告げ口
この物語を作るとき、原作の「Ib」を何度もプレイしました。というのも、このゲーム、マルチエンディングになっているからです。エンディングが違えば、ストーリーも少し変わるんです。
そして、「Ib ~不思議な美術館~」でも、新たなエンディングになっています(最も、これを一番書きたかったのですが)。原作をプレイされた方も、まだプレイしていないという方も、どんなエンディングが待っているのか、楽しみにしていただけると幸いです。
『無個性』の向こう側に行くことを諦めた二人は、予定通り、白黒の部屋に向かっていた。
「メアリー、どうしたの?」
突然、メアリーが立ち止まる。イヴがメアリーの視線の先を見ると、壁にかけられている一枚の絵があった。唇だけが描かれている絵だった。イヴは、その絵に近づく。
『告げ口』
『告げ口』は口を動かし、何かをつぶやいているようだった。けれども、イヴには、なんと言っているのか、聞き取ることができなかった。メアリーは無言のまま、その場に立ち尽くしている。
「メアリー、大丈夫?」
すると、メアリーがフラフラと歩き出した。目的の部屋とは反対方向だった。
「メアリー、どこ行くの?」
イヴが呼び止めても、メアリーは立ち止まらなかった。フラフラと歩き、『釣り人』の前で立ち止まり、絵を見始めた。
「メアリーったら!」
イヴが後を追いかけようとすると、メアリーはイヴを避けるように、またフラフラと歩き出した。
(どうしたんだろう?)
イヴは仕方なく、一人で白黒の部屋に行くことにした。イヴは部屋に入る。
(あれ?白黒じゃない・・・)
いつの間にか、部屋には色が戻っていた。色が戻った部屋には、七色の虹が大きな溝の上にかかっていた。ちょうど、向こう側につながる橋になっていた。
イヴは、おそるおそる足を出してみる。どうやら、渡れそうだ。イヴは虹の上を歩き、向こう側に渡る。虹の橋を渡ると、机の上に鍵が置いてあった。
(鍵だ。)
イヴは、鍵を手にする。鍵を手にしたあと、イヴは後ろを振り返る。
(やっぱり、誰かいる。)
しかし、姿は見えない。どこかに隠れているのかもしれない。探してもよかったのだけれど、変に首を突っ込んで面倒なことに巻き込まれたくはなかった。イヴは、周囲を警戒しながら、部屋の外に出る。
部屋の外に出ると、メアリーが扉の前に立っていた。危うく、ぶつかりそうになる。
「どこに行くの、イヴ?私を置いていかないでよ。」
メアリーが表情を変えることなく、そう言った。怒っているようにも見えなかった。
「ごめん、メアリー。それより、鍵、見つけたよ。」
メアリーは、何の反応も示さなかった。代わりに、イヴの手を取り、握ってくる。
「い、痛いよ、メアリー。とにかく、先に行こうよ。」
二人は手をつなぎながら、鍵のかかっている扉に向かう。鍵は鍵穴にぴったりはまった。二人は、開いた扉をくぐる。
扉くぐると、下に続く階段が見えた。階段は長いのか、先がよく見えなかった。二人は手をつないだまま、階段をゆっくりと降り始める。
階段を下りると、また扉があった。扉をくぐると、薄暗い廊下が続いていた。近くには、ピエロがジャグリングしている絵があった。
「・・・で・・・の?・・・くすくす・・・。」
微かに聞こえてきた声に、イヴは身構える。また、何かが襲ってくるんじゃないかと思ったからだ。
「・・・あははは・・・。うん、ときどきね・・・そうそう・・・。」
「なにか声がするね。」
声に気がついたメアリーが、顔を上げてそう言った。イヴは、一人で声のする方へ駆け出した。
「・・・ホント、稀によ?今は丁度、切らしてて・・・。」
徐々に声がはっきりしてくる。聞き覚えのある声だった。
「そう。結構好きなの。でも、なかなか時間がね・・・。」
イヴは、半開きの扉の前に立つ。どうやら、この扉の向こう側から聞こえてくるようだ。メアリーもイヴに追いつき、扉の前に立つ。
「あら、アナタも?アタシたち、気が合うかもしれないわね。フフフフ・・・。」
イヴは、扉をゆっくりと押す。扉の隙間から見えたのは、いくつものウサギの置物。
「フフ。でも、アナタって、ホント面白いわよねー。悩みとか、なんでも話せちゃいそうだわ。アハハハハハ・・・。」
扉を開く。部屋の真ん中で座っているのは、ボロボロのコートを着た青年。
「へー。それは初耳だわ。もっと詳しく聞かせてよ。うんうん。誰にも言わないから。秘密にしているわ、絶対に!」
紛れもなく、それはギャリーだった。ギャリーは、ウサギの置物にひたすら話しかけている。
「えっ、信じられなーい!本当なの、それ?だとしたら、サイテーね。女の子になんてことするの?だめよ!そういうときは、ガツンと言ってやらなきゃ!」
「ギャリー・・・?」
イヴが一歩ずつ、ギャリーに近づく。ギャリーはイヴに気づくことなく、ウサギの置物と話し続ける。
「―逃げちゃダメって、分かっているけど、なかなか上手くいかないのよね。どうしてかしら?」
「ギャリー!」
イヴの呼びかけにも、ギャリーは応えなかった。メアリーが、イヴの隣に並ぶ。
「そうねえ。それもいいかもしれないわね。何も考えなくてもいいし。嫌なこと全部、忘れられるし。・・・アハハ、そうそう、それと一緒よ。」
「これ、本当にギャリーなの?なんか、変になっちゃってるよ。」
メアリーが、ひたすらウサギの置物に話しかけるギャリーを見下ろす。
「もしかして、偽物じゃない?本物だったら、こんなところにいるはずないし。ねえ、そう思うでしょ、イヴ?」
たしかに、ギャリーはあの石のツタの向こう側にいた。そして、あちら側は行き止まりのはずだった。ギャリーがここにいるはずがない。
―だけど。だけど、これはギャリーだ。
「・・・イヴ?」
イヴは、ギャリーと置物の間にしゃがみ込む。それでも、ギャリーの目はイヴを映していなかった。イヴは、右手を上げると、ギャリーの頬に向かって振り下ろした。鋭い音が、部屋に響き渡る。
「・・・・・・え?イヴ?あれ?アタシ・・・。なんでこんなところにいるの、イヴ?」
「う、うそ・・・。」
我に返ったギャリーが、叩かれた頬をおさえながらイヴを見る。メアリーは驚きのあまり、それ以上の言葉を発することができなかった。
「えーと、状況が掴めないんだけど・・・。アタシたち、何してたんだっけ?」
ギャリーは、まっすぐイヴを見ながらそう言った。イヴは、ギャリーに抱きつく。
「わっ、ちょっと、イヴ!」
「よかった・・・。よかった、ギャリー・・・。」
イヴは声を震わせながら、ギャリーの耳元でつぶやく。ギャリーは、イヴの頭を優しく撫でる。
「・・・なんか、よく分かんないけど、心配かけちゃったみたいね。ごめん・・・イヴ。」
イヴはギャリーの肩に頭を乗せ、小さく泣いた。メアリーは、その二人の様子を無言で見下ろすだけだった。
―イヴ・・・―




