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酸素じかけの境界層  作者: 堀河竜
第二章 海底都市、夢の空
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故人が残したもの


夜の砂漠を走り、赤い荒野の谷間を抜けて、北の方角をトレーラーは走っていた。

セリカの案内で目的地予測地点へ二日掛けて進み、ようやくヴィンスがコールドスリープされていた施設の近くまで来る事ができた。

目印となるようなものがなく、ただ砂漠や荒野がだだっ広いだけの世界ではこの施設を探し当てるのも一苦労だった。

オゾンシールドを張る施設も簡単には見付からないはずなので、この施設での情報はやはり重要なのである。


先日まで落ち込んでいたレベッカも今は元気になり、運転席には四人全員が座っていた。

四人も同じ場所にいるとさすがに狭苦しかったが、ヴィンスにとっては誰か一人抜けているよりは居心地が良いように思える。

心配して気負う必要などない今が心はまだ広く感じていた。


「見て。あれが入口じゃないかしら」


光源が月明かりしかない夜の砂漠に、一見大きな岩のように見える入口をレベッカが見付けた。

入口の近くには族のバイクが停まっていたはずだが、ヴィンス達が出発した後から仲間が訪れたのか、誰かがいる気配は跡形もなくなっている。

以前のように静けさに満ちた廃墟にトレーラーは再び到着した。


機関短銃やナイフを身に着けたヴィンスは席を立つなり言う。


「レベッカ達まで来る必要はない。できるだけ早く用事を済ませて戻ってくるよ」

「水臭い事を言わないで。せっかくだから私達も付いていくわ」

「そうだな。それに、近くに敵が潜んでいるかもしれないから固まって動いた方が安全だろ」


同行を断る理由もなかったヴィンスは三人を連れて行く事にする。

暗い場所を歩くので暗視モードのあるセリカも連れてトレーラーの外に出た。



施設の内部は入口から既に暗闇に満ちていた。

いつかと違って族に追われている状態ではないが、今度は静けさが恐怖に拍車を掛ける。

その暗がりをヴィンス達はライトで先を照らしながら歩いて進んでいく。


「セリカ、この施設をエコーでモニターしてくれ。生体反応があるかどうかも頼む」

「大丈夫ですヴィンス、既に自動で行っています」


セリカに渡された携帯端末を見ると、画像には施設のマップが生成されていた。

現在地にはヴィンス達四人の反応が熱源を頼りにモニターされている。

「さすがだな」と言ってセリカの頭を撫でると、ヴィンスはその地図を見ながら奥へと進む。


「そういえば、セリカはもっと動きやすい服に着替えたりしないのか?」


暗さを紛らわすためにヴィンスは歩きながら話し掛けた。

セリカは以前から白いレースの付いた長袖の黒い服を着ていて、ふりふりした黒いスカートとストッキングを履いている。

見た目は可愛らしくても、やはり砂漠には似つかわしくない服装であって、ヴィンスは以前から疑問があったのである。


「私は機動性を重視して設計されていないので問題ありません。日中は暑くても私には汗を掻く機能の代わりに冷却システムがあります。砂が付いて汚れる事がありますが、あまり影響はないかと判断しています」

