両親の形見
「それで、『銀の翼』は壊滅させてくれたんでしょうか!?」
「それなんだが・・・」
翌日、約束通り俺の家を訪ねてきたミリィに、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「壊滅はできたんだけど・・・」
これは嘘。壊滅なんてさせていない。だが、ボスにはもう悪いことをするなといったし、壊滅したと言っても過言ではないだろう。
「お母さんの形見とやらは取り返せなかったんだ。銀の翼はもうそれを持っていないらしくて・・・ってのはいいわけだよな、すまない」
俺はミリィに対して深々と頭を下げる。
「え?・・・あ!いいんだよ全然!!!」
彼女は本当に気にしていない様子でぶんぶんと手を振った。
「悪い奴らを倒してきて、君が無事に戻ってきただけで充分!!!」
母の形見より俺の心配を・・・なんと優しい人なのだろうか。
って、相変わらず奴隷の彼女はこんなに優しいミリィを睨みつけている。なんて敵意丸出しの表情だ。
「君・・・そういえば名前も聞いてなかったね」
ミリィは俺を見ながら不意にそういった。
俺はバツが悪くなって頭を掻く。
「あー、名前ね」
・・・俺には名前がない。俺は生まれたその時から『勇者』だったんだから。
俺に『勇者』以外の名前を付けてくれた母はもういない。
俺を『勇者』以外の名前で呼んでくれた父はもういない。
その『名前』は決して忘れてしまったりはしていない。だけど。今の俺はもう、勇者じゃなくて。俺ですら俺が曖昧で。
この名前を『誰か』に伝えるのはまだ抵抗がある。
だから、なんて言うか・・・。
本当の名前を教える相手は特別で、教える時は・・・やっぱり特別で、もっと俺が俺に自信を持てた時で、その人の前なら俺が俺でいられると思った人に言うべきなんだろう。
ミリィのことは嫌いじゃない。大切な母の形見を取り返すために、見ず知らずの男の家にまで来て。
だというのに、先ほどは母の形見よりも俺の身を案じてくれて・・・。
嫌いじゃない。いい人だとも思う。だけど当別な人ではない。
「名前は・・・まあ、いいんじゃないかな、元勇者のままで」
「えーーー!なにそれっ!!!」
ミリィがぷくーっと頬を膨らませ、俺に密着してくる。
近いです近いです当たっています胸が。
「アンタみたいなモブに教える名前はないってことよ」
いつの間にか立ち上がっていた奴隷の彼女が、密着していた俺とミリィを引きはがす。・・・彼女はなぜか妙に勝ち誇った顔をしていた。
こんなにご機嫌な彼女を見るのは初めてかもしれない。
「・・・なんでそんな勝ち誇った顔してるんだよ、お前だって俺の名前知らないだろ」
「別にいいわよ、嫌いなヤツの名前なんて知らなくて」
問いかけると、奴隷の彼女の顔は一瞬でいつもの不機嫌そうなものに戻っていた。
「---昨日から思ってたんだど、あなたのそれって奴隷が主人にするものじゃないよね。奴隷の刻印はちゃんとあるんだよね?」
「こいつとの二人の問題よ。モブのアンタには関係ないでしょう?」
「・・・は?」
「ちょっと待った!!!」
二人の間に不穏な空気が流れたので、急いで止める。
「すまないミリィ。こいつの口が悪いのは性分なんだ。俺への態度で機嫌を悪くしたのなら気にしないでくれ、俺も気にしてないから」
「・・・そ、それならいいんだけどさ」
簡単に矛を収めたミリィと違って、奴隷の彼女は鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。
「ま、とにかくさ、悪かったよ。形見を取り返せなくて」
「そ、それは全然いいんだよ!銀の翼を壊滅させてくれたんならそれで!!!」
「いや実はさ。俺の両親ももうこの世界にいなくて、形見みたいなもん持ってたから、取り返してあげたかったんだけど・・・」
「・・・勇者の両親の形見?」
俺の言葉を遮るように、ミリィが食いついてきた。
「それって高価なものなの?」
「見てみるか?」
彼女が頷いたので、棚から小さな箱を持ってくる。
「・・・」
その途中で視界に入った奴隷の彼女が何か言いたげな顔をしていたが、どうせ聞いたところで出てくるのは暴言だ。ムシムシ。
「これなんだけど」
箱を開け、中身をミリィに見せる。
「父さんが母さんに挙げたモノらしい。素敵な人ができた時にあげなさいってさ」
なかから出てきたのは指輪だ。ナントカって名前の希少な石を使っているらしい。
「手放す気もないから査定もしてないし、詳しくはわからないけどそれなりの価値はあるんじゃないかな?・・・ま、こういうのは実際の価値よりも『想い』の方が大事なんだけどな」
ミリィは俺の言葉を聞いているのかいないのか、俺の手の中にある指輪をじっと見つめていた。
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