4章⑥
今いる中央は警備が厳しかったので、三つある建物の一番右側へと向かう。
どうやらここは協会関係者の居住スペ―スのようで、各部屋はもちろん。食堂、フリースペース、庭に至る全てが巨大で、楽しそうな声がそこかしこで聞こえてくる。
「おにーちゃん、誰?」
「遊んで! 遊んで!」
そして外部の人間は珍しいのか子供たちに群がられてしまい、遊びに付き合うことに。
……初見で嫌悪されないのは、この子達が既に呪いに感染したことがあるからだろうか?
「こっちこっち!」
「おにーちゃん遅いよ! 早く早く!」
「まっ……!息が……!」
そんな疑問を持ちながらも巻き込まれたのは鬼ごっこ。最初は動けたのだが、すぐに元気に動き回る子供たちについて行けなくなり息切れしてしまう。数日の引きこもり生活は、随分と俺の体力を奪っていったらしい。
……どう見ても、普通の子供たちなんだけどな。
楽しそうにはしゃぐ子供たちと、それを遠巻きに見守っている母親たちに見ながら、俺はつい考えてしまう。
魔術協会にいるということは、この子達もいずれ魔術師になるだろう。
そして、いずれはこの子たちも人を。
……いや、そうならないかもしれないだろ。そうだ、きっとならない。
それから遊びに付き合わされること数十分。ようやく子供たちから解放されたが、まだ堤雫が来る様子もない。
それならもう少し探索をしようと、俺は左側の建物に向かった。
「……ここは本当に病院みたいだな」
作りは右側の建物とほとんど変わらないのだが、病院特有の薬臭さが充満しているし、あちこちにナースコールらしきものが設置されている。
先程とは打って変わった気味の悪い静寂に戸惑いを感じながらも、奥に進んでいく。
「ああああああ!」「⁉」
叫び声⁉ ……この部屋から!
「私が! 私がぁ!」
普通じゃないと察して部屋に入ると、中年の女性が半狂乱状態で暴れていた。
「明人、顔に! 逃げるな五十嵐! あ、あ、浩二ぃ!」
(……ごめ、ごめんなさい。違うの、ち、違う違、うう違)
周りの物を投げ、髪の毛を毟り、ベットのシーツを破っている。
喋っている内容どころか心の声もめちゃくちゃなことが、女性の異常さを際立たせている。
「さあ、始まりました! 物投げグランプリ! 今日はどのような結果になるのでしょうか!」
「…………(もぐもぐ)」
だが更に異常なのは周囲の人たち。止めるどころか実況まがいの行動をとって笑っている人もいれば、見ているにも関わらず、無関心のままお菓子を食べ続けている人もいる。
「五十嵐さん! 落ち着いて! ……メイラックスを!」
すぐに騒ぎを聞きつけた医師が登場し、看護師に指示を出しながら、女性を押さえつける。
「君たちも手伝って!」
「ドクターが救援を要請! だが、仲間は現れない!」
「…………(もぐもぐ)」
ああもう、見てられない!
「手伝います!」
流石に無視できないと、俺も暴れる女性を抑える。
「ああああ!」
体が壊れるんじゃないのかと思うほど激しく暴れる女性。俺でも片腕を押さえつけるだけで精一杯だ。
薬を投与し、落ち着くのを待つが効果は現れず、女性は尚も叫び、暴れ、周囲の物を破壊し続ける。
「あ……う、あ」
そしてようやく薬が効いてきたのか、少しづつ落ち着きを取り戻していく女性。
「……この人は何があったんですか?」
いや、この人だけじゃない。この部屋にいる人たちは皆、異常だ。
「何を言っているんだ? この人たちは呪いの被害者だろ」
「……被害者?」
どういうことなのか聞くより先に、ナースコールが部屋に響く。
「どの病室だ!」
「三〇四号室です!」
どういう意味なのか聞こうとしたが、医師はすぐに部屋を出て行ってしまったため、被害者の意味を聞くことは出来なかった。
……被害者ってなんだ? 呪いを患っているなら患者じゃないのか?