「いやでもせっかく人の姿をしているんだからヴィジュアルに気を使ってもいいんじゃないのか? ご丁寧に美人さんに作られてるんだからさ」

「美人さん、ですか……」

「おいおいヴィンス、ロボに口説き文句使ってどうするんだよ」


突っ込みを入れるベルにヴィンスは「事実を言っただけだ」と反論する。

しかしセリカもあまりそのような褒め言葉はあまり言われた事がなく、どう答えていいのかわからず困惑している様子だった。


「でもベルもレベッカも、セリカが他の服を着てるのを見てみたいだろう?」

「それは否定しないが」

「そうね、今度私の服を着させてみようかしら」


三人の言葉に困惑するセリカはしばらく考えた後に、ようやく「できるだけ露出が少ないものをお願いします」とだけ小さく答えた。



しばらく歩くと明かりがついている廊下に出た。

族の仲間が来てそのままにして去っていったのか、電源が入ったままになっているらしい。

相変わらずそれでも薄暗いが真っ暗よりは増しになり、以前来た時の記憶と地図を頼りに先へ進んでいった。


コールドスリープ装置のある場所へ辿り着くと、族の死体は跡形もなくなっていた。

リーダーであるフンベルクは殺さず気絶させただけなので消えていても不思議ではない。

ヴィンスの予想では死体が放置されていて死臭が漂っていると身構えていたが、その心配はどうやら必要なかったらしい。

鼻をつまみながら調査せずに済むと安心したヴィンスは、コールドスリープ装置に接続されているコンピューターを起動させた。


画面は一枚の大きなガラスに表示された。

ロストテクノロジーの派手な技術に驚く二人をよそに、ヴィンスは画面を手で操作して調べると、すぐに一つのフォルダを見付ける。

「未来の者達へ」という名前で保存されていた。


フォルダの中にはヴィンスの欲しい情報が全て揃っていた。

オゾンシールド施設の座標、オキシゲンナーによる能力の詳細……それどころかヴィンスへの備品が保管している場所まで記録されていた。

ロックを外して扉を開けると、酸素玉や拳銃……ヴィンスがかつて所持していた物などが仕舞われていた。


「これは有り難いな。懐かしいものから大切なものも入ってるぜ」

「ヴィンス、そのネックレスは?」


見覚えのあるものを見付け、レベッカは思わず尋ねた。

彼のネックレスは金色のチェーンに大きなルビーがついた貴重なアクセサリーだ。

そのアクセサリーが自分の大切に持っていた品と同じもののように思えたのだ。


「このネックレスがどうかしたのか?」

「……いえ、何でもないわ」


どうして同じネックレスを持っているのか尋ねようとしてレベッカは止める。

自分のネックレスは荷物の奥底に仕舞って長らく目にしていなかったので、似ているだけと考えたのである。

ヴィンスは怪訝そうな顔をするもロッカーの中を調べ始める。



ヴィンスの備品や酸素玉の他にもう一つ鞄を見付けた。

中には黒くて丸く、指先で持てる大きさのものがいくつも入っている。

それも種類別に分けられていて袋に仕舞われていて、鞄が一杯になるまで詰め込まれていた。


それが何なのかわかったのはヴィンスだけだった。


「種だ」

「種っていうと……植物の?」

「そうだ。どうして用意してあるかは何となく予想が付く」


ヴィンスがそう言って再びフォルダの中を調べると、一つ動画ファイルが残っていた。

「message」という名前だが更新日時が三十年以上も過去のまま止まっているのでどんな動画なのかは予想し難い。

どんな動画なのか恐る恐るファイルを開くと画面に見知らぬ科学者の顔が映し出された。

研究者よろしく白衣を着ているが頭や腕の包帯が痛々しく巻かれていて、髪型や顔の特徴が掴めない。

背景にはこの施設の当時の姿と思われる場所が映っているが、誰かが慌しく通っていったり、警告アラートが鳴っていたりして騒々しかった。


映っている科学者は話し始める。


『この映像を見ている君が、今現在コールドスリープされている者である事を願って、私ディートリヒ・シュへンベルクが録画を開始する。どうか君達に託したオキシゲンナーの力を使ってオゾンシールドを発動させてほしい』

「ヴィンス、誰なんだこいつは」

「俺も知らないが、どうやら俺をコールドスリープさせた人らしいな」


眠らせたどころかもっと関係があるとヴィンスは考える。

顔には覚えがなくても眠っている間に重要な関係を持った人物だった。


『先日、火星への移動手段として建設されていたワープゲートが事故を起こし、人類滅亡の危機を迎えた。地表にいた生き物、建設物……それどころか海もほぼ干上がってしまい、オゾン層も壊滅し、地球環境が悲劇的な状況に変わってしまった。全く嘆かわしい話だが今は悔いている時ではない。この状況を打破するために私はオゾンシールド発生装置を起動するべきと判断した。私は君達にその鍵となるパーツを託す』


研究者が言うパーツがどんなものかヴィンスは想像できなかった。

オキシゲンナーの内部に搭載されているのか、それとも他の場所に埋め込まれているのか、どこにあるのかさえわからない。


しかしベルはそれ以上に納得できない事があるようだった。


「それじゃあヴィンスはあんたの都合に巻き込まれたみたいじゃないか」


ベルの言いたい事は研究者も自覚していたのか、メッセージは更に続く。


『勝手な事をして済まない。しかし地球を救うためには私ではなく君達が必要だった。本当ならば私が装置を起動させたいが、今現在の宇宙空間にはオゾンシールドに有害な物質が漂っている。数十年の時を待つ必要があった。だからコールドスリープする君達に鍵を託すしかなかったのだ。許してほしい』


勝手な事をしていたが彼も必死だったと考えれば目を伏せる研究者の姿にベルは何も言えなくなる。


『じきに私……私のみならず、オキシゲンナーを埋め込んでいない人間は窒息して死んでしまうだろう。オゾン層が崩壊した世界では生き残った植物も全滅してしまい、酸素が作られなくなってしまう。それどころか紫外線さえ容赦なく降り注ぐ世界では微生物さえ長くは生きられない。地球上の生き物は全て絶滅してしまうだろう。そうならない為に……そうならない為にもオキシゲンナーを持つ君達が使命を果たしてほしい……。私の命では叶えられなかった事をどうか君達が叶えてほしいのだ……!』


ヴィンス達は研究者の言葉に葛藤され、心を揺り動かされ、それぞれ口をつぐんで考え悩んだ。

短い動画メッセージではあったが、当時世界の終わりを予期して絶望した研究者の懇願がヴィンス達の良心に訴え掛けて無視させなかった。

確かに押し付けがましい願いであって、使命を果たす義務などなくても考えさせられてしまうものだった。


つまり、ヴィンスはともかく、ベルやレベッカにまで彼の使命の重要さを感じさせてしまったのである。

オゾンシールドを展開する事がどれだけ重要か知ってしまったのである。


その四人の中でヴィンスは一人言う。


「俺はこの研究者に言われなくても最初から使命を果たすつもりでいたんだ。例え一人でも俺はオゾンシールドを展開しに行くよ」


ヴィンスの言葉に三人は何も言えなかった。

自らの心の中で悩む事があってすぐには言葉が見付からない。

心を整理してはっきりと自分の意志を固めるにはまだ時間が必要なのであった。

それを見兼ねてヴィンスが言った。


「欲しい情報も揃った事だし、早くこの施設を出る事にしようぜ。あんまりゆっくりしてる時間がないんだからさ」

「あ、あのねヴィンス――」


レベッカが言い掛けた言葉だったが、それは明かりが突然消える事によって阻まれた。

周りが何も見えない暗闇に変わり、不意を突かれたヴィンス達は動揺を隠せない。


「なんだ、どうして明かりが消えたんだ?」

「まさか、敵の仕業か……?」


何故明かりが消えたのか確かめようとしても暗闇の中では何もできない。

薄暗い場所にいたのでまだ目は慣れていたが、そうは言っても光源ゼロの中では自分の手さえもはっきり見えなかった。


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