525 蹂躙前
「あーめんどくせえな、見張りなんてよ、なあティロ」
見張り役で組んでる魔物使いのフィナーが、使役している黒牙猟犬のトモエを連れながら聞いてくるけど、まあでもさ。
「夜のアジトになんて居たくないから、仕方ないじゃない」
別に襲撃のついでで捕まえた女達がマワされてもコワされても知った事じゃないけど、悲鳴やら喘ぎ声やら、興奮した野郎の吠え声なんてのを毎晩聞かされてたら眠れないし、声を聴いて盛った野郎どもがあたしたちの方を色ボケた目で見て来るし。
その位なら馬鹿どもがすっきりして落ち着く深夜まで見張りをして、それから寝た方がよっぽどましじゃない。
「そんな溜まってるんなら、この間の小僧をツブさないで持ち帰ればよかったじゃないかい。アンタは男児が好きだったろ。それをアタシの黒牙猟犬をたき付けて生きたまま腸食わすなんて、まあ、どの位でガキがくたばるかって賭けじゃ儲けさせてもらったけどね」
ああ、あの坊やか、確かにかわいかったんだけどさ。
「仕方ないじゃない、可愛がって上げようとしたら、いきなり私の事を噛んだのよ、乙女の肌に歯形の痕が残ったらどうするつもりよ」
ホント冗談じゃないわよ。
「そりゃあ、目の前で親父がアンタに真っ二つにされて、お袋と姉貴がお前さんの舎弟連中にマワされてる、そのすぐ横で盛った女に迫られりゃ、噛みつきたくもなるだろうさ。まあ、潰しといて正解だとは思うけどね、ここの野郎共はガキだろうと男だろうと、見境なしだからね。掘られたガキ経由で野郎共のビョウキをうつされかねなかったか、ん、どうしたトモエ」
フィナーのすぐ横で周囲の匂いを嗅いでいた黒牙猟犬が一か所だけを見つめている、これはこの先に何かいるのか、魔物、獣、それとも侵入者か。
「ティロ、ここで弓支援を頼む、アタシとトモエで見て来る」
剣を抜いたフィナーが黒牙猟犬を連れて先行する、大丈夫だ私もフィナーも手練れの傭兵、多少手ごわい魔物やそこいらの領軍の斥候程度なら余裕で……
「キャイ……」
「ん、あれ、フィナー、トモエ……」
トモエの気配が消えた、小さな鳴き声が聞こえたと思ったら、さっきまで感じられた犬独特の呼吸の音や足音が聞こえなくなって、そんな異常事態なのに何でフィナーは叫びもせず戦闘音も立てないでいるの、一体何をして……
「ヒッ……」
小さな声と共に、何かの塊が横に飛ばされてきて、すぐ横に落ちたけど、そこから嗅ぎ慣れた血の匂いが……
「え、え、アレって、フィナー、いや、違うよね……」
わたしの横に転がってる肉塊には手足が付いてるけど、フィナーと同じ髪の生えた頭に顔は無くてただ抉られた肉と骨が見えて、フィナーが付けてたのと似た胸当ては上半分が無くなって、その下で守られてたはずの胸肉や肋骨も消えて、心臓らしきものが微かに震えてて……
「え、え、えっと、これって、あ、トモ、エ、え……」
木々の間から見覚えのある毛皮が、見えたけど、なんで私より高い所に有るの、なんで四肢が宙に浮いてるの、なんでピクリとも動かないの、なんで、なんで、トモエの頭が見えないの。
「グルルル」
「え、ま、まも、まも……」
暗いのと、色のせいで低い唸り声が聞こえるまで解らなかったけど、巨大な魔物がトモエの頭を咥えて持ち上げてる、体が動かない、声も上手く出せない、これは『威圧』されてる。
そんな威嚇行動も大きな叫び声も無く、ただ睨まれ少し唸られただけで私が威圧されるなんて、まさかボスモンスター。
「ば、ばけ、ばけも……」
ゴリゴリと硬い物を砕く音の直後に、咥えられていたトモエの首が千切れ胴体が地面に落ちる
逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、少しでもこの化け物から遠くに、なのに、なのに何で、足が動かないの、股から両太腿に生ぬるい液体が流れていく、それでもどうしても足が動かなくて、ガクガクと震えて力が抜けそうな膝で何とか立っているのがやっとで。
黒い巨大な物の腕が持ち上がり、白く光る爪が並んで……
「あ、ぶべっ……」
「こ、これで、八人、ひ、東側は、もういないかな」
「あー、どうせ見回りするんなら、東側でティロ達と一緒が良かったな、こんな野郎ばかり十何人も固まって見回りなんてよ」
そうすりゃ、向こうの見回りは少人数だから、あの女を口説いて、森の中でしっぽりと……
「そりゃ無理に決まってるだろう、街道に繋がる南側と違ってアッチは足場も見通しも悪い森ん中だ、斥候系の能力が無きゃ役に立たねえし、数が居ても邪魔なだけだろ。それよりもしっかり周りを見回せ、こっちはだだっ広い草っぱらで、討伐の軍隊が来るとすれば、十中八九数を生かせるこの南側だって解ってるのか」
あーあー、これだから騎士崩れはめんどくせえ、何時までも身分が有るつもりで偉ぶりやがって、しっかり見張るってんなら、フルプレートアーマーにフルフェイスの兜なんて纏ってんじゃねえよ、先頭に立ってガシャガシャと鎧鳴らして邪魔くせえんだよ。
騎兵対策に岩やら丸太やらを転がしてあるから歩きにくいだろうによ。
そういや騎士と言えば……
「ツツモの野郎、上手くやりやがって、買い出しって名目で村に行ってそのまま村娘でお楽しみなんてよ」
後ろの方に居た奴が俺が考えてたのと同じ事を、口にするが。ホント上手くやりやがったよな、買い出しに時間がかかって帰って来ねえって理由で見回りもアイツはサボったんだしよ。
「そんなに、ヤリたいなら見回りが終わってから、女小屋に行けばいいだろう、あそこに放り込んでる女共なら、ヤルしか使い道がねえんだ、ツツモのバカみてえに殺しちまわなきゃ、誰も文句は言わねえだろ」
「冗談じゃねえ、馬鹿野郎どもが使いすぎて、全身がイカ臭くなってる女なんてのはゴメンだ、汚くて抱く気になるかよ、洗い流すのに頭から冷水ぶっかけたら、熱出して死んじまうしよ」
ああ、そういやコイツもイカレてたか、たっくよ襲撃の時に女だけ殺さずにとか言って逃がさずに捕える面倒さや、この拠点まで連れて来る苦労がわかってるのかよ、それをあっさり死なせやがってよ。
「クソ、俺らがこんな暗いとこで面倒な見回りしてるってのに、ツツモの野郎は今頃、酒場の部屋で極楽かよ、天国と地獄じゃねえか、代わって欲しいもんだ……」
最後尾でぼやいてた奴が、途中で言葉を切ったと思ったら倒れやがったが、話に夢中でコケでもしたか。
「貴様ら、いいかげんにしろ、余計な話をしとらんでしっかりと見張、らん、か」
ん、なんだ、振り向いた騎士野郎が、黙り込んでどうしたってんだ、兜かぶってるから顔色も表情も解んねえから、予想もしにくいしよ。
「し、死んでる、狙撃か」
狙撃の言葉に、その場にいた奴らの大半が反射的に手近な物陰に飛び込んだり伏せたりするが、反応できなかったグズが三人、頭に矢を生やしてその場に崩れ落ちる。
「どいつも脳天に一撃で即死かよ、この暗い中で俺らの持ってる明かりを頼りにしたんだろうが、大した威力と命中精度じゃねえか」
こりゃあ、『精密射撃』や『暗視』、いや幾ら脳天直撃でも全員が一撃でやられてるって事は『即死』のスキルでも使ってるのか。
「頭蓋骨を突き抜けるのも大概の威力だが、それでもすぐに死なずに多少の時間なら息の有る奴は結構いるからな」
