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世界が望んだ

視界の端で、駆けだそうとするフェルンの姿が見えた。


「・・・シュトラッ!!!」


途切れそうな意識をつなぎ止め名を叫ぶと、彼女がフェルンを制止してくれる。


「ありがとうシュトラ。まだ、もう少し見守っていてくれ」


「ちっ。死ぬ前には泣きわめいて命乞いしろよな」


「心得ておくよ」


だらだらと流れ落ちる血を眺めながら、何とか立ち上がり、ヴィルラドを睨みつける。


「確かに強くはなった。それは認めよう。だがまだ足りないな。そんなものでは世界は救えない」


ヴィルラドはアイリスの方を見た。


「・・・。どうすればお前は勇者に至る?大切なモノを奪えば才能が開花するのか?そうすれば君はまた、世界を救うための旅路へと歩みを進めるのか?」


「バカ言え。そうはならねーよ。そうはならなかったから、俺は今ここにいるんだ。シュトラもフェルンも、そしてお前も。みんな大切な人だったはずなのに、手放しちまったんだから」


奪われた。なのに取り返すことも出来なかった。


「なぁヴィルラド。少しだけ自分語りを許してくれ」


剣を杖にして、何とか立ち続ける。


「なぁ、どいつもこいつもさ。みんなが世界を救ってくれっていうんだよ、そう言って背中を押すんだ。・・・その世界ってのが分からないまま、俺は大人になっちまったよ」


望まれたから勇者になった。そこに俺自身の意志は介在しない・


「俺はさ。勇者になんてなりたくなかったよ」


その言葉はきっと衝撃的なモノだったのだろう。


ヴィルラドの表情をうまく言葉にすることができない。それは怒りか、戸惑いか、悲しみか。


「友達ができるよりも早く魔物の返り血を浴びたよ。大人でも血を吐くような訓練を毎日させられたよ。『お前は勇者だ』『世界を救うんだ』って毎日毎日言われた」


右も左もわからない。まだ自分じゃ何も決められない子供にとって、その言葉は呪いだ。


「そうやって『俺』は塗りつぶされた。俺と勇者って存在の境界が曖昧になって、自分で自分が分からなくなった」


もっと遊んでいたかった。同い年の友達がいて、好きな子なんかも出来て。そうやって、普通に。


「だから俺は世界を救おうと思った。平和な世界になれば、勇者を必要としない世界なら、みんなが『俺』を見つけてくれるって、そう思ったから・・・」


それが本心だった。天に与えられた使命を全うするためだとか、魔物に苦しめられている人を救いたいとか、そんなご立派な理由じゃない。


「自分勝手で、独善的で、醜い。そんな理由で俺は世界を救おうと思っていたんだ」


聞いてあきれる。見て笑える。こんなどうしようもない奴をみんなが勇者とあがめていたんだから。


「だからあの日さ。違う世界からアオイがやってきて、勇者って肩書も、仲間も全部奪われて、俺の感情はぐちゃぐちゃになったよ」


・・・『それなのに貴方は・・・勇者パーティーを追放された。貴方がみんなを捨てたんじゃない、みんながあなたを捨てたのよ。・・・世界もみんなも、貴方に勝手に期待して、押し付けて、奪ってきたのに。貴方は悪くない、だってそうでしょ?ー--だれも声を上げなかったじゃない・・・っ、貴方が勇者じゃなくなるっていうのに、誰も・・・っ!』


前の世界でアイリスが叫んだという言葉を思い出す。


「ずっと捨てたかったはずの肩書なのに、そのはずなのにさ。いざ奪われると苦しくて悔しくて・・・。やっと『俺』になれるって期待する気持ちと混ざってドロドロになって・・・。俺は動けなかったんだ。声も発せなかった。・・・俺はあの時泣けばよかったのか?喜べばよかったのか?・・・どんな顔で、仲間たちを見ればよかったのかな・・・」


