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305 暗殺者の所感



 野営地で焚いている火に薪を足すけど、なんでこんなことに。


 本当なら今頃は宿でのんびりお酒と一緒に薬の煙管をくゆらせているはずだったのに。


「なんなのよ、どうなってるのよあの男は、まだギリギリ正気をたもっていた中毒者を見抜くなんて無茶苦茶じゃない」


 車列の護送団に仕込んで置いた手駒が主力である『虫下し』を仕留めて、更に物資に火を放ったうえで外に待機させた強化中毒者たちを引き込む予定だったっていうのに、手駒が『虫下し』に仕掛ける前に気付かれて、奴隷に止められて奇襲をかける事が出来ず、挙句の果てに全員撃破されてしまうだなんて。


 しかも、あの男の奴隷が無事だったせいで、突入させた強化中毒者も、それ以外に仕込んでいた手駒も全て片付けられてしまうだなんて。


「そりゃ、あたし達だって、これだけであの車列の護衛を全員潰せるなんて思っちゃいなかったけれどさ、それでも上手く行けばかなりの護衛を削れて次につなげられるはずだったってのに、ほとんど被害を出せなかったなんて」


「俺の手駒もお前の手駒も、そろえる為にそれなりの量の薬を、何よりも新作の強化薬まで使ってほとんど成果が無かった上、手もちの駒の殆どを失った、このような失態をどう報告すればよいか」


「そんなの素直に報告するしかないじゃない、失敗したと伝えるのは悔しいけれど、あたしたちが報告しなくてもいずれヤスエイ様の耳には入るわ。そうなった時にあたしたちがごまかしたり隠したりしていたら、失敗したどころの話じゃなくなるわよ」


 それに、この程度の失敗ならそこまでの大事にはならない筈よ。確かに失態だけれど、たった一回や二回の失敗であたしたちがそうそう殺されたりする訳じゃないもの。


 あたしにしろ、目の前のこいつにしろ『森の老人』に属する事が出来るのは、よほどの実力者でかつ表では仕事が出来ないような脛に傷が有る者、それでいて裏切る恐れが少ないとヤスエイ様が判断したごく少数の者だけ。


 更にあたしたちはヤスエイ様の『成長補正』で長年かけて強化されてきた、金も手間もかかった人材。


 使い捨ての末端売人なんかと違って、貴重な人材であるあたしたちをそう簡単に切り捨てられるはずは無いわ。そんな事をしていればすぐに人手が足りなくなって、『森の老人』だけでなく組織そのものがまわせなくなるもの。


 とは言え今回の一件からは間違いなく外されるだろうし、今まで携わっていた仕事よりも重要度の低い仕事に回されたり、組織内での序列を下げられる事にはなるでしょうけれど。


 それでも生きてさえいれば幾らでも巻き返しは出来るはずよ。


 それよりも、つまらない言い訳や隠し事で重要任務に関わる事態が全く進展していない状況を、そのまま放置してしまうような無能者だとヤスエイ様に判断されてしまったら、そっちの方が危険だもの。


「とりあえず、ヤスエイ様に失敗の速報を入れる事と、今までの調査や戦闘でわかった内容をまとめて後任者に伝えられるようにしないと。その上で手駒からあたし達にまで伯爵家の調査が手繰られないように、証拠になりそうなものや、手駒集めに使った宿、関係者などを何時でも処理できるようにしておかないと」


 あたしたちが必死に集めた情報で別の誰かが手柄を立てるなんて考えるだけでも嫌だけれど、他人の足を引っ張る目的で情報を隠して伝えず、それがそいつの失敗の理由にされてしまったり、情報収集や分析すらまともに出来ない低能だと思われたら最悪だもの。それに……


「申し送り用の書類と同じ内容の報告書をヤスエイ様にも送るわ、そうすればあたし達の調べてきた事がどれだけ役に立ったか解っていただけるはずよ」


 想定外の事態が有って失敗はしたけれど、それはあたしたちの能力が足りなかったんじゃなく、『虫下し』やその奴隷達が予想以上に強かっただけ。それ等についてまとめた情報が有益で任務達成に役立てば、ヤスエイ様もあたしたちに名誉挽回の機会を与えて下さるはず。


