今日は誕生パーティー 準備・下
迷子にならずに俺が戻るとみんながあわただしい動きをしていた。
たまたま近くに来た千花に話を聞く。
「これはどういう状況だ?」
「誕生パーティーの準備です。外のほうの用意しないといけないので、このままだとここまで来ることのできない方がほとんどになりますから」
「空魔術『迷宮』と闇魔術『吸魔』か……確かにな」
入り口に広がる生垣を思う。
確かに、千花ならアミュレット持っているしな。
「あ、そういえば、さっき偶然にも麻奈花に会ったのだがイルカのペンダントは保護の刻印をつけとくようにだってさ」
「そういえば忘れていましたね。声が聞こえる聞こえないって言う話がありましたね?」
「そうだな」
「ちゃんと美咲さんに診てもらいましたか?」
「何を?」
「頭の話です」
「よし、次にその話したら、麻奈花送りの刑に処する」
見る見る青ざめていく千花の顔。
分かるぞ、その気持ちは。
あれはトラウマになっても仕方がない。
数時間が過ぎ、日が沈もうとしている。
用意に疲れた俺たちは椅子に座って俺が寝泊りしているところでぐったりとしていた。
当然、月夜はいない。
今日のメインだから、準備とかが大変らしい。
「なんで、お前らがここにいるんだ?」
椅子には俺と明が、ベッドには美咲と千花と赤毛の少女が、悠は壁にもたれながら立っている。
「いいじゃない。暇なんだし」
「そうですよ。それに希さんとも話がしたいですし」
違う部屋でやればいいのにと思いながら俺と明は顔を見合わせて、苦笑する。
「疲れた。よくもこれだけの作業を一日でやることができたよな」
「僕も驚きましたよ」
まったく驚いてなさそうな顔で言う明。
「私は筋肉痛よ!」
「美咲さん、そういう時は温かい湯の中で揉むのがいいんですよ」
千花の豆知識の公開か?
「それは南の国の火山の麓にわく泉の話ですよね?」
これも実は常識か!
「そうです。希さんもご存知だったんですね。肌にもいいらしいんですよね」
「そうなんですよ」
さっきまで、気を失っていたのだがようやく目が覚めたらしい。
髪を気絶している間に洗ったときに発覚したらしいのだが、希の髪色は鍛冶屋にいる精霊の朱里のような髪つまり、真紅である。
当然、悠もそうなのかというとそうではなくて、こっちは青色である。
どっちも長い間、風呂にも入れる状況ではなかったので、こんな色になっていたようだ。
「姉ちゃんは物知りなんだぞ!」
「悠が威張ることじゃないでしょ」
仲がいいんだな。
作業が終わっているので、二人に自己紹介をしてもらう。
「私は希でこっちがご存知の通り悠といいます」
希の方は俺よりも身長が頭一つ分ぐらい低い。
たぶん年は1,2歳下だろう。
「年は12歳です」
は?
「12?」
思わず聞き返す。
「そうです」
「私たちの一つ下ぐらいかと思っていたわ。年に似合わない中身ね」
美咲も同意見らしい。
「孤児ですからそれぐらいでないとやっていけません」
力強いお言葉をどうも?
「孤児なんですか?」
と明は口を開く。
希より先に口を開いたのは、希の隣にいる少年。
「孤児で何が悪いんだよ!」
「悠!……皆さん、すいません」
これって、傍から見たら大人数でいじめているようにしか見えないような気がする。
悠も落ち着いたので、続きを聞く。
「そうですね。売り払われたんです」
その言葉を記憶と照らし合わせる。
「そうだったら孤児じゃなくて奴隷か?」
「いえ。孤児です。奴隷でもありましたが……」
さっぱり、話が見えない。
「私たちが孤児になったと知ったのは2年前。私たちはそれなりに裕福な商人の家の子でした。それなりの教育も受けて、文字の読み書きや計算、簡単な料理くらいなら作れるように……すいません。話が逸れましたね。当時、私たちが住んでいたのは南の国エクシリア帝国のハルルという小さな町でした」
ここで紅茶を飲む。
「そのハルルという町は、山に囲まれ農産物と鉱石がよく採れる町でした。そして、ある日、私たちは売られました」
ちょっと待てい、話がつながってないぞ!
