あの人の思い出 何を書いても構いませんので@総合板
しばらく地方に出ていた養母が帰ってくるなり「ペテガさん(仮)を覚えてる?」って聞いてきた。
そのときには、その異国風の名前に聞き覚えはなかった。
「誰?」って聞いたら「いえ、いいの」って。
それが数日前。
で、夕べ用事があって侍女と庭に出てて、月を見上げたら、「ああこんな夜は妖精が踊る」とか思っちゃって。
すぐ、自分で「ナニソレ?」って。
でも浮かんできちゃって。月の光のもとヒラヒラと翅を翻す妖精。次々と集まってくる小人や半人。
どうしても見たことあるような気がして。
なにこの記憶。
パニくって歩けなくなって、駆けつけた侍従に運ばれて、養母や従姉妹たちに寝台に突っ込まれて、むりくり呪文で眠らされた。
目が覚めてようやく落ち着いて、さっき養母が枕辺に来ていろいろ話してくれた。
養母は本当は私にとっては伯母。実の母の姉。婿とって跡継いでる。
母たち姉妹は姫様と呼ばれるような、館の奥深くで箱入りに育てられた令嬢。
だのに、領地を荒らすドラゴンを退治した冒険野郎に褒美をとらす場にたまたま妹姫が居合わせてしまい、一目惚れされた。
あれは迂闊だったと今でも養母は嘆く。
冒険野郎はなにしろ冒険野郎なので、あらゆる困難を物ともせず、こっそりと奥の宮に忍びこんでは妹姫をかきくどいた。
ウブな妹姫はポーッとなってしまった。
当然周囲は大反対。お約束通りに二人は駆け落ち。
そこまでは知ってた。
なんとなく耳に入るからね。
そこから先は知らなかった。
冒険野郎みたいな奴は、手に入れるまでは尋常でなく頑張るけれども、手に入れてしまったらもう大切にするとかそういう発想はない。
自分の生活を変えず、深窓の姫君をあちこち連れ回す。妊娠中も。
道中の宿屋のおかみに諭されて、てか叱られて、ようやく腰を落ち着けた時にはもう臨月。
それまでの無理がたたって、もともと体の弱い姫は難産に耐えられず天国行き。
引き換えに生まれたのが私。
冒険野郎は育てる意思も能力もない。2年ほどは産婆さんやら乳をくれた人やら件のおかみやらに私を預けまくり、説教される&金が尽きたので、押し付けられそうなお嬢さんに目をつけた。それがペテガさん。
山と森が目の前、街道からも外れていて、村の人が滅多に立ち寄らないようなところにある小さな農場にたった一人で住んでいるお嬢さん。魔女だなんて噂もあった。
器量が悪く、知恵もイマイチ足りないということで、丸め込んでしまえると思ったんだろう。
冒険野郎のその後は不明。ペテガさんとこにも養母のとこにも音信はない。厄介払いした娘など忘れたか。はたまた冒険に失敗したのか。
妹姫の足跡をたどっていた養母が、ようやくペテガさんを探し当てたときには、私は4歳になっていた。
自分が断ったらこの子がどんな目に遭うかと思うと、つい預かってしまったけれど、ここは本来ちいさい子供が近づいてはいけないところ、だから二度と連れてきちゃいけない。
そう頼まれたんだって。だから忘れさせるようにしたのごめんなさいって謝られた。
そういえば私の最初の記憶って、誰かに会いたがって泣きじゃくる自分だ。生みの母を恋しがってたのかと思ってたけど、考えてみたら私は彼女のことは知らない。知らない人は恋しがりようがない。私は、ペテガさんと、その仲間に会いたくて、泣いていたんだと思う。
養母はその後もペテガさんのことを気にかけていて、近くに行った時は立ち寄って様子を見たり、お金を渡したりしていたんだそうだ。
それが数年ぶりに訪れてみたら農園が廃墟のようになっていて、誰もいなくなっていた。宿屋のおかみさん始め、村の人は誰も何も知らなかった。いつのまにかひっそりと、消えていた。
どんなことがあったのだろうと不憫でならず、だからつい私に名前を問いかけたり、してしまったのだという。
でも養母は知らないのだ。ペテガさんは知恵が足りなくなんかない。醜女ですらないのだ。ほんとうは。
たしかに世の中は女ひとりで泳ぐにはあまりにも苦難に満ちている。
でもあの人はそんなのへいっちゃらなはずだ。
玄関のわきにはキラキラしたヴェールみたいのがかけてあって、よその人が訪ねてきたら急いでそれを被る。
そのとたん、ほっそりしたお花の化身みたいな人が、ずんぐりむっくりした瞼の厚ぼったい人に変わっちゃうのだ。喋り方まで違う。
なんでそんなことをするのと問うと静かに笑うだけ。小人が教えてくれた。「頭がどうかしてる野郎どもがやってくるからね」
確かに、たまに来た。真夜中に。
そのたび小鬼がそいつらに呪術をかけ、一晩中奇妙な踊りをさせるのだ。朝には忘れさせられるのだけれど、ナンカヘンダナという程度には記憶が残るらしい。養母が聞いた農場にまつわる不気味な噂ってのはそのせいだろう。
私は幼かったけれど、目つきの悪い男たちがよからぬことをしでかしに来たのは知っていたから、おどけながら男たちの奇妙な踊りを真似た。お姉さんは手を叩いて笑ってくれた。
そう。お姉さん。そう呼んでいた。名前、難しくて言えなくて。おねたんおねたんと繰り返す幼い自分の声が耳に残っている。
ペテガって呼んでたのは仲間たち。空を舞うキラキラした妖精。地面から現れる小鬼。家のそこかしこで遊んでる小人。足だけ馬だったり、翼があったりする人たちは時折立ち寄ってはお姉さんのお茶をおいしそうに飲んでいった。
この農園でいちばん価値がある作物は、ほんとうは薬草で、とっても効果があるんだって。このあたりには無いはずの、育たないはずの草がたくさんあるんだって。これも小人が教えてくれた。
月の夜には、お姉さんのお友達がみんな遊びに来て、夜空の下で宴会になる。いつもは気配はするけど姿が見えない人たちも輪郭がはっきりするので、とても賑やかになる。
村の人には決して覗くことのできない楽園が、あそこにはあった。
幸せしかないところ。
思い出すと涙が止まらないくらいには。
そんな人が、やっていけなくなって逃げるなんて、絶対にない。
何かの事情であそこを離れたけれど、お姉さんはどこかで元気にやっているはずだ。きっとだ。
だから、いつかどこかで、また会えないかな。そんなことを考えたりする。




