82 追跡
皆さん分かっていそうですが、しばらく暗めの話が続きそうです。
「ああ、なんでこんな事が、儂らが何をしたって言うんだ」
火の消えた集落を見ながら老人たちが崩れ落ちてるな、まあ気持ちは解らなくもないけど。
この世界には火災保険とか、被災者支援制度とかはなさそうだもんな。
(運が良ければ領主が何らかの手立てを取るであろうが、元の生活に戻るには年数がかかるじゃろうな)
やっぱりそうか、それにしても。
「食料は全滅か、ご丁寧に井戸にも毒で汚染した死体を放り込んで使えなくしてるし」
ほんとに頭の利く事で、こっちの追撃を徹底的に防止するってか。
「貴様、こんな時にメシの話だと、俺達は焼け出されて連れ去られた家族の行方も分からないってのに」
あ、口にするべきじゃなかったか、確かにこのタイミングは不味かったな、俺としたことが空気を読み忘れちゃったよ。
まあそうだよね、ここの皆さんは不幸のどん底だって言うのに目の前でこんな話をされちゃあ、俺だって当事者なら腹立つだろうし、でもねこれにはいちおう事情がね。
「落ち着かれよ皆の衆、我らも緊急の事であったゆえ取る物も取り敢えず駆けつけ食料も水も残っていない、オーガを追撃するためにはこれらの事を確認しておきたかったのだ」
ミムズがとりなしてくれるけどやっぱり追撃するよね、まあこの場合じゃ仕方ないか乗りかかった船だしな。
それにこのままじゃ連れてかれた連中は助からないだろうし、もしさっき考えたペース通りなら全滅までのタイムリミットは最短で十日か。
今から街に救援を呼びに行けば徒歩なら往復で五日、向こうで戦力を集めるのに一日かかるとして応援が来るまで最速で六日か、そこからオーガの群れを探して殲滅するとなれば六日の間に向こうもこっちから逃げてるだろうから十日以内ってのは無理だろうな。
オーガの殲滅じゃなくて連れてかれた連中の救出を目的にするならやっぱりここに居る戦力だけで何とかするしかないよな、さすがにこのまま諦めるってのは夢見が悪いもんな一か八かやるしかないか、状況は最悪だけど。
「おお、さすがは騎士様だ」
「お願いします騎士様、せがれをせがれを助けてくだされ」
「ありがとうございます、ありがとうございます」
「ミムズ様、わたしの許婚も連れてかれたんです」
ああ、ミムズに村人が群がってるよリサまで縋り付いてるし。
「騎士様、おかあさんをたすけて」
「もちろんだ、自分たちに任せておれ」
アラよりも小さな女の子がミムズの手を取って懇願してるのを、頭を撫でながら答えてる様子は絵になるな、だけど。
「それは良いが、四人全員じゃ追えないぞ」
なんか、大昔の騎士物語みたいな展開に取りあえず茶々を入れてみる。
「何だと、リョー殿それは一体どういう事だ」
いやミムズさんやなんでそんな不思議そうな顔をしてるんですか、普通に考えればわからないか。
「ここの守りをどうするんだ、あたりをうろついてる鬼はあのオーガだけじゃないんだ、老人と子供だけじゃゴブリンの群れ一つで全滅だろ」
ゲームやアニメじゃないんだからさ、敵を追い払ってハイお終いって訳には行かないだろうが。
「それは確かにそうだな、リョー殿の言われる通りだ」
よかった少しは頭が働いてるな。
「それに理想を言えば誰かを街まで連絡に出したい、俺達が上手く行けばいいがオーガの群れを見つけられないときや、最悪返り討ちに有った場合に備えておきたい」
いやほんとはこの状況で戦力を分散するなんてありえないとは思うけど、俺達だけじゃ全員が揃っていても上手く行くか解らないから保険はかけておかないとね。
最悪の場合は俺達がオーガの群れを見つけて追跡しながら、後から来た応援を誘導するって方法なら応援が日にちをロスするのを減らせるし。
「確かにそれはそうだが、しかし戦力を減らすのはいいのか」
