257 陣中の王女
「では御髪を整えさせていただきます」
いつもと同じように優しい手つきでディフィーが髪をとかしてくれますが、こうして淹れたてのお茶を飲みながら髪を直して貰っていると、どうしても彼女の事を思い出してしまいますね。
まあ仕方の無い事でしょう、なにしろディフィーは彼女から直接侍女としての教えを受けて来たのですから、髪をとかす手つきやお茶の味付けが似ているのは当然の事なのですから。
「こうして髪や衣服を整えて貰えるのも、今日が最後となりますか、しばらくの間は貴方達と別行動になってしまいますからね」
とうとう『鬼族の町』での『大規模討伐』が終わってしまいましたから、ライフェル教の僧兵団や国内から集まった貴族軍の大半が自領への引き上げを開始しだした以上は、何時までもわたし達がこの地に布陣し続ける訳には行かないでしょうから。
すでに、今回の一件に対する戦力提供の謝礼としていくつかの御約束を頂けたというのに、ここに居座り続ければさらに何かを狙っているのではと邪推されかねませんからね。かと言って今の段階で本国に戻るというのも良策ではないでしょうから。
「そう言えば本国では、私達やセリック様達などアクラスを立てる者達を『側室派』、そして第一王子を立てる者達の事を『王妃派』などと呼ぶようになったらしいですよ」
部外者が派閥の名前だけを見る分では『王妃派』の方に正統性がありそうに感じられそうですが、アクラスは長子であり父王陛下が勅令で正式に立太子された身、第一王子が唯一の男子とは言え末子であり、父王陛下の定められた継承順においても私以下でしかない第一王子を次王に登極させようというのは、誰が見ても無理が有る気がするのですが、あの方たちは諦めないのでしょうね。
現状では側室の方々の実家を中心として宮中の主だった者、特に陛下の近臣の大半は私達の味方です。向こうに付いているのは一部の軍閥系の家や傍流の王族のみ、幾ら実績のある実力者が向こうについているとはいえ、正統性や総合的な面ではこちらが勝っています。
あとは純血のエルフでなければ同族でないと主張する一部の民族主義者の家等はハーフエルフの私達を敵視していますが、彼らにとっては『王妃派』も敵ですし、なによりそういった家は過去の政争や戦争などでネーザル卿が完全に抑えこむか取り潰してありますので、恐ろしくありませんから。
唯一の心配は、王妃の外戚である隣国の王家を中心とした幾つかの人族の国や貴族家ですが、それに対しての対抗策を増やすためにも今回のように、人族の国や神殿などとの繋がりを増やしていきませんと。
「王妃ですか、国王陛下の正室としての役割を一切果たす事なく、それらをすべて先生や側室の方々に任せたばかりか、不貞を働いた姦婦が、第一王子にしても陛下の御子とは名ばかりの……」
「ディフィー、ここは陣中ですよ、周囲を信用できる騎士達に守られているとはいえどこに誰の耳目が有るか解りません」
それに、今の言葉はある意味では、私達自身に対しても通じる物になってしまいますから。
「申し訳ありませんでした、パルス様」
「構いません、貴方の気持ちは私も痛いほどわかりますから、ですがたとえ政敵であっても、あの王妃の秘密は我が国の枢密、場合によってはアクラスや私はもちろんミムズ達にも累が及びかねない以上、おいそれと外部に漏らす事はできません」
出来る事なら、私自身があの女の罪を暴き立て糾弾したいものですが。
これ以上この話題を続けても、話が暗くなるだけですね、話題を変えませんと。
「そう言えば聞きましたか、リョー様がここを出てからの噂が入ってきたのですが、あの方は相変わらずの活躍をなさっているようですよ」
「リョー殿がですか」
「ええ、どうやらこの地を発った後でライワ伯爵領に行かれたらしく、その地で暴れていた盗賊団を少数で壊滅させ、更に『活動期』に入った『迷宮』を鎮静化させたらしいですよ」
ただ噂を聞く分では到底信じられない話ですが、あの方だと実際にやってしまいそうな気がしてしまいますね。
「もうですか、先日この『鬼族の町』を『鎮静化』したばかりだといいますのに」
