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古い水盤の奥底に埋もれていた話6王宮づとめ

王宮づとめが始まりました。


考えていたのの十倍くらい大変でした。


予想していたのと、全く違うところが大変でした。



同時期に王宮に入った女官は、ひとつところに集められ、教育されます。王族付きから下働きまで。富豪の娘と農民の娘では、できることも、当たり前である範囲も、まるで違うというのに。


異なった環境に共に放りこまれることで、自ずと助けあうようになるという理由らしいのですが、無理があると思います。


宿舎さえ、六人部屋で、名前順だかくじ引きだかで決められます。



舞の試しを受けるのは全員が平民ですから、同じ身分のはずですが、それは建前の話で、上は裕福な暮らしをしていた富豪の令嬢、下は私のような食べるのに精一杯の家庭の娘もいるのです。


それをいっしょくたに六人共同部屋に押し込むのは、いくらなんでも無理があるんじゃないか? と誰もが思いました。


私も。


……いまは、少し「上の人」の考えがわかります。



試しに娘を送り込んで合格させるような家庭の娘は、たいていが使用人がいるような暮らしをしていたりしますから、何もかもを自分の手で行わなくてはならない生活に難儀しているようでした。あるいは、一人の空間が持てないことを辛いとこぼしていました。


私達のような、言っちゃあなんですが下層階級の娘は、ふかふかの寝台を独り占めして眠れることは嬉しかったのですが。ひたすら身綺麗にすることをうるさく言われました。山出しの猿のままではいかんということらしいです。


自分が何も知らず、何も出来ないことは承知の上だったので、ひたすら叱られ、はい、はい、と頷く日々でした。まあそれはいいんです。覚悟の上でしたから。



部屋いっぱいに、3つづつ2列に並べられた寝台の、私ははじめ真ん中でした。


そのうち「代わって」と言われたので出入り口側になりました。


些細な違いではありますが、この場所は戸の開閉や人の行き来のざわめきがどうしてもあって、眠る場所は静かなのが当たり前だったご令嬢には耐えられない場所なのでした。


もちろん弟だの妹だのがごった返す家で育った身にはなんてことありません。


命令口調さえ気にすることなく寝台を代わりました。


研修が始まって、まだ二日か三日、そのくらいの時だったと思います。


王宮で入ってもいいところ、挨拶の仕方、あらゆる部署の名前、そんなことを習っていた頃でした。


朝、講義が行われる建物の前庭で、扉が開けられるのを待っていた時のことでした。


初々嬢を見かけました。あいかわらず可憐でした。


すると、その背後に、数人がそうっと近寄るのが見えました。思わず成り行きを見てしなったには、彼女達の浮かべた笑みが、なにやらAを連想させるものだったからです。


彼女達は、初々嬢の頭の後ろ、ちょうど髪飾りの部分に、紙に包まれていた何かを、そうっと載せました。


モゾモゾ動いている。


芋虫だ、とわかると同時に体が動いていました。


田舎娘にはただの虫、拾ってポイでおしまいです。が、たいていの令嬢にとってはたいへんな嫌がらせでしょう。


私は、初々嬢の頭から芋虫を摘み上げると、すぐさま投げつけました。それを置いた令嬢の胸に向かって。顔にしなかったのが私の温情です。


どっから出てるんだというような凄まじい音量の悲鳴が響き渡り、周囲の視線が一斉に集まりました。


講堂の鍵を開けにきた女官様もまた。


「何事です」


とやって来ました。


芋虫女が、泣きながら「この人に虫を投げられました」と訴えました。


やられた、と思いました。


確かにその通りです。私は投げつけました。


あの毒々しい笑顔をどこかにしまって、弱々しく泣いている芋虫女は、いかにも被害者です。泣くほど嫌いなら使わなきゃいいのに。


その前に彼女が初々嬢の頭に置いたのですが……当の初々嬢は気づいてないし、周りの娘らは、見ていたとしても私のために芋虫女を敵に回してまで証言してくれたりはしないでしょう。