「それに、救出後の避難も有るだろうが、連れてかれた連中を取り戻せば全員でかなりの人数になるが、この集落には残しておけないだろう。何十人も連れて街まで避難させるとなれば俺達だけじゃ無理だろう。しかもここには食料も水も無いんだぞ補給を持って来なけりゃ何日も持たないだろ」
「それもそうだな、彼らはただでさえ弱っているのだ飢えれば体が持たぬか」
解ってくれたかミムズ、そうだ頭は使うものなんだぞ。
「かといって追撃をしない訳にも行かないんだろう」
はっきり言って状況が悪すぎだよな、どれも後回しに出来ない優先順位を付けられない内容だから分散するしかないって。最悪の場合は追撃を諦めて応援が来るまで集落を守りきるとか、もう面倒な事は諦めて全部見捨ててアラと帰るって選択もなくは無いけど、流石に後味が悪すぎるし。
「追わぬ訳には行かぬだろう、逃げたのが鬼だけならばともかく連れ去られた者達がいるのだからな」
まあそうだよね、さてと役割分担はどうするかだな。
「プテック、すまぬが伝令を頼みたいこの中では『獣態』のプテックの足が一番速いだろう、一刻も早く殿下のもとに知らせ援軍と物資を用意して頂くのだ」
「解った、姉さま」
「さて、集落の防衛担当だが」
「それならアラにやらせたいんだが、アラなら遠くの鬼にも気付けるし弓矢と魔法の遠隔攻撃で多少なら何とかなるだろう」
最悪、鬼が多ければ集落につく前に気付いて逃げれるだろうしね。
「やー、リャーと行くのー」
ああ、やっぱりそう言うと思ったけど、アラには残ってほしいんだよねこっちの方が安全そうだから。
「アラ、悪いけどここで待っててくれ、アラが集落の皆を守ってほしいんだ」
「めー、アラはリャーを守るの、だからリャーと行くの」
うーん、仕方ないか、アラと目線を合わせるためにしゃがんで顔の前に小指を立てる。
「アラ、約束しただろ、絶対に俺はアラの所に帰って来るって、だからいい子で待っててくれないかな」
「う、うー、わかった、約束だよリャー」
アラも右手を上げて小指を立てて泣き笑いで頷いてくれる。
こんなかわいい子を毎回泣かせるなんて、俺って悪党かも。
「ちょ、ちょっと待ってくれそんなガキ一人でどうなるって言うんだ、また鬼が来たらどうしろってんだ」
あーあ、せっかく話が纏まりかけてたのに、村人がおじゃんにしかけてるよ。
「文句が有るなら俺は手を引くだけだ、別にあんたらから依頼を受けてるわけでも救出の礼金を貰ったわけでもない、雇い主のミムズが助けたいと言ってるから手伝ってるだけの事なんだぞ」
何を勘違いしてるんだこいつらは、集落を助けてるのはあくまでミムズのお人よしと俺の気まぐれだって事が分かってないのかな、俺は別にここの領主の軍でもないし正義の味方でもないんだから、助けられるのが当たり前と思うより自分達で幾らかは改善しようと思わないのかな。
まあいいや押し問答やってても時間をロスするだけだろうし。
「アラ、あそこの木とそこの岩を壊せるか」
少し離れたところに一本立っている大木と目の前にある岩を指さしてアラに示してみる。
「うん行くよ『雷牙』『六連斬』」
アラの放った魔法が一撃で木の幹に無数の穴を空けて折倒し、素早く放たれた細剣が岩を六等分にする。
「な、な、な」
「これで納得できたか」
うん、これだけやっておけばアラがダークエルフだからって村人に虐められたりはしないだろう、返り討ちにあうって解りきってるからね。
「アラ殿の実力は解って貰えたようだな、これでも不安ならば自分も出来る事をしよう」
ミムズが槍を構えて呪文を唱え出したけど何を使うつもりだ、あんまり聞いた事の無い呪文だな。
(ええい、気になるのであれば直ぐに検索せぬか、お主の頭の中には現存するほとんどすべての魔法の情報が詰まっておるのじゃろうが)
