555 コウキな女子会 1
「それではこちらへ、王女殿下」
神殿の密偵経由で指定された祠へ、王女様を案内しましたけど、ここに来るまでの間にずいぶんと楽しめましたわね。
なにせ王女様を尾行して来る、貴族や王宮傘下の密偵達や刺客達で何回も遊べましたもの。
「案内、御苦労でありました」
苦労ですか、まあ確かに楽しみ切れずに我慢しなければならなかったので、それは気苦労と言えるかもしれませんね。
せっかくですから、もう少しゆっくりとジワジワ、端の方から少しずつ削って長く楽しみたかったんですけどね。
この後の予定も有りましたし、王女様の見ているところであまりやり過ぎて、神殿勢力への心証を悪くするわけにもいかなかったので、戦闘にかこつけて全員の中身を即死させない程度で適当に散らかして、死ぬまでの数分程度のあいだ悶えている姿を眺めるくらいしか出来ませんでしたから。
「この奥に、神官長猊下が居られるのですね」
「はい、あたくしはそのように指示を頂いております」
あの鬼師父やサカキ様も使っていた、品のなさそうな密偵の連絡ですから間違いはないでしょう。
しかし、あの神官長様が、こんなさびれた祠に居ると言われれば、あたくしだって不安になりますけどね。
ライフェル教神官長ステミ様と言えば、ライフェル神殿の教主であり、本来なら本神殿の奥で多くの聖騎士や僧兵達に守られているべき御方、その方が敵国の王都のそれもこんな場所で、相手国の王女様と面談されるなんてふつうに考えればあり得ないですから。
「参りましょう」
意を決したように王女様が祠へと入って行きますが、罠とは考え無いんでしょうかね。護衛は神殿側のあたくしだけで、こんな人目のない区画に入ったら、攫われても文句は言えないですけど。
あら、もしもそうなって神殿側で攫ってしまえば、多少痛めつけてもそれは必要な尋問の一環ですわよね。
少しだけやり過ぎてしまったとしても回復して傷跡を残さなければ、上手くすれば王族の、それも上物のオトメの中身をじっくりと楽しむ機会があるかもしれないわね。そう考えるのであれば、ぜひとも罠であってほしい所ね。
「ムルズ王国が第二王女ミーラ・ティア・ムルズに御座います。ライフェル神の一信徒ミーラが、ライフェル神の代理人たる神官長猊下に言上つかまりたき議が有り、まかり越しました。どうか、どうか猊下に御目通り願いたく」
何もない一本道の廊下を進んだ先の廊下の端で、両膝を床に付けて跪かれ両手を組まれた王女様が一国の王族とは思えないほどへりくだった言葉と態度で面会の許可を求めますけれど、いいのかしらこれ。まあ、ほぼ敗戦の決まった国の王族ですから、おかしくはないですか。
「お待ちしていましたミーラ殿下、どうぞお入りください」
開け放たれたままの戸の奥、絹の御簾で区切られた場所から声が掛けられますが、この御声は間違いなく神官長様の物ですね。
「ありがたき幸せ、俗人であるわたくしが聖なる御方のお目を汚す御無礼を許しください」
「構いません、どうぞ近くまでおいで下さい」
え、嘘でしょ、神官長様が直々に御簾を開けられて手招きしていますけど、こんな事って。いいえあくまでも神官長様と王女様、二人だけの内々のお話ですから多少砕けた対応でもいいのでしょうね。
「ありがとうございます、では失礼をば」
王女様が、ゆっくりと部屋に入って神官長様の座られている卓へと向かいますが、卓の上にお茶と茶菓子が置いてありますね、一体誰が用意したんでしょうか、まさか神官長様が直々に、いいえそれはないですよね、というかお茶が3人前用意されているのは、どうして……
「どうしました、貴方もいらっしゃい、ミカミ」
なぜ、あたしまで、これは不味いですわ。
王女様相手であれば多少遠慮のない上から目線の物言いでも、敗色濃厚で講和したい国の王族相手という事で、無礼も不問にさせられるけれども、万が一にも神官長様の不興を買おうものなら、幾ら『勇者の子孫』とはいえ、一在家弟子でしかないあたくしなんて、鬼師父に粛清されかねませんわ。
