323 女騎士と少女騎士
また、あのころの夢か、無力だった自分はもう見たくはないというのに、いや、これはまさか……
「少しだけでも食べませんか、今日はミムズの好きな物を色々作りましたよ」
母様の言われる通り、食卓の上に並んでいるのは自分が好きだった料理ばかり、もう二度と食べる事の出来ぬ母様の手料理。
よりによって、この時の夢なのか、自らの無力さではなく幼さによる最も愚劣な行動をしてしまったあの時の。
「だからです、はは様の作った物なんて食べたくないです」
頼む、頼むからそんな事を言うな、母様がどんな思いでこれらの料理を作られたことか、何よりこの時こそが母様の作られた物を食べる事の出来る最後の、最後の……
「え」
驚いた様子の母様に向かって、止める事の出来ぬ身体は暴言を吐き続ける。
「あの街にいた時にはは様が何をしてきたのか、ミムズは知ってます。はは様は騎士の、名誉ある騎士の家系であるラースト本家の婦人なのに、あんな事、毎晩毎晩何人もの男の人を相手にしてあんな、あんな汚らわしい事を何回も、それだけじゃない臣下でありながら陛下とまで、それにプテックの父親だって、貞淑であるはずの騎士の母親がそんなんじゃ、ラースト家はどうなってしまうんですか」
よせ、母様には事情があったのだ、全ては自分達と陛下の為に必要な事や仕方のなかった事、母様がそうされてきたからこそ、今の、この時の自分があるというのにこのような恩知らずな言葉を、なぜ自分は……
「それにミムズはアークライド王国の公館に書状で確認を取りました、ミムズのとう様について」
なぜ自分はこんな事を、騎士ならば自らの家系が気になるのは仕方ないのかもしれぬが、はは様を疑いこのような事を調べるなどと。
「公館の紋章官の人から返事がありました、その人はミムズのとう様じゃないって、そう言う風に擬装しようとした形跡は有るけれどそんな事実はないって、ミムズは誰がとう様か分からないって、ミムズは騎士なのに、ラースト家の当主なのに、自分が誰の子かもわからないなんて、なのにはは様はあんなふうに色んな人と、それじゃあホントに誰がミムズのとう様なのかなんて」
よせ、それ以上言葉をつづけるな、はは様を傷付けるような言葉を発するな。
「ミムズは誰がとう様か分からなくて、ミムズは誰の子供か分からなくて、ミムズは、はは様は、はは様は汚れています。はは様がミムズのはは様だなんて思いたくない、はは様の作った料理なんて汚らわしくて食べたくなんてありません」
それだけ叫んで自分が走り去っていくせいで、母様がどんな表情をされていたのかすら分からない、怒られていたのか、悲しまれていたのか、たったそれだけの事すら。あれが、あの時が、母様とお会いした最後だというのに、自分はその貴重な一時をあんな風に。
わずかに覚えているのは、母様の豊かに波打つ金髪が何時ものように部屋の明かりを弾いていたことだけ。
「う、夢か、よりによってあの夢を、最も見たくなかったあの時の夢を見てしまうとはな」
まだ夜明け前のほの暗い外の景色に目を向けてから、枕元に置いた水差しの中身を呷る。
「目がさえてしまったか、もう眠るのは無理だろうな」
水差しの横に置かれた古い小さなぬいぐるみ、自分達が幼かったころに各自の持ち物を間違わないよう名札がわりに母様が付けてくださったぬいぐるみを両手で持ち上げて額に掲げる。
「母様、ミムズはまだ立派な騎士になる事は出来ておりません、お許しください」
プテックから伝えられた、母様からの御言葉『ラーストの家名と家紋にふさわしい立派な騎士になるように』と、だというのに自分はまだその御言葉にふさわしい騎士にはなれていない。
いくら強くなろうとも、どれだけ戦闘経験を重ね多少の武勲を挙げようとも、それだけの事では立派な騎士とは呼べないであろう。
強さにしても自分のステータスやスキルは家系で受け継がれたものと、母様や姫様方、プテックのスキルの恩恵によるものが大きい、それをあてにした力押しでたてた武勲などでは……
「それにそう言った武勲にしても、リョー殿やラッド大師に判断を任せて戦っただけでしかない、事前準備や戦術も丸投げしてしまい、ただ言われた相手と言われたように戦うだけでたてた戦果では、士官となるべき騎士にとっては何の意味も有るまい。ましてその行動にしても、自らの短慮からリョー殿の指示に刃向い、事態を悪化させたり彼の立場を危うくさせかねた事すらあるというのに」
だからこそ、この機会で『迷宮攻略』の経験を積み、少しでも成長できるよう、そして当家の家名を少しでも高める事ができるように。