どう考えても、私の状況は行き止まりでした。


女官の一人に導かれ、私は別室に連れていかれました。


そこで何があったのかを、穏やかに尋ねられました。


私を犯人と決めてかかった怖い声でなかったのに安心しましたが、それでも私はうまく答えられませんでした。話すのは苦手です。頭の中にあるものを、言葉にするのが苦手です。そもそもあの頃は言葉をあまり知らなかったし。


ぽつぽつと、問いに答える形で、私にとってのあの場面の真実を話しました。


「そうですか、わかりました」


王宮に勤めて長いと見える先輩女官は、それから「お部屋に戻っていてください」とだけ言いました。


とぼとぼと、たったひとり宿舎に戻り、寝台に寝転んで天井を眺めていました。


あーあ、やっちまったなあ、と。


あれだけ長いこと努力を重ね、ここまでたどり着き、なのに最初のお給金すらもらうことなくお役御免になるなんて。


残念でした。


けれども不思議と、あんなことやらなければよかったとは思わなかったのでした。


だって体が自然に動いちゃったし。


ああいうの、嫌いだし。


私は、幼い子がいる身にも関わらず、身を張って支配人の命を助けようとした父さんの娘だ。あれで良かったのだ。


悔いでなく誇りがこみあげた自分にほっとしました。


反省するとしたら、芋虫を投げ返したことです。


芋虫だって変な目的に使われて不憫なことです。


ただ、そのへんの藪に投げてあげればよかった。


やり返してやる、と思ってしまったのが私の落ち度。


さてこれからどうしよう。


こんなに早く故郷に帰るのもなんだし、そもそも路銀がないし、Cの親戚の伝手でどこかで働かせてもらえないだろうか。じゅうぶんなお金が貯まるまでどのくらいかかるんだろう。そんなことを考えていました。



夕方になると宿舎に他の子が帰って来て、私のことを病気の子みたいな目で見てました。


けれども寝支度を始めた頃、先輩女官が訪れて、告げました。


「明日からまた研修に戻りなさい」


へっ?


何かを問う暇もなく、先輩女官は帰ってしまい、ぽかんとした私が残されました。


お咎めなしだったんだろうか。


それでいいんだろうか。


わけわかんないけど、でもまあ、ここに残っていいのなら喜んで残ります。



次の朝、芋虫女は私を見ると伝説の蛇女もかくやというような鋭い眼差しを投げかけて来ましたが、別に彼女は怖くないので、放っておきました。向こうは芋虫を素手で掴める私が怖いらしく、近寄っては来ませんでしたし。


代わりに、私の姿を見ると、初々嬢がニコニコと近づいて来て、親しい友達みたいな朝の挨拶をされました。


そして、昨日の講義で教わったこと、起きた出来事などを、教えてくれたのでした。


声を落として、そっと言われました。


「……昨日は、ありがとう。私のせいで、ごめんなさい」


 気がついてないと思ってたので驚きました。


「見てた子に、教えてもらったの」


なんと答えたらいいかわからなくて、間抜けなことを尋ねてしまいました。


「芋虫は、平気?」


初々嬢は苦笑いで言いました。


「急いで髪を洗うほどではないけれど、触れるほど平気ではないわ」


それからずっと初々嬢は、懐いた猫のように私のそばに来るようになりました。そして、私が聞くだけではわからなかったことや、戸惑っている場面などに、さりげなく助け舟を出してくれるようになりました。


鈍い私はずうっと後になって気づいたのですが、これほど可愛らしい、優しい女の子であるにも関わらず、初々嬢は孤立していました。嫌がらせを受けていました。なんでだろう。知れば知るほど、裏表のない真実いい子なのに。理由は何年か後に知らされました。


