324 移動
「『迷宮』で狩りだと」
やっと、ラッテル子爵領に着いて、戦い続きの車列護衛の疲れを癒す為に久々の長期休暇を取ってのんびりする予定だったっていうのに、いきなり何を言い出してるんだよこのペテン師は。
「へい、旦那も御存知かと思いやすが、今この御領地は伯爵様のお姫様とのご婚約や、それに伴う大量の食糧や金銭の支援、ついでに派遣されている騎士の方々なんかのおかげで、色んな所から注目されてやす」
(考えてみれば当然の事じゃのう、破綻寸前で餓死者と蝗の群れしかおらぬ無人の荒野になってもおかしくなかった貧乏領地が、ほんの数か月でここまで持ち直したのじゃ、しかも、どこで起こってもおかしくない『蝗害』を完全に抑え込んだのじゃから、それらの秘密は誰しも知りたいものじゃろうしの)
まあ、そりゃそうか、それに人、物、金が集まっているって事は商売のチャンスにもなるんだろうし、戦争になりそうな時に他国の戦力が集まってれば周辺から警戒もされるか、しかも今回の戦争騒ぎにしても、もとをただせばこの領地が発端みたいなものだしね。
「そういう状態で、旦那がこの御領地にいらっしゃるとイヤでも目立つんでさあ」
いや、目立つってさあ、そんな事は、無いと思うんだけどな。
(まあ、それも仕方なかろうて、お主はこの国からそれほど離れておらぬ『鬼族の町』を『鎮静化』した立役者じゃし、あの際はアンデッド騒ぎなど通常の『大規模討伐』等よりも話題になったじゃろうし、アキラの話を考えればお主が去った後でもあの『迷宮』ではお主の事が話題になったようじゃしな。更にはこの国の貴族令嬢であるトーウを奴隷として所有し、それに伴う決闘騒ぎなども有ったしのう。お主の名前はお主が思っている以上に、この国では広まっているじゃろうて。他にも今回の車列護衛でも色々と武勲を挙げておるからそれらも噂となっているじゃろうしの)
う、ま、まあ確かにそう言われると否定はできないか、スパイなんかがラッテル領を調べてる時に、俺がいればそれも一応報告されてたりするって事か、でもそれってそんなに不味いのかな、俺が車列護衛でこの領地に入ったってのは特に変な事じゃない筈だよな。
と言うか王女の護衛任務の前に自然な形でムルズ王国に入るっていうのも、今回の車列護衛に俺が加わった理由なんだろうからさ。
「いえね、向こうの王女様のご予定や、子爵領の準備なんぞの関係で、まだ出発が何時になるか分かんねえ状況じゃねえですか、かと言ってこのまま旦那がずっとここの御領地、しかも下屋敷とは言え領主館に滞在されてるってのはちょっとばっかし不自然でして」
不自然、まあ一冒険者が貴族の御屋敷に居るってのは変なのかな、でもまあ用心棒とか食客みたいな感じにはなんないのかな。時代劇なんかだとそう言う展開が有ったりするよね。
「車列護衛に雇われてた冒険者の皆さん方は、伯爵様の駐留隊にそのまま現地雇用された人なんぞを除きゃあ、ほとんどの方が地元に戻られたり、近辺の『迷宮』に行ったり、行商人なんかの護衛依頼を受けたり、兵力募集をしてる貴族領に行ったりなんて形でこの御領地から出て行かれてやすし、残ってる方もこの地で新しい依頼に着手してやす。そんな中で旦那のとこの皆さんだけがのんびりしてらっしゃるんじゃ、何か『特別な事情』が有るんじゃねえかって思われてもおかしくねえでしょ。例えばあっしがこれからご案内する事になってる『例の仕事』ですとか」
(なるほどのう、ましてお主がアキラの所で何度か仕事をしておると言うのも、それなりに有名なのかもしれぬしのう)
