475 逃避行
ガタガタと嫌な音を立てて派手に揺れながら俺達を乗せた馬車が、未舗装の道を全速力で走り抜け、その後を無数の騎馬が追いかける。
「リョー、脇の道から十数騎が合流してきますわ、今の速度でしたら前を塞がれたり側面を撃たれたりはしませんけれど、敵の数がまた増えますわよ」
『鳥態』を取って上空から偵察していたハルが、高度を落し馬車の上に乗っていた俺に並走するように飛びながら報告してくるけど、まだ数が増えるのか、今追いかけてきてる連中だけで軽く百は越えてるっていうのに。
「ミーシア、まだ大丈夫か疲れてはいないか」
「は、はい、大丈夫です」
俺が足元の方を見下ろして問いかけると、馬車の後部で盾と剣を構えたミーシアが息を切らさずに答えてくるけど、まあミーシアはレベル上げやら『成長補正』の影響やらでかなりのステータスになってるから、スタミナも結構あるからね。
ミーシアは唯一の盾役だから、追っ手連中が放って来るスキルや魔法を盾で防いだり剣で叩き潰したりして貰ってるけど、まだこのまま行けそうか。カミヤさんの所に居た時に盾の強化だけじゃなく、剣に『魔力斬』の効果を付けて貰っててよかったわ。
「となると問題は」
ずっと走らせっぱなしの馬達がそのうち倒れて動けなくなるんじゃないかって事か。いや、この二頭は神殿が用意してくれた、高レベルの馬だし、今までも無茶な走らせ方をした時も持ってたから大丈夫かな。
「サミュー、馬達の状況はどうだ」
「まだ、しばらくは問題ありません御主人様」
「分かった、そのまま走らせてくれ」
サミューが問題ないっていうのなら大丈夫かな、いざと成ったら荷物を捨てて馬の負担を減らす事も考えたけど、そこまでじゃないって事か、荷物には『帝王具足蟲』の体液の入った樽なんかも有るから、今後の事を考えると出来れば取って置きたいしな。
俺は馬車の幌の上に乗っかって、『雷炎』や『風砂』『氷水』の各指輪で時折後方に牽制攻撃をしてるけど、相手も騎馬の扱いに慣れてるのか、俺が撃つのに合わせて散開したり回避運動をしたりしてて、あんまり倒せてないんだよな。
(どうやら、騎兵としてかなりの修練を積んだ集団のようじゃのう。しかし、戦闘騎乗に向いた馬は買うにしろ飼うにしろ金のかかる物じゃし、それに乗って騎乗の鍛錬を続けるにも金がかかる、これだけの数の騎兵をこれだけの錬度で揃えるなど、盗賊風情や多少金のある豪商程度では騎兵の数を集める位ならばできるじゃろうが、騎兵としての質を維持するのは難しかろうて)
てことは、こいつ等はどっかの貴族の正規兵とか騎士って事か、まあ、車列護衛の時も騎士が仕掛けてきたし、トーウを仲間にした直後なんかも、ムルズの騎士の関係者なんかがいちゃもん付けてきたっけ。
「リャー、やっちゃうよー」
「旦那様、わたくしも参戦いたします」
馬車の後からアラとトーウが顔を出してミーシアの左右に並びながら言ってくる。確かにこの状況なら確実に狙えるアラの弓やトーウの投擲の方が確実か、二人には『引き戻しの指輪』が有るし、アラは『自射の短弓』で矢を作る事も出来るから弾切れの恐れはないしな。
「頼む」
「うん、やるよー」
アラが、弓に矢を番えて此方へ向かってくる重装騎兵へ放つ。
「が……」
頭部全体を覆うカブトの僅かな隙間、ちょうど左目の部分に矢が刺さりのけぞった騎兵の手から力が抜け、そのまま馬上から崩れ落ちる。
(あれは、『四弦万矢』の教えておったやり方じゃのう。視界確保用の隙間から相手の目を狙い、眼球の奥にある脳を破壊し相手を即死させる技じゃったか)