おお、そう言えばそうだよな、ええとこの呪文の系統は多分氷系統の広範囲呪文で攻撃じゃないよな、あったこれだ、てなんて呪文をつかってんだ。
『氷陣構築』
集落を囲むように無数の分厚い氷の壁が現れだす、所々穴はあるけどこれなら敵が来た時も侵入経路を絞れるし、一度に入ってくる数も限られるから撃退しやすそうだな、だけど。
「ミムズ大丈夫か、これだけの魔法を使って」
だってこれ本来なら十人くらいでやる魔法だよね、一人でやるとか無茶苦茶だよ。
「ああ、少しふらつくが何とかなる、しばらくは魔法を使えないだろうが」
魔力枯渇って事か、これならミムズも残した方が良いか、いや俺一人じゃオーガ相手には陽動にしかならないもんな、必殺のスキルが有る以上連れてくしかないか。
「はあ、はあ、はあ」
くそ息が上がるな、やっぱり腹が減ってるのが影響してるのかな、もう丸一日以上食べてないのにオーガと戦ったり火の中を走り回ったり散々だったもんな。
「リョー殿大丈夫か、やはり一口だけでも飲まれてはどうか、断食中の僧侶ではあるまいし何も口にせずに行軍では身が持たないだろう」
お嬢さん、こないだと言ってる事が逆だよ、まあミムズ自身も腹が減ってるだろうからこういう気遣いが出来るようになってきたのかな、まあいい経験をしたと思ってもらおう。
「いや俺は良い」
ミムズの差し出してきた水袋にはなみなみと液体が詰まっているが、それを飲む訳には行かないんだよな、だってそれ酒なんだもん。
井戸はやられ穀物を積んであった倉庫が燃え落ちた中で残っていたのは、集会所の地下にあった石蔵で熟成させていた葡萄酒だけだったから。
救援が来るまで集落の連中の体力を持たせたり、ミムズの水分補給のかわりにはなったけど俺にとってはもうアウトだからね。
「そう言われるが、このままでは倒れてしまうのではないか」
「悪いが肉類と酒は口に出来ないんだ、俺の事は気にしないで必要な分を飲んで置け」
「そうか、済まないな」
申し訳なさそうに酒を口にするミムズを横目に足跡を探す。
別に俺は追跡なんかの専門家じゃないが、オーガはデカい分足跡が残りやすいし三十体を超える数が同時に移動すればいくらでも痕跡が残る、まして怪我をした個体も結構いるから血痕なんかもそこらじゅうに残ってるしね。
「向こうだな、急ぐぞ」
後から来た連中が追いつけるように、石などを並べて地面に大きく矢印を作ってからオーガの追跡を再開する。
「リョー殿、率直に思っている事を聞かせてほしいのだが」
俺のすぐ後を遅れずについて来るミムズが話しかけてくる、しかしタフだないくら水分補給はできてるって言っても腹は減ってるだろうし、俺自身はばれない様に『軽速』を使って負担を軽減してるってのに。
「なんだ」
魔法で小さな氷の欠片を作って口に含みながら返事を返す。『氷水の指輪』は氷壁の補強に使わせるためにアラに貸してきちゃったもんな。俺の単独だとこの位をたまに作る事しかできないし。
「もしも自分がリョー殿の言うとおりにしてリサを助けた時に、いやリョー殿が偵察して来た時に街まで応援を呼びに行っていたらこうはなっていなかっただろうか」
なんだ、ずいぶん落ち込んだ表情をしてるけどさっきとはえらい違いだな。
「どうしたんだ、集落にいた頃はあんなに自信満々だっただろうが」
「仕方あるまい、騎士とは民衆の見本であり希望であり続けなければならないのだ、民衆が絶望している時に騎士までもが同じように嘆き悲しむばかりで皆の進むべき道を指し示す事が出来ねば、だれも救われぬであろう」
リーダーシップって奴かな、まあ確かにこの世界の平民だと貴族や騎士に命令され慣れてるだろうし、頼り切る心理も有るんだろうな。
