最後のチャンスを
「で、んな話をオレに信じろって?本気でそういってんのか?・・・奴隷ってのは常識もねぇんだな」
目の前にいたシュトラが、苛立ちを隠そうともせずに私を睨め付ける。
隣にいるフェルンがシュトラをなだめるが、その視線が鋭さを失うことはない。
だが、怯まない。怯んではならない。
「信じないと困るのはあなたよ。死んでからじゃ、私にごめんなさいも言えないでしょ」
アルマに伝えたことを、この二人に話した。確かに存在した『前の』世界のことを。信じてもらえるとは思えないが、彼がこの二人を見殺しにできない以上は仕方ない。
アルマがヴィルラドを敵と認識して、彼女らを守るためには奴の『悪意』を垣間見る必要がある。
そうしてやっとアルマは悪意から二人を守ることができるのだ。
・・・つまり彼女らは、一度はヴィルラドの悪意にさらされなければならない。そうしないと、アルマはあいつを敵だと認識できないから。
彼女たちはその最初の一撃から自分の身を守る必要がある。
そのために、ヴィルラドが彼女らの敵だという情報は必要不可欠だ。
「てめぇに『ごめんなさい』なんていうくらいなら、殺された方がマシだね」
「ねぇシュトラちゃん!それにえっと・・・アイリスさん?も、もっと仲良くしなきゃだめだよ!!!」
私とシュトラの間に挟まれたフェルンがおどおどしている。少しかわいそうだ。
「どうしても私の話が信じられないってんなら、証拠を見せてあげる。・・・今日貴方たちに初めて会った私が、その胸の内に秘めている気持ちを言い当てたら、信じるしかないんじゃないかしら?」
この世界の私では知り得ない情報。それを開示することで前の世界の存在を証明する。
「フェルン。貴方はーーー元勇者のことが好きよ。大好きといっても過言じゃないわ」
「わ、わーーーっ!!!」
フェルンの気持ちを言い当てると、彼女は耳まで真っ赤にして叫んだ。そしてシュトラの背中に隠れて、今の会話が周りに聞こえてはいないかときょろきょろしている。・・・が、その行動で逆に目立ってしまっていた。
「こ、こいつは『本物』だぜシュトラ姉さん。ほんとに世界をやり直してやがる」
なぜか息を切らせながらフェルンがシュトラに耳打ちをする。
「んなことが証拠になるかよ。こいつがあのヘタレ元勇者を大好きだってことは、遠目に見てたってわかる話だ」
「わ!?わーーーーー!!!」
シュトラの言葉を、またも大声でかき消そうとする。
「耳元で大声だすんじゃねーよ」
シュトラはチョップを繰り出し、それで?と私の方を見た。
「ほかは?そんなんで信じるのはこのバカくらいだぜ?」
「・・・・」
やはりか。こんなことで、警戒心の強いシュトラは信用してくれない。
前の世界で彼女が死に際に言っていた言葉。フェルンではなく、シュトラがアルマに抱いていた想いを伝えればあるいは・・・。
ーーーいや、ダメだ。彼女はきっとアルマのことを持ち出せば、素直に聞いてくれない。今この場に彼を連れてこなかったのもそれが理由だ。
シュトラが今アルマへの気持ちを簡単に認めるような性格ならば、二人はここまでこじれていないんだから。
「んだよ、信じるしかないなんて大口叩いといて出た弾はたった一発か、あぁ?んな話その辺のガキだって信じねぇー」
・・・取り繕わず言うのなら、私はシュトラの発言にイラついた。
「・・・もういいわ。別に信じてくれなくたってかまわない。この際ハッキリ言うけど、私はアンタたち二人が好きじゃないの」
こっちは最悪の運命を回避するために、必死に頭を使って信じてもらおうとしているのに、なんだこの態度は。
「嫌いで結構。見ず知らずのお前に嫌われたところで何も思わねーよ。で、お優しいアンタは嫌いなオレらの為に、なんでわざわざためになる話を聞かせてくれたんだ?」
「・・・彼が望んだからよ」
そうだ。私にとってはそれが全て。彼がこの世界の全てだ。
「私はあなたたちが嫌い。フェルンは誰にでも優しくてかわいいし、シュトラも怖いけどなんだかんだで私の話を聞いてくれてる。・・・私にとってあなたたちは良い人よ。でも、彼にとってはそうじゃない」
「・・・行くぞ、ヤツの奴隷なんかの為に時間を使ったのがバカだった。クソつまんねー話だ」
「ちょっと待ってよシュトラちゃん!」
シュトラが足早に立ち去ろうとし、フェルンが私のことを気にしながらもそれを追いかける。
・・・二人の背中が遠くなっていく。
このままではだめだ。彼の望みは叶わない。このままあの背中が消えてしまったら、最悪の運命は変えられない。
たった一言。たった一言で彼女らの足をとめ、私の話を信じさせる必要がある。
考えろ、考えろ、考えるんだ。
最適な言葉は?彼女の心に届く言葉は?
考えろ。
「あの人は・・・っ!!!」
気が付いたら、私は激情のままに叫んでいた。
「あの人は、何も捨ててなんていないーーーっ!」
これは違う。シュトラを信じさせるための言葉じゃない。フェルンに届けるべき言葉なんかじゃない。
「捨てたのは貴方たちよ!勇者なんて役割を決めつけて、押し付けて、期待して、失望して、そして・・・簡単に奪ってしまった」
この言葉はもっと独善的で、身勝手で、汚くて、幼稚で、つたなくて。
それでも。
「簡単に捨ててしまった・・・。彼にはそれしかなかったのに。・・・簡単に」
でも、それでも。私の心からの言葉だ。
「誰も声を上げなかった・・・っ!彼の全部が消えてしまうっていうのに、誰も声を上げなかったじゃない!!!」
そしてきっと、彼自身が誰にも言えなかった言葉だ」
「小さな子供にとって、剣術を学ぶのは友達と遊ぶことより大事なことなの!?魔物を殺すのは、大好きな人に抱きしめられながら眠ることより心を育ててくれるっていうの!?・・・世界を救うのは、大切な人に名前を呼んでもらう事より幸せなことだって、そういうの・・・?」
誰も彼の名前を知らなかった。名前なんて関係なかったんだ。彼に求められていたのは勇者として世界を救うってことだけ。それだけなんだから。
「私は貴方たちが嫌いよ。彼にも全部見捨てて二人で逃げましょうと言ったわ。・・・でも、彼は私の手を取ってくれなかった。・・・勇者になった時とは違う。選ばせれたんじゃなくて、彼は貴方たちを救うことを選んだんだわ」
「…シュトラちゃん。私、私ね・・・」
泣き出してしまいそうなフェルンを無視し、シュトラがもう一度歩き出す。
その背中に、私は最後の言葉をなげる。
「もしヴィルラドの悪意を少しでも感じたら今日のことを思い出して。思い出したらそれがーーー捨てたものを拾い上げる最後のチャンスよ」
「ならよ。その時が来たらテメェも思い出せ。もしあいつがオレらに牙を向けるってんなら、それは俺らの問題だ。部外者は手出しすんじゃねーぞ」
その言葉を最後に二人の背中は人ごみへと消えていった。




