3
その頃。
聖女が消えた騎士一行は、愕然としたまま、それでも聖女の行方を捜していた。
「あぁぁ、私達を救うために命を投げ出してくださった!」
「慈悲深い聖女様!」
「お優しい聖女様!」
聖女と共に馬車の中にいた神官と侍女が、歓喜と哀悼の声を上げ続ける。それを耳に留めながら、聖女を最後に掴もうとした騎士は、部下に指示を下しながら彼女の捜索を進めていた。
最後に彼女から発せられた言葉が、その胸を抉る。
――さようなら
彼女は、最後に別れの言葉を言い放った。
命を惜しむ言葉でも、恨みの言葉でもなく。
訣別の言葉を。
そこへ。
――聖女は、力を使い果たしこの地から消えた。探しても無駄故、早々に立ち去るがいい。
人、ならざる者の声が辺りに響いた。
明るい光が、空中に浮いている。姿は見えずとも、それが神という存在なのだという事は容易に知れた。
「神よ!! 慈悲深き聖女様に、どうか安らかな眠りを……!」
「ご立派な聖女様でした!」
神官の発したその言葉に、思わず目を眇める。
聖女だからと言って、死んでも良しとするその感情は何なんだ? 聖女ならば、犠牲にしても当たり前なのか?
護衛の騎士の中にも、同じように声を上げる者たちがいる。
しかし自分のように、顔を強張らせて歯を噛みしめている者達もいる。どちらにせよ、聖女様に頼り過ぎたのだ。
――私は、こんな者達の為に理不尽な運命を聖女に与えてしまったのだな……
そこに、神の言葉が降りた。それは深い悔恨を滲ませ、理不尽な言葉に強い怒りを湛えていた。今まで声を上げていた者たちが、息を止められたように声を途切れさせる。
――聖女は異世界で普通に暮らしていた、ただただ普通の女性だ。決して聖女として生まれたわけではない。その彼女を、家族も生活も全てから切り離し私はこの世界の為に攫ってお前達に託した。界を渡るときに身に着ける膨大な魔力を目当てに。その結果がこれなのだとするならば、責は私にあるのだろう。
「……神よ……」
神の言葉に、おののく様に神官が声を震わせる。
――お前達が助かる為に縋りついた所為で、聖女はこの世界で生きる為の最低限しか残っていなかった力を手放した。それは聖女のすべきことではないにもかかわらず、だ。魔が相手ではない、人同士の争いの収束をお前達は聖女に押し付けた。
先ほどまで口々に上げていた声は、欠片も聞こえない。神の声を聞きながら、己が、どれだけ聖女という存在を使役してきたか反芻しているのだろう。
――今回の事だけではない。今までの聖女への態度、すべての民が思い返せ。王族も貴族も民も教会も、考えを改めよ。この世界を救って貰いながら、お前達の都合のみで聖女を扱ったその性根、看過できぬ。
震え上がったのは、聖女を召還した国の王。王族、貴族、教会の者達。
――聖女の願いをもって私はここに降りたが、もう二度とお前達と相見えることはない。
「そんな、神よ! 我らをお見捨てにならないでくださ……っ」
――黙れ。
「……っ」
慌てて声を上げた神官の言葉を、神は最後まで聞かなかった。
――増長するだけの民を護る意は私にはない。
聖女が浄化している闇の澱も魔王も、もとはお前達この世界の者達の負の感情が生みだしたというのに。
お前達を闇から救う為に、何の関係も責もない聖女を、無理やり攫ってきたというのに……
重いため息が……その音が、辺りを包む。
—―これが最初で最後の警告だ。
このままお前達が変わらぬのなら、私はもう、聖女を招くことはやめよう。
そう続けた神の言葉は、この世界の人間にとって脅威以外何物でもなかった。
――私はこの世界を見放そう
絶望が、この地を覆った。
全ての者に私の意を届けたと、神は口を閉ざした神官たちに言葉を下ろした。
騎士は神の威圧に負けまいと奥歯を噛みしめながら、縋るようにその輝きを見つめた。
「恐れながら、お伺いしたく……」
声を上げた自分に、見えないけれど向けられた視線。その圧だけで、膝を屈しそうになる。
――騎士か。最後まで聖女を守っていたな。よい、申してみよ
守っていた……。本当に守れていたのだろうか……。
「聖女様を、お探します。私は、聖女様と共にこの先を歩みたいと心から願っております。大切に守り寄り添いたいと願っております。探すことを、お許しください」
――聖女の姿は、地上から消えた。それでも、おまえは探すというのか?
「私は、聖女様と共にありたい」
――許しは与えよう、気の済むまでやればよい
「ありが……」
礼を口にしようとしたその言葉を、神が遮る。
――聖女は、望んでいないがな
そうして、神は消えた。
呆然と立ち尽くす、人々を残して。
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遥か昔、もう記録もしっかりと残っていないほどの昔話の時代、神は一度だけ地上に降りそして世界へと警告した。
それは亡き聖女の願いとも、絶望からの恨みともいわれているが、定かではない。
代々各国の王族や教会の人々に伝わる口伝は、人々が話す昔話よりも詳しい。それでもはっきりとしていないのは、聖女の最後。
果たして騎士は聖女を見つけ出せたのか。
聖女は穏やかに生を終えられたのか。
結末を知ることのできないその口伝の最後は、同じ言葉で締めくくる。
それでもお前は、お前たちは。聖女を望むのか?
それは聖女が召喚されるその日まで、すべての人々に突き付けられる疑問。




