めでたしめでたし、の、その、あと――は。
それでもお前は、お前たちは。聖女を望むのか?
馬車の外から聞こえてくるのは、怒声、罵声、叫び、そして嘆き。
「聖女様、聖女様っっ」
馬車の窓から外を見たいのに、彼の姿を見たいのに、車内にいる侍女や神官がそれを阻む。ぎゅうぎゅうと私に縋りついてその望みを乞う。
「お助けください、聖女様! 貴女様のそのお力で、我らをお救いください!!」
「聖女様のお力で!」
「聖女様!」
たった三人しかいないのに、その三人の力は恐ろしく強い。
すでに力をほぼ使い果たしている私に、みんなの手を振りほどくだけの体力も何も残っていなかった。
「私、には、もう……何の力も残されていません」
唯一の望みを絶たれまいとする、その三人の目は極限まで開かれ、そして聖女という細い糸に縋りつく。
「できます! 聖女様に出来ぬことなどないのです!」
「私たちは信じております!!!」
「貴女様は、異なる世界から降臨した聖女様なのですから!!!」
安穏と暮らしていた日常から突然切り離され、放り込まれた見知らぬ国。
世界を救ってほしいという身勝手な願いを、もう自分の世界に戻れないことを「神」から告げられた私は納得することもできないまま頷いた。
負の感情が作り出す闇の澱。そこから魔族が、そして魔王が生まれないように浄化してほしい。
それが、突然この世界の神に攫われた理由だった。
納得なんてできない。一欠けらも。
それでも。納得できなくても。それがこの国で生きていく理由になるのならばと、ただ前を向いて進んできた。国から与えられた仲間と、自ら作った仲間と、気を許した近しい友と。
結局、浄化が間に合わなくて生まれた魔王も、仲間と共に浄化した。浄化後の魔族も魔物も、普通の動物と人に戻り、種族が違うといえど、ヒトガタの者を滅するという事を負わなくて済んだことにはほっとした。けれどそれだけだ。いいことなんて、一握りもなかったんじゃなかろうか。
それに魔王の浄化に身を投じ、私から聖女の力は失われた。
浄化はもちろん、人より強く扱えていた聖魔法……回復や癒し、眠り。そのすべてが、消え去った。
この世界の負の感情が凝り固まった魔王という概念の存在を浄化するのに、それだけの力を有した。
この世界の人々、生きとし生けるものの負の感情が生み出した魔を、なぜ無関係の私が命を賭して浄化しなければならないのか。
心の片隅で、そう叫ぶ自分を感じながら。
「聖女様! ご無事ですか!!!」
馬車の外から、彼の声が聞こえる。
私を、名前ではなく、聖女様と呼ぶ、彼の声が。
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すべてが終わり力を失った私を召喚を行ったこの国の王様は、共に戦った中でも高位の騎士と婚姻を結ばせた。
あれは、ほぼ命令だったと思う。
力を失った私など、国にしてみればお荷物以上の何物でもないだろう。けれど国民からの支持も厚く、他国からも食指を伸ばされている私を手放すわけにはいかない。
多分最初からそのつもりだったんじゃないかな。
彼は、国から一番初めに与えられた仲間の一人だ。
最初は、とても渋った。私を、押し付けているようで嫌だった。
「私があなたを望んだのです」
彼のその言葉と、私の意思を尊重してくれていたそれまでの日々を思い返し、受け入れる事にした。
かんたんに言えば。
私も彼に好意を持っていたから、決局は受け入れた。
「私の、婚約者でしたの。けれど、この国を救ってくださった方に否やは申せません。聖女様に、心からの感謝を」
彼と出席した夜会で、たまたま一人だった時にたまたま出会った可愛らしい女性。
儚げで、切なげな、令嬢の。無理をして笑みを浮かべているものの、悲しそうな表情で告げられたその言葉に、辛くなって苦しくなってどうしたらいいのか考えて。
それでも婚姻を結びたいと言ってくれた彼のその言葉を信じたくて、……否、それだけじゃない。
私は、思った。
――家族も日常も世界さえも私から取り上げたのだから、私の居場所くらいくれてもいいじゃない……!
