減速するトレーラー、追跡するフンベルク
四人が絶望している様子など構いなく、トレーラーは二十キロ、十キロと減速していく。
「水を用意してくれ。俺が何とかする!」
ベルがそう言うと、軍手やタオルをポケットに突っ込み急いでドアへと急ぐ。
つま先を掛けながら車の外に出て、落ちそうになりながらも何とかボンネットへ移る。
砂地で車が揺れるが、構わず持ってきた軍手を手にはめた。
しかしその時ベルの目に追ってくる族達の姿が目に映った。
予想していたよりもずっと接近していて、もう一キロ先まで迫っている。
加速しないトレーラーと猛スピードで追跡してくる車の群れがベルの心を焦らせた。
揺れる車体から振り落とされないようにボンネットを開ける。
エンジンからの蒸気に負けずにベルはラジエーターキャップの上にタオルを重ねた。
「あちぃくそっ! 冷却も新型にしとけばな」
想像していたもののそれ以上の熱にベルは手を離さずにはいられない。
どうにかキャップを外したいが、軍手とタオル越しでも熱は伝わってくる。
キャップを捻って開けるには根気と覚悟が必要だった。
「ベル、直りそうか?!」
「今やってる!」
ヴィンスに急かされてベルは覚悟を決める。
熱を帯びて圧力の掛かったラジエーターキャップをタオル越しに力一杯握り締め、吹き飛ばないように押さえ付けながら捻り開けた。
そして冷却水が滲むタオルをどけてポリタンクの水を注ぎ込む。
少なくなっていた冷却水が増えて、ラジエーターはどうにか機能し始めた。
「どうだレベッカ、よくなったか?!」
「さっきよりはよくなったわ。けどもうそこまで来てる!」
ベルがボンネットの影からトレーラーの後方を覗くと族達の車はもう大きく見える距離まで近付いていた。
既に弾丸が何発か飛んできていて、トレーラーのフレームを何度も跳弾している。
随分と搦め手な処置を施してエンジンはごく一時的に直ったものの、やはりまだトレーラーは加速し切れず、二、三十キロしか速度が出ていなかった。
「ヴィンス、エンジンが冷えるのには時間が掛かる。奴等を迎撃してくれ!」
「わかった。レベッカ、運転はセリカに代わってもらって、迎撃に回ってくれ。俺一人じゃきっと間に合わない」
「わかったわ」
手の空いていたセリカと代わって、レベッカとヴィンスは武器をいくつか持って迎撃に向かう。
ヴィンスは車のルーフへ上り、レベッカはコンテナの後部扉を開いて銃を構えた。
しかしレベッカが迫る族を目にして改めて数の多さに驚く。
セダンやバイク、モンスタートラックなどの車両が三十台近く走っている。
族達がこのトレーラーよりも速いのなら、目にしている敵全てを追い払わなければならない事になる。
そう思うとレベッカは焦りを感じずにはいられない。
「ねぇ、全員追い払えると思う?」
レベッカは頭上のヴィンスに尋ねるが、彼も同じ不安があるのか答えはすぐに返ってこない。
「できるって言って」
ヴィンスの答えを待ち切れずに言うレベッカ。
急かされて仕方なく嘘でも「できる」と答えてしまおうかと思ったが、ヴィンスは思いとどまって返答を変えた。
「どんな結果になっても最後までやるだけだ」
族の弾丸がトレーラーに跳弾する中、持ってきたグレネードランチャーを両手に構えた。
その銃口を45度ほど上に向けて左右の狙いを定める。
まだランチャーの射程があるほど接近はされていないはずなのに、ヴィンスはその狙いのまま発射した。
弾は空を飛んで重力に従うと放物線を描き、その勢いのまま族の車に命中した。
先頭から二台目の車が爆発で吹き飛び、後続も巻き込んで横転する。
フンベルクの乗っていたモンスタートラックも衝撃で車窓が割れ、彼の手の甲に軽く傷を付ける。
この程度の怪我は痛みにすら至らないがフンベルクの苛立ちは高まっていく。
「もっと飛ばせ! トレーラーに乗り込んで奴等を引きずり降ろすんだ!」
数を減らして何台か足止めもできたが、族の群れは更に加速する。
三台程がトレーラーの後方に追い付き、ヴィンスやレベッカを狙って銃を乱射してきた。
二人とも身を屈めたり扉の影に隠れたりするが、反撃する隙がない。
トレーラーのタイヤに当たれば加速どころか運転もまともにできなくなるだろう。
早く迎撃しなければならないとレベッカの心を焦燥感が包む。
「ヴィンス、手榴弾で右側の車狙って!」
「わかってる!」
ヴィンスが手榴弾のピンを抜くと、言われた通り端の車へ投擲する。
その爆発は車のエンジンに引火して派手に吹き飛んだ。
その爆発に族の気が取られているうちにレベッカは後方の車に飛び移る。
ボンネットの上に着地して小機関銃を構えると、族の乗る運転席目掛けて乱射する。
残る一台に狙われるレベッカだったが、その族はヴィンスがルーフからの射撃で片付けた。
どうにか三台の族を倒して一台の車を得たヴィンス達だが、すぐに残る族の群れが追いついてくる。
まだまだ敵は大勢残っていた。
「ヴィンス、私が数を減らしてくるから援護お願い!」
「なんだって? 待て、一人で行くな!」
奪った車の運転席に乗り込むと、レベッカは減速して族の群れへと向かっていく。
トレーラーにいるヴィンスが止めても彼女はそのまま立ち向かっていき、ヴィンスはそれを見ている事しかできなかった。
さらにトレーラーの行く先にある場所が迫っていた。
これまで行く先々の道は砂漠ばかりだったが、ようやく別の景色が広がっていて待ち受けている。
エンジンの調子を見ていたベルもそろそろその場所に辿り着きつつある事を予感していた。
「セリカ……そろそろ目的地が見えてこないか? 目印になる道が――」
ベルに尋ねられたセリカはハンドルを握りながら遠くを確かめる。
砂漠の水平線ばかり広がっていて一見目印らしいものは見付からない。
しかし人間の視覚では捉えられないアンドロイドの目を持って確認すると、荒野の砂に埋もれているアスファルトの道路を見付け出した。
この道がベル達の目指す目的地へ続いているのだ。
「見えます。アスファルトの道が見えます」
「よし、その道を進んでくれ。俺達の町へ着けばこっちのもんだ」
言われた通りにセリカはハンドルを切る。エンジンも冷却してきて、ようやく応えるようになったアクセルをセリカは踏み、トレーラーは目的地へ猛然と進み始める。
ヴィンスは置いてきた。はっきり言ってこの戦いについてこれそうもない。