ああ、そう言えば、そんなうちの子に合わない凶悪な手を習ってたな、ピリム・カテンの詫びの一環で、いや、役には立ってるんだけどさ、それでもやっぱり、アラみたいな可愛くて小さな子が脳みそをグチャグチャにして一撃必殺っていうのはさ。
崩れ落ち地面に倒れ伏す重騎兵を、他の騎兵達が避けるように駆け抜け、何人かは心配げに視線を向けてるけど、ピクリとも動かない様子に諦めたのか、こちらへ向き直って騎馬を走らせて来るが、またアラが矢を放ち別の重装騎兵が馬上から墜ちる。
「アラ様が重装の敵を受け持たれるのであればわたくしは」
トーウが何時も戦闘時に付けている両手の爪を外して、右手の指の間に投げナイフを数本挟み、その刃を左手の指で撫でてるけど何をしてるんだ。
「御覚悟を」
トーウが右手を数回振るうと、その都度、指先からナイフが別々の方向へと投げられていき軽装の騎兵達のむき出しの腕や顔を掠って傷付けたり、衣服で覆われただけの足などに刺さって行く。
「ぐ、ぐうが」
「お、おええ」
なんだ、トーウのナイフが掠った連中が苦しみだしてるぞ、そうかさっき刃を撫でてたのは毒を塗ってたのか、これなら確かにどこでもいいから投げナイフで傷付けられる程度の装備ならなんとなかるか。
「く、テイン卿、気を確かに持たれよ、どうなされた」
「ラッテルの毒だ、傷より中枢側を縛られよ、某は傷を切開して毒を吸いだす」
トーウの毒で意識がもうろうとしてきたのか、馬上で体勢を崩して今にも落馬しそうな騎兵に別な騎兵が騎馬を寄せて支え速度を落としながら毒に対処を始める。
そう言えば、昔読んだミリタリー本で、対人攻撃に使う武器は一撃で一人を即死させるような強力のよりも、動けなくなって放置すればそのうち死ぬくらいの重傷を負わせる程度の殺傷力で十分というか、そっちの方が負傷者の救護や後送に敵の人手を使わせれて、戦闘に参加できなくなるから、効率よく目の前の敵の数を減らせるって。
逆に即死させたり手遅れな状況だと、あきらめがついて見捨てられるから倒した一人分しか敵を減らせないし、負傷した味方を救護するような仲間意識の無い集団相手だと意味が無いらしいけど。
「どうやら、この相手には有効だったみたいだな」
やっぱり正規の騎士や兵士だと、騎士道とかで、仲間を見捨てるっていうのは難しいのかもな。
「まあ、それは俺達もか」
多分うちの子達が同じような状況になったら、見捨てるなんて考えもしないだろうから。
「そっか、トーウみたいにやればいいんだ、それじゃキテシュのおじちゃんに教わったこれで」
なんだ、アラが矢を代えた、ずいぶん変わった形の鏃だな、まるで短い鉄パイプとか、トイレットペーパーの芯を細くしたような。
「これなら、やっつけちゃわないでやっつけれるよね」
連続で三本の矢をアラが放つとそれぞれがやや軽装の相手の二の腕や太腿に刺さる。
「ぐうう、まだまだ、毒が塗ってあるわけでも、一撃で命を絶たれる訳でもないのであれば、矢傷の一つや二つ」
「この程度の傷で退いては騎士の名折れ」
おいおい、自分で騎士って言っちゃってるよ。いやでも、これなら確かに一人ずつでも確実に倒して行った方が良いような……
「えい、もどって」
アラが『引き戻しの指輪』で矢を回収して再度放っているする横で、トーウもナイフを手元に引き戻して毒を塗り直してる。
毒を塗る手間が有る分、トーウよりもアラの方が手数が早いか、いやでも手当要員も含めて追っ手を減らせるトーウの方がこの場合は、ん、なんだ。
