304 僧と尼僧と変態老人 2
「まさかライフェル教の重鎮である貴様が知らぬはずはあるまい。なにせ貴様らにとって『勇者』は特別なのだろう」
『勇者』の居場所、確かにライフェル神殿にとっては歴代『勇者』の動向を把握する事は優先事項の一つ。
今回問題と成っているあの『薬師』の様に行方知れずとなった者も多いが、所在の知れている『勇者』の行動については定期的に各神殿から神官長猊下の下へ報告があげられ、必要な部署や人物へと伝えられているはず。
おそらくそれらを知らされている人物の中には師父も入っているのだろうから、『勇者』の事を問い合わせるために師父を訪ねるのは間違ってはいない筈。とは言え、師父がその問いに答えるかどうかは別であろうが。
「なるほど『勇者殿』の所在ですか、はてさて、どのお方の事を聞かれているのか解りませぬと。一言に『勇者』と申しましても、存命の方だけで十何人もいる故、拙僧が存じている方が老師の求めるお相手かどうかは何とも、どの方について老師はお知りになりたいのですか」
「名は知らぬ、だがそれなりに見れた作りの大剣を持ち、ダークエルフの幼子を連れておったの」
それは間違いなくリョー師叔の事であろうな、ただでさえ魔族と共に行動する『勇者』は少ないというのに、ダークエルフの子供を連れ歩いている『勇者』などと成れば他にはおるまい。だが、この話題は……
「コンナ、周囲に我ら師門の者以外はおらぬな」
声を抑えた師兄の言葉に、周囲の音と臭いを確認してから拙僧も同じように小声で答える。
「幸い、老師の声はそれほど大きくないゆえ、周囲には先ほどの言葉は聴かれてないかと」
魔族であるアラ殿が、『勇者』である師叔と共にあるという事実は拙僧も神官長猊下から直々に秘するよう命じられている事、このように他の耳目が有ってもおかしくない場で軽々と話してよい話題ではない筈。
「そうか、万が一にも貴族家などからの出向者に聞かれたならば、たとえそれが何者であっても即座に切り捨てよ、よいな」
「御意」
万が一これが知れ渡れば、魔族を恐れ、その力を警戒する主要諸国がどのような行動に出るか解らぬ。ましてダークエルフは魔族の中でも特に身体能力が高いうえに、かの『黒の剣魔』の印象が強すぎるゆえ、過剰に反応しかねぬ。
今はまだ、少なくとも師叔やその従者たちの力が十分に高まるまでは、秘しておかねば。
「まさか、誰の事か解らぬとは言わぬだろう。貴様らライフェル教が主要諸国に遠慮して魔族が正式な『勇者の従者』になれぬよう手をまわしているのは公然の秘密。そのため魔族と共に行動する『勇者』は滅多に居ないからな」
「ふむ、老師はかの御仁に目を付けられましたか」
「ふん、まがい物の強さに頼るような相手など構えを見るだけでもう十分。そんな者の事はどうでもいい、某にとって重要なのは、あのダークエルフの幼女よ、才能を原石と呼ぶことは多いが、あれはそんな物では無い、いうなれば一つの鉱脈よ、あの小さな体の中にどれほどのものが埋まっているか、是非ともこの手で某の剣を使いて、あの体の奥深くまで掘り進めて、そのすべてを引き出してみたいものよ」
アラ殿か、確かにあの幼さで剣、弓、魔法のどれもが目を見張る水準であったからな。あのまま師叔の『成長補正』の恩恵を受けながら長ずればどれほどの傑物となるか分かった物ではないだろう。
「なるほど、流石の老師で有られても、あまりに強すぎる才の前には目がくらみ見落とされる事が有るという事ですな」
「何を言ってるのだ、まあよい、そんな事よりも早く教えぬか、もしも教えぬというのならば、憂さ晴らし代わりにここで一暴れしても良いのだぞ。たいして歯ごたえはないだろうが、十万もいれば銀粒程度の才の一つや二つ見つかるかもしれないしな」
この御老体が、本気で暴れ出せば止める事は不可能だ。