「ああ、おい兄貴、起きろよ、起きろよ」
ん、サブの奴、死体を抱えて何してるってんだ、ああ、そういやあいつらは兄弟分だったか。
「こんな、こんな矢、ひいい、アグッ……」
刺さった矢を抜いた、サブが何かにビビった様に仰け反って隠れていた岩陰から出たが、その瞬間に側頭部に矢が刺さる。
クソ、出た直後に反応して撃って来るって事は、こっちの動きが向こうから丸見えって事じゃねえか、下手に動いて狙ってる奴の射線に入ったら、一発でお陀仏って訳か。
「しかし、サブの奴は何にビビってあんなマヌケな死に方をしやがったんだ、幾ら兄貴分がやられたって言ったって、アイツも傭兵だ、仲間の生き死になんざ日常茶飯事だろうし、血だって見慣れてるだろうによ」
矢を抜いた直後にビビったって事は、鏃に何かビビるようなものでもあったのか。
「もしかすると、それが即死の秘密か、毒でも塗ってあったとか」
それが分かれば対策が立てられるか。
地面を這い遮蔽物に隠れながら、近くに有ったアホウの死体に近寄り、矢を抜く。
「なんでえ、普通の鏃じゃねえか、毒が塗ってあるふうでもねえし、ん、コイツにこびりついてる白っぽいのは脂肪か、いや脳天にそんなもんが有る訳が……」
ふと視線を死体に向けると、矢の刺さってた穴から同じような白っぽい物が流れ出て来る、これはまさか脳みそが砕けて零れてきてるのか。
「頭に刺されば、頭蓋は無事でも中身がやられるって、どうなってるんだよ」
サブの野郎がビビって飛び出す訳だ、クソ、解った事はくらったら終わりって事だけじゃねえか。
「おのれ、何処から狙っているのか」
フルアーマーの騎士崩れが盾を構えて身を隠しながら物陰を飛び出し、矢の飛んで来たであろう方向を睨むが、そのまま崩れ落ちて死にやがる。
冗談だろう、兜に開いた視界確保用の小さな穴を正確に射抜いたってのかよ。
「ふざけんな、こんなんじゃ逃げられねえよ、ちょっとでも頭が向こうに見られりゃ終わりって事じゃねえか」
「どこだよ、何処から撃ってやがるんだ」
「どうなってんだよ、なんでこんな射手がこんな所に居やがるんだ」
クソ、馬鹿どもがいい感じにテンパって来てやがる、このままじゃマジでヤベエ。
かと言ってここから叫んでも、拠点には届かねえ、あそこにいる連中が押し寄せてくりゃ、数で押し切れるかもしれねえし、そいつらが撃たれてる間に後退できるかもしれねえ。
生き残りに魔法使いでもいれば派手な魔法で、デカい音を立てる事も出来たんだが、そうだ、たしか。
「おい、そこで死んでるボケが呼子笛を首に掛けてたはずだ、取ってこい」
あいつは元々は都市衛兵で警邏用の呼子笛を今でも持ち歩いてたはずだ、こんな事なら俺ももっときゃよかったか。
「冗談じゃねえ、そんなことすりゃ、物陰から出なきゃなんねえ、俺が撃たれるじゃねえか」
「別に頭を出せって言ってる訳じゃねえ、お前のとこなら腕を伸ばせば何とか届くだろうが、腕は撃たれるかもしれねえが、腕に穴が空くだけで死ぬ訳じゃねえ、このまま助けが来なけりゃ全滅だってあり得るんだぞ」
「わ、解ったよ、とりゃあいいんだろ」
俺が命じた雑魚が岩陰に隠れながら手を死体の胸元に伸ばす。あれさえ取れれば……
「がアアア、腕が、腕がああ、つべっ……」
なんだ、どうなってやがる、腕がバラバラに吹飛びやがった、弓が当たってそのままの勢いでへし折れながら、肉が骨がバラバラに飛び散り、皮一枚で体に繋がりぶら下がっているような状態になり、そのまま痛みで仰け反って岩から頭が出た瞬間に殺られちまった。
