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322 王女の推察

やって、しまいました、間違ってノクタの方にこれを投稿してしまい、ご指摘を受けて慌ててこっちの方に投稿しなおしました。

「パルス殿下、こちらが例の店より入手した商品管理簿冊になります」


「ありがとう、ブリーズ」


 差し出された書類を受け取り、一ページずつ捲っていきます。


 まさかこんな薄い簿冊一冊を入手するだけでこれほどまで手間取る事になるとは思ってもいませんでしたね。


 リューン王家の名を出し、多額な報酬を約束し、更にはこの地の領主との繋がりまで示して脅しをかけたというのに。あの奴隷商はまるで何かに怯えるかのように口を閉ざし続けて、何一つ語ろうとせず。


 海千山千の商人があそこまで怯えるなどと、あれではまるで神罰を前にした罪人のような。


「まさか、どこかの神殿が圧力を、いいえまさかそんな事があるはずはないですね」


 一介の商人に対して神殿がそこまでするなどと言う事は、普通に考えれば俗世への過剰な干渉ですからよほどの事情でもない限りはしないでしょう。もしもそう言う事があり得るとすれば、腐敗した高位聖職者が個人的に権力を使ったなどと言う場合かも知れませんが、そのような権力を乱用する人物がこの地に居れば、何らかの情報がわたしの耳に入っているでしょうし。


 そもそも、彼女を買い取ったのは冒険者らしき風体の男性と言うことまでは解っているのですから、何かの事情で身分を隠し変装していたのでもない限りは、いえ、それもあり得るのでしょうか。


「どうかなされましたか殿下」


「いいえ、なんでもありません、それよりもごめんなさいねブリーズ、騎士であるはずの貴方にこんな密偵のような事ばかりをさせて」


 ディフィー達と同じ獣人の血とその出生の事情から、エルフ族主体の我が国では他の騎士達から陰で見下されることも有るとはいえ、彼とエアはわたし旗下の騎士として正式に叙勲された身。だというのに、騎士の装備ではなく在野の傭兵のような装備をさせ、こんな誇る事の出来ない影の仕事ばかりに使ってしまって。


 今回に至っては、殆ど護衛もいない商店に忍び込んで簿冊を盗み出すなどと言う、盗賊まがいの真似をさせてしまいましたし。


 本来であれば彼らは本国で別な王女、あるいは陛下の御側室付きの護衛騎士として、きらびやかな服装を纏い何不自由ない生活を送っていてもおかしくはない生れだというのに。


「お気になさらないでくださいませ殿下、我ら二名が両殿下の下に居る事は母上達も望まれている事、何よりも我ら自身の望みでもあります。先生の事を案じているのは殿下やミムズ様だけではありません」


 そうでしたね、彼らもわたし達やディフィー達と同じく彼女の事を大切に思っているのでしたね。


「ありがとう、貴方達の献身に感謝します」


「ありがたいお言葉でございます」


 書類を確認しながらお茶を頼もうと後ろを振り向いてから気が付きました、そうでしたねディフィーもサーレンも今はいないのでしたね。


 ふと気が緩むとつい、いつもの癖でこんな、情けない物ですねわたしはアクラスを支えなければならない立場だと言いますのに。


「お茶でしたら、私がお入れいたしましょう」


 ブリーズが手早く茶器を用意していきます。


「ブリーズ、騎士の貴方がそのような事をする事はありません」


「お気になさらず殿下、ディフィー達ほどではありませんが、私やエアも先生から家事の一通りは習っていましたから、お茶を入れる位は出来ますよ。まあディフィーのような味は出せませんが」


 椅子から立ち上がって、卓の上に茶器を並べていくブリーズの手を止めて代わりに茶器を持ち上げます。


「パルス殿下」


「わたしがやりましょう。貴方も知っての通りわたしやアクラスも彼女からこう言った事は習っていましたよ、それどころか剣技等の習得を優先していた貴方よりわたしの方が上手に入れられると思いませんか。それにわたしが無理をさせ過ぎているせいで、貴方達も疲れているでしょう」