忘れられない記憶。抱き続けた後悔。その絶望の果てに。


「d界の端で、駆けだそうとするフェルンの姿が見えた。


「・・・シュトラッ!!!」


途切れそうな意識をつなぎ止め名を叫ぶと、彼女がフェルンを制止してくれる。


「ありがとうシュトラ。まだ、もう少し見守っていてくれ」


「ちっ。死ぬ前には泣きわめいて命乞いしろよな」


「心得ておくよ」


だらだらと流れ落ちる血を眺めながら、何とか立ち上がり、ヴィルラドを睨みつける。


「確かに強くはなった。それは認めよう。だがまだ足りないな。そんなものでは世界は救えない」


ヴィルラドはアイリスの方を見た。


「・・・。どうすればお前は勇者に至る?大切なモノを奪えば才能が開花するのか?そうすれば君はまた、世界を救うための旅路へと歩みを進めるのか?」


「バカ言え。そうはならねーよ。そうはならなかったから、俺は今ここにいるんだ。シュトラもフェルンも、そしてお前も。みんな大切な人だったはずなのに、手放しちまったんだから」


奪われた。なのに取り返すことも出来なかった。


「なぁヴィルラド。少しだけ自分語りを許してくれ」


剣を杖にして、何とか立ち続ける。


「なぁ、どいつもこいつもさ。みんなが世界を救ってくれっていうんだよ、そう言って背中を押すんだ。・・・その世界ってのが分からないまま、俺は大人になっちまったよ」


望まれたから勇者になった。そこに俺自身の意志は介在しない・


「俺はさ。勇者になんてなりたくなかったよ」


その言葉はきっと衝撃的なモノだったのだろう。


ヴィルラドの表情をうまく言葉にすることができない。それは怒りか、戸惑いか、悲しみか。


「友達ができるよりも早く魔物の返り血を浴びたよ。大人でも血を吐くような訓練を毎日させられたよ。『お前は勇者だ』『世界を救うんだ』って毎日毎日言われた」


右も左もわからない。まだ自分じゃ何も決められない子供にとって、その言葉は呪いだ。


「そうやって『俺』は塗りつぶされた。俺と勇者って存在の境界が曖昧になって、自分で自分が分からなくなった」


もっと遊んでいたかった。同い年の友達がいて、好きな子なんかも出来て。そうやって、普通に。


「だから俺は世界を救おうと思った。平和な世界になれば、勇者を必要としない世界なら、みんなが『俺』を見つけてくれるって、そう思ったから・・・」


それが本心だった。天に与えられた使命を全うするためだとか、魔物に苦しめられている人を救いたいとか、そんなご立派な理由じゃない。


「自分勝手で、独善的で、醜い。そんな理由で俺は世界を救おうと思っていたんだ」


聞いてあきれる。見て笑える。こんなどうしようもない奴をみんなが勇者とあがめていたんだから。


「だからあの日さ。違う世界からアオイがやってきて、勇者って肩書も、仲間も全部奪われて、俺の感情はぐちゃぐちゃになったよ」


・・・『それなのに貴方は・・・勇者パーティーを追放された。貴方がみんなを捨てたんじゃない、みんながあなたを捨てたのよ。・・・世界もみんなも、貴方に勝手に期待して、押し付けて、奪ってきたのに。貴方は悪くない、だってそうでしょ?ー--だれも声を上げなかったじゃない・・・っ、貴方が勇者じゃなくなるっていうのに、誰も・・・っ!』


前の世界でアイリスが叫んだという言葉を思い出す。


「ずっと捨てたかったはずの肩書なのに、そのはずなのにさ。いざ奪われると苦しくて悔しくて・・・。やっと『俺』になれるって期待する気持ちと混ざってドロドロになって・・・。俺は動けなかったんだ。声も発せなかった。・・・俺はあの時泣けばよかったのか?喜べばよかったのか?・・・どんな顔で、仲間たちを見ればよかったのかな・・・」


