4章⑤
「…………」「…………」
無言で前を歩く秘書さん。顔は見えないが、きっと不愉快を顔に張り付けているだろう。
「……あんなに楽しそうに話をする支部長は久しぶりに見ました」
だが、意外にも秘書さんから話題を持ちかけてきた。
「そう……なんですか?」
「支部長は心を許した相手以外、常に淡々と話をなされていますから」
「意外です。誰とでもニコニコ笑いながら会話をしているイメージですけど」
だが、言っておいてそうであっても不思議ではないとも感じている。
人当たりの良い、柔らかい雰囲気が素の堤雫なのだろうが、恐らく仕事の時は支部長としての仕事を全うするために、性格や雰囲気を張り詰めているのだろう。
「支部長が貴方に何を感じたのか分かりませんが、変な気は起こさないように。場合によっては消しますよ」
そんな堤雫が、素の状態で俺と仲が良さそうに話していたため、知り合い以上の関係なのではと睨んで脅迫に近い警告をしてくる秘書さん。
……俺と堤雫の関係が発展すると思われているのか?
そんなことはあり得ない。俺は、一か月以上一緒にいた女すら理解出来なかったのだから。
「この先を右に曲がると解呪室ですので、それでは」
「秘書さんは堤雫の所に戻るんですか?」
「支部長の仕事が終わり次第、こちらに戻ります」
終始俺のことを警戒しながら、駆け足で戻っていく秘書さん。
仕事熱心なのか過保護なのか。どちらにしても、堤雫を心底大切に思っているのだろう。
一人で納得しながら、廊下の突き当りを右折する。
「……いやいやいやいや」
右折してすぐ広がる光景に、おもわず首を振ってしまう。
この施設は全体的に病院を連想させるような作りになっているが、ここ一帯はまるで別世界に迷い込んだかのように、ガラッと風景が変化する。
壁が薄黒く煤け、爆発したとしか思えないような壁の破壊痕。
無造作に捨てられた瓶から臭う、鼻を刺激する薬品の匂い。
天井に設置された、ノイズ音が鳴り響く壊れかけのスピーカー。
そして、そんな空間の中でも飛び切りの異様さを放っているのが、目の前の一室。
扉は鉄のみで出来ていて、中の様子がまるで分からず、監獄の囚人室に酷似している。
……だが人を拒むのではなく、外に異常さを漏れないように見えるのはどうしてだ?
「よし、ここは解呪室じゃ」
「ようこそ解呪室へ! 歓迎するよ!」
……まるで狙ったかのように、歓迎の挨拶を大音量で流すスピーカー。
そうであっては欲しくないと願いながら、部屋の前に付けられたプレートを確認する。
だが、残念ながら解呪室と書かれ、逃げ道を塞がれてしまう。
……ここで固まっていても仕方ない。
決心し、勇気を振り絞って扉に手をかける。
「失礼しま」「やあやあ! 待っていたよ!」
扉を開けようとするより先に、白衣を着たテンションの高い色白の男性が、俺を強引に部屋へと連れ込む。
「兒井獅事務所の者達が苦戦するほどの呪い! いやー楽しみだな!」
「あの……」
「ん? ああ! 紹介が遅れたね。僕は佐々木代貴と言う。ドクターコーラスとでも呼んでくれたまえ! ちなみに、好きな食べ物はバナナで嫌いな人種は政治家と鈅谷陽子だ!」
「だから……」
「心配しなくていい! 確かに私はあそこの社長より腕は劣るが、ここの設備を使えば余裕でその実力を凌駕してみせよう!」
うん、話が全く通じない。
「……ちなみに、なんでドクターコーラスなんです?」
「コーラス○ォーターが大好きだからさ!」
いや、あんたバナナが好きだって……ん?