「ですがパルス殿下にこのような事をさせるとは、畏れ多く」


 恐縮したように下がってしまうブリーズの様子に、思わずおかしくなってしまいます。


「何を今さら言っているのですか、貴方達は産まれた時からわたし達と一緒に居て、同じ物を食べ同じ場所で暮らしてきたといいますのに」


 ミムズとプテックとアクラスを始めとして、わたし達は実の兄弟同然に育ってきたのですから。そう彼女に見守られて……


「他の目が有る場ならばともかく、わたし達しかいないこのような場ならば昔のようにしてくれた方が嬉しいのですけれど、王女らしい言動や態度を維持し続けるというのも疲れる物なのですよ、ディフィー達が居ない今、貴方達やアクラスの前くらいでしかわたしは気を抜く事ができないのですから」


 ブリーズのしようとしてた準備を、彼以上の手際の良さで引き継ぎながら話すと、大きく肩をすくめながらため息をつきましたね。


 公的な場で有ればこの態度だけで不敬と取られかねない行動をするという事は、わたしのお願いを聞き入れてくれたみたいですね。


「解りました、姫様、アクラス様は忙しそうですから、エアを呼んできましょう。お茶会は人数が居た方が楽しいですから」


 子供の頃みたいに姫様と呼んでくれた後でブリーズが出て行きましたが、こんなのは何年ぶりでしょうね。少なくとも幼少期を過ごしていた離宮から王宮へ移ってからは殆どこんな事は無かったですから。


 懐かしい物ですね。あの離宮にはアクラスが居て、ミムズが居て、プテックが居て、陛下が居て、そして何より彼女が居て。


「もう、あの日々に戻る事は二度と、いいえ」


 すべてを取り戻す事は出来なくても、それでもあの頃のわたし達に戻って見せます、なんとしても、どのような手を使ってでも、あの穏やかだった日々に。


「さてと、大体の準備は終わってしまいましたか、後は二人が来るのを待ってやる作業だけですね」


 せっかくですし、取ってあるお菓子でも出しましょうか、いえダメですね甘い物の取り過ぎは太る原因ですから、わたしはただでさえ肉が付きやすいのですから、干し果物にしておきましょう。


「これも人族の血を引いているせいでしょうか、いえアクラスや妹達にはそんな傾向が無いのですからこれはただ単にわたしの体質と言う事なのでしょうね、殿方に喜ばれるとはいえ肩がこるばかりで困りものなのですが。さてと、空いている時間で少しだけでも帳簿の内容を確認しておきますか」


 こう言った事は早めに確認しておいた方が良いでしょうから、後回しにしたせいで喫緊の事態に気付く事ができず、対処ができずに後悔する事になっては目も当てられないでしょうし。


「さて、この簿冊を調べる事で彼女の居場所を見つける事が、いえ少しだけでも手がかりを得る事ができれば」


 わたしが一番知りたい日の取引記録は多分この辺り、誰にどの位の値段で売ったのか、それだけでも解れば一気に進展するはずです。


 交渉すべき相手が誰なのか分かると言うだけでも大きな進展ですが、更に買い戻す際にある程度の額の目安を付ける事ができれば、交渉を進めやすくなるでしょうから。え、そんな……


「無い、無い、肝心の日の前後二日のページだけが破り捨てられているなんて、そんな、まさかここまで」


 この日に彼女が売られたのは間違いないはずです、日ごとの在庫状況を纏めた部分を見比べれば、破り捨てられている三日間の前に書かれている名前の中で、三日間の後に記されていない者がこの空白の期間中に売られた者の筈ですから。この期間の間に彼女の名前も消えている以上は。


「いえ、もしかすれば、この期間に売られた他の者も調べれば、何らかの手掛かりがあるかもしれませんし」


 奴隷商人に対してこれほどの圧力をかける事ができるほどの人物なら、財力も有るでしょうから彼女一人だけしか買わなかったとは限りませんから、他にも何人か買っているかもしれませんね。逆にもしも彼女だけを狙って買ったとなればその方が問題でしょうし。


「それだけ力を持った人物が彼女に関わって来るとなれば、その人物は彼女の、いいえ我が国の秘密を知っていて、彼女の存在そのものを我が国へ干渉するための手札とするつもりなのでは」


 上位の継承権を持つ王族達の出生の秘密に繋がる彼女の存在は、わたし達『側室派』にとっても『王妃派』にとっても重要な切り札になりますもの。使い方によってはアクラスを廃嫡してわたしを始めとした正嫡の王女全員を排除する事も、逆に第一王子を抹殺して王妃を幽閉する事も出来てしまう。