「あと数日でシュラクの町か」
あの町の近くにある『蠕虫洞穴』はただでさえ不人気で狩場とする者がほとんどいない『迷宮』であったというのに、此度のライフェル神殿とのにらみ合いで領軍や冒険者の数が減り、『活動期』に入って大分経つというのに放置されたままになっていて、このままでは増えた魔物が『迷宮』の外にあふれ出しかねないと聞く。
「そう言った『迷宮』を率先して鎮める事こそ、騎士の役目であろうな。『迷宮』での狩を主な生業としている冒険者達に、赤字覚悟で『蠕虫洞穴』に挑めとは言えぬからな。ならば損得で動く必要のない自分達がその『迷宮』で魔物を狩り、少しでも数を減らし『迷宮』の外へ出ないようにすべきであろう」
それにそのまま攻略を続けて、もしも『鎮静化』する事ができれば、名誉であるし、帰国のための条件の一つを果たす事も出来る。
「まだ早いが、素振りでもしてくるか」
あんな夢を見てしまった後で、もう一度寝るというのは少しな、もしもまた同じ夢を見てしまっては。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」
剣を掲げて振り下ろす、ただそれだけの動作をひたすらに繰り返し続ける。
余計な事は考えないよう、一振り一振りを全力で、最も素早く最適な一撃となる様に、ただそれだけを考えて振り続けているというのに。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
なぜか頭から離れぬ、母様が自分達をかばって盗賊に捕えられた時に、自分や姫様方を地下室に隠された時の涙にぬれたあの青い瞳が。
魔物に襲われて負傷された直後にプテックを産み落とされ、汗で貼り付く金髪の間から覗いた誇らしげでそれでいて優し気な慈母と言う言葉にふさわしいあの表情。
そして、そして、離宮で陛下と、あの街で複数の男達と交わっていた時のあの艶やかな金髪を振り乱していた蠱惑的な表情。
他にも様々な情景や表情が思い出せるというのに、最も知りたいあの時の、母様の最後の表情だけがどうしても……
「いや、見ていないのだから思い出せるはずがないか」
しかし、雑念を払おうと素振りを始めたというのに、どれほど続けても後から後から思いが浮かんでくるとはな。
「それにこれだけ素振りを続けていながら、ほとんど息が上がっていないとはな」
以前と比べて体力が増えているという事だろうか、もしかすると『鬼族の町』での戦いで幾つかレベルが上がり、それがステータスに影響したという事か、いやそれにしてもこれほど上がる物だろうか。ん……
「そちらに居られるのは、何方の御仁で有られようか」
今気が付いたが、離れた物陰からこちらをうかがっている者が、おそらくだいぶ前からそこにいたのであろうが今まで気付けなかったとは。これが刺客などの類で有れば危ういところで有ったな、国元に戻る事ができれば殿下の護衛に当たる事も有るだろうというのに、このような体たらくではな。
「ご無礼をいたしました、手前はピリム・カテン、故有って知行と主家を失い在野の身となっておりますが、かつてはとある侯爵家に仕えていた地方貴族、カテン家の当主代理に御座いまする。あまりに見事な素振りゆえ後学のためにと拝見させていただきましたが、お声がけする事で集中を乱し修練の邪魔になってはと思い、離れた所から無断にて見てしまいました、失礼をお許しいただきたい」
物陰から出て来た小柄な少女がその場に跪き、右手で鞘を掴み取手を自分に向けるように突き出してくる。
ふむ、言葉遣いはそれほど慣れてはいなさそうだが、謝罪の姿勢などは礼法の所作に適ったもの、地方貴族の末裔と言うのも頷けるが、ずいぶんと丁重過ぎはしないだろうか。これではまるで降伏の姿勢……
いや、そうか、在野の武芸者などでは他流派の者が無断で他者の修練や技の教授を覗き見る行為は、秘伝の技を盗もうとしたとみなされ、命の奪い合いに発展する事も有ると聞く。自分の技は家伝の物や特定の流派ではなく、リューン王国軍で正式採用され広く使われている物なので失念していたか。
「自分はミムズ・ラースト、来歴にあってはわけ有って控えさせていただく、自分もただ手慰みに素振りをしていただけなので、そこまでお気になさることはない。宿の裏庭などと言う誰が居てもおかしくはない場所で剣を振っていたのだ、他者の目に触れたとしてもそれを責められはしまい、どうか楽になされよ」
見せられぬ修練をする場合は他者の居ない屋内や人気のない場所などでする物と聞く、このような場所や一般に開放されている修練場などでは、たとえ秘奥を見られたとしても問題には出来ぬと聞いていたのだが。いや、もしかすると目の前のこの御仁もまだそうした武芸者の作法に疎いのかもしれぬな。
