第9話!
あの『魔獣襲撃事件』から数日後。
私はすっかり魔石の使い方をマスターして……いたら良かったんだけど、これがそうでもない。
トイレを流すのは、まあ、ほぼほぼ失敗しなくなってきた。
んが! しかし、持久力というか……シャワーの魔石は突然止まったり、お湯が冷たくなったりするのよね。
魔石……いや、魔力! 奥が深い!
……いや、はい、素直に難しいです……心折れそう……。
魔石でこうじゃ、通信端末なんて夢のまた夢かも……。
「憂いたお顔も可愛らしいですが、何かお悩みがあるならお聞きしますよ」
「うわああ!」
……我ながら色気のない声。
むしろ、私に声をかけてきた少年……フリッツ・ニーバスの方がまだ色気がある……気がする。
振り返るとにっこり艶っぽく微笑むこのフリッツは、例の『魔獣襲撃事件』から私と同じように客人としてユスフィアーデ邸に部屋を借り、日々ユティアータ周辺の魔獣退治に出掛けている。
この町に限らず、一般的に人の集まるところには魔獣が生まれやすい。
だから、人の集まる場所……町や村の代表者は、勇士や傭兵を雇い魔獣が生まれたらすぐに浄化出来るように備えておくものなのだそうだ。
この町にも勇士や傭兵が一応は雇われ駐在していたが…………あの『魔獣襲撃事件』の日に私とマーファリーに酒臭い匂いを漂わせながら声をかけてきたあの四人のような奴らばかりで何の役にも立っていなかった。
後からナージャに聞いた話だけど、ユスフィーナさんが領主になる前からああいう輩が増え出したらしい。
奴らはこの町の住人の税金で雇われているにも関わらず、力を振りかざし無銭飲食や暴力を繰り返し好き放題していた。
当然遊び呆けて、魔獣退治などでさっぱりしない。
だが、どういうわけか魔獣は町に全然現れていなかった。
奴らが魔獣を倒しに行くところは誰も見ていないが、町に魔獣の被害があるわけでもない。
なので、みんな使えない勇士や傭兵の暴挙は静観していた。
そこに今回の事件……。
もう、大事件だ!
だって、なんと百年ぶりくらいにレベル3の魔獣が現れたのだから! しかも二体も!
なんで魔獣が町に現れなかったのか?
怯えて逃げて行ったのだ! レベル3に!
町の地中で息を殺し、町に溢れる負の感情を静かに喰らい、静かに成長し続けていたそいつ。
私たちの前に現れた、あいつだ。
そして町に近付けなくなった魔獣は、町の外で他の魔獣と喰らい合いレベル2が三体も生まれてしまった。
食われた魔獣……魔獣になってしまった人たちは、もう帰ってこない。
食べられてしまったのだから。
……そして、どうしてあの日、あのレベル3が姿を現したのか。
堕落して、傲慢に成り果てたあの四人の傭兵たちが本気でナージャやフリッツを殺そうと考えたから……らしい。
あの時、傭兵でありながら真っ先に逃げたあの四人はあの後しっかり捕らえられ、ドS騎士事ハーディバルの一見拷問じみた言葉責めによりその事を白状した。
そこは超えてはならない一線。
それを越えようとした、傲慢で邪な心にあのレベル3は引き寄せられたのだという。
ゾッとする話だ。
そしてあのレベル3が私たちの前に現れた事で、町の外で生まれてしまったレベル3と、レベル2が強い邪気に猫にマタタビなごとく引き寄せられた。
その結果が、あの『魔獣襲撃事件』。
ほんとに、全く冗談じゃないわ。
……あの事件以降、まるで働かない勇士や傭兵は全員リストラ! クビ!