 王妃の息がかかった者達の動向は、余す事無く調べさせていますが、まだこの商人に辿り着いてはいない筈。


 となれば、我が国の他の勢力あるいは周辺国のいずれかが我が国への影響力強化を狙って。いいえ、幾らなんでもそう簡単に我が国の枢密が漏れてはいないはずです、知っている者はごく僅かでネーザル卿が目を光らせている以上そうそう外に漏れはしないでしょうから。


 我が国の秘密を知らなければ彼女の事を知るはずも……


「いいえ、ライフェル神殿ならば、あの異常なほどの情報力を持った神殿なら」


 あの神官長が『鬼族の町』でわたしに囁いたあの言葉、間違いなく彼女は我が国の秘密を知っているはず、そう考えれば奴隷商があれほど恐れて口をつぐんだ理由にもなります。


「ですがそれなら、あの『迷宮』に来た時にもう少し何か仕掛けてきてもいいはずです。神殿が彼女を確保しているのでしたら、それだけで我が王家に対する切り札になるはずですから。ですがあの場では我が国の事情を知っているとほのめかすだけで、それ以上の事は言ってこなかった。それで考えれば、彼女を買った人物と神殿は別と言う事でしょうか」


 ダメですね、現状では情報が少なすぎて判断する材料がないですから憶測でしか考える事が。


「せめて誰が買ったのかその手がかりだけでも見つけませんと、他にも何人か奴隷を買っていれば、出来れば特徴的な奴隷を、そうすればただの人族の彼女よりも見つけやすいのですが」


 空白の三日間の間に、名前が消えているのは彼女を除いて四人、その全員が『大規模討伐』に失敗し資金難に陥っていたシルマ家より仕入れた奴隷、うち戦闘奴隷が二人、性奴隷が一人、文書管理などを行う技術奴隷が一人。


 彼女を買ったのが何も知らない冒険者だと仮定して、他の奴隷も買ったとすれば誰を買ったのでしょうか。


「彼女を買う位ですから、性奴隷、いいえ戦闘奴隷はどちらも若い女性ですからそちらの相手をさせる事も可能ですか、一番可能性が低いのは壮年男性の技術奴隷でしょうね、あら……」


 今気が付きましたが、金銭出納の欄を見ると、この三日間のお金の出入りがあまりありませんね。高価な戦闘奴隷を二人も売っているのに、この程度しかお金が増えていないはずは、新たに仕入れをした様子も別に契約を結んだ形跡も有りませんし。


 もしかしますと、何かの理由で死亡したという事でしょうか、あるいは販売したのではなく誰かに献上したのかしら。ダメですね、また根拠の薄い推測だけで考えてしまって、疲れているのでしょうか。


 冷静になってもう一度資料を見直してみましょう。


「ん、これは、この二人の特徴は、まさか……」


 簿冊を卓上に置いて、荷物に入れてあった別な資料、エアが取りまとめてくれていた近隣の主だった冒険者や傭兵の動向や噂話の内容をまとめた物がここに……


「ありました、やはりこの二人の特徴は、いえ三人の特徴は一致します。そして確かこの三人についての最近の情報は、ダメですねこのパーティーは余り重要視していなかったので、覚えていたのも彼と関係がありそうだという噂があったからですし」


 出来れば、違っていてほしいですが……


「やはりですか、まさかこんな偶然が有るなんて……」


「姫様、今戻りました、エアもすぐまいります」


「ブリーズ、ミムズ達はムルズ王国に入ったのでしたね」


「え、は、はい、ディフィーの手紙に書かれていた予定通りに行動していれば、もう国境を越えているはずです」


「そうですか、ここまでくると運命という言葉に頼りたくなってしまいますね」


 出来る事なら、ミムズがうまくやってくれるといいのですが。

お忘れの方もいらっしゃるかもしれませんが、パルス殿下は双子の妹のアクラス(ぺったんこ)と違いなかなかの御身体を……


もう一話だけ別視点を書いて、リョー君に戻る予定です。


H29年11月8日 誤字修正しました。


H29年5月13日 誤字修正しました。

H29年5月16日 誤字修正しました。

H30年1月30日 パルスの一人称を修正しました。

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