何くれとなく話しかけてくれる初々嬢に、私はぶっきらぼうな対応しかできず、それでも彼女はいつもニコニコと相手をしてくれました。



宿舎に集められるようになってから、ぼんやりとわかり始めていた、私の欠点というか苦手。


それは人との付き合いでした。


驚きました。私、おしゃべりができなかったんです。


いえ、話すことはできます。用事があれば。


これまでだって、BやCとは普通に話していました。そのつもりでした。


けれどもそれは、共通の目的のようなものがあったからこそできたのだと、初めてわかりました。


今だって、先輩女官とは話せます。上下関係があれば話せます。


できないのは、目的もなく、その場を保たせるだけのような……和やかな場を作り、自分は敵ではありませんよと確認しながら話を繋ぐような……そう、雑談ができなかったのです。


自分でも、思いがけないことでした。


だけど考えてみたら私、同じ年頃の女の子とおしゃべりをして過ごした経験というのが、そういえばほとんどないのでした。


学校が終わるや否や遊ぶどころかどこかの家に走っていって赤ん坊の面倒をみていたし、だからこそ学校にいる間は半分以上眠っていました。


だけどこれからは、やらないわけにはいきません。


だからこそ追いつめられたのだし。



途方に暮れた私を助けてくれたのがCでした。


Cは親戚の家のお店の手伝いをしながら花嫁修行をしていました。すっかり看板娘となっていたようです。


わざわざ私の休みの日に合わせて、自分も休みをとってくれ、都のあちこちに私を連れて行ってくれました。


自分一人では決して行かないような、いかにも若い女の子が好むような果実水や甘い菓子を出す店に連れていってくれました。そしてたいていは奢ってくれてしまう。


払うと言っても、


「いいの! いつも私の愚痴聞きに付き合ってくれているんだから、いいの! 腹の内を探らないで物を言える人なんて貴重なんだから、お願いだから私に払わせて! でもって、これからもお友達でいて!」


Cは、雑談の出来ない私の危うさに、すでに気づいていたようでした。


Cのお家で、私のことを調べたようです。小さい頃から、赤ん坊を背負って生活してきた子だということを。


試しに選ばれたことで故郷での私の評判は、夢みたいなことばかり言っている馬鹿娘から、一途に努力して夢を叶えた子、に様変わりしたようですが。

Cは、「無理に話題に入ろうとしないで、ただ頷いて、相槌を打っているだけでもいいんだよ。そういう会話って、喋ることに意味があるんじゃないの。内容にも意味はないの。ただ和やかな時間を持ったってことが大事なんだから」


そして、私の自由になるお金の範囲での身だしなみの整え方を教えてくれました。洗い髪に油を塗ることや、香る花を服の内側に挟むことなど。自分のお下がりの櫛や、髪飾りをくれることもありました。



Cといると、しばしばAのことが話題になりました。


故郷からの手紙に、しばしば消息の切れ端が記されているのです。


それによると、どうもAは故郷に帰ってから、山のような縁談が降ってわいて忙しいようです。


「試しの最終にまで残った」というのが、どうやら「残るほどの大層な美女」と誤解されたらしい。


いや、そりゃ、残ったけどさ。


最終の試しの実際の様子を見ていなくて、「残った」とだけ知らされたなら、そういう誤解をするのも無理ないのかもしれません。


しれませんけど……


なんか、もやもやします。


もしかしたら女官長は、それを見越して最終までAを残した? 実情はどうあれ、地方に戻れば「最終にまで残った」という事実だけが一人歩きするであろうことを知っていたから。王宮づとめをするよりも、その方が良かろうと。


そういえばAは一人娘なので、いずれは婿を取ってあの家を継がなくてはなりません。下手に王宮に入れて都でいい人を見つけてしまっては困る、そういうことなのでしょうか。


従姉妹の手紙に書いてあるところのAの様子は、有頂天、だそうです。


まあ、そのまま機嫌よくいてくれた方が周囲は平和でしょう。


はるか遠い都にいる私とCが、なんとなく腑に落ちない気分を抱えてしまうだけ。

おひさしぶりです

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