315 毒食い鳥
「リョー殿まもなく領境を越えますな、貴殿の助力のおかげで無事役目を果たす事が出来た、感謝いたす」
さっきの戦闘で捕えた捕虜連中を馬車の空きスペースに乗せて出発した直後に、クリグ・ムラムが話しかけてきたけど、なんだろう、言ってる言葉の内容にしては顔色が優れないような気がするけど、せっかく一仕事を終えて肩の荷が下りようとしてるっていうのに、何か悩み事でもあるのかな。
「どうかしたのか、ずいぶんと心配そうな表情をしているが、これから世話になるラッテル子爵家に何かあるのか」
確かクリグ・ムラム達はこのままラッテル領に出向する形になるはずだよね。とは言え豊かなカミヤさんの所の伯爵領に比べて、まだまだ復興途上のラッテル領じゃ、色々と雇用条件や待遇が悪くなりそうだから左遷されたと本人が思っても仕方ないのかな。
「いやそのような訳では、ラッテル子爵家への出向自体は小官にとっては大変光栄な事と思っております。何せ伯爵閣下の御令嬢の輿入れ先であり、更には嗣子様御正室の生家となる御家の防衛任務の一翼を任されるという事は、閣下が小官を評価してくださっている何よりの証、ましていつ戦になるやも知れぬ地を任される事は武人として名誉な事でしょう、ただその際に我が背中を預ける事となるであろう同輩がいささか……」
なんだ、職場の人間関係が問題なのか、うーんこれに関しては何とも言えないな。上司と部下とか同僚同士とかどこの職場でも常に人間関係が良好とは限らないし、だけど命懸けの戦いをする事になる軍隊でそれは不味そうな気もするな。あいつは気にくわないからピンチになっても助けてやらないなんて馬鹿な事考えて、その結果で全軍が崩壊なんて事態にはならないよな。
営業先の企業とかだと、関係する部署同士の仲が悪いとか、お互いの上司の派閥が違うなんて理由で本来なら協力し合わなきゃダメな所を足を引っ張り合って、重要な案件を逃したなんて話が有るけど、幾らなんでも命に関わるような現場なら大丈夫だよね。
ん、前方に土煙が、まさか敵襲か。
「すまない、クリグ・ムラム、話の途中だが俺達が先行して、あの土煙が何なのか確認してくる」
「あ、待たれよリョー殿、おそらくは……」
あれだけの土煙が上がってるって事は、騎馬の集団を走らせてるのか、しかも結構な数がいそうだな。
クソ、もうラッテル領には入るっていうのにこんな所でもう一戦かよ、ん、待てよ、俺達はもうすぐラッテル領には入るんだよな。
てことは俺達が進んでるこの道の前方の土地はもうラッテル領内って事だよね。となるとあの土煙はラッテル領内から俺達の居るこっちに向かっているという事だから、もしかして敵じゃなくて味方なんじゃないかな。
「小官は、ライワ伯爵家軍ラッテル支援隊第一騎兵団の指揮官サラン・パヴォと申します。貴殿らの馬車に掲げられた我が伯爵家の旗を見るに、クリグ・ムラム卿配下の護送団の一員と察しますが、相違ありませぬか」
うん、やっぱり仲間だったか、先頭の馬上からいかにもエリート騎士って感じの風体をした、鳥人族の青年が意外と丁寧な口調で話しかけてくるけど、うん、たぶん鳥人族で間違いはないよね。後ろにいる他の騎兵連中も同じような特徴だから同種族で集めたのかな。
そういや前に獣人の一族を幾つか氏族ごとカミヤさんは傘下に収めてるって話を聞いた事が有るから、そういう事なのかな、クリグ・ムラムも直下の部下に同じような蛇族を十数人連れてたもんな。
防具は肩や胸元だけの最低限の物の下にちょっと礼服っぽい感じの刺繍やモールの付いた服を着ていて、背中から赤茶と濃紺の二色に色分けされた羽が生えてるんだけどさ、更にその下の辺りからマントみたいな感じで緑を主調としたカラフルな長い尾羽みたいなのが伸びてるんだけど、あれって立ったら踝近くまで有るんじゃないかな。
