古い水盤の奥底に埋もれていた話2
まもなく神殿に選ばれた娘が集められました。私も含め4人。
同じ年頃の他の娘より、見映えが良かったり、踊りがうまかったりして選ばれた。もしかしたら父親の職業なんていうのも関係あったのかもしれない。
どの子も、選ばれた誇らしさと、この先に待ち受ける未来への怯えの間で立ちすくんでいました。
その中に、Aもいました。
まあ、いることは知ってたんですけどね。所属してる神殿、同じだし。
神殿が同じということは、住んでいる場所が近いということです。
行事のたびに何度となく顔を合わせます。いつしか見覚えるものです。
そうでなくとも、あの子、目立つし。有名だし。いい意味でも。悪い意味でも。
私の住んでいるそのあたりでは、いちばん裕福な家の一人娘でした。
ちなみに彼女の父親は、私の父が働いている木材所の支配人です。
だけど話したりとかは、ないです。
彼女が相手にするのは、いつも、自分と同じかちょっと下くらいのお嬢さんです。いじめるか、手下にするか。
私たちみたいな貧乏人の娘は目にも入らないという感じです。
母方の従姉妹があの家に奉公しているので、いろいろと信じられないような話を聞かされてもいました。
なるべく近寄らないように気をつけよう、と思いました。
Aはやたら自信満々でした。そう見えた。
一人だけ胸を張って、顎を上げて、周囲の私たちだけでなく、未来のライバルたちをもすでに見下しているように見えました。
神殿のお偉いさんのくどくどした注意を聞いたり、支度を確認されたりしてからようやく、馬車に乗りました。
ここでは幌のない小さな馬車でした。
神殿の敷地を出た途端、かたまりのような声援がぶつかるように届きました。
沿道に見送りの人らがビッシリで。
いや、もうたまげたというかなんというか。
手を振り返すのですよ、笑顔で、と同行する舞の教師に耳元で囁かれましたが、ヒクヒクと口角をつりあげるのがせいいっぱいでした。同じ馬車に乗った少女たちは、むしろ楽しげに手を振っていて、度胸の違いに感じいったものです。
あとで知りましたが、この辺りに住んでいる人なら、選ばれた乙女の見送りというのは恒例行事、楽しみのひとつらしいです。まるで知りませんでした。私の住んでいるあたりは、ここまで来るのもひと苦労ですから。
見送りの人々の中には、両親もいました。下の妹たちを親戚に預けて、弟だけを連れてここまで一緒に来てくれたのです。
その笑顔を見たとき、ようやく誇らしい気持ちが湧いてきました。
それと同時に体の底から震えが這い上ってくるような感覚もまた、ありました。
舞の試しに選ばれた少女たちが、どれほどの期待を持たされて王都に赴かねばならないのかを、肌身に感じたからです。
こうして私たちは王都への旅につきました。
地元の期待を背負って旅に出た私たち。
ひたすら馬車に揺られ、或いは舟に揺られ、ふらふらになりながら宿に到着すると、景色を眺めるゆとりもなく
荷物を置いてすぐに稽古。引率が舞の教師であるのは、そのためなのです。稽古。眠る。移動する。延々とその繰り返し。まあ、楽ではありません。
けれども私にとっては貴重な時間になりました。生まれて初めて踊りの助言を得ることが出来ました。自力では決して気づけなかったようなコツがいろいろあって、目を開かれるような思いでした。
地元の期待の星ですから、宿も食事もそれなりに良いものが用意されています。
けっこう楽しい旅でした。
Aがいなければ。
はじめのうちはギクシャクしていた女の子たちとは、日を重ねる毎に連帯感というのか仲間意識というのか、そういうものが生まれだしたように思います。
旅程を進め、新しい宿に泊まるたび、私たちと同じように王都へと向かう娘が、どれほど多いのかを思い知ることになります。
そのたび、自分たちが決して特別でも、成功が約束されているわけでもなく、この先落とされるかもしれない数多いる娘のひとりに過ぎないと思い知らされるのです。
旅程が長い者、つまり遠くから来た者には侮りの目が向けられます。田舎者、と。
結束も固くなろうというものです。