ディフィーが驚いている姿というのはなかなか見れるものではないですが、たまには良い物ですね。
「まだ、しっかりとした確認が取れてはいない情報ですが、『迷宮踏破』を続けざまに二回成し遂げたのが事実となれば、彼は私達が考えていた以上の実力者という事でしょうね」
そうであるのならば、ミムズの伴侶として申し分ないのですが。
我が国やその周辺国に属するどの家の紐も付いていない、周囲からの政治的な干渉を受ける恐れの少ない身の上。それでいながらライワ伯爵という有力者との繋がりが有り、更にはライフェル教の神官長にあそこまで言わせられるだけの付き合いが有るとなれば、政治面でも戦力面でも強力な手札と成ってくれるでしょうから。
いえ、いっその事、私自身の相手に考えてもいいのかもしれませんね。王女の相手が一冒険者というのは異例でしょうが、下手に影響力のある家や他国の王家に連なる殿方を伴侶としてしまえば、アクラスを廃して私を玉座に即けようなどと考える輩が出かねませんからね。
その点、ライワ伯は我が国に対してそこまで干渉するほどの利権はないですし、ライフェル教にしてもすでに十分な影響力を持っているのでそんな無茶はしないでしょうから。
「ただ、一緒に入って来た醜聞の方も気にはなりますが」
「醜聞ですか」
「ええ、アラさんと、トーウさんの他にもうら若い女奴隷を連れ歩いていたようですよ、詳しい容姿や名前などは伝わってこなかったらしいですが、数名の女奴隷を殿方が一人で連れているとなると、なかなかお盛んなようですね」
「それは、また、ミムズ様が聞かれると、御怒りになられそうな話ですね」
確かにそうでしょうね。あの子はそう言った事については潔癖な質ですから。まあ、彼女の事を思えば気持ちはわかりますが。
そう言えば、他にも噂が流れていましたね。たしかリョー様の男性機能が不能だという内容でしたか。しかし、考えてみればおかしな話ですね。男性機能が喪失しているという事ですと、女奴隷を囲っていても相手をさせる事が出来ないのでは意味がないのではないでしょうか。
いえ、男性というのは行為が出来なくても、そういった欲求は残っているらしいですから、本番以外の部分で相手をさせているのかもしれませんね。
もしこれが本当の事ならば、私達にとっては都合の良い事なのかもしれません。私達の持つ身体スキルを使えば彼の不能を改善させ子を成す事が出来るようになるかもしれませんから。
これが上手く行けば彼に対して大きな貸しを、いいえ、あのスキルは永続する効果ではないため定期的に摂取する必要が有るでしょうから、彼を私達の下に繋ぎ止め続ける重要な手段と成りえますか。そうなれば裏切られる恐れの少ない強力な戦力を手に入れる事が出来ます。
「ふふ、これは悪くないかもしれませんね」
「パルス様、どうかされましたか」
「いいえ、大したことではないわ、でもそうね。旅先でリョー様を見かけたのなら可能な範囲で、彼に関する情報を手に入れて貰いたいのだけれど。後は無理をする事は無いけれど彼の取り込みといったところかしら、これに関しては彼の好感を得る程度で十分ですが」
あまり、強引な事をさせて逆に彼を敵にまわしてしまっては元も子もありませんからね。一度断られている以上、次の勧誘の時には最大限の用意をしてから当たりたいですから。
「承知いたしました、ですが本当によろしかったのですか、プテックはともかく、わたくしやサーレンまでもがお二人の傍を離れてしまっては、護衛に支障が出るのでは」
「エアとブリーズが居れば私達の守りは十分でしょう。それに本国からも十数名の騎士を新たに送って貰える手はずに成っていますし。ここに居る者達はもちろん新たに来る者達もネーザルの選んだ者達ですから裏切る恐れはないでしょう」
「ですが……」
「構いません、なにより貴方達二人がミムズに付いて行きたかったのでしょう」
「それは、そうですが」
「それにわたしやアクラスとしても、貴方達がミムズに付いて行ってくれるのは安心できますから」
ミムズが対オーガ戦で失態