と、突っ込みを入れようとしたところで、また希が口を開く。
「思えば、父は何かを知っていたのかもしれません。私たちを売るときにしきりに謝っていました。『私は家族を守ることができないだから、お前たちを売るのだ』と。私たちの家族は別に複雑な家庭でもなく、兄弟も悠以外にはいないので、長男だけを残しておくというわけでもありません。その後も結局何から守るのかというのは教えてくれませんでした」
「母親はどうしたのよ?」
「母も売ろうとしていた父は、別の部屋に連れて行かれ母と話してから数時間後に顔を真っ赤に腫らしていました」
いったい何があったんだ……?
っていうかこれって暗い話なんだよな?
コメディじゃないのか?
「私たちはその後、手紙とお金を持たされて、売られました」
何のために?
お金儲けするためならばお金を持たす必要はない。
ならば、なぜ?
「当然のことながら、奴隷商人に取り上げられたわけなのですが……」
え?駄目じゃん。
そこんとこちゃんと考えとけよ。
「売られていく時にこの国へやってきました。その途中で襲ってきた盗賊たちの手によって解放されたのです。彼らが言うには気まぐれというものなのでしょうか?」
めでたしめでたし……なはずはないよな。
そう考え続きに耳を傾ける。
「解放されて自由を得たのですがそれで終わりではありませんでした。父の仕事は国内のものばかりでしたから、この国には何の当てもありません。今日まで、日雇いで働き口を探し、食べ物を漁ってやってきました」
悠を見ると唇をかみ締めている。
確かに
「情けないことに私はそれなりのいいものばかりを食べてきましたし、基本的に清潔でした。そのためか、免疫がなく病気にかかってしまい。その内、病状が悪化して働けなくなっていきました。しばらくは何とか食いつないでいたのです。それを見かねた悠が……後は翔さんの承知の通りです」
なるほど大体わかった気がする。
「美咲?こういうのってギルドとかの保護対象とかには入っていないのか?」
ギルドで預かれば大丈夫のはずではと考えたのだが、そんなに現実は甘くなかった。
「無理ね。本人であることの証明が必須よ」
「そうか」
「美咲さん、ありますよね?」
美咲の目をじっと見つめて千花が言う。
獣化していないのに耳や尻尾の見える千花。
これに耐えられる人間がいるのだろうか?
果たして
「はぁ~。分かったわよ。これは裏技みたいなものなんだけど、ランクC以上のギルド員の推薦があればいけるわよ。大体、あんたも記憶喪失で身元不明だったじゃないのよ」
「……そうだったな」
その制度がなくて、美咲がcではなかったら俺はのたれ死んでいたって訳だ。
美咲に感謝。
言葉で言うと面倒なので口には出さない。
「それに日雇いの実績があるならば、評価されればすぐに見習いにはなれるかもね。でも、ここの試験は厳しいし今年はもう終わっているわ」
つい、昨日にな。
「だから、もう一つの裏技を使うわよ。悠だったっけ?君は使えないけど、女の子である希なら使える裏技。それに悠は年齢を満たしてないわよね?何歳?」
「9だ」
ぶっきらぼうに答える悠を見て噴出しそうになる。
使えないといわれて、憮然としている。
「……?あぁ、使えないの意味が違うわよ。正確に言うと悠には使えないけど、希なら使えるって意味よ。で、話を戻すと、ギルドへの登録は10歳超えてから、討伐依頼が受けられるのは15歳から。まぁ、それは置いといて私が勧めるのは……ギルドの受付嬢よ!」
「ギルドの受付嬢ですか?」
美咲の異常な興奮と少し冷めた希の反応が対照的だ。
「それなら、この一年、仕事に困ることはないしその間にギルド試験の準備もできるからね」
「経験はいらないんですか?判断するのに冒険者の勘や知識を必要とするところもありますよね?」
「千花ちゃん、いいところに気がついたわね。そう、それは必要だけど、やってもらうのは部位鑑定よ。魔物の討伐証明に必要な部位と武器などに使う買取部位。この二つの鑑定をしてもらう。その商人の目利きを使ってね」
「でも、私は大したことはできませんよ。親の手伝い程度でしたから」
「そこは学んでもらうしかないわね」
ところでさっきから気になっていたのだが。
「何で、姉弟で髪の色が違うんだ?」
そう口を開いた瞬間にみんなからにらまれた。
俺なんか墓穴掘ったか?