「三孤君。こんなところにいましたか」
医師の言葉を考えていると、秘書さんと堤雫がやってきた。
「……堤雫。この人たちが被害者だっていうのはどういうことだ」
俺の質問を聞き、少し顔を歪める堤雫。
「……それも含めてお話ししたいことがありますので、場所を変えましょう」
そう言うと、早足で去っていく堤雫たち……まるで早くこの場を立ち去りたいかのように。
俺は疑問の種を増やしながらも、堤田たちの後ろを追いかける。
そして着いたのは、中央の建物の裏にある植物園のような場所。そこには既にテーブルとティーセットが用意されていた。
座るように促され、堤雫と向かい合うように座る。
秘書さんも同席するかと思ったが、お茶を用意し終えると、植物園を出て外で待機していた。
「……さて、何からお話したら良いでしょうか」
お茶に口をつけながら、こちらを伺うように笑う堤雫。
話したくなさそうだが、聞かないという選択は俺にない。
「単刀直入に聞く……呪いの被害者っていうのは、どういうことなんだ?」
「……知って、後悔しませんか?」
真剣な顔で、残酷で悲惨な真実を聞く覚悟があるかと問う堤雫。
「頼む。もう知らないままではいられないんだよ」
これから語られる話は、酷く重い話だろう。知れば後悔や絶望を味わうかもしれない。
だがきっと、俺は知らなければいけないことだ。
……もう、平行線のままではいたくない。
そんな俺の覚悟を受け止めたのか、ゆっくりと堤雫は語り始める。
「……被害者というのは、呪いの後遺症に苦しんでいる人達のことです」
「後遺症……っていうのは?」
呪いは解呪し、核を破壊すれば消滅するはずだ、後遺症なんて存在しないだろう。
「先程の女性。あの方は呪いのせいで、自身の子供を締め殺しました」
「……え?」
「あの部屋にいた二人。笑っていた人は、呪いのせいで数年間誰にも認識されずに無視され続け精神を病み、無心で食べ物を食べていた人は、親が呪いにかかり行方不明になってしまったため飢えに苦しみ、今では食べ物を口にしていないと過呼吸を起こしてしまいます」
……あの場にいた人たちの壮絶な過去に、俺は思考が止まってしまう。
「家族を死神によって失った人。呪いの影響で心が病み、社会復帰が難しい人。魔術協会ではそういった人の保護や回復も行っています」
「それが……被害者」
呪いにかかった人だけではない。文字通り、呪いによって人生を狂わされた人の事。
「少し話は変わりますが、三孤君は死神が生む被害はどの程度だと考えていますか?」
「……呪いを患った人と、呪いに感染した周囲の人だろ? あとは周囲の器物の破損くらいか」
だからこそ周囲の人の感染を予防して、呪いに感染した人を少しでも早く解呪することが最善の方法のはずだ。
だが堤雫は俺の答えに首を振る。
「死神を見てしまった人も、多大な被害を受けます」
「……? 死神は普通の人には見えないだろ?」
「ですが見えてしまう人もいます。偶然に呪いを患う人がいるのに、偶然に死神が見える人がいないほうが不自然だとは思いませんか?」
「それは……そうだが」
そう言われてしまうと、見える人がいても不思議ではない……のか?
納得しかねるが、話の主題はそこではないので、ひとまず見える人もいると考えを区切り、堤雫に話を続けるよう眼で訴える。
「……死神は暴走した感染者を殺すと、次の標的を探して周囲を散策します。その散策中の死神を目撃してしまった人は、近いうちに必ず呪いを患います」
「死神そのものが強力な感染体ってことか? ならすぐ調べて解呪すればいいだろ」
その一手間を惜しみ、人を殺すことはないだろう。
「見た人はその場で感染しません。そうですね……まるでそうなることが決定づけられているかのように、呪いに感染するんです」
「なんだそれ、運命でも弄られてるってことかよ?」
「そういうことです」
俺のふざけた質問に、自信満々に返事をする堤雫。
「馬鹿馬鹿しい。信じられるかそんなこと」
運命なんていう曖昧なもの到底信じられないし、そんなモノに翻弄されて、人の命を奪うことなんて正気だとは思えない。
「ですが事実です」
「そんなに信じて欲しいなら、根拠や証明を出してみろよ」
尚も引き下がらない堤雫に、俺を納得させるだけの証拠の提示を要求する。
「……科学的な根拠や、はっきりとした証明はお見せできません」
だがあっさりと自分の考えが曖昧であることを認める堤雫。
「ですが、何万人もの人々が数百年近く蓄えてきた、経験と歴史が証明です」
それでも先人たちが残した歩みに絶対の自信と尊敬を持ち、堂々と貫き通す堤雫。
「これでは足りませんか? 望むのであれば、古い記録をお見せしますが」
「いや、いいよ。俺も、話の補足にそこまで意固地になるつもりはない」
そう、この話の主題は被害者の苦しみについてでも、死神の存在についてでも、ましてや運命論の有無についてでもない。
「で? 堤雫は何を言いたいんだ?」
この話の主題は……どうして協会が、呪いを患った人を殺すのか、だ。




