カギは目の前に
「忘れて、そして苦しいことから全部逃げて・・・。どこか遠くで、ずっと隣にいて欲しいの。ーーー遅くなってごめんなさい。私は、貴方のことが大好きよ」
彼女の言う前の世界の俺は、彼女にどんな気持ちを抱いていたんだろう。なにを想って、何を感じて、本当の名前を打ち明けたのだろうか。
その名前は、かつての仲間にすら教えていない。その理由は単純だ。
わかっていたんだ。あいつらも、世界も。求めていたのは俺じゃない。頼っていたかったのは俺じゃない。
・・・勇者なんだ。
でも、目の前にいる奴隷の彼女は違う。俺の名前を呼んで、大好きと言ってくれた。
世界で唯一、俺のことを見つけてくれたんだ。
彼女の震える肩をだけば、その先にはどんな未来が待っているのだろうか。
アルマとしての幸せな生活?期待に満ち溢れた未来?・・・そのどれもがとても輝いている。
・・・だけど、悲しいな。
だって俺は今から。
俺のことを大好きと言ってくれた女の子の心を。
ーーー傷付けてしまうのだから。
「ごめん。俺は君の願いを、わがままを・・・そのどちらもかなえてあげれない」
泣いている彼女の体を優しく、けれども残酷に引き離す。
その時見せた彼女の顔を、俺は一生忘れないだろう。
「わかってた。うん、わかってたよ。私のことが信じられないってことも、そして・・・貴方が仲間を見捨てたりしないってことも」
「違う。きみの言葉が信じられないわけじゃない。ただ俺は・・・」
俺の言葉を、彼女が遮る。
「わかってるわ。わかるわよ、私がどうってことじゃなくて、かつての仲間であったヴィルラドのことを信じてるって言うんでしょ?」
無言で頷くと、彼女はさらに言葉をつむぐ。
「ずっと見て来たからわかる。貴方は簡単に人を疑ったりしない。だから・・・私はあなたに嫌われるなんて、不確実な方法であなたを救おうとしたの。あなたが私を庇わず、目の前で私が殺されればーーー目の前でその悪意に触れれば、信じるしかないでしょう?」
彼女は潤んだ瞳を乱暴に拭う。
再び上げたその顔には、先ほどまでの弱弱しさすでにない。
「バカな方法だ」
俺の為に命をとした彼女の行動を、それでもバカの一言で切り捨てる。
「俺なんかの為に、命を捨てようとするなんて・・・。もっと賢いやり方はなかったのか?」
「人は、見えるものだけを信じるわ。不滅の友情、無償の愛情、そんなものを心から信じてる人間なんてほとんどいない。・・・運命っていうのは確かにあるの」
「運命・・・」
彼女の言葉を反芻する。自分の人生すべてを勇者という役割に捧げ、その先に死ぬのが俺の運命なのだろうか。
「それはとても強固なもの。命の数はきっと決まっていて、簡単に足したり引いたりできないのよ。・・・世界をやり直すような力を使ってもね」
「つまり・・・」
「そう、誰かを救うのなら代わりに誰かが死ななければならないと私は思うわ。少なくともそれくらいの覚悟が必要なのよ。なんの代償もなく願いを叶えようってのは傲慢よ、とんでもないバカの考えだわ。・・・代償を払わずに誰かの運命を変える・・・そんなの私たちにはできない。できるとしたら神様の振るう奇跡くらいよ」
でもね、言ったでしょう?と彼女は続ける。
「人は目に見えるものしか信じない。奇跡なんて都合のいい物語・・・私は信じないわ」
「俺は、目に見えないものも信じて生きていたい。君のことも、ヴィルラドのことも」
「そう。それはきっと・・・とても大変な道だわ」
一人の運命を変えるのでさえ、命を投げ出すほどの覚悟が必要だと彼女は言った。
彼女にとってここは何度目かの世界。俺を救うためにやり直された世界。
・・・俺を救うための世界。
「ヴィルラドの目的は間違いなく貴方よ。でも、きっと殺すことが目的じゃない。それならもっと簡単な方法がたくさんある。貴方の大切なモノを傷つけて何がしないのかわからない・・・だけど」
彼女の言葉の続きが、なんとなく俺は予想できてしまった。
「あいつの目的があなたを殺すことじゃないのなら、少なくともあなたの命は助かるわ」
「・・・言葉がたりてないな。『フェルンとシュトラを見殺しにすれば』・・・だろ?」
「運命を変えるには覚悟が必要よ。それが私にとっては、自分が死ぬ覚悟だったの。貴方も生きたいと願うのならば、覚悟を決めなければならない。きっと全部は救えないから」
全部は救えない・・・悲しそうに言った彼女の言葉はきっと正しい。
死ぬほどの覚悟を持った彼女ですら、一人の人間を救えなかったんだから。
「ハイわかりました。二人を見殺しにして自分だけ幸せに暮らします・・・。なんて言えないな。これでも俺、元勇者だから」
俺だけを救うための世界。そんなんじゃこれっぽっちも足りやしない。
フェルンとシュトラ。今度は二人を救う方法が、覚悟が必要だ。
「君の話が本当で、ヴィルラドが牙をむいてくるってんなら、正直どうしようもない。シュトラが負けたって事実が前の世界にある時点で、俺には勝てる相手じゃない」
運命を変えるには何かを代償にする覚悟が必要だ。
代償もなしに世界を変えるのは、奇跡だ。
・・・なら。
奇跡を起こそうじゃないか。
「君の話が本当なら、俺にはヴィルラドをどうしようもできない。でも、君の話が本当の本当の本当に本当なら・・・」
奇跡を起こす?・・・簡単だ。
「俺は、誰にだって勝てるよ」
俺の奇跡はもう、目の前にあるんだから。




