さを取り戻して左手に意識を集中させる。


しかし左手の指先に当たるだけで、円い酸素玉は手の甲へと転がって取りこぼしてしまった。

万事急す。

ヴィンス自身ももうだめかと思った一瞬だったが、諦めない心が左足を動かして酸素玉を蹴る。

体をロールさせて右手の平でそれを掴み取る。

体勢が崩れたものの酸素玉をキャッチしてオキシゲンナーにセットすることができた。


すかさずオキシゲンナーが空気を放出して落下を減速させる。

体勢を立て直しながら真下に空気を吹き、急降下を和らげる。

体中を風が突き抜け、髪は真上を向き革のジャケットも大きく煽られた。


砂の大地が急速に近付いてくる。

勢いがありすぎてヴィンスの心は縮み上がり、顎も自然と引いていく。

ビルの廃墟など体を貫こんとばかりに横を通り過ぎていき、恐怖から目を細めてしまう。

それでも体中のナノマシンを反応させ、少しでも速度を落とすように風を吹いていく。


「くぅぅ……!」


唸るほどに風を噴出させる。

砂漠の砂を削り取るかのような勢いで酸素玉の気体を吐き出すと、すんでのところで速度は収まり、足から地に着けたヴィンスは何度か転がりながら三点着地で勢いを受け流した。



「ぶはぁ……!」


呼吸を必要としないヴィンスだったが危機をぎりぎり回避したからか、あるいは単純な本能なのか、気が付けば一息を大きく吸っていた。


空気が二酸化炭素だらけな上に、自身が起こした風で砂が舞っているのですぐに咳き込んだが、オキシゲンナーが肺に酸素を届けて次第に胸が楽になっていく。

冷や汗が額にぶわりと浮かんできたがヴィンスの身の回りにはもう一切の危機はなく、胸には使命や義務をやり遂げた達成感が広がっていた。

オゾンシールド装置を打ち上げてフンベルクも討ち破り、成層圏から無事に降下を果たした。


ヴィンスは額の汗を拭いながら砂の上に大の字になって寝転んだ。

やるべきことはまだ残っているが今は体を休めながら達成感に浸ることにした。


見れば星座が浮かぶ夜空に宇宙樹が浮かんでいるのが微かに見える。

もう小さすぎて指で囲んでようやく見えるほどの大きさだったが、自分のやり遂げた成果ははっきりと目に見えていた。

オゾンシールドを展開するユグドラシルは確かに地球を回り始めていた。




レベッカ達とヴィンスは無事に再会を果たしたのは数時間後のことだった。

顔を見た途端レベッカは涙を流して抱き着いてくるが、ヴィンスは心配してくれた気持ちを受け止めるつもりで背中に手を伸ばす。

無事に仲間の元に帰ってこれたことを実感して幸福感に目を細めた。


先程手足を撃たれたベルもヴィンスを心配したのか無理して歩いてくる。

手当てした足を引きずりながら歩いてくるベルをヴィンスは互いの無事を喜ぶかのように抱き合う。

身を挺してレベッカを守ってくれたことが有り難くて、感謝も込めてベルと抱き合った。


「まったく、無茶な奴だなお前は。あの大木の施設から降りてきたのか?」


笑いながら尋ねるベル。


「そうだ。フンベルクと戦ってたら逃げるのに遅れてスカイダイビングしてきた。トラブルもあってかなり危なかったよ」

「オゾンシールドは結局どうなったの? 目的は果たせたの?」


レベッカの問いにヴィンスは答える。


「オゾンシールドの使命は俺じゃなくても代わりを果たせる人がいたんだ。ちょうどそいつが逆恨みして襲い掛かってきていたから、悪いが犠牲になってもらった。これでセリカの恨みは晴れた訳だ」


ヴィンスの話から考えて、二人はフンベルクに何をしてきたのかを察する。

レベッカは「まさかヴィンス……」と動揺して、ベルは「おいおい」と苦笑していた。



飛行機で待機しているバルドメロが機内から「そろそろ太陽が上ってくる。

飛行機に乗らないと大変なことになるぞ」と叫んだ。

彼の言う通り、暗かった空は明るみ始め、東の空は青くなっている。

紫外線フィルターの貼ってある飛行機内に入らなければ有害紫外線を浴びてフンベルクのようになってしまうが、ヴィンスは「もう少しだけ」と返した。

二人は怪訝そうな目でヴィンスを見る。


「そろそろオゾンシールドが展開されるはずなんだ。そうすれば太陽の光はもう避けなくて済むんだ」


空を見上げてているヴィンスに言われて、二人は同じくそこに居残る。

レベッカは一緒になって宇宙樹の方角を見て、ベルは腕に着けている端末で、時刻と紫外線量を確認した。


待っていると、突然その宇宙樹が輝き始め、一面に広がる空中を青い光で囲い始めた。

きらきらと光を反射し、色鮮やかな虹のようなものにも目に映る。

オーロラのようにゆらゆらと動いて、やがて空全体に広がって空を覆った。


それから一分程が経った後、太陽が眩い光を放ちながら地平線から上ってきた。

これまで散々避けてきて、日の光に当たることはタブーとしていた太陽を三人はじっと見ている。


「ベル、有害紫外線量はどうだ?」


ヴィンスは太陽を見ながら尋ねる。


「……今までと比べてかなり少ない。外で暮らしていても特別問題がない量、地球にオゾン層があった時と変わらない紫外線量だ!」


オゾンシールドが正常に機能していることを証明する数字にベルとレベッカは目標を達成したことを歓喜する。

三人の様子を怪訝に思ったバルドメロが機内から顔を出す。

ヴィンスは使命をやり遂げたことを実感して胸を撫で下ろした。


そして太陽が美しいことを改めて目に焼き付けた。

上り始めたばかりで、まだ赤くて半円の太陽に心が打ち震え始めているのだ。


これからは朝日を恐れて眠る必要はない。


ワープゲート事故の象徴……人類滅亡の光と語られていた世界で、太陽が再び希望の光として輝き始めたのである。


スカイダイビングのことを調べていると、極端に気圧が低いと血液が沸騰する説としない説があってどっちを信じればいいのかわからなかったのですが、とりあえず宇宙服のようなものを用意していた方が無難ということで着させています。

でも個人的には沸騰しない説の方が事細かで有力かと思ってます。

自分の調査不足ということもあってはっきりできませんがそんな経緯があって悩んでました。

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