ん、あれ、ひょっとしてこいつは孔雀の鳥人なのかな、それなら羽の色もあの長い尾羽も説明が付くし、そう言えば前にテトビがクリグ・ムラムの二つ名を『蛇食い蛇』って言ってたのに合わせて、派遣されるもう一人の騎士の二つ名を『毒食い鳥』って言ってたけど、そういう事か。
確か孔雀って毒に強くてサソリみたいな毒虫や毒蛇なんかを食べてるんだよね、そう考えれば『毒食い鳥』の異名もピッタリだと思うし、毒に強い耐性の有る種族っていうのはラッテル家のスキルや役割との相性がいいだろうからね。
でもさ、たしかコブラとかの毒蛇にとっては孔雀って天敵じゃなかったっけ。ああ、もしかするとそれでクリグ・ムラムがコイツの事を苦手だって言ってたのかな。うーん、てことは種族的に馬が合わないとかって事なんだろうか。
「どうかなされましたか、貴殿の所属と氏名を述べられよ。我ら第一騎兵団は、伯爵領より当地へと向かっていた結納品の護送団が所属不明の武装集団と交戦中との情報を得まして、こちらへと向かって来たのですが、護送団やムラム卿に大事はないのでしょうか」
ん、やばいやばい、考え事をしてたせいでダンマリだったから怪しまれちゃったかな、こいつと俺は初対面なんだから下手な対応をすれば味方を装って油断させようとしてるラッテル家の敵方なんて思われかねないもんね。
「俺はリョー、『虫下し』のリョーだ、ライワ伯爵家の車列護衛のために雇われた冒険者の一人で後ろにいるのは俺のパーティーメンバーだ。身元の保証ならライワ伯爵発行の武勲証書などが有る。それとクリグ・ムラムは後続の本隊に居るはずだ」
あんまり自分で二つ名を名乗りたくないんだけど、今じゃこっちの方が有名になって来たから、名前を聞かれた時は二つ名付で名乗った方が良いらしいんだよね。名前だけだとどこのリョーなのかわからない可能性があるってラクナが言うからさ。
まあ、名乗ると同時にカミヤさんの家紋入りの書類を表紙が相手に見えるように出したから、疑われたりはしないよね。
「おお、貴方がかの『虫下し』殿ですか、貴殿についての御噂はかねがね伯爵閣下よりうかがっております。そうか、貴殿が護衛任務の助力に当たっていたのですね、それならばムラム卿を心配する必要など、いや、何でもございません、これからの事についてムラム卿と協議したいので小官を卿の下へ案内しては貰えないでしょうか」
ん、あれいま言いかけた感じはまさか、いやまさかねいい年した大人がそんなはずないか。
「分かった、案内するから俺の後に付いて来てくれ、とは言え気を悪くしないで貰いたいが、俺にはそちらが本当に伯爵家の騎士パヴォ本人なのかどうかを見分ける事が出来ない。万が一という事も有るので、パヴォ殿のみが馬から下りて付いてきてもらえないか」
「案内して頂き感謝します、小官と貴方が初対面で有る以上はそう言った警戒をされるのは当然の事ですのでお気になさらないでください、それどころか伯爵閣下の御宝物を守るという大事を任された御相手がこれほど用心深い御仁と知る事が出来て安堵して居るところです。ですがこのような事になるのならラッテル家の警備隊にも同行を願えばよかったかもしれませんね、彼らの中には貴殿と『地虫窟』の件で面識の有る者もいるとの事ですし、何より貴殿の奴隷の中には元子爵令嬢もいらっしゃるので、当地の騎士との面通しをすれば、おっと失礼しました、あまり軽々に触れて良い話題ではなかったですね」
あ、トーウに気を使ってくれたのか、貴族令嬢が奴隷落ちするっていうのは相当な事だっていうからね。
