476 関所破り
「お、見えてきやしたね、あれが最初の橋ですが、あーあー、いい感じに寝込んじゃってまあ、こっちは戦闘中だってのに、こうも呑気に寝られちまってると、なんでさあね」
どこから用意したのか、乾燥させた魚の身を毟り、いい匂いのする酒で流し込みながらテトビが他人事のように言ってるけど、仕込んだのはお前だろうが。
とは言え、テトビの言う通り、検問所の兵士連中は椅子に座ったままや壁にもたれたままで、寝ちゃってるな、これだけの騒ぎでも起きないってよっぽと強い薬だったのか。
「しかし、幾ら伯爵家の金だって言っても、よくもまあ、検問所を丸々買収できたな」
「いやいや、丸々の必要はねえんでさあ、ようは気付かずに薬を入れちまう料理番と後は気付きそうな獣人兵士数人さえ抑えときゃ、後は気付かずに喰っちまいやすからね。こんな田舎領地の小領主んとこの警備兵なんざ、大した額は貰ってねえし、身分も付かねえですからねえ、ちょっとした小遣い稼ぎをさせてやりゃ簡単に転びやすって」
そんな物なのか、一応は正規兵なんだから役人じゃないのか。
(ロウ子爵家のような一定程度以上の規模の領地の領兵ならば、ともかく、ここのような小領では兵士を常時雇い続ける余裕などないじゃろうからのう。大抵の場合じゃとこう言った警備などは領主直属の兵などで無く、家臣である騎士家などに一定期間ごとの当番制で割り振るのじゃ。かと言ってそう言った騎士家等も、領主に与えられている知行などたかが知れておるため、養える郎党も限られる。大抵の場合じゃと警備に必要となる兵員等は、当番の期間のみ傭兵を雇うなりするのが普通じゃが、金を惜しむのならば知行の領民に兵役を課したり、流民などを徴用したりするらしいからのう。そんな状況じゃとの士気や忠誠などほとんどあるまいて、雇い主の騎士や現場責任者の郎党どもにしても、元々の懐事情が寂しいからのう、多少の金貨であっても目が眩もうて)
ああ、そんなのだから騎士や正規兵が盗賊まがいの事をしてる領地も有るのか。
「ついでに、言やあ、万が一にもこの失態で、買収した連中が処罰されそうになった際には、受け入れ先を紹介するって話もしてやすしね。流石にライワ家やラッテル家で受け入れちまいやすと、裏工作してますって、こっちから宣言するようなもんですから、繋がりの有る他家、それも仕官で無く領民って扱いになりやすが、それでもこんな貧乏領地でも雇えるようなショボい傭兵や、先のねえ郎党、タダ働き同然の徴兵をされるような小作人をしてるよりは、裕福な領地で自作農にでもなった方がよっぽどましだったりしやすからね」
うーん、影響力のあるカミヤさんだから出来るやり方って事なのかな。
「まあいい、上手く行ってるのならこのまま突破するだけだ」
ほとんど減速することなく、俺達の馬車は関所を走り抜け、そのまま石橋の上を一気に通り抜けていく。俺達の後からは追撃してきてる騎馬がどんどん橋を渡ってきてるけど、何人かが関所の連中を怒鳴りつけてるな。
「テトビ、残りの橋には関所はないのか」
「へい、この先の川は両岸が同じ御領主の領地ですし、他にも複数の橋が架かっていやすんで、それら全部に関所を付ける様な人手が足りねえんでさあ」
なるほどな、それなら……
「ちなみに聞くが、この先の領主の立場は神殿よりかそれとも主戦派よりか」
「まあ、どちらかというと主戦派よりの中立ってとこですかねえ。とは言え、過去に何回かムルズ国内の派閥抗争なんかで日和って、いろんな派閥を行ったり来たりしてたせいで、何処からも信用を無くしてまともに頼れるところがねえらしいでさあ」
そうなんだ、業界によっては日和見をして派閥や主義主張なんかを代えてた方がビッグになってるようなイメージも有るけど。まあ、それなら……
「てなわけでして、この先の領地でしたら多少派手な真似をしても、大して問題にはなりやせんぜ、何せ頼る相手がいねえから、ここの御領主様がどれだけ文句を言ったって、誰も取り上げちゃくれねえんでね。なもんで、例えばですがラッテル家のお嬢さんに毒霧をバラ撒かせて、辺り一帯毒まみれ、死体だらけにしようと、カラスのお嬢さんの魔法でどこぞのゴブリン陣地みてえに火の海にしても大した事にはなりやせんぜ」