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「聖女様、すぐに、お助けいたしますから!!!」
私が嫁ぐことで与えられた彼の領地に向かうその途中、盗賊に襲われた。最初は少人数だと思っていた。けれどそれは間違いで、その背後には盗賊に見せかけた私兵と思われる集団が隠れていた。
愕然とした私に、心配はないと笑いかけ今も必死に戦っている彼は、きっと何も知らなかったに違いない。
もしかしたら送り出してくれた王様も、お妃様も、王子様も、王女様も。
本心は分からないけれど私が消えて困るのは、たぶん王族だ。
けれど、やはり誰かが私を消したかった。
この馬車にがむしゃらに喰いついてくる盗賊たちを見れば、護衛の兵士と戦うのではなく私だけを目指して殺到していることが明らかだから。
彼女ではない、彼女かもしれない。
王族かもしれない、それに連なる人かもしれない。
この国の人ではない、いやこの国の人かもしれない。
他国かもしれない、いやいっそ世界中の望みなのかもしれない……
異分子たる異世界の聖女は、役目を終えたらこの世界からいなくなるのが当然だと。
「聖女様、お助けを……!!」
「聖女様!」
「聖女様ぁぁっ!」
何もできない私に、必死に縋り付いてくる。
きっと、私がここに来たことで人生を変えられてしまった人たちがたくさんいるんだろう。
聖女が来なければ、この馬車に乗っていなかった。
聖女が来なければ、彼はこんなところで戦わなくても済んだ。
聖女が来なければ、彼女は彼と幸せな未来を歩めた。
聖女が。聖女が。……私が。
望んだわけじゃない。
いまだに郷愁は胸を巣くっている。
理不尽すぎるほどの理不尽だけれど、それでも、召喚を行ったのは国の王であり応えたのはこの世界の神だ。
私がここに来なければ、私が居場所を望まなければ……私一人が我慢すればすべての国民は「めでたしめでたし」で終わったんじゃないだろうか。
「聖女様!!!」
ドンッ
彼の声と共に、扉についている窓にその姿が見えた。盗賊と切り結んでいるようで、その向こうにいる男の血走った目と視線が絡む。
結局は、私がいなければ、この争いはすべて無になる。
理不尽だらけの召喚だった。
理不尽だらけの使命だった。
それなら。
最後まで、私一人がその理不尽を受け入れよう。
少なくとも、それをしようと思う程には、私は彼が好きだった。
――神様
縋りつく人の手の力強さに微かに眉を顰めながら、心の中で神を呼ぶ。
――聞こえてるよ
鷹揚な、それでも申し訳なさを混ぜ込んだその声に、少しだけ目元を緩ませる。
――私をここから消してください
神様の、困惑した感情が流れ込んできた。
なんだかんだと、神様が一番この召喚について謝ってくれた気がする。
良い神様なんだろう。ただ、この世界を、異世界からの誘拐とを、天秤にかけられるほど好きなだけで。
――君は、それでいいの?
説明を求めないところを見れば、きっと私の思考を垣間見ていたんだろう。一応私は、聖女、だから。
――もう……いいんです。私は、もう、やめたい
――……そう
ため息とともにぽつりと零されたその言葉は失望が多分に含まれていて、それはきっとこの世界に対してなのだろうと思うくらいには私は神様を信じていた。そう思えるほどに、神様は私に寄り添ってくれていたから。
神様は少しの逡巡ののち、私の体に聖女の力を吹き込んだ。
「聖女様! 聖女様ぁぁぁっ」
神様との話しを終え目を開ければ、半狂乱になって泣き叫ぶ侍女の声に心臓がどくりと音を上げた。
はやく、しなければ。
両手を、胸の前で、組む。
無くなったはずの聖女の力が、身体からぶわりと周囲へと広がった。
歓喜の声を上げ私を見つめる三人から視線を移し、窓へとそれを向けた。
いつの間にか盗賊を倒したのか、彼は目を瞠ったまま口を微かに開いている。
「なぜ」
多分、そう呟いた。
そうだよね。もう力は使い果たしたって言ったのに、そのせいで私を押し付けられたのに。
でもね、もうね、これで最後だから。
「皆に、癒しを。悪意の者に、負の浄化を。そして誰も傷つかず、この地に優しい祈りが訪れますように」
その祈りの力は、私には何もしてくれないけれど。
私を中心として、聖女の力と共に強い光が辺りに広がる。それに触れたものから、傷が癒され、悪意をなくし、護衛は地を踏みしめ、盗賊たちは地に膝をついた。
「聖女、様……」
私の横のドアが、開かれる。そこには、私の居場所になるはずだった彼の姿。
「……」
広がった聖女の力が、ゆっくりと掻き消えて。
彼はその手を私に伸ばした。
「聖女様」
そうして呼ばれたのは、「聖女」という肩書。
私は彼を見つめると、口を開いた。
「さようなら」
見開かれた目。
慌てたように私の腕を掴もうとした彼のその手の中で、私の体は光に弾けた。
そして私は、理不尽すぎるこの世界から姿を消した。