「猊下の御言葉、この下僕には大変ありがたく感無量でございまするが、万が一に備え、この場にてお二人の守りに付かせて頂きたく」
そうですわよね、それが一番ですよね。この祠は一本の廊下と一つの部屋だけで窓も小さく、入り口を塞がれれてしまいますと逃げ場が無くなりますから。
逆に廊下≪ここ≫にあたくしが控えておけば、刺客が飛び込んできても、狭い廊下であれば防ぐのは難しくないですし、縦に並んだ敵を各個撃破する事も可能ですし。
「構いません、貴女がそこに居なくとも警護は十分ですから、テラシス」
「これに」
「な」
聖騎士ですって、いつの間に目の前にいましたの、どういう事、この廊下はもちろん、部屋の中にも隠れられるような物陰なんてなかったはずですし、正面に居るという事は背後の入り繰りから来たわけでもない筈、御簾の奥も布が薄かったから人影がはっきりと見えましたし、卓や椅子も小さな物ですから人が隠れられられるはずもないですし。
まさか、ずっとこの廊下に立っていたのですか、それでいてあたくしに気付かれないように姿と気配を消していたとでも、こんな化け物のような手練れが付いていれば、確かにあたしなんて居てもいなくても……
いえ、それよりもこんな化け物の前で、下手を打てばそれこそ気付く間も無く首を落されてもおかしくない……
「ですが、下僕如きが、聖なる御方の御前を汚すなど…… ひっ」
「畏れ多くも神官長猊下の御厚情を無下に致すなど、不敬なるぞ」
く、首、繋がってますよね、今この聖騎士、一瞬で剣を抜いて切先であたしの首を一周撫でるなんて、しかも傷が付かずかつ切っ先が一度も皮膚から離れないようにぐるりと……
まるで踊るような華麗な動きで、あたくしの周りを回っていましたけど、やっている事はえげつないわね。いつでも好きなように殺せるし切り刻めると態度で示すなんて。自分でやるのは大好きですけれど、やられるのは絶対に御免ですわ。
「かしこまりました、猊下の御傍にはべる栄誉に浴させていただきます」
これはもう、断る事は出来ないですよね。
「どうぞ遠慮なく、ああ、そう言えばこの席を手配したライワ家の使節官、いえ『尚武法師』はどうしましたか」
これって、『勇者様』の事ですね、そう言えばあの方が『元勇者』のヤスエイを仕留めたんでしたっけ。
「あの御仁とライワ家の使節団の方々は、昨日ラッテル領に向けて王都を出発致しました」
まあ、近い内に戦場になるだろう王都にいつまでも『勇者様』を置いておく訳にはいきませんものね。主戦派以外の貴族達で王都に残っているのなんてごく僅かですし、もう王都炎上まで何日残ってる事か。
「そうでしたか、という事はライワ伯爵家はこれ以上の協議を王都で進める予定はないという事ですか、さて、王女殿下、よく来てくださいました、このような場所ではありますが歓迎いたします」
「猊下の御招きに預かり、光栄です」
「さて、お互いこの席がどういう場か理解しているでしょうから、儀礼的な話はやめにしましょう、その上で一点だけ、前置きとしてお知らせしておくことが有ります。よろしいでしょうか」
知らせておくこと、まあ恐らくは神殿からの内々の通知という事なのでしょうけど、この場で話すという事はよほどの事なんでしょうか。
「猊下の御言葉、謹んで拝聴いたします」
「実は、先日ありました、ピロホン会戦ですが、あの先頭に参加されていた貴国の第一王女殿下と第二王子殿下が負傷され、動けなくなっているのを、当方の騎士が発見し保護いたしました。他にも十数人の参戦された主要貴族家の御当主や嗣子の方々を保護しております」
保護って、どう考えても捕虜ですわよね。これは交渉前に大きな手札を見せてきましたわね、これは捕虜を返還する代わりとして停戦交渉で神殿側に有利な条件を付きつけるという事かしら。
ですけれど、今の状況下で前線に好んでいくような過激な主戦派、それも神殿に痛い目に合された相手を返還してしまえば、停戦交渉に文句を付けて荒れる事になりそうですけれど、いえそれなら停戦が発効してから返せば……