「ぐう、血が、止まらぬ」
「落ち着かれよ、すぐに手当てを、包帯では間に合わん止血帯と棒を」
傷口に刺さったままだった矢が、アラの手元に引き戻されて消えると、傷口から血が溢れ出し、疾走する騎馬の後方へと尾を引くように流れ落ちていく。
そうか、あの鏃の形は『引き戻しの指輪』の効果に合わせてわざと傷口を大きくして出血させる為か、これなら負傷者の止血の為に他の騎兵の足止めが出来るか。
「しかし、『四弦万矢』の奴、アラに教えたスキルと言い、今のやり方と言い、子供になにえげつない手口を教えてるんだよ。子供好きじゃなかったのかアイツは」
アラ達の攻撃を警戒したのか、俺達と少し距離を取って重装騎兵を前に出して、更に盾で顔を隠してやがる。確かにあの鎧だとトーウのナイフは通らないし、アラの特殊な矢は鏃が太いから鎧の継ぎ目とかにある程度以上の隙間が無いとダメだし、最初みたいなカブトの隙間を狙った狙撃は目を狙われるのさえ警戒すれば、急所をカバーしている全身鎧じゃ即死はないって事か。
「だがあれだけ距離を取ったなら向こうからの魔法やスキルも届くのが少なくなるか」
斬撃を飛ばす遠距離スキルとかでも、物によって結構射程が違うからな、熟練度やステータスが極端に高くなければ、大抵は数メートルから二、三十メートル程度、威力を犠牲にしても百メートル飛べばいい方だし命中精度もそこまで高くない。
敵味方が入り乱れる乱戦とかで前衛が使うには、少し離れた敵への対処や牽制、あるいは大型で背の高い魔物を相手に武器が届かない高い部位を狙ったりするのには向いてるけど、弓矢なんかの代わりにするには難しいらしい。
まあ、中には『剣狂老人』の技みたいな速射砲まがいの無茶苦茶なのも有るらしいけどさ。
「いやはや、安全な距離を取ってどこまでも追いかけて来そうな感じでさあねえ、で、どうしやすんですかい旦那、旦那んとこのお嬢さん方なら、この位の騎兵集団なら、かるーく皆殺しに出来るんじゃねえですかい」
いつの間にか俺と同じ様に馬車の幌の上に上がって、戦闘中だってのに酒を飲んでるテトビが聞いてくるけど、何言ってるんだこいつ。
「俺達の役目は王女を無事にラッテルまで届ける事だ、敵を殺す事はその為の手段であって目的じゃないだろう」
中毒者みたいに倒さなければ自爆覚悟で突っ込んでくる訳でもないし、王女達を助けた時みたいに被害者と敵が分散していて敵をそのまま放置すると、犠牲が免れないような状況でもないしな。
「まったくお優しいこって、今までだって散々、おっと……」
「別に、甘くて殺さない訳じゃない、あそこにいるのは全員、家が潰れてない騎士やその縁者、でなきゃ正規兵なんだろ。なら妻子なり弟妹なりがそれなりの人数いるんだろ」
(当然じゃのう基本、騎士などの家は子沢山じゃからな、ラッテル領みたいに食糧難が有れば別であろうが、お主等の世界と比べて医療水準が低く病や事故等により子が死する場合が多いゆえ、騎士や貴族に限らずある程度以上生活に余裕が有る家じゃと、跡取りを確実に確保するために、予備は必要であろう。そうでなくとも女子は他家と婚姻させ繋がりを作るのに幾ら居っても良かろうし、跡取り以外の男児には分家を立てさせれば、本家を支えさせる事が出来るしの。まあ分割相続させるほど余裕の無い家などでは、余った息子等は婚姻も相続も許されず奴隷同然の労働力として飼い殺されたり、そのまま口減らしとして放逐されたり売り払われてしまう事も有るらしいがの)