まだ幼さの残る面影からすれば、年の頃はおそらく13、4位であろうし、よく見れば衣服も多少くたびれてはいるが、なかなか仕立ての良い物だったと解る程度にしか傷んでいない。
もしかすると御家が没落してからそれほど年月が経ってはいないのかもしれぬな。そうであれば、場慣れぬ様子も仕方なかろう。
「お許しいただき感謝いたします。ぶしつけな質問をさせていただきますがラースト卿はこの先はどちらへ向かわれるのでしょうか」
うむ、自分の行動予定か、なぜそのような事を知りたがるのかはわからぬが、まあ隠すような事ではないか。
「自分はこれから暫くの間は『蠕虫洞穴』にて狩を行う予定だが、その後もこのムルズ国内の『迷宮』を幾つか回る予定でいる」
もしかすれば、目の前のこの御仁も『迷宮』にて経験を積む予定なのかもしれぬな、それでともに『迷宮』へ挑む仲間を探していたのかもしれぬ。もしそうならば、協力するのもやぶさかではないな。
まだまだ未熟な自分ではあるが、後進に指導するという行為は良い経験となり自らをも成長させると聞くしな。
「そうでしたか、あの『迷宮』は今危うい状況と聞きますが」
「だからこそ行くのであろう。縁もゆかりもない他国とは言え、民草が危機にさらされているのであれば、見過ごす事は出来まい、自分らが今あの『迷宮』で狩を行わねばかの地がどうなるか分からぬであろう」
「なるほど、実は先日噂を耳にしまして貴殿であればあるいはと思ったのですが、そのような事情では仕方ないでしょう」
ふむ、この物言いでは『迷宮攻略』のパーティー募集等の話ではなさそうだな。もしかすると、自分に話しかけてこられたのも偶然ではないのだろうか。
「何か事情があるようですが」
「実は、父の仇を追っておりまして。去る二年前、仕えていた御家に不幸がありお取り潰しとなって以来、臣下であった当家も野に下る事となりました。浪々の身の上となり父上は冒険者として依頼を受ける事で生計を立ててわたくしを養って下されておりましたが、そのように糊口をしのいで過ごす中で、とある貴族筋より受けた『迷宮』での大規模な狩に父が参加していたところ、野営地を賊に襲撃され、その場にいた方々は父を含めて皆殺しとあいなり、運よく偵察に出ていたほんの数名の方が居なければ、わたくしは父が人の手にかかったと知る事すらできなかったでしょう」
「なんと、仇討ちとは」
この年齢では、それほどレベルも上がってはおらぬだろうに、そのような相手に仇討ちをせねばならぬとは。
「わずかな情報を頼りに仇の居所を探し、今はこの近くの子爵領に居ると聞きつけたのですが、かなり手ごわい配下を連れているとの噂を耳にしまして、もしも貴殿のような方に御助力頂ければと思ったのですが」
それで『当主代理』か、親の仇を取れぬままの不孝者などと言われかねない状態では、家督を継ぐことに異を唱える者もいるであろうからな。
だが、ある意味ではうらやましい話ではあるが、父親が誰であるのかを知らぬ自分ではたとえ仇が居たとしてもそれを知る事すら出来ぬのだからな。
しかし、他家の仇討ちに助太刀するとなれば、場合によっては他家の事情や他領の内政に深く係わりを持つ事になりかねない、自分がそれに不用意に加われば、殿下等にも迷惑をかけかねぬ。
「申し訳ないが、自分では直接の助太刀は致しかねる、とは言えそれ以外では多少なりとも貴殿の大願成就の助けをしたいとは思うが」
いくらなんでも、このような成人も迎えていないような幼い相手を無下に突き放す訳にもいかぬか、何らかの形で助力が出来ればいいのだが。
「その御言葉だけでもありがたいです。実は他にも何人か御助力頂ける方がいらっしゃるのでお気になさらず。ただ、相手はかなり手ごわく、先日も数十人の敵を相手にしながら数名の配下を連れたのみで撃破したと聞いたものでして、不安から初対面の貴殿にこのような無茶なお願いを」
ほう、それほどの実力者とは、それでは確かに不安になるのも仕方なかろう。
「一体、その仇とは何者なのですかな」
出来る事ならばカテン殿の本懐を遂げさせてあげたいものだが、相手の来歴次第ならば、助力しても問題とはならぬのであろうか。
「仇の名はリョー、風体は黒髪黒目の冒険者で、二つ名を『不浄斬り』と名乗っていると」
なんと、これは一体どうなっているのだ……
次からリョー君視点に戻る予定です。
H29年5月19日 誤字修正しました。
H29年5月27日 誤字追加修正。