「王女様が来られる時には刺客に襲われるかもしれねえってんで、誰が護衛に当たるのかとかどういう経路日程で移動するのかってのは秘密になってやすが、どうしてもそれを知りてえ御仁ってのは幾らでもいやす。そんなお人なんかが、不自然に長期滞在してる旦那に気付きゃあどう考えやすかねえ」
うん、間違いなく疑われるだろうな。俺って実力以上に評価されてるっぽいから、その噂でしか俺を知らない相手ならなおさらだろうな。あの『虫下し』ほどの実力なら王女の護衛を任されてもなんてさ、あれ、でも俺の噂って半分くらい悪名だよな、それなら逆になんて期待は無理か。
「つまりは、このラッテル領を監視してる密偵なんかの目を誤魔化すために、他領地の適当な『迷宮』で狩りをして用意が出来るのを待つって事か」
「流石旦那は理解が早くて話をするのが楽でいいでさあ、まあそんな訳でして、とある不人気迷宮に旦那らをご案内しようかと」
ん、不人気迷宮、それってあんまり儲けにならないとか、攻略難易度が高いって事だよね。まあ攻略難易度は魔物の強さとかだけじゃなくて、人里との距離とか、中で食糧が確保できるかなんかも影響するらしいから、危険な場所とは限らないんだろうけど、下手にそう言う所に行って、皆に何かあるとイヤなんだけどな。
「なんで態々、不人気迷宮なんだ、ここ以外ならどこでもいいと思うんだが」
「人気のある『迷宮』ですと、冒険者やそれをあてにした商人なんかの出入りが激しいですからねえ、今の旦那ですとちょっと都合が悪くはねえですかい」
都合が悪い、はてどういう事だろうか。
「今の段階でもう旦那に目を付けてる相手がいたとすれば、旦那が動きゃあそれに合わせて監視が付いて来るかもしれやせん、冒険者なんかが多くてしかも出入りが激しいんじゃ、誰かが監視なのかなんて調べるのは疑わしい相手が一杯ですから一苦労になりやすからねえ。そうなりゃ監視役に怪しまれないように行動するってのも難しくなりやせんか」
「不人気迷宮なら、やって来る冒険者も商人も少ないから、怪しい人物の特定も楽にできるって事か」
なるほど、それならこいつが不人気迷宮を勧めて来るのも解るか。
「ついでに言わせて頂きゃあ、人が少ねえってだけじゃなくて、そう言う『迷宮』を狩場にしてる冒険者ってのは地元の人間が多いですからねえ、監視役かどうかの確認も楽ですし、そんな田舎によそ者が来ればあってまに噂になってすぐ分かりやすから」
ん、あれ、でもそれだとさ。
「俺のパーティーがそう言った不人気迷宮を狩場にするっていうのも不自然じゃないのか」
「それでしたら問題ねえでしょう。実力のある冒険者の方の中にゃあ商売敵が多くて、競争率が高い『魔道具』なんかがあらかた狩り尽くされてたりする人気迷宮を避けて、ほとんど手つかずの不人気迷宮で湧いたままで放置されている『魔道具』や『フロアボス』なんかの採集品、更には『鎮静化』の時に『迷宮核』から出てくるお宝を根こそぎ狙うなんて人もいるんでねえ。旦那位の御仁なら、こういう所で狩をしてもまあ不思議じゃねえでしょう。ついでにいやあ今回ご紹介する『迷宮』は旦那に合ってそうですし」
そう言う物なのか。
(あえて、神殿としての立場で言わせてもらえれば、そう言った不人気迷宮は、潜る者が少なく放置されて居るゆえ『活動期』に入ってもなかなか『鎮静化』されずそのまま『活性化』してしまうという事も有る。そのような『迷宮』の攻略を進めるのも『勇者』の役割の一つじゃからのう)
ラクナも賛成って事か。
「分かった、その話に乗ろう、それでなんていう『迷宮』なんだ」