実際集落の連中はミムズが助けると言っただけで安心しきってたし、ミムズが何か言うとあっさり従ってたもんな。騎士って言うのも大変そうだな、バカっぽく見えても周りの目を意識して騎士らしい行動を取ろうと頑張ってる結果なのかな。
まあ仕事でもそうだよな、誰かが仕切らないと上手く行かないしムードメーカーも必要だったもんな。
「それでどうだろうか、結果は変わっていただろうか」
もしもか、ifってのはあんまり好きじゃないんだよな、いやゲームとか同人とかでなら嫌いじゃないけどさ、もう過ぎちゃってどうしようもない事を、もしあの時にああしてたらって後悔するのは結局自己満足でしかないもんな。
まあ、しっかりと分析と反省をして失敗を繰り返さないようにするって言うのなら有効だけど、ミムズはどっちのつもりで言ってるのかな。
まあ俺は素直に思った事を言うしかないか。
「解らないな、最初の段階で救援を呼んでいれば明日か明後日には集落を攻めていただろう、十分な戦力が有ればそこでことは済んでいただろうが、それまでの間は被害が出続けていただろうな」
「そうか、だが、それならばリョー殿の言っていた通り最低限の被害で済んでいたかもしれぬのだろう、結局自分はリョー殿の忠告を聞かずに数十名がさらわれる事になってしまった、もしこのまま追いつけなければ自分のせいで彼らを死なせてしまうかもしれぬ」
ああ、それで落ち込んでるのかミムズは出来れば全員助けたいって本気で思ってたんだろうな、俺みたいにすれてないって事か。
「解らないと言っただろう、もしかすれば今日まで何もなければオーガ共は集落の住人全員を連れて移動してたかもしれない、そうなればどれだけ戦力を揃えていても意味は無いだろう、助けに来た時にはもぬけの殻でオーガに追いついたら誰も生きていなかったという状態じゃ目も当てられない」
「だがそれはただの仮定でしかなかろう」
「そうだ、そして俺が先に言った数十人を助けられたかもと言うのもただの仮定でしかない、今ある事実はお前の判断の結果少なくとも集落の半数、特にほとんどの子供が助かったって事だけだ」
「そうだ、自分は半分しか助けられていない、上手くやっていればもっと多くを」
こいつはマイナス思考しかできないのか普段は無茶苦茶ポジティブなのに、一度はまると、とことんネガティブになっちゃうんだな。
「そりゃずいぶんと欲張りな話だな」
「欲張り? 自分がか」
「ああそうだ、リサを助けた時にお前が動かなきゃ、そもそもお前が何の得もないのに鬼の駆除をしようなんて考えなきゃ、あの集落には誰も助けに来ないで皆殺しになっていただろう。今のところの半分だけでも十分な功績だと思うがな」
「だがそれでも……」
考え込んでるな、これは不味いパターンかも。
「終わった事を悩むにしろ後日の教訓にするにしろ、それは事が一通りすんで余裕が出来てからだ。実際に行動している時に考えることはたった一つ、今の状況をよりよくするためにはどう工夫すればいいかだ、それ以外の無駄な事は後回しにして置け」
あるよね、一度やったミスを悔やんでる間にどんどんミスを繰り返してド壺に落ちるってパターン、こういう時は余計な事を考える暇がないくらい動かしたほうが良さそうだよな。
「とりあえずもう少し追跡の速度を上げるぞ、他に鬼がいないか痕跡を見逃してないかしっかりと気を張って周りを見ていろよ」
昨日もPVが新記録を更新しました。しかもお気に入りや評価も上がりだしてなんとランキングに乗ってました二ケタのかなり後ろの方ですが驚きです。
『奴隷侍女』の方は何回かありましたが、まさか『半端チート』が入るなんて思ってもみませんでした。
26年1月17日誤字修正しました。
27年7月20日 誤字、句読点、段落修正しました。
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