「私が母親の、悠が父親の髪の色を受け継いだんです。さっきも言ったように複雑な家庭環境とかではありませんよ」
周りから安堵のため息が漏れる。
みんな何気に信じていなかったようだ。
「じゃあ、聞きそびれたんだが、何で孤児なんだ?」
「そういえばそうよね。……まさか!?言わなくてもいいわよ」
「美咲さんはわかってしまったんですか。でも、大丈夫です」
全く見るに絶えない顔だ。
「・・・・・・ふざけるなよ」
「え?」
つぶやくように言ったのだから聞こえるはずがない。
だから、
「ふざけるなよって言ったんだ!」
「な、なんですか?」
「こぶしを握り締めて歯を食いしばって何が大丈夫だ?あまつさえ、そこから血を流してそれで笑える?そんな馬鹿な話があってたまるか!」
叫んだらすっきりした。
「言い方ってものがあるでしょうに。でもね。辛かったら泣いていいの、痛かったら誰かに訴えればいいの。だから・・・・・・ね?」
美咲に抱きしめられた希は泣き始めた。
そして、数分後。
「癒しを」
一言で傷がふさがってしまう。
「えっと。お騒がせしました」
希はベッドから立ち上がってみんなに頭を下げている。
「僕は何もしてませんよ。ただ聞いていただけですからね」
「一緒にお話しませんか?」
「姉ちゃんが泣いてるところなんて、初めて見たぞ」
「別にあたしは何もしていないわよ」
みんながまちまちに返すので、
「そんなもん考えなくていいんだよ。俺たちはお前より数年長く生きているんだからな」
「あんたは記憶がないでしょ!」
「まぁ、そうだけどな!」
希は笑う
何かを決めた目で。
「皆さんには聞いてもらおうと思います。」
「おう」
「風の噂で聞いただけだったので、信じてはいなかったのですが。ハルルの町は滅んだそうです」
「……なんで?」
「最後まで聞いてあげなさいよ」
「悪い、続けてくれ」
「何故かは知りません。ですが、父親が感づくことのできた何かです。時期はその噂は私たちがこの都市にやってきてから、1ヶ月くらいだったので私たちが村を去ってからすぐに何かあったのだと思います」
ここで、明が口を開く。
「それを確信できるほどの何かを見つけたんですね?」
「はい。この王都にある図書館。ここはよそ者でも、この国に戸籍が無くとも本が閲覧できるんですが、その中には『ゴシッパー』というものが存在します」
「なんだそれは?」
千花の方を見る。
「知らないですね。使ったこと無いので、忘れただけかもしれないんですが……」
「『ゴシッパー』って言うのは、作者が原本に書き込みをすれば情報がすべての複写された本に追記されるという特徴を逆手に取った物の事よ。作者を不特定多数の人間にすることによって、『ゴシッパー』を持っている人の間での情報をやり取りできるの。九十九さん、紙とペンを」
「これを」
「ありがとう。今から手紙とゴシッパーのメリットとデメリットをあげておくわ。手紙のメリットとゴシッパーの対応するデメリットは3点よ」
紙に書いていく。
_______________
手紙 メリット
・値段
手紙の方が安い
・遡及性
手紙は見たいときに見れるが
ゴシッパーはすでに消えていることも
・信用性、または信憑性
手紙の方が高い
_______________
「この3点よ」
「なるほどな」
「次は逆よ」
_______________
ゴシッパー メリット
・伝達量
多数の人間に一回で届く
・時間
瞬時に伝えることができる
・情報量
多く集めることができる
_______________
「この3点よ。分かった?……でも、『ゴシッパー』はさっきも言ったように信憑性が低いのよ?」
「気になる発言だったんです。『ハルルという町が滅びた』そして、そのときに見たんです。『世界地図』を」
「そしたらどうだったの?」
「ハルルの町のところは、ハルル跡地と表記されていました」
「……そう」
「世界地図って言うのも?」