Aを除いては。
Aのような娘が、私のような貧乏人、しかも自分の親の使用人の娘を、どのように扱うのか、まあ予想はつきましたから、旅に出る前からある程度は覚悟してました。
あなた方はみんな平等な立場ですよと繰り返す教師の前では、いちおう神妙にしていましたけどね。
いないところではひどいものでした。
近づかないようにしようと思っても、少人数の一行のこと、どうしても限界があります。
Aは遠慮なく私に用事を言いつけました。
ムッとして見返すと、「お父様に言いつけるわよ」とせせら笑うのです。父が仕事を失うのは困ります。
馬車が小さければ降りて一人だけ乗合馬車で来いと言われました。
部屋が狭ければ、廊下に寝ろと言われました。
馬車の時には、聞こえないふりをして乗り込みました。
部屋の時には、他の子がこっそり教師を呼びに行ってくれたので、言い争いになる前に教師が来て、Aを連れ出してくれました。その夜は教師の部屋で休んだようです。
建前上、私たち試しを受ける娘より、教師のほうが立場が上ということになってはいますが、どうも教師もあまりAに強いことは言えないような雰囲気を感じました。
教師を連れてきてくれた子Bにお礼を言うと、反対に小さな声で謝られました。「ごめんなさい、何も言えなくて。私、あの子、怖くて」
確かに人と喧嘩したりはとてもできなさそうな子でした。
井戸端で服を洗いながら少しおしゃべりをしました。
Bは大きな街の役人の娘だそうです。楽器を扱うのと、歌うのと、舞うのが、なによりも好き。だけど人前に出るのはあまり好きでなくて、でも一族中の期待を背負っているので行きたくないとは言えなくて、舞の試しで王都に行った経験があれば舞の教師になれるかもしれないからと頑張ってここにいると言っていました。
一族が期待するのもわかります。庭師さんが丹精しているお花のような、いつまでも眺めていたくなるような可憐な女の子なのです。
いろんな子がいるんだなあと思いました。
同行したA、B、Cたちは、並以上の家の子ばかりで、のんびりとしたところがありました。基本的に、誰かが身の回りの世話をしてくれるのに慣れているというか。
だけどそれに合わせていたら、何もできません。旅程が進むとともに、同宿する他の地方の娘さんらが増えましたから、何をするのも混むのです。
井戸が混む前にさっと水を確保したり、宿の賄いどころの様子を見つつ、できるところは手伝って手早く配膳して冷める前に食べられるようにしたり。
そういうことをしているうちに、みんなは私に感謝してくれるようになりました。
自分で動くのは構わないのです。ずっとそうでしたから。
……そうであってもやはり、顎で使われるのは、嫌なものです。
慣れてますけどね。子守り女など下女と同じと、何でもかんでも言いつけるおうちって、ありますから。そんなとき私は子守りのために来てるんであって……なんて言えるはずありません。
それでも、私にも心があります。波が立たないわけではないのです。
苦いものを飲み込むような気分にも慣れそうになっていた頃のことです。
「これ、洗っておいて」と服をバサッと投げつけられました。
忍耐力を試されるような心地で、この時間は井戸が使えないので明日の朝なら、と答えました。
「明日の朝じゃ遅いのよ。明日着るんだから」
でも、もう寝ている人もいる夜の夜中に井戸を使うわけにはいきません。同じ宿に泊まっている他のお客さんの迷惑になります。
あくまでできないと言い募る私に、Aの「言いつけるわよ!」が出ました。
私が唇をかみながら、さあどうしようかと思案していました。どうやって水を調達しようか、それとも喧嘩するか、と。
Aの父親である支配人は、娘の言いつけでホイホイと従業員を解雇するような人ではありません。
結論が出る前に、側で聞いていたCが切れました。
「あなた、いつもいつも言いつけるってうるさいわね! それなら私もお父様に言いつけるわ! あなたのおうちの木材は、うちの商会では扱わないようにしてってね!」