いえそれでも王族、それもミーラ王女よりも上位の王族であれば、最悪の場合停戦をひっくり返しかねないのでは……
向こうの大義は完全になくなるでしょうけれど、泥沼化は避けられなくなりますわね。それが狙い、ですけれどそうなれば神殿の戦力がムルズ国内に拘束される事になりますし、手に入れた権益も旨みが減ってしまうのではないかしら。
「我が国の者達を保護してくださった、ライフェル神の慈悲に感謝いたします。ですがこの情勢下で我が国の者達が神殿に御迷惑を掛ける訳にも行きませんので、早々に引き取るよう手配させましょう。それとは別に、わたくしどもの方でライフェル神への信仰の証として喜捨を行いたいのですが、御相談には乗って頂けませんでしょうか」
王女様としては、身代金で話を済ませたいようですね、まあ確かに王族の捕虜返還となれば、下手をすれば領土の割譲や国宝の引き渡しなどという事もあり得ますものね。
「いえ、御心配には及びません、迷惑などという事はありませんから。そもそも保護した方々は戦傷を負われているため、安静が必要ですが、今の王都やムルズの諸領ではそれも難しいでしょうから、勝手ながら国外の落ち着いた場所に移動して療養に努めて頂いております」
これは、神殿は捕虜を返す気が無いという事かしら、返さないけれどこのまま敵対するのなら殺すというつもりなのね。でしたら是非ともその処刑に参加したいのですけれど、見せしめには派手な死体の方が良いでしょうし。
「それに、王族の御二人や貴族の方々は、どうやら私どもライフェル神殿の事を誤解しているようですので、しばらくはこちらの神殿や寺院に滞在して頂き、ライフェル教の教義や神殿の事に付いてお教えして、御理解頂けるように勉強の機会を用意しようかと思っていまして」
あら、これはしばらく返す気が無いし、殺す気もないという事かしら、勉強って、これは洗脳するって事ですわね。停戦後に返して揉めないようにするって事かしら。
「勉強ですか、どの位の期間になるのでしょうか、それによっては遊学という事になりますから、彼らの滞在費を用意致しますので」
「療養も兼ねてますので、それなりに長い期間に、もしかしますと数年、いえ数十年という事もあるでしょうか」
やはり、停戦以降、それも大分経って情勢が落ち着くまでは返す気が無い、状況次第では一生国外の寺院に幽閉と言う事は、神殿は王女様が王宮での立場を強められるように、より立場の強い王族を減らす形で支援するつもりという事かしら。
「それほどまでに、長くですか」
「こういう形で神殿に留学された方の多くは、私どもの考え方に共感されて、より多くを学ぼうとそのまま出家されたり、十年以上期間を伸ばされるどころか、生涯を掛けて学び続けたいという方も珍しくないので、恐らくは皆様方もそのような選択をされることでしょう。もちろん、将来ムルズで何かが有り、王家やそれぞれの貴族家が彼らを必要とするのであれば、神殿とムルズの友好の為に彼らを説得してお返しする事もあるでしょう。その際には彼らを補佐する人員、場合によっては護衛や援軍等もお付けいたしましょう」
ああ、つまり、捕虜たちは保険でしたのね。
今回の停戦は彼らを交渉の材料にしなくても十分な成果を取れる算段は付いているのですわね。
その上で彼らの利用価値はこの戦争が終わって数十年後に、再びムルズとの関係が悪化した時に、今回確保していた王族や貴族、場合によってはその子孫をそれらの家の正統な後継者として旗印にすることで、より早期に正当性を持って侵攻する、あるいは敵対した家を乗っ取る口実にする事ができると。
それ以前に神殿がそう言った手札を確保していると、あえて見せる事で、戦後に敵対しそうなムルズ関係者を牽制する事にもなるでしょうし。
「しょ、承知いたしました、彼らの事はよしなにお願いいたします」
「ええ、もちろんです、先日まで敵対していたとはいえ、今はライフェル神の庇護下に有る哀れな怪我人、無下には致しません」