うわあ、相変わらずこの世界は、いやいや考えるのはそうじゃない。
「てことは、あの連中を一人殺すたびに、ピリム・カテンみたいに俺を恨む連中が数人づつ増えるって訳だ。一々あんな騒動になるのは御免だ、追いつかれそうだったり、危険が有るのなら倒すのは当然だが。逃げるだけで十分なら、態々厄介のタネを増やす必要はないだろ」
このまま、あと半日も逃げ続ければ、カミヤさんの影響下にある貴族の勢力圏だ、そこまで行ければ正規兵が馬車の警護に付いてくれるらしいし、正当な理由なく領内に入った追っ手連中は賊扱いで対処して貰える。
しかし、カミヤさんも抜け目ないよな、『蝗害』にあってたラッテル領を支援する際に同じように『蝗害』の被害を受けて国からは何もして貰えなかった周辺の小領主にも食糧提供や害虫駆除なんかの支援をして、でっかい貸しを作って影響下に置いたらしいから。
もう少しでそう言った貴族達の領地に入れるから、それでとりあえずはひと段落、ん、あれ……
「なんでアイツ等は、あんな距離を取って追ってきてるんだ、時間や日数を掛けて俺達を追い込んで隙が出来るのを待つっていうのならともかく、残りの距離が限られてる状況なら多少の犠牲を覚悟してでも強引に仕掛けてきそうなものだが」
「ああ、そりゃ多分、連中は追い込み猟でもやってるつもりなんでしょうや」
「追い込み猟だと」
いきなり何を言い出してるんだ、このペテン師は、そんな事を言うって事はこの先に罠が有るって事か。
「へい、この先に進んでラッテル領方面に行くにゃ、三つほど大きめの川を越えなきゃなんねえんですがね。その一つ目の川にかかる橋には、検問が有って、何かあると柵を並べて橋を塞いじまうんでさあ」
おい、それって不味くないか、こんな大騒ぎをしながら追いかけっこをしているのを見れば、検問の連中は異常事態だと思って対策をするだろ。そうなれば後ろの連中に追いつかれるというか、こっちの足が止まればそのまま包囲されるか、うちの子達がいれば負けはしないだろうが、王女達に被害が出るかもしれないな。
後ろの連中が正規兵なら、検問所に話を通す事も出来るだろうし。
どうする、俺がハルに乗って先行して、検問を襲撃するか、それで間に合うか、いやそこまでしなくても、ハルに上空から魔法を使って貰って、そのまま強行突破するか、それとも……
「ああ、心配やいりやせんぜ、今頃は検問の連中は残らずオネンネしてるはずですからねえ」
「寝てる、全員がだと」
それでこの道を指定してきたのかこいつは、てか、寝てるって一体何をしたんだよコイツ、いやオネンネってのは言葉のあやで実際は気絶してるとか、もしかして全滅してるとかって意味じゃ、まさかカミヤさんが配下に越境攻撃させたとか、暗殺者を雇ったとかか。
「へい、大した事じゃありやせんぜ、ちょいと金属臭え鼻薬を多めにかがせりゃ、獣人の鼻も馬鹿になりやすでしょうから、いつも使ってるはずの調味料に眠り薬が混じってても、気付かずに入れちまいやすし、いつもと違う匂いの料理が出ても気付かず食っちまうってだけでさあ。悪いのは調味料に薬を入れたどこかの誰かで、気付かずにそれを喰っちまったのは仕方ねえことでしょうや」
鼻薬って、賄賂って事かよ、コイツいつの間に……
「なーに、ちょいと知り合いに小遣いを渡してお使いして貰っただけでさあ、何せ必要経費は伯爵様持ちですからねえ、派手に使えやすんでね」
R2年7月12日 誤字修正しました。
R7年5月3日 誤字修正しました。




