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プロローグ

「リア充は全員、一人残らず爆発しろぉぉぉぉおおお!」

 

 桜舞う昼休みの中庭で俺は叫ぶ。

 四方を校舎に囲まれたこの場所は、少しの声でもやたらと反響する。

 弁当を広げている生徒たちが一斉に顔を上げる。

 校舎の窓が開き、中庭の様子を覗く生徒もチラホラ出てきた。

 ――よし。注目度は上々だ。

 手元の拡声器のスイッチを入れた。

 

「諸君! よく聞け! 俺は男一匹、命をかけて訴えかける! 恋愛に狂うこの世界に俺は一石を投じたいのだ。この現代社会、とりわけ湊北高校は恋愛という虚構に毒されている!」

 

 年季の入った肩掛け式の拡声器が俺の声を増幅させて空気をビリビリと震えさせる。

 

「彼氏彼女がいないのは恥ずかしい。バレンタインにチョコがゼロ個だったら負け組。クリスマスにボッチは惨め。そう思わされている諸君はもう既に立派な恋愛至上主義の奴隷だ」

 

 校舎の窓が更に開いた。多数の生徒達が顔を出す。

 

「恋愛は虚構であり、実体なき泡沫だ。それなのに青春を捧げ、勝手に盛り上がって、勝手に傷ついて、勝手に失恋する。実にバカバカしいとは思わないか!」


 ざわめきが広がり、俺のことを指差し嘲笑う声が混じり始めた。

 胸の中がチリチリ痛む。

 それでも怯まない。視線を逸らさない。

 拳を今一度強く握りしめて、言葉を続ける。

 

「だから俺はここに立ち上がる。恋愛を拒む者に居場所を。恋をしない選択に誇りを」

 

 一拍、息を大きく吸う。

 

「我らは風紀委員会! 恋愛によって破壊される風紀を正し、恋愛をしない者たちによる恋愛至上主義に対抗するための集いである!」

 

「小田原ァ、お前また何やってるんだぁぁぁ」

 怒号とともに生活指導の大船先生――通称ゴリラが中庭に飛び出してくるのが見えた。

 今日は思ったより早いな。

 

「風紀委員のお前が、学校の風紀を乱してどうするんだ」

「風紀を乱してるのは俺じゃありません。恋愛を強要する、この空気そのものです」

「屁理屈ばっかり言うじゃない」

「屁理屈じゃありませ――」

 

 言い切る前に、屈強な腕が伸びてきて羽交い締めにされる。

 強硬手段に出るとは。ならこっちだって――いだだだだだだ。

 絞められた腕がギチギチと悲鳴をあげる。いや、そっちの方向には曲がらない。

「無駄な抵抗はやめるんだ。素直になれ、小田原」

「ぐぐぐ……」

 そのままロックされた俺をズルズルと旧校舎に向かって引きずっていく。

 行き先はどうせ、いつもの生活指導室だろう。


 ……誰かいないのか。

 賛同して、共に戦おうと手を差し伸べてくれる同志はいないのか。

 最後の望みをかけて周囲を見渡す。

 中庭の生徒はもうお弁当の唐揚げに夢中だった。

 窓から覗いていた生徒達も気付けば姿を消していた。

 熱は冷めて、さきほどのざわめきが嘘みたいに遠い。

 もう誰も俺のことなど見ていない。

 

 くそっ。ここまでか。

 それでも最後の力を振り絞って叫んだ。

「集え! 志を同じくする者た――」


 そこで、言葉が止まった。

 中庭の端にある昇降口。

 慌ただしく行き交う生徒の中で、一人だけ足を止めている女子生徒がいた。

 漆黒で真っ直ぐ伸びた髪。

 整った顔。

 ただ騒ぎを面白がるでも嘲笑うこともしない。

 ただ一点、表情を変えることなく、こちらを見ていた。

 

 ――鴨宮天音(かものみやあまね)

 名前だけは知っている。

 それだけの相手だ。

 

 俺と彼女の視線が一瞬だけ交差した。それでも彼女は目を逸らさない。

 

「……そこの君!」

 引きずられながらも声を張り上げる。彼女はそれに反応して肩でビクッとさせる。

「君は俺を笑いもしなかった。バカにもしなかった」

「黙れ、小田原」

 ゴリラは俺の腕を更に強く引く。それでも止めない。

「もし、君が恋愛なんてクソ喰らえと思うなら」

 息を切らす。

 でも言葉は切らさない。

「風紀委員会まで来い!」

 それを聞いたであろう鴨宮天音は何も言わず、踵を返して校舎の中へ消えていった。


「おい小田原、俺が話をしているのにナンパとは、いいご身分だな」

 ゴリラが俺の腕をさらに締め上げる。うぎぎぎ。

「ナンパじゃなくて勧誘です」

「あ?」

「この学校も終わりかと案じていましたが、まだ腐ってない奴がいたもので」

「……何言ってるんだお前は」

 ゴリラは呆れように言い捨てる。

「そんなことよりもだな。この後に自身に起きることについてまずは案ずるべきだろ。小田原」

 確かに……まずは自分の身を案じることの方が先かもしれない。

「あの……お手柔らかお願いします」

 

 このままの流れで生活指導室に連行されるのは毎度のこと。もう慣れたものだ。でも痛いのはちょっと勘弁してほしい。

 

 今回違うのはあの女子生徒の存在。

 ――鴨宮天音。

 彼女からのまっすぐな視線は、ただの冷やかしでも嘲笑でもなかった。

 彼女がくれば風紀委員会に新しい風が吹く。俺は変革が起きることを確信していた。


 

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