拙僧が聞き及んでいる武勇伝だけでも、神殿が管理不可能と判断し封鎖するに及んだ、かの迷宮群発地域の『竜咆半島』に単独で入り数多の巨竜を狩り捕ったばかりか、最難関迷宮である『竜王山』を始めとした複数の『迷宮』を『鎮静化』した話や、『死王城塞』では剣が効かない筈のリッチロードを一刀のもとに切り捨てた話など、枚挙に暇がない。
「そ、そんな事になれば、たとえ死者が出なくとも神殿軍は壊滅する事になる、この戦の趨勢が……」
思わずと言う風に漏れた師兄の言葉に、『萬路老師』が視線を向けるが、それだけで隣に立っていた拙僧までが動けなく。
「ふん、某に言わせれば、国同士の戦争など、思い通りにならぬ相手を殴りつけて言う事を聞かせようとする童子のケンカと変わらぬ。そんな物にいらぬ時間を費やしておるから剣が上達せんのだ。それに数万程度の寄せ集めなど貴様が居れば、前線を突破し首領共の首級をあげ、残りを蹴散らす事は可能であろう」
「確かに可能ですが、強者一人で勝敗が決まる戦と言うのはこの先の為にもあまりよろしくはないので。そうなればその一人の身を警戒すればよく、その者が去れば背き、戻れば従うという事態になってしまいかねぬので」
師父が言われているのは、以前にライワ伯が盗賊対策などで苦心されていたことなどを参考にされているのであろうか。
「まったく、つまらぬことばかり考えおってからに。それで教えるのか教えぬのか、いますぐ教えるというのならば某の『仆龍三十六剣』の一手か二手を授けてもよいぞ」
なんと、かの老師より剣を習う事が出来れば、たとえそれが一刻の事であっても長足の進歩を遂げられるというのに、剣技それも、かの『仆龍三十六剣』の一手となれば、その技のみで名を上げる事が出来るであろうに。
「大変ありがたいお申し出なれど、お答えする前に、念のため一つ確認いたしますが、かの『勇者』殿や老師がお探しの童女、更にはその一行に対して危害を加えるおつもりはありませぬな」
「某にとって、強敵とは最良の遊び相手、それを失うようなマネをするはずが有るまい。それ以外の者には興味も無いゆえ戦う必要はないの、それに『勇者』が居なくなればかの幼女の成長も遅くなろうし、『勇者の従者』ならば今は無理でもいつかはそれなりの物となるかもしれんからな」
噂通り、この老人の望みは強者との戦いのみという事か。
「それでしたら、問題はないでしょう。老師との邂逅は彼らにとっても良い刺激となるでしょうから。ですが老師、かの勇者は弱くとも強うございますぞ、よくよく見られれば老師も興味を持たれるかと」
「何を言っているか解らんが、まあよい、場所を教えるというのならば、先ほどの言葉通り技を一手……」
「では、技ではなく、老師の剣そのものを一手ご教授頂ければ幸いかと」
師父が腰の剣を抜かれて構えられると、老師もいつの間にか剣を構えているがあれは真剣ではなく木剣か、だが殴る事を前提としている訓練用の木刀などと違い、あれは本物の細剣を模したものだ、木の強度であの薄さと細さでは、師父の剣とぶつかれば一合も持たないのではないのか。
「ほうほう、試合としての一手を望むか、それも良かろう、貴様ならば多少の手慰みにはなろうて」
「模造とは言え剣を構えて頂けるとは光栄の極み。技を極められ木の葉や草葉、紙片であっても名刀に勝る切れ味となる境地に達せられたという老師の技、この身をもって浴する事が出来る栄誉とくと噛み締めましょうぞ。お前たち良いかこの戦い瞬き一つ分も見落とすでないぞ、この戦いの見取り稽古で一つでも得る物が有れば、それは五年の修練に勝ろうぞ」
まさか、あの木剣が真剣に勝ると、そんな筈は。
「いざ」
師父の体が膨らみ、内側から僧衣がはじけとんだ、という事は『戦気術』を最大限に使われているという事か、ああなれば師父はその辺のフロアボス程度ならば一撃で殴り殺してしまわれる。
「参る」
両手で構えた大上段から全ての体重と力を乗せた二手目を考えていない全力の一撃、あの一撃ならば龍鱗ですら粉々に砕けるどころか、余波で大地であろうと城壁であろうと割けてしまうだろうに。
「ふむ」