だがそうなると、まだ町の周辺をウロウロしている弱い魔獣を討伐できなくなる。
早く討伐しないとまた喰らい合って強い魔獣になってしまうし、魔獣化している人に死者が出てしまう。
そこでフリッツが手を上げてくれたのだ。
僕でよければ、新しい勇士や傭兵が決まるまでお手伝いしますよー、と。
実力は私もナージャもバッチリ見ていたし、そして何故かハーディバルも「彼なら大丈夫です」と太鼓判を押した。
かなり嫌そうな顔で。
……あの表情筋が死んでいるドS騎士事ハーディバルが、本気で頭を抱えながらめちゃくちゃ嫌そうな顔で言うのだ、よく分からないが、きっとそれだけ実力があるって事なんだろう。
実際、一日で五体くらい魔獣をやっつけてくるらしい。
最近この町は、行方不明になった人……魔獣になり彷徨っていた人が浄化されて無事戻ってきた、と賑わってる。
うん、いい事だ。
「ミスズさん?」
「あ……ご、ごめんごめん。つい脳内視聴者に丁寧な説明をしてしまっていたわ」
「は? 脳内視聴者……?」
「……気にしないで」
「お茶が入りましたよ〜」
ナイスタイミングよマーファリー!
……それにしても、あんな事があったのに平和だわ……。
ナージャは普通に学校に行くし、エルフィは未だ後始末に追われるお姉さんの手伝いで領主庁舎にほぼ泊まり込みだし……。
私だけマーファリーとのんびり屋敷で魔力の練習……こんな生活でいいのかしら……。
「はぁぁ……」
「どうされたんですか、ミスズお嬢様」
「さっきからぼーっとしてるんですよ。お腹が空いてるのでしょうか?」
「そろそろランチにいたしますか?」
「……ねぇ、ちょっと待って、二人の私のイメージおかしくない?」
そんなに食い意地張ったような生活してないはずなんだけど!?
「そうですか? 会う度に何か食べている気がしますけど」
「ふふふ、ミスズお嬢様はわたしの作ったお菓子をたくさん食べてくださるから作り甲斐があります」
……はた、と……自らの手にあるケーキやクッキーの類に目を留めた。
庭のガーデンテラスにあるテーブルの上にはお菓子が所狭しと並んでいる。
魔力の練習が終わるとガーデンテラスでお茶とお菓子。
昼食の後はこの世界の勉強。
それに飽きるとお茶とお菓子。
もちろん夕飯も残さず食べて……あ、今朝はお代わりもした……。
「……………」
「あ、新しくフルーツパイに挑戦してみたんです。フリッツ様もいかがですか?」
「はい、いただきます。わあ、美味しそうですね〜」
「フリッツ様も甘いものがお好きなんですね」
「ええ、大好物なんです」
……穏やかな二人の会話をよそに、私は「そういえば最近少し服がきついから今日もワンピースにしよ〜っと」と、思った朝の己を思い出した。
ごくり……。
恐る恐る、腹を……摘む。
むに……。
……ある。いる……。
私の体に未だかつて、これほどの脂肪さんがご滞在された事なんてなかったのに…………!
ハッ……!
気付いてしまった。
私のこれまでの生活と、今の生活……全然違う!
今まで朝起きてご飯食べてチャリで全力疾走して立ち仕事を終えたらやっぱりチャリ全力疾走で家に帰って夕飯までゲーム!
間食なんてしなかった!
今は朝起きてご飯食べて座って勉強したり魔力の練習したり……飽きたらお茶と美味しいおやつを食べてお昼食べて勉強したり魔力の練習したり……飽きたらお茶と美味しいおやつ!
夕飯も最近ついお代わりを……だ、だってお母さんの料理より美味しいし、つい!
「……あら? ミスズお嬢様? どうされましたか?」
「う…………うん………………」
……これは、いかん。
このままでは……本当にただの雌豚に成り下がってしまう……!!
今までダイエットなんてした事なかったけど、これは、このままでは、マジでやばい……!!
「……このままでは、豚になる……!」
「え?」
「私! ダイエットするわ!」
「ええ!? いきなりどうされたんですか!?」
「マーファリーやここのシェフの人が作るものが美味しすぎて、太ったのよ! 運動らしい運動もしていないのにこんなに食べたら太るに決まってるわ! 一ヶ月後にパーティがあるって言ったのマーファリーじゃない! 太り切った体で生まれて初めてのパーティに行くなんて嫌! だからダイエットよ」
「……そ、そうですか? あまり変わっていないような……。ねぇ、フリッツ様?」
「そのようなデリケートな話題を振らないでください。……個人的にはセミロングな女性に魅力を感じるので、体型はそれほど気にしませんけど……。ところでパーティとは?」
「あ、はい。一ヶ月後に王都、王城『カディンギル』でフレデリック王子が主催される『第三回、御三家の嫁大募集お見合いパーティ』があるのです」
「ああ、あれの事……。お二人も来られるのですか?」
「……エルファリーフお嬢様の付き人として参加するつもりなのですが……」
「痩せなきゃ無理〜〜!」
「……………………」
「……………………」
だって王子様主催でしょ!?