「いえ、どうかお気になさらず、わたくしは旦那様のもとで戦い、この身の全てをもって旦那様のお役に立つ事が出来まして幸せでございますから」
トーウがフォローしてくれてるけど、その言い方は下手をすれば誤解を招くんじゃないかな。
「無粋な言葉をお許しください、ではお前たちはこの場にて待機していろ、間違っても『虫下し』殿配下のお嬢さん達を刺激するような事はするなよ」
素直に馬から下りた上に帯剣を鞘ごと外して部下に預けてから俺に付いて来るけど、思い切りが良いな、ホントにこれが罠だったらどうするんだろ。
「承知いたしました、若、くれぐれも冷静に、『一言出ずれば飛龍も追い難し』と申します。たとえ心にも無い言葉であっても、口にしてしまえば取り返しは付きませんぞ」
「わかっている」
なんだ、年配の騎士が忠告めいた事を言ってるけど、一度口にしてしまえば簡単に取り消せないって事だろうから、『吐いた唾は飲めない』なんかと同じ様な意味か、俺も口には気を付けないと。
しかし、こうしてよく見るとなかなかのイケメンさんだな。体型も戦闘職の騎士とは思えない位すらっとしてるし顔立ちもシュッとしてて、やや中性的な感じがするけど外国人モデルなんかにいそうな顔だな。防具の下に来てる服も仕立てがよさそうでパリッとノリが効いてるもんな。
感じ的には、どこぞの御曹司って感じだけど、立場としては騎士の一人なんだよな。まあ、騎士の中でも立場のある方なんだろうしカミヤさんの配下なら実入りもいいのかな。
日本だって下請けの中小企業の社長さんよりも、大企業のビジネスマンの方が稼いでたりするし、この世界でもその手の話は通じるのかな。まあ世の中には『鶏口となるも牛後となるなかれ』なんて言葉も有るけどさ。
「それで、先ほどはハッキリと返答を頂けませんでしたが、ムラム卿に大事は無いのでしょうか、小官が聞いた話では国境を越えるまでの間に予想以上の襲撃が有ったとの事ですが」
なんでそんなことを知ってるんだ、いや、こいつ等にしろクリグ・ムラム達の車列連中にしろ、軍隊組織なんだから、俺が気付いてなかっただけでしっかりと伝令のやり取りとかをしてたのかな。
「確かに何度か襲撃が有ったし、こちらから相手のアジトを襲撃した事も有ったがこちら側の被害は軽微だ、数名の冒険者が戦死し、それ以外にも兵士や冒険者が負傷したが、すでにほとんどが回復しているし、クリグ・ムラムを始めとした主だった騎士達に被害はない」
「そうか、ムラム卿らに被害はありませんか、まあそれも当然の話でしょうな、伯爵閣下から直々に任命された護衛役がそのような失態を犯すはずがないですからね、万が一そのような事が有れば末代までの恥でしょうし」
ん、あれいま一瞬だけど思いっきりほっとしたような表情をしたよな、おれの見間違いじゃないよな。今はちょっと軽薄そうな顔つきなんだけど、うーん、やっぱりこの人って。
「おお、リョー殿戻られた、か、む、貴様なぜここに」
あ、俺の後の人物に気が付いた途端、クリグ・ムラムの表情が固まったんだけど、うんいかにもヘビ女って感じの無表情に、本当に苦手なんだな。
「なぜと言われましても、どこかの毒蛇が大して役にも立たない毒だけを頼りにして戦い、伯爵閣下の戦力を無駄に消耗しないか心配になりまして、こうして手助けをしようと思ったのですが、無用だったようですね。まあ、これだけの戦力に『虫下し』殿までいて、任務に失敗するような事が有れば目も当てられませんが」
いきなり毒舌っ、アンタ毒に耐性あるだけで毒持ってる訳じゃないよね。と言うかさっきまでクリグ・ムラムのこと心配してたよね。隠してるつもりだったのかもしれないけど、バレバレだったっていうのに、顔を合わせた瞬間に先制パンチみたいにこの毒舌って、何考えてるの。