「そうよ、原理は『ゴシッパー』と一緒。でも、地図を作っているのは地図ギルド『大地の羅針盤』。だから、正確なのよ」
みんなが黙る。
この雰囲気は重い。
「でも、それってどこかに死者が出たなんて書いてあったのか?」
「!……あんたにしては冴えているわね。そうよ!ライフチェッカーで調べてもらった?そんなわけないわよね。あれは証明書がいるものね」
「どういうこと?」
「あんたの親は生きているかも知れないって事よ。当然、ここには置いてないだろうから、確認するには向こうの国まで戻らないと無理だろうけどね」
笑顔だ。
あくまでも可能性なのだけどな。
それからしばらく、少し憂いの晴れた笑い声とともに雑談が続く。
そして
「皆様、こちらへどうぞ」
九十九さんに呼ばれ、みんなは連れて行かれる。
「女性の方々はあちらでドレスをお選びください。男性の方々はこちらです。申し訳ないのですが、タキシードしかございません。ご了承下さい」
「ここからは私、案内いたします」
というわけで美咲たちは、そこから連れて行かれた。
「では、こちらへ」
九十九さんの言われるままに部屋へ入る。
「なぁ、明」
「壮観ですね」
「すげ~ぇ。こんなに同じ服がたくさんあるなんてなぁ~」
目の前にはラックにかかったタキシードがずらり。
50着は超えるのではないだろうか?
数が気になる。
「どれだけあるんですか?」
ナイスだ明!
「82着です」
多いな……っていうか、うん。
っていうかなんとも言えない中途半端な数だな。
まぁ、いいや。
それにしても、悠が着れる大きさはあるのか?
と、後ろを向くと
もうすでにちゃんと身の丈にあったものを着ている。
………愚問だったな。
この程度のことを九十九さんが考えていないはずがないか。
そして、手に取ってから気づく。
これってどうやってきるのが正しいんだ?
結局、こんなものを着た記憶のない俺と着たことのない明は、九十九さんに着かたを教えてもらうことになった。
ふぅ、疲れた。
「翔様、くれぐれもお気をつけ下さい」
九十九さんが耳打ちしてくる。
「ここに来る人全てががこの日を喜んでいるわけではない。下心がある人も来るということですよね?」
「えぇ、くれぐれもご注意ください」
今日、これから起きる可能性の高い問題は腕力では解決しない目には見えない権力の話。
「ご友人方とは」
そう
今日来るものは、何らかの思惑を持って近づく者たち。
その権力を貶めようとする者
その地位を手に入れようとする者
その血脈を絶やそうとする者
その境遇を冷笑する者
その主に取り入ろうとする者
それらを行う者のおこぼれに預かろうとする者
「全く、反吐が出る」
部屋から出るときにつぶやいたこの声は、誰かに届いただろうか?
そんなことを考え、また、月夜を想う。
手紙もこれからは縁談だけじゃなくなるだろう。
策謀や嘘偽り、嫉妬に強欲。
人の黒い部分に向き合わなければならない月夜を思い、誰にも話さず涙を殺している姿が容易に浮かぶ。
「らしくないな」
自嘲しながら廊下を歩き
突っ込んできた美咲に吹き飛ばされた。
「ぐえ」
「辛気臭い顔してるじゃないの」
「いや、な。っていうか謝れよ」
「月夜ちゃんでしょ?」
「大変なんだな。じゃなくて、無視するなよ!」
「いくわよ」
「どこへ?」
ことごとく俺の言葉をスルーして美咲は歩き出した。
ついていくこと数分。
「ほら、ここよ。早く入りなさい」
その声に促され、扉に手をかけ押す。
開ける瞬間に違和感に気づいた。
何でこんなにこの家に詳しいのだろう?
そしてなにより
何で美咲は着替えに行ったはずなのにドレスを着てないんだろう?
しかし、時すでに遅し。
「げ!マジかよ!」
目の前にいるのは、下着姿の月夜。
黒い下着に白い肌が映える。
周りにいたメイドたちも突然のことで固まっている。
沈黙の数秒
そして
「な、なんなのよ~!この変態!」
「くそ!琴音さん、絶対呪ってやるからな!!!」
その声とともに月夜の手にあった金属製の花瓶によって意識を刈り取られた。