王子様に会えるかもしれないんでしょ!?
このままぶくぶく太った姿での出会いなんて絶対嫌よ〜〜!
「……では、剣を学んでみてはいかがでしょうか」
「剣!?」
「スポーツもありますが、身を守る術にもなりますから剣術はオススメですね」
「……身を守る術か……」
なるほど、この世界は魔獣がいつどこで生まれるか分からない。
多少身を守る術を心得ていた方がいいって事ね!
フリッツの言う事、一理あるわ!
まあ……実際魔物なんて前にしたらこの間みたいに腰を抜かして動けなくなってるのが関の山だろうけど。
「剣でしたら稽古用のものがあったはず……今お持ちしますね」
「う、うん……。うん? マーファリー、剣使えるの?」
「えーと、わたしはハーディバル先生に魔法使いの方が向いているから、『剣は基礎だけに留めておけばいい』と言われた事があるので……その、あまり……」
「マーファリーさんは『氷属性』が得意なのでしたね。たしかに、生まれつき上級霊命をお持ちなのは珍しい。鍛錬すればいい線いくかもしれません」
「……ハーディバル先生にも言われました。……でも、魔法の鍛錬って本格的にやるととても大変で……」
「まあ、体内魔力量はどうする事も出来ませんからね〜。自然魔力の収集と凝縮は鍛錬が必要ですし、魔法に関する知識はもっと必要。普通に大変ですよねー」
そ、そんなに大変なのか。
「武の道も魔の道も、楽には登れない。でも、最低限の心得はあった方がいい。剣なら僕が教えてあげますよ。父が脳筋なので武器は一通り扱えるので」
「……これ聞くの何回めか分からないけど……フリッツって本当に何者?」
「えーと、そうですね……今ちょっと家出してるので素性に関しては深く聞かないでください」
「……気になる……」
「家出だなんて、ご両親は心配されてるんじゃ……」
「大丈夫です。そんな普通の両親なら僕はもっと弱いはずでしょう?」
「……随分厳しいご両親なのね……。それなら尚の事家出なんて怒られるんじゃない?」
「そうですね。まあ、親はともかく執事には怒られるかも」
執事がいるって事はやっぱりそこそこ良いお家のお坊ちゃんなのね。
立ち振る舞いもエルフィみたいに上品だし、ハーディバルとも知り合いみたいだし……。
厳しいご両親の躾に耐えられなくなって家出してきたのかしら……。
だとしたら、可哀想……。
「いつかご両親に分かってもらえる日が来るといいわね……!」
「? ……? ……はい……?」
ご両親もフリッツの為を想って厳しくしているとは思うのよ?
でも、思春期とか反抗期の男の子にはきっと伝わらないのね!
フリッツの気持ちがご両親に……ご両親の気持ちがフリッツに届く日が来る事を祈るわ!
世界は違っても親子の複雑な時期が大変なのは変わらないのね!
うちも私が高校受験の時に早く就職して思う存分ゲームやりたいってゴネたら「今時中卒を雇ってくれるところなんてあるわけないだろ!」って喧嘩の毎日だったわ……。
今では両親の言う通りだったと、感謝してるのよ。
まあ、それはそれとしてマーファリーが倉庫から持ってきた木製の剣。
なぜかマーファリーの分も入って三本。
木製にしては意外と重い。
庭の中でも少し広めのスペースに移動して、構えから教わる事に。
「剣術には流派というものがいくつか存在します。王国で主流なのはエーデファー流魔法剣ですね」
「魔法剣?」
「身体強化魔法を使って戦う事に特化した剣術です。王国騎士は大体中級までは習得します。免許皆伝は騎士団の中でも数名のみ。まあ、ミスズさんは初心者ですから、構えて剣を振るところからです。まず握り方からお教えしますね」