どうなってるんだ、弓のスキルは脳内破壊じゃなかったのか、なんだよあの破壊力は。
「鏃が、違ってる、いや壊れてるのか」
さっき死体から抜いた矢の鏃と違い、腕を吹き飛ばして地面に落ちた矢の先端が歪に潰れてやがる。
「どこを狙うかで矢を使い分けてるのか、それとも何かのスキルの効果か、いや考えても始まんねえ、とりあえず奴の場所だけでも解らねえと」
予備として持ち歩いてる短剣を抜いてから、岩陰に隠れたままランタンに油がまだ残ってるのを確認してから前方に投げる。
ガラスが割れる音とともに壊れたランタンから広がった油に火が燃え移り、一気に明るくなったのに合わせて、岩に背を預けて隠れたまま、短剣の表面を服の裾で軽く磨いてから岩陰から差し出す。
コイツは研ぎに出したばっかりだし手入れも欠かしていねえから、鏡の代わりくらいにはなるはず。コイツに射手の姿が映れば、向こうからこっちが見えてる以上、こっちからだって見えるはずだ。
それにこうして俺らが隠れて狙えなければ向こうにも動きが有るはずだ、より狙えるように射撃位置を変えるなり、あるいは近接戦の人員を送って来るかってとこだろ。それに対応できなきゃ終わりだろうし、上手くすれば相手の動きに乗じて状況を変えれるかもしれねえ。
「どこだ、いた、え、があっ」
クソ、白鋼の短剣が一撃で砕かれるなんて、どんな威力だってんだ、しかも……
「ガキが一匹だけだと、ばかな」
砕かれる直前の短剣に映ってたのは、こっちに弓を構えるガキの姿だった。
「あんな、まだヤレねえようなチビガキが、あんな威力の弓を使ってたってのかよ」
いや、そんなのはどうでもいい、ともかくあのガキを何とかする事を考えろ。ハッキリと姿が見えるくらいの距離に、それも隠れずにいるって事は、予想通り隠れたままの俺らに対応しようと動きを見せたって事だ。
もう少し近付いてくれば俺らの遠隔スキルでも届く距離に入る、そうすれば生き残ってる連中の一斉攻撃で……
「ここまで来ればいいかな、雷の魔法だと大きな音やぴかって光ったりするから、他の人達が気付いちゃうからめーだよね。火とかもめだっちゃうから、そうだ『闇痺風』」
な、魔法だとふざけるな、こうなったらもう一か八か。
「敵は至近だ、突っ込むぞ、飛び出して一気にスキルで畳みかけて飽和攻撃を仕掛けろ」
前方から状態異常を含んだ風が吹いて来るが、これが効果を発揮するまでは多少の時間がかかる、隠れていれば動けなくなって終わりだが、そうなる前に勝負を付ければ。
「うおおおおお、行くぞ」
「やられて堪るか」
「ヤッテやる、ヤッテやるぞ」
「俺には出来る、俺には出来る」
俺の指示通り野郎どもが一気に飛び出して武器からスキルを放とうとする、これなら。
「わわ、いっぱい来た、なら、あんまり強くしなきゃ使えるもん『飛龍は翼を穿たれ地へ落つる』」
「ぶべ……」
「あべし……」
「ふぼ……」
「ぐぶ……」
な、どうなってやがる、ガキが弓を剣に持ち替えた瞬間、野郎どもが一瞬でボロ雑巾みたいにズタズタに。
「ス、スキルだっていうのか」
形だけを見れば連続刺突を飛ばす遠隔スキルだが、こんな威力の攻撃を数え切れないほど放つなんて……
「け、剣聖か、それこそ剣狂でもなけりゃ、こんな真似できるはずが」
「よし、サミュ達が偉そうにしてる人を一人取っといてって言ってたから、オジサンにしたけど、動いちゃめーだよ、ずれちゃったら死んじゃうかもしれないからね」
よく見るとダークエルフだと解るガキが、そう言った直後……
「が……」
「うん、上手に気絶させられたね」