ん、あれ、いつの間にか垂れ下がってた尾羽が垂直に立ち上がってるけど、どうしたんだ。
「貴様、言うに事欠いてつまらぬ言いがかりをつけおってからに、車列警護の任に貴様が当たる事の出来なかった逆恨みか」
うわあ、なんだろう、いつも以上にクリグ・ムラムがいかってるような気がするんだけど、やっぱり種族的に馬が合わないのかな。
「何を言うかと思えばそのようなつまらない事を自慢するんですか、まったく地を這う事しかできず視野の狭い蛇族はこれだから、我ら鳥人族のように高い視点で物事を見れば、機動力の高い騎兵部隊で先行し現地の安全を確保する事がどれほど重要か解ろうものですが」
おいおいおいおい、種族をあげつらうネタはタブーじゃないのかよ、刃傷沙汰とかになりかねないネタの筈だろ。
あれか、さっきこいつの部下が忠告してたのはこういう事か。この場にはクリグ・ムラムの他にも配下の『王毒蛇』の一族が居るってのに、下手をすれば袋叩きに、て、あれ、クリグ・ムラム以外の連中は『王毒蛇』の連中も含めて、呆れた表情だったり、生暖かい目で二人の方を見てるけど、自分の所の上司がこんなふうに言われて怒ってないのか。
というかなんでパヴォは尾羽を広げてるんだ、でも本人はそれを意識していなさそうな。ひょっとして無意識に開いちゃってるのか、しかしまあ中性的な美男子の背中に派手な孔雀の羽が思いっきり広がってるのって、どこぞの歌劇団のラストみたいだな。
でもさ、オスの孔雀がこうして羽を広げるのってたしか求愛行動じゃなかったっけ、口でこんな事を言っておいて全身で求愛するとかって、もしかしなくてもさっき考えた通り、こいつはツンデレか、男のツンデレなのか、だから後ろの連中はあんな表情をしてるのか。
しかし、クリグ・ムラムもここまであからさまなアピールをされてるならさ、言葉だけに反応してないで相手の心情に気が付いても良いような気がするけどな。
「貴様、またそのような態度を、貴様が、我が伯爵閣下を主と仰ぐ同輩でさえなければ、この場で一刀の下に切り捨ててくれるものを」
うわあ、クリグ・ムラムの長い茶髪が重力に逆らうように楕円形に広がって目玉みたいな模様が浮かんでるんだけど、あれキングコブラって他のコブラほど、派手な模様は無いんじゃなかったっけ、それなのにこんな思いっきり目玉みたいな模様が出るっていうのは、それだけ怒ってるって事なのかも……
ん、あれ、ひょっとして、もしかすると……
クリグ・ムラムに視線を戻して確認する。
「なぜ貴様が小官と同じ部署に配されるのだ、ラッテル領の防衛であれば適任者が他にも居ように……」
うん、首のあたりで思いっきり広がった髪がいかにも威嚇中のコブラって感じで左右の目玉模様がくっきりしてるね。
でもって、サラン・パヴォの方はといえば。
「機動防衛を行う騎兵戦力ならば、他種族に比べて体重の軽い鳥人族で編成するのは当然の事ではないですか」
うん、背後でこれでもかってくらいに広がった尾羽がいかにも求愛中の孔雀って感じで、無数の目玉模様が鮮やかだね。
これってひょっとしてさ、サラン・パヴォは口では何のと言いながらも求愛しているつもりなのに、とうのクリグ・ムラムにとっては威嚇されているようにしか見えなくて、口調もそのままの意味でとっちゃってるって事なんじゃないかな。
うわあ、この二人めんどくせえ。
なんか、スランプ気味なのか上手く話が書けない最近です、少しお待たせしてすみません。
ちなみにこの二人はネタなので、二人の恋愛が本編で絡んでくる可能性は低いです、まあ外伝なんかでは気が向いたら……
H29年3月28日 誤字修正しました。