「陽子さんを知っているんですか?」
「っ……! あの女の話はしないでくれ!」
名前を聞いただけで青ざめるドクター……いや、佐々木さん。
……どういう関係かは知らないが、何があったのかは大体の想像がつく。
蛇とカエル、それか悪魔と生贄だ。
「ここにある機械は全部、解呪用の道具なんですか?」
震える佐々木さんに不憫さと親近感が湧いたので、話題を替えるためにこの部屋一杯に配置された器具について問う。
針が四本ある計測器に、禍々しい液体が入ったシリンダーと、見たことがないものから、実験室などでよく見かける電極やアルコールランプ、奥には手術台も見える。
「そ、そうだとも! 魔術協会の優秀な技師たちが作った一級品の数々だ! ちなみに、私もあそことあそこの機械の設計に……」
先程までの青ざめようはどこへやら。ペラペラとうんちくや、よく分からない情報を一人で喋りまくる佐々木さん。
…………あ、そうか。千里さんがすぐにこの部屋から離れたのって。
極めつけに段々と顔が赤くなって、途中で腰が震えていたが……うん。性癖は人それぞれだ。
「……さて、少し話が脱線してしまったが、君の呪いの検査を始めよう」
そして三十分ほど経過したところで、長い長い一人語りを終え、ようやく俺の呪いについて話しだした。
「実は既に支部長から情報をもらっていてね。過去に似たような症例がないかデータベースに検索をかけていたんだ……お、出た出た」
素早いタイピングでキーボードを叩く佐々木さん。無意味に長話をしていた間にも、やるべきことはやっていたようだ。
「それで、データはあったんですか?」
「似たような事例や症状はいくつかヒットしたが、魔術防壁のパターンについては掠りもしなかったね……君の呪いは、想定していたよりも何倍も特殊なようだ」
……自分の呪いが特殊であることの自覚があったが、まさか魔術協会のデータベースにも無いほどだとは思わなかった。
やはり、俺の呪いは解呪できないのだろうか。
「だが、いくつか気になることがあってね。ここにかけてくれるかい?」
佐々木さんに言われるままに、備え付けられていた手術台に寝転ぶ。
「ビックリするかもしれないが、じっとしていてくれよ」
そして超音波装置に似たものを使い、全身をくまなく当てていく。探触子が触れるたびに電気が走るが、痛みはない。
診察が終わると、すぐに魔術防壁が画面に映し出される。
……解呪の基礎しか知らないが、ここまで歪な魔術防壁は見たことがない。
「ふむ、この部分とこの部分は」
だが画面に映し出された魔術防壁に頭を抱えることをせず、うんうんと唸りながらも考えを巡らせている佐々木さん。
「藍駆君。君の呪いは負の声が聞こえる……それだけだよね?」
「そうだと……思います。あ、でもよく悪夢も見てました」
俺の話で何かを閃いたのか、眼を光らせる佐々木さん。
「他には? 何でもいい。挙げられるだけ挙げてくれ」
言われた通りに、関係があるかは分からないが呪いと関係していそうなことを、手当たり次第に挙げていく。
「負の声、嫌悪、悪夢……ならこのデータを統合して」
ブツブツと喋りながらメモを取り、考え事をする佐々木さん。
「なるほど……なるほど、そういうことか!」
「分かったんですか⁉」
佐々木さんは心底嬉しそうに……
「君の呪いは……分からない!」
俺の呪いの診断結果を告げた。
「……分からないのに、どうしてそんなに自信満々な態度なんです?」
「だから、君の呪いが分からないことが分かったんだよ!」
……? 佐々木さんの話がさっぱり理解できない。
「ああ、ごめん。もう少し砕いて話そう」
俺の顔を見て理解出来ていないと察した佐々木さんは、言葉を探りながら解説を始める。
「まず、君の呪いは一つじゃない。複数の呪いが混じったものだ」
「え?」
呪いが……混ざる?
「そんなことって有り得るんですか?」
「もしかしたら前例はあるかもね。けど、協会には強力な呪いのデータが少なくてね……殺しちゃうから」
佐々木さんの顔には明確に罪悪感が浮かんでいる・・・・そんな顔が出来るならなんで
「なんで……協会は人を殺すんですか」
「……どうしても。だと思っているよ。ここに所属していたら、そういう結論に至ったとしても可笑しくはない」
そう言い、苦い顔をする佐々木さん……罪悪感も持っているし、正解ではないと分かっているが、佐々木さんは仕方ないと割り切っていた。
……佐々木さんもあいつと同じ考えなのか。
だが、どうしてそういう結論に至ったのかの背景が未だに分からない。きっとそこを理解しない限り、俺は一生同じ目線に立てないし、意見も平行線のままなのだろう。
「……話を戻そう。今までの通説では、二つ以上同時に呪いにかかったとしても症状として現れるのは一つだけで、他の呪いは潜伏して効果が出てこないという考えなんだ」
確か、あの時の男性がそうだったはずだ。
「けど藍駆君は運良く……すまない。運悪く複数の呪いが混ざり合って、魔術防壁が複雑化してしまったんだ」
「……そりゃ解呪出来ないわけですね」
解呪方法どころか、呪いの前提条件すら違っているのだから。
「それで、俺の呪いは解呪できるんですか?」
「……今すぐとは言えないけど、出来るよ。新しい術式を作らなきゃいけないから、時間は多少なりとも必要だけどね」
前例がない呪い専用の術式を作るのだ、時間がかかって当然か。
「まあ任せてくれたまえ!この天才、ドクターコーラスにかかればあっという間さ!」
自信満々に宣言する佐々木さん。この人にとって、未知の術式を生み出すことは苦痛ではなく至福の時間なのだろう。
「僕はこれから術式を練り始める。早く出ていってくれ!」
「え、それじゃあ俺はこの後どうすれば……」
「協会の探索でもするといい! 君なら怒られないだろう!」
あれよあれよという間に、部屋から締め出される。
鉄の扉の中からは佐々木さんの叫び声と爆発音……本当に術式を作っているんだよな?
「……さて、どうするか」
解呪室に迎えに来ると言っていたが、部屋から締め出されてしまったし(進んで入りたくもないが)誰かがやって来る気配もない。
だからといって、支部長室も使用中だろうしな……
「……とりあえず、違う場所に行ってみるか」
暇と探究欲を解消するため、俺は魔術協会の散策を始めるのだった。