忘れられない記憶。抱き続けた後悔。その絶望の果てに。


「きっと『最初の俺』は、そんな真っ暗闇の中で君に見つけてもらったんだ」


彼女が世界をやり直す前の俺。アイリスに名前をあげた人物。


「先も見えない暗闇の中で手を引いてもらって、本当の名前を打ち明けるほどに心を開いて・・・そうして、恋をしたんだ」


「・・・でもそんな貴方は、私なんかを救って死んでしまったわ。・・・まったくもって無駄な死よ。奴隷なんかを救って死ぬだなんて」


アイリスの言葉に、それは違うよと首を振る。


「無駄な死なんかじゃない。愛した人を守ったその行動のおかけで、今の俺がいるんだ。・・・()()()()()()()()()()


「すべてを救える・・・だと?」


「長話しすぎたな、済まないヴィルラド」


意識がもうろうとしている。このまま血を失い続ければ、意識だけでなく命まで失ってしまうだろう。


「結論から言うよ、俺は勇者になんてなりたくなかった。なのに勇者じゃなくなったときは悔しくて、自分で自分が分からなかった。・・・そんな俺は今さ」


だからこそヴィルラドは恐怖しているんだ。今にも死にそうな俺が放つ、膨大な闘志に。


「俺はさ、勇者に生まれてよかったと思えるよ。だってそのおかげで、すべてを救えるんだから」


その言葉に、ヴィルラドは半歩身を引いた。・・・恐怖からの行動だ。


「なぁ、アイリス」


薄れいく意識とは裏腹に、しっかりと言葉を紡ぐ。


「なによ」


「君は俺のことを、愛しているか?」


問いかけると、アイリスの顔が真っ赤に染まる。


「な、何言ってるのよ!?そんなこと聞いてる場合じゃないでしょ!!戦ってる間に脳みそ落としちゃったんじゃないの!?」


「大事なことなんだ、答えてくれ」


真剣なまなざしをアイリスに向ける。だってこれは、必要なことだから。


俺が望んだ奇跡。ヴィルラドを倒すためのピースは、彼女なのだから。


「何言ってるのよ・・・。こんなみんなが見てるとこじゃ、恥ずかしいじゃない・・・」


「頼むよ、アイリス」


再度言葉をかけると、彼女は恥ずかしさを吹き飛ばすように頭を振った。


・・・そして。


「あーモーわかったわよ!言えばいいんでしょう!?言ってやるわよ!!!」


頬を赤くしたまま大きく息を吸い込んだ。


「いい!?一回しか言わないからよーく聞きなさいよ!私はアルマのことを、世界で一番愛してるわよっ!!!」


ダンジョン内にアイリスの声が響き渡る。


シュトラは何言ってんだと舌打ちをして、フェルンは顔を隠して恥ずかしそうにしている。


「ありがとうアイリス、とてもうれしいよ」


その言葉は本当だ、嘘じゃない。


彼女からの愛の告白に、俺は・・・


「でもごめんね、君の愛には答えられない」


そう返事をした。


「ふふっ、わかってたわよ、そんなこと」


たった今振られたアイリスは自嘲気味に笑った。


「君に名前を教えたのは俺だけど、俺じゃない。君に恋したのは、俺だけど・・・俺じゃないんだ」


「確かにそうね、その通りよ。貴方だけど貴方じゃない。・・・でもこの世界で私の話を聞いてくれた貴方は優しかった。私と、かつての仲間を両方信じたがった貴方は、あの時と同じ優しさだったわ。・・・だから私は、またあなたに恋をした」


「ありがとうアイリス。君の言葉には答えられないけど、でも確かに、受け取ったよ」


その瞬間。アイリスから俺への『愛』を理解した瞬間に。


・・・力が、あふれ出す。アイリスからの愛が、魔力に変わる。


「なんだ、その魔力は・・・」


注がれた魔力が俺から溢れだし、のたうち回るのを見て、ヴィルラドが驚愕に目を細める。


「待たせたな、本当に本当に。でも嬉しいだろ?・・・今お前の目の前に立っているのが」


膨大な力を制御するのに、少々時間が掛かった。だけどもう、魔力が体からあふれ出すことはない。そのすべてが今は俺の制御下にある。


「お前が・・・いや、世界が望んだ勇者の姿だよ」




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