この時間に井戸を使ったりしたら、あの地方の子は非常識だって評判が立つ。そうしたら舞の選びの評定にも影響するかもしれない。Aが評判を落とすのは自由だけれど自分たちを巻き込むな。
Cは、大きな街の中でもひときわ大きなお屋敷に住んでいる、あの地方ではいちばん大きな商会のお嬢様でした。
弱いものには威張り散らしても強いものには逆らわないAのこと、Cの言葉にたちまち萎れたふうを装いました。
これがなかったら明日に着る服がないと泣き始めました。いや、泣き真似を始めました。
今日着てた服を明日も着ればいい、いやだそんなこと、仕方ないでしょう自分が悪い、と口論がぐるぐるしていたところで、Bが呼びにいった教師が到着しました。なんか適当なことを言ってAを自分の部屋に連れ出してくれました。
Cにお礼を言いました。
「いいえ。これまで黙って見ていてごめんなさい。この先お付き合いのある家だから、できれば揉めたくなかったの」
あの頃の私には、ひとしなみに「お金持ち」と見えていた裕福な人々ですが、考えてみれば当たり前ですが、その階級の間にも上と下というものがあるのでした。どうやらCの家はAの家より上のようです。
「でも、あの子が後を継ぐのなら、あの家はもうダメね。付き合いを考え直すように、本当にお父様に言うわ」
Cは裕福な家の子でありながら、驕ったところのない子でした。金持ちの娘=わがままという思い込みを壊してくれました。
その上、人が振り返るほどのきれいな子でしたので、私たちは皆、心からCが最終の試しに残ることを期待したものです。
AはそんなCをも内心では見下しているようでした。容姿も実力も、自分の方が上だと。
自分が選ばれないはずがない、と頭から信じて疑っていないように見えました。
確かにちょっと可愛い顔をしていたし。小さい頃から家に教師を招いて習っているだけあって、舞も上手だし。
それだけでなく、Aは「私には、コネがあるから」と大威張りでした。
有名な話です。
Aの親族、ええと母の母、つまり祖母。その姉妹にあたる人物、つまりAの大伯母が、舞の試しで選ばれ、王宮勤めをするようになって順調に出世を重ね、いまでは王宮の全ての女官を束ねる女官長をしているのだと。
そこそこ裕福な家の出身とはいえ、こんな片田舎の神殿から出た一介の村娘としては破格の出世です。
試しに選ばれて以来ずっと故郷に帰ってきていないので、半ば伝説のような存在になっています。
私も知っていました。というか、その話を聞いたからこそ「私もいつか」と志したのです。
そこまで偉くなるのは無理。でも可能性はある。「どうせ床を磨いて生きるなら、王宮の床を」と、そこまでなら。それだけでも貧乏人の村娘には輝くような夢でした。
だけど、そんな立派な人であっても身内可愛さのためにAみたいな娘を贔屓してしまうのか。所詮Aと血が繋がった人だということなのか。
なんとなく憧れが地に落ちたような、ちょっとだけがっかりした気持ちになりました。
Cの手前、Aが小間使いのように私に用事を言いつけることは減りました。
けれども嫌味というのか、意地悪というのか、何かにつけネチネチと嫌な言葉を投げかけるのは忘れませんでした。
私は、貧乏であること、身なりにお金をかけていないこと、などはいくら言われても平気なのです。慣れっこですから。
でも、舞について言われると弱い。独学の付け焼き刃なのは確かですから。揺るぎない自信などはありません。
いつしかそこを見抜いたAは、それについてばかりを口にするようになりました。
曰く、
「そんな身のこなしで通用すると思っているんだから、物がわかっていないというのも幸せね」
「やっぱり小さな頃からきちんとやっていなかった人はダメね。自分でわからないんだから」
「あなただけ全然違うことをやっているのが目に入ると、こっちまでつられておかしな動きになっちゃうわ」
いまなら、うっすらわかるんですけど。
Aもまた、待ち受ける未来に、それなりに怯んでいたのでしょう。
だから自分よりも下の存在を探して、貶めて、こいつに比べたら自分は大丈夫だと安心したかったのでしょう。
それがわからない程度には、私も小娘でした。