無造作に片手で斜め上に振られた木剣が消えた……
「御見それいたしました、御指南ありがとうございます」
完全に剣を振り下ろされた師父がそのまま平伏されているが、あの位置で振り下ろせば老師が無事で済むはずが。
「ならばなぜ……あ」
師父の、手元に置かれた剣が半ばから途切れ、更にその先が老師のすぐ横に突き立っている。まさかあの木剣で師父の剣を両断したのか、あの剣は『魔道具』でこそないが、師父が『三千日闘行』で使われてより使い続けていた業物。
あの苦行で与えられる剣は長期間にわたる激戦に耐えられるよう頑丈さのみを追求された物であり、まして師父が闘行の中で使い続ける事で信じられぬほどの高レベルとなり、何度も鍛え直されるたびに複数の付与が掛けられていたはず。それがたった一撃、それも木剣に両断されるとは。
「己が最硬の一点を以って、彼が最軟の一点を断つ絶技、このラッド感服つかまつりました。打ち込む位置だけでなくその速度、角度、刃の当て方、力の籠め方、すべてが我が剣を断つ事のみを目的とした最適の一撃。ほんの一目とは言え剣技の深奥を覗き見る事が出来た思いに御座います。これを良い刺激とし精進してまいります」
あの横薙ぎはそれほどまでの一撃だったのか、刮目して見ていながら拙僧の眼力では、何一つ見る事が出来なかった。これが、この程度が拙僧の実力か、これほどの名勝負が目の前で行われたというのに、何一つ得る事が出来ぬとは。
「お主の一撃も悪くはなかったぞ、ただ愚直にすべてを込めた一撃、最速で最重の振り下ろしの為に一切の無駄を排した構えと動き、面白みのない遊びも余裕も無い剣ではあるが、それ故に烈風が如き心地よい一撃、まことに見事であった、剣の名手と名乗るに値する一撃であったぞ」
「老師からそのようなお言葉を賜り恐悦至極に存じます、そのお言葉は拙僧にとって生涯の宝となりましょうぞ」
平伏したままの師父を見下ろしていた老師が、まるで何かを嘆くかのように天を仰がれるが、一体どうしたのであろうか。
「それ故に惜しく、腹立たしい物よ」
腹立たしい、どういう事であろうか、老師が求めたのは名手との戦いであり、今の一合はそれに見合う物であると御本人が口にされたばかりだというのに。
「後百年、後百年の時が貴様に有り、その間たゆまぬ修練に打ち込み続ければ、耳目を揃えた本気の某と十数合撃ち合う事の出来る傑物と成っていた事だろうが、人である貴様に百年の歳月は残されておらず。兵である前に僧であろうとする貴様は、武のみに打ち込み僧としての本分を忘れる事を虞れるがゆえに、剣一筋に没頭する事は無い。のうラッド、何故貴様は只人の僧兵なのだ、貴様が長命なエルフであり一介の剣客であったならば、このサイ・ホク、数百年をかけて我が全てを授けるのもいとわなかったというのに」
かの『剣狂老人』にここまでの言葉を言わせるとは、武の道に生きる者としてはまさに至上の名誉。
「拙僧ごときには勿体ないお言葉、ですが拙僧の拳と剣は衆生を守り、後進達を育てるためのものゆえ。これからも修行を絶やす事は無いでしょうが、それでも老師のお気持ちに応える事は難しいかと」
「で、あろうな、してラッド、先ほどの約束だが」
「もちろん忘れてはおりませぬ、かの御仁ですが今はラッテル子爵領へと向かっている最中の筈、おそらくですが間もなく、国境を越えられるのではないでしょうか」
「なるほどな、ならここよりさほど離れてはおらぬ、クク、楽しみで仕方ない、昂って来おったわ」
「老師、どうか老師との邂逅が彼らにとって良き財産とならんことを。かの者達はライフェル神殿にとっては最も重要な勇者となりうる存在ですので」
「よかろう、気には留めて置こう。あの幼女がより強く長ずることが出来れば、それは某にとっても望むべきことだからな」
なぜだろうか、オッサンとかジジイを書いているとなぜか予定を遥かに超えて長くなってしまいます。この話も一話で済むはずだったのに。
H29年1月15日 誤字修正しました。




