憤怒と執着
―・・いけ好かない。
腹立たしさは治まりを知らず、苛立ちは”形”を成して身体から溢れ出ては、周囲に激しい音を立ててぶつかる。
俺の大事な妹姫が、突如その行方をくらましたのは数年前のこと。
はじめはアレが”隠した”のかと勘繰っていた。
けれども、どれだけ探そうがこの地の何処からも彼女の匂いがしない。
ようやくその匂いにたどり着いたときは歓喜に身が震えたものだ。
きっかけは何番目だかの兄弟の一人がアレに手をだしてあっさり潰されたという話を聞いた時だ。
どうやらその兄弟がアレに罠を仕掛けるため、その直前にレティに近づいたというではないか。
まさか彼女が奴の手元を離れてあちら側にいたとは思いもよらず(そんなことアレが許すハズがない、と思い込んでいた)すぐにあちら側へ網を伸ばせば、冥界と人界をつなぐ扉の一つのすぐ側に、彼女の"匂い"を見つけることができた。
久々の彼女の匂いに当てられ、逸る気持ちを止められる訳がない。
どうやら他の姉妹姫と暮らしているようだが、まぁそんなの問題ない。早々に会いに行くことにした。
俺たちにとって数年など大した年月ではないが、”欲しい”と思った時に”会えない”この数年は実に”餓えた”日々だった気がする。
力の差に怯えているのに、心は折るまいと気丈に立ち向かってくる変わらないあの姿を再び目に出来たときはそれだけでイッてしまいそうだった。
その冷たく光る雪の白髪と、血管が透けて見えてしまう柔肌にあふれるぐらいの口づけをおとす。
愛しくて愛しくて愛しくて愛しすぎて―・・ああ、壊してしまいたくなる。
幾度となく繰り返してきた彼女との甘美な逢瀬も、もう終わりにしていっそのこと俺の城に閉じ込め飽きることなく永遠に貪り尽くし続けてしまおうか。
彼女の細首を締めながらうっとりとそう考えた。
…いや、やはりもう少し遊ぼう。ただすぐ閉じ込めてしまうなんて品がない。
この娘が足りなかったこの数年分の心の餓えを満たしてからでもいいんじゃないか?
あぁ、じゃあそうしよう。彼女のいろんな顔が見てみたい。
思い立ったら即行動が、俺の理念だ。即座に作り上げた迷宮の中に彼女を放り込む。
あぁ、やはり動く彼女はいい。
いつも期待以上のことをやって見せては、俺を楽しませてくれる。
思い返せば、出会った当初もよくこうして亜空間に投げ入れては遊んでいたものだ。
そういえばこの娘に興味を持ち始めたのはいつごろだったろうか…そうそう、あいつのお気に入りだったと聞いたから少し遊んでやろうとしたんだったか。
あの頃から人形のような美しい顔をしていたが、アレが上辺だけで構うはずがない。だが、つまらぬ中身ならさっさと壊してしまおうと一人でいるところに手を伸ばした。
結果は―・・予想以上。
どうしようもない圧倒的な力の差を前にしても足掻こうとするその姿、その存在。
それからか、彼女自身に執着するようになったのは。
そして気付く…彼女も又、アレに心奪われているということを。
何故、その瞳に映るのは俺ではないのか。何故その手が求めるのは俺ではないのか。
どうにかして俺のことだけでその中身を埋め尽くしてやろうとしても、あいつがいつも邪魔をする。
昔からあいつのことは嫌いだった。
いつも澄ました顔をして何を考えているかわかったものじゃない。
そのうち、俺のレティを独占しようとするあいつのことは「目障りな存在」から「殺し尽くしても飽き足らない目障りな奴」になった。
だからレティが「お兄様」と口にした時、小さな声にもかかわらず聞こえたその音に、その不快な響きに俺の狂った中に残る僅かな理性は瓦解した。
わからないのなら教えてあげよう、レティシア。
俺の想いを、俺の愛を、俺の存在を。お前の中に俺しか存在しないように。
俺だけでお前を塗りつぶしてあげる。
だがそんな俺の純粋な想いすらも邪魔する輩たち。
あぁ!ああっ!!またしても貴様かミリアン!!
『レティシアはね、紳士然とした男が好きなんだよ』
いけ好かない顔で、強い殺気をその眼光に宿し、そう、奴は俺に囁いた。
あぁ!レティ!声高に叫んでお前に問いかけたいよ!
お前が想い慕っているこの男こそ、腹に一物抱え込んでいる食わせものなのだと、何故気づかない!
「あー、むしゃくしゃする」
思い返しただけでも腸が煮えくりかえる。
手当り次第に辺りのモノをぶち壊してこの怒りは治まりそうにもない。
『ひひっ、荒れてますなぁ』
ほんの半刻前にはここに石造りの小城があった。
しかし今やその面影は一切見られない。元の形など想像できないほど粉砕された瓦礫が所狭しと横たわるのみだ。
その上をひょいひょいと歩み寄るのは猿と鳥を混ぜ込んだ奇怪な魂鬼。
「ほんっと腹が立つ」
崩れた瓦礫の一つに手を突っ込むと、埋もれていたモノを引きずり出す。
それはここにあった城の持ち主だったモノ。
手足はちぎれ、その四肢からおびただしい血を溢れさせても尚、まだかろうじて息はある。
その頭を鷲掴みにして掲げ上げれば苦悶に満ち満ちた顔が見えた。
「ぁ…ぁあ」
舌は意味をなさず、砕けた口から漏れるのは微かな音のみ。
『おや、まだいきていやがる』
かわいそうになぁ、と魂鬼が笑う。
「これっぽっちじゃ憂さ晴らしにもなりもしない」
『けけっ、じゃあ別のおもちゃでも探しにいきますかぃ?旦那』
「そうだな」
じゃあもう用はない、と手に力をこめればあっという間にそれは弾ける。
血潮にまみれた手を振り払いながらディムロスはふらふらと瓦礫の上を歩く。
―・・紳士然とした男が
だがふと耳によみがえる声に、その歩をピタリと止めた。
「…おい、黄練。俺って”紳士”っぽくないのか?」
『はぁ?突然何いってやがるんですかぃ?』
「いいから答えろ」と促せば魂鬼は、うぅむと首をかしげて考えた。
『まぁまず”紳士”ってーのは、そんな血みどろじゃないことは確かでしょうなぁ』
そうか。そう言われてみれば、アイツはいつも汚れ一つついてないすかした格好だった気がする。
『っていうか何すかイキナリ。大体”紳士”なんて糞いけすかねぇイメージしかねぇですぜ―・・って旦那っどこ行くんでぇ!?』
「着替える」
『はぁ?ちょっちょっと待ってくだせぇよ!』
別に奴の真似をするわけじゃない。
少しあの娘に対しての手法を変えるだけだ。
きっとレティも気づく筈。あいつよりも俺の方がどんなにいい男かってことを。
まずはこの返り血だらけの服を着替えて―・・そうだ、どういう殺り方なら汚れずにすむか考えなきゃな。