「へい、ロウ子爵領のシュラクの町ってところにある『蠕虫洞穴』っていう『迷宮』でさあ」
なんだよ、また虫絡みか、まさかそれで俺に合った『迷宮』なんて言って来たのかコイツは。
「『蠕虫洞穴』でございますか、ああ今度はミミズの姿焼きが食べれるのでございますね、楽しみでなりません」
あ、トーウがよだれたらしながらトリップしてる、しかしミミズか、食えるのかな、昔はミミズハンバーグなんてネタも有ったけどアレは都市伝説だろうし。まあ、名前を言っただけでこの反応って事はトーウはその『迷宮』の知識が有るのかも。
「また虫さんかー、アラがんばるからねリャー」
そっか、考えてみればアラと一緒に虫系の魔物を狩る事って、いままで何回も有ったからな、まあそのせいで虫絡みの二つ名が幾つか付いちゃったんだろうけどさ。
「わ、わたしも、が、がんばります」
うん、ミーシアはいつも通りだな、両手を前で握ってグッとやってる仕草が可愛いな、この子があんまりトーウの食癖に影響されないようにしないと。
「今度は穴倉の『迷宮』ですのね、そうなりますと『溶岩』はもちろんですけど『火炎』も威力の高い物は注意が必要ですし、崩落に繋がる『爆発』系統の魔法も使えなくなりますわね。もう少しわたくし達の適性に会った狩場を選んでほしい物ですけれど」
う、そう言われると確かに、密閉空間だと熱や衝撃波が周囲に逃げないから、魔法を放った自分達にまで被害が出る恐れがあるのか、それにあんまり火を使うと酸欠とかになりそうだし、いやでも考えようによってはそれを上手く使えば、魔物を効率よく殲滅できたりするのかも、一直線の道の真ん中で爆風の出るような魔法を使って、横道に避難したりして衝撃波をやり過ごせばさ、縦一列の道に並んだ敵を一掃とか。うん、ボン〇ーマンみたいな感じでさ。
しかし流石ハルだな、もうどう戦うのかを考えてるんだな。あれ、そういえば、今度行く『迷宮』のことを俺は何も知らないんだよな、向こうで調べるのも良いけど、一応確認しておくか。
(ラクナ、『蠕虫洞穴』と言うのはどんな『迷宮』なんだ、不人気迷宮って事だが)
(ふむ、お主の知って居る『迷宮』で言えば『地虫窟』にかなり近いのう。地下へと延びる洞窟をひたすらに潜っていくだけの物でそれほど深くはなく、這って進む蟲、蚯蚓や蛆のような魔物が大半じゃ、他にも虫系の魔物が多く、少数じゃが獣や蛇、蜥蜴等の魔物もおるようじゃ)
まあ、そこら辺は名前から予想が付いてたけどやっぱりか。まあ、トーウの食材になると思ってあきらめるか、それにテトビが言ってたみたいに採集品なんかを根こそぎ採れれば、それなりの収穫になるんだろうしさ。
(不人気迷宮の理由は、虫の魔物ばかりだからか)
まあ、食べるにしろ素材にするにしろ、獣の方がよさそうな気がするよね、それにミミズじゃ百足とかと違って硬い殻とかが無いから装備にも出来なさそうだしね。それでも多少は素材になるような物が有るんだろうけどさ。
(確かにそれも有るのう、他には洞窟内に湿地や泥場などが有るというのも攻略しにくい理由じゃが、それ以上に二種類の魔物の存在がこの『迷宮』に潜る冒険者を減らしておる)
なに、それって強くて危険な魔物って事かな、それはちょっと困るかも。
(どんな魔物なんだ)
やっぱり『青毒百足』みたいにデカくて、硬い魔物だったりするのかな。もしかして何十メートルも有るミミズとか。