おい、俺を何だと思ってるんだよ、幾らなんでもそんな無差別殺戮みたいなマネはしないしさせないよ。いや、状況次第じゃ考えもするけど、コイツにはさっき、必要以上の殺人はしないって言ったばっかりだよね。
いや、でも多少は強引な手も使えるっていうのは有りか。
「アラ、橋を渡る時に『荊蔓』と『棘低木』の魔法を使ってくれ」
『鬼軍荘園』でのゴブリン集団戦の時にアラが覚えた魔法は鉄条網の代わりになるから、こういう集団を足止めするには丁度いいよね。特に道幅が狭まってて、迂回も出来ない橋の上ならさ。
あの魔法は植物を使ってるから火なんかには弱いけど、予備知識が無ければとっさに対応できないだろうし、火をつけたとしても燃え尽きて通れるようになるまでに時間が稼げる。
こう言った場合なら、ハルの『岩壁結界』でもいいけど、今は空から偵察して貰ってるから無理だし。
「分かった、やるよー」
牽制代わりに、時折魔法と弓で攻撃していたアラが元気に返事をしてくれる。
よし、これなら追っ手を足止めしてその間にカミヤさんの勢力圏まで一気に逃げ込める。
もう少しで次の橋だ、ここで距離を稼げれば……
「よし今だ、出来るだけ多く魔法を掛けてくれ」
「うん、いくよ、『荊蔓』『棘低木』、もう一回『荊蔓』『棘低木』、ふう」
多少無理をさせてしまったのか、続けざまにアラが魔法を発動させ橋を塞ぐように横に二列づつ丸まったイバラと棘だらけの藪が並ぶ、よしこれなら……
「な、アイツ等、何を考えてる」
「はあっ」
「やあっ」
アラの魔法で、橋の上に障害物が生まれたのを認めた直後に騎兵集団が前後の距離を広げだし、殆ど速度を緩めないまま、橋へと突入してきやがる。
「どう言うつもりだ、馬のダメージを無視して強引に突破するつもりか」
確かに馬にも鎧が着せてあったりするけど、全身を覆えてる訳でもないし、防具を付けて無い馬もいる。
あれだと騎手がどれだけ煽っても馬が目の前の棘を恐れて止まったり、棘が刺さった痛みで暴走したりするんじゃないか、そうなってくれればこっちのものだ。
「はあっ」
「やあっ」
「な、跳びやがった」
奴等、乗馬の障害物みたいに馬をジャンプさせて、イバラを次々に飛び越していやがる。
「いや、元々奴らは馬に乗ってるんだし、戦闘用なんだからいろんな状況に対応できて当然か」
そうだよな、映画なんかでも馬をジャンプさせて障害物を跳び越えるなんてよくあるシーンだよな。
「どうする、奴らだってもう時間が無い事は解ってるはずだ、となればそのうち強引に仕掛けて来る」
そうならないために何とか時間を稼ごうと思ったんだが、向こうが犠牲覚悟で一斉攻撃を掛けてくれば撃退は出来ても、王女達が無事とは限らない。
「残るチャンスは、三つ目の橋か、どうする同じ手じゃ足止めにならない、もっと広い範囲、それこそ跳び越えられない位の幅や高さで……」
いや、それなら、行けない事も無いか。
「旦那、もうすぐ三つ目の川に差し掛かりやすぜ」
テトビの言葉に振り返ると、結構な幅のある川に石橋がかかっている。あれだけ幅が有るなら、行けるか。
「サミュー、何があっても全速力で橋を駆け抜けて向こう側まで行ってくれ」
「はい、御主人様」
石橋は、両端の他は川の中に橋脚が三基立って、橋を支えている、これなら……
疾走する馬車が、そのまま橋を渡り始める、タイミングはここだ。
「おやまあ、旦那、そうきやすか」
「旦那様おつかまりください」
「リョ、リョー様」
馬車の屋根から『軽速』を使って跳び下りた俺をテトビが面白そうに笑って見て来て、馬車の後に居たトーウとミーシアが凄い顔になってる。あ、よく見たたら上空からハルも急降下してきてる。
「え、リャー、サミュー、待って、待って、止まって」
「御主人様、直ぐに……」
着地した俺の方を見ながら、アラが指示を出し、サミューが手綱を引くと、馬車が急減速しだす。