「二つも作る必要はねえし、速報もいらねえ」


 背後から掛けられたこの声は……


「ヤスエイ様、なぜこちらに」


 いや、ヤスエイ様が来られるのは事前の情報であったからおかしくはないけれど、こんなに早いなんて。


「ふん、相手が相手だからな。なにせあのカミヤのクソ親父の手勢だ、なにが紛れてるか解んねえし。実際に『金剛杖』と当たらせる予定で集めた中毒者共が潰されたんだ、警戒して早めに来てたっておかしくねえだろうが、実際来てみりゃこんな事になってるんだしよ」


 つまらなそうに、ヤスエイ様が呟かれるが、危ないところだったわね。もしも今あたしたちが誤魔化す事なんかを話してたりしたのを聞かれようものなら、幾らあたし達でも処断されたかもしれないもの。


「それで、お前らの目から見てカミヤんとこの車列の戦力はどうなんだ、聞いた話じゃ『虫下し』とかいうのが居るらしいがよ、とっとと話せよ」







「なるほどな、その『虫下し』もつええが、連れてる奴隷もつええって事か。でもって黒髪黒目ってこったな。たいして期待してなかったが、こりゃあマジでアタリかも知れねえな。まあそれでも実際に見てみねえと解らねえがよ」


 今までの調査結果と、この間の戦闘を離れた所から見ていて分かった内容を伝えると、ヤスエイ様が一人で何か納得したように呟かれ、口元に笑みを浮かべられる。


 アタリ、ヤスエイ様は何を言っているのだろうか、もしかしてあたしたちが知らされてなかっただけで、『虫下し』についての情報をヤスエイ様はもってらしたという事なのか。


「まあいいや、とりあえず適当な所で仕掛けるからな、テメエらは適当に中毒者を集めて数をそろえて置け。でもって俺がその『虫下し』とかいうのと遊んでる間、車列の護衛に付いてる他の雑魚の相手をさせてろ。仕掛けるのは国境を越える前だ、ムルズ王国に入っちまうと、ブタ宰相との絡みで色々と面倒だし、奴らもそのタイミングでまた仕掛けるつもりらしいからな。冒険者で失敗している分、今回は奴の手勢を使うつもりみてえだからな」


 貴族達が手勢を、それは騎士や兵士を使うって事かしら、でもそんな事になったらごまかしようがないんじゃないかしら、まあ、あたしが気にする事じゃないんだろうけどさ。


「オメエ等の『虫下し』の話を聞く分じゃ間違ってもそんなこたぁありえねえとは思うがよ、万が一にもあのブタの部下が車列を潰しちまったら、俺としても面白くねえからな。あのブタが人間様相手にエラそうな話をするのもイラつくしよ、俺らが失敗したのに奴が出来たなんて、つまんねえ貸し借りを出されて薬の値引きでも言い出されようもんなら思わずブタをブッコロしたくなっちまうだろうしよ」


 宰相の話が出たとたん大分機嫌が悪そうになったわね、もともと感情の起伏の激しいお方だけれど、こういう時は気を付けなきゃ。ただでさえ失敗した直後だっていうのに、つまらない事でご不興を買っちゃシャレにならないものね。


「まあいい、テメエらはすぐに用意を始めろ、これが上手く行きゃあテメエらの失敗は忘れてやらあ。『虫下し』か、そいつが俺の欲しいもんを持ってりゃあいいんだがな、そうすりゃ年数はかかるが下らねえライフェル教も多少は弱体化させれるだろうしよ。まあ、持ってなきゃ持ってないで、薬漬けにして手駒にするってのもアリだしな」



失敗は問答無用で処刑なんて悪の組織が結構ありますが、ミスをしない人間なんてめったに居ないでしょうから、あっという間に人材が枯渇して先細りになりそうですよね。

それに、失敗の経験がない人間ばかりだと、万が一の事態の時にトラブルシューティングの経験も少なさそうですから対応できなさそうですし。


H29年1月15日 誤字修正しました。

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