(カンディル・ワームと言うミミズに似た魔物と、ファイル・リーチと言う蛭の魔物の二種じゃがどちらも小型の魔物での、カンディル・ワームは人の指程度の太さで、長さも指を縦にした一本分から、長い物でも三本分程度、ファイル・リーチも硬貨二、三枚程度の大きさのものが大半で、大きい物でも人の握り拳程度じゃの)
(それがそんなに強いのか)
なんだか、聞いてる分だとぜんぜん大した事なさそうだよな、でもこの世界だとそんなのが意外と強いって事も有るのかも。ヒュドラだって、首の多い方が強そうなのに、小型で首が一本しかないモノ・ヒュードラの方が強いらしいし。
(強さ自体は大したことはないのう、カンディル・ワームはどんな鈍らでも剣先を当てて突き刺すだけで簡単に死ぬような弱い魔物じゃし、ファイル・リーチも衝撃や斬撃などには強いが、熱に弱く小さな種火を押し当てただけで死んでしまう)
じゃあなんでそれが問題なんだろ、ん、カンディル、あれ、それってまさかアマゾンの肉食魚じゃ……
(カンディル・ワームはその小ささゆえに気付かれにくく、更に装備品の隙間などに潜り込んで肌に直接食いつき、そのまま肉を食らいながら短時間で体内に侵入し、内側から内臓や筋肉を食い荒らすのじゃ、一度入り込まれてしまえば激痛に襲われ、傷口を大きく切り開かねば取り出す事も出来ぬ。ファイル・リーチも似たような物で肌に張り付くと、その表面部分の皮と肉を鑢を掛けたように削り取って喰らうのじゃ、通常蛭は痛みを和らげる毒を使うが、この魔物はそう言った成分をまったく持っておらぬのでな、食いつかれた者は痛みでのたうち回るせいで食いついた蛭を剥すのも難しくなる。ましてこれらの魔物に群がれたりしようものなら、どうなるか想像できよう)
うわあ、それはあんまり想像したくはないな。
(そう言った事も有って、この『迷宮』を狩場とする冒険者は少ないのじゃが、予防策も幾つか有るのでそれほど心配する事はあるまい)
うーん、心配するなって言われてもな、でもまあ仕方ないか、下手にスパイに目を付けられたらそっちの方が危険そうだから。
「そう言えば、サミューはどうなんだ」
これから『蠕虫洞穴』に向かうって事を伝えた時に、サミューだけは特に何も言ってなかったよな。
「わたしは、御主人様が向かわれるのでしたらどこでも構いません」
椅子に座り針と糸を小刻みに動かしていたサミューが、顔を上げてそう言ってくれるけど。
「サミューは何をしているんだ」
よく考えてみるとさっきからずっと縫物をしてるみたいだけど、と言うか考えてみるとここ最近ずっと縫物をしてるような。
「ああ、これですか、この御屋敷に来てトーウさんの物だった衣類などを幾つかお預かりしましたので、他の子達の衣類や荷物と間違わないように、トーウさんの物だと解る目印を刺繍していたんです。他にも旅先などで幾つか買い込んだ物も有りますし、どうしても旅や戦闘を続けていると、衣類の傷みが早いので買い替えの頻度が上がってしまいまして」
ああ、そう言えば前にハルが言ってたっけ、サミューはみんなの服にこうやって誰のか解るような目印や名前を刺繍したり、布以外の荷物には小さなぬいぐるみを付けたりして解りやすくしてるんだっけ。
うーん、こうしてみるとホントパーティーのお母さんみたいな感じだな、これでエロメイドじゃなければどれだけいいか。まあいい、とりあえずは。
「それじゃあ、明後日の朝には出発する予定だから今日明日で準備を進めておいてくれ」
更新間隔が少し延びていてすみません、おそらく来月中も……
H29年5月27日 誤字修正しました。
H29年8月22日 誤字修正しました。
R2年5月1日 迷宮のある地名の間違いを修正しました。