「止まるな、サミュー行け、さっき言っただろう何があっても渡りきれ、トーウ、ミーシア、アラを止めろ」
「は、はい」
まだ動いている馬車から俺の方に飛び出そうとしたアラを、同じように飛び出しかけてた二人が抱きしめて止める。
「ですが、御主人様、このままでは」
「そこだと巻き込む、俺は大丈夫だから、早く行け、命令だ」
躊躇っているサミューを、『命令』を使って強引に行動させる。
「わ、解りました、どうか御無事で」
「リャー、めーなの、放してー」
抑えられたままのアラが叫んでるのが凄く罪悪感を刺激するけど、それでも必要な事だから。でも、きちんと説明しとくべきだったな、いやしたらしたで反対されるか。
振り向いて馬車の位置を確認してから、『アイテムボックス』にしまっておいた『重砕の破城鎚』を取り出す。まあこんなぶっとくてクソ長い丸太の塊を、幾ら取っ手が付いてたって俺の力で持ち上げれる訳ないけど『軽速』を使えばこの位はね。
突進してくる騎馬集団との距離がまだ十分あるのを確認しながら『重砕の破城鎚』の中央部分を両端のバランスを取る様に持って、橋脚の真上部分に立ち、破城鎚の両端が橋の両端に行くように位置取りをする。
「よし、この位置取りで大丈夫だ、ろっ」
『重砕』の効果を発動させると同時に『軽速』を切ったけど、この重さ異常だろ、そりゃ数十トン、いや数百トンにだってなるんだから、普通に考えて持てる訳ないけど、ミーシアはこれとまったく同じ『重砕の破城鎚』を普通に振り回してたんだぞ。
いや、よく腕が千切れなかったな、効果を発動させるのと一緒に膝曲げてしゃがみ込んで正解だったわ。
これだけの重量ならたかだか数十センチの落下でも十分な衝撃が、いやこれだけ重ければ落とさなくても置くだけで十分か。
「ボスモンスターの『帝王具足蟲』だって、この手の加重には耐えれなかったんだしな」
足元から、鈍い音が無数に響き、一気に足場が崩れる。
『重砕』を解除して『軽速』を発動させ、『重砕の破城鎚』を持ち、落下していく石を足場代わりにして後方へと跳ぶ。
滞空している俺の下で、橋脚ごと崩れていく橋の一部と、崩れていく向こう側で減速することなくこっちに向かってくる、騎馬連中を確認する。
「やっぱりこの程度の幅を崩しただけなら、まだ飛び移る自信が有るって事か、だがもう一本橋脚を落せばその二本で支えていた、かなり広い幅の橋桁が崩れるだろう」
二本目の橋脚の真上に立ち、同じように『重砕の破城鎚』を使って同じように荷重を掛けて橋を崩す。
「逃がすか」
流石にこれは飛び越せないのか、騎馬連中が崩れた場所のギリギリで立ち止まるのか確認しながら、『重砕の破城鎚』を『アイテムボックス』にしまい、先ほどと同じ様に跳び上がろうとしたところで、向こう岸から飛ばされた遠隔スキルが、俺の足に掠る。
「クソ」
掠っただけで大したダメージはないし、『超再生』も有るから怪我の問題はないけど、『軽速』で重量がほぼ無くなっている状況じゃ、ちょっとした衝撃でも体が吹き飛ばされバランスも崩れる、このままじゃ飛び上がれないし、崩落に巻き込まれ。
「まったく、貴方は非常識なことばかりして」
いつの間にか俺のすぐ後ろまで飛んできていたハルが、くちばしで俺の腕を防具ごと加えそのまま急上昇しだす、なんだろまるでこの後食べられそうな状況だな。というか、飛び方とか咥え方がちょっと乱暴な気がするんだけど、なんだろハルの機嫌が悪いような……
「全く貴方はいいかげんにして頂戴、どれだけ心配を掛ければ気が済むのかしら、い、いえ私は貴方の事なんて心配していませんわよ。ですけれど、たとえ命令されていたとしても、奴隷が主を見捨て目の前で主が死亡したなんてなったら、貴方の事を何とも思っていないわたくしはともかく、他の子達に『懲罰』が働くと何度言えばわかるのかしら」
う、あ、はい、気をつけます……
R2年2月26日 誤字修正しました。
R2年3月17日 誤字修正しました。
R7年5月3日 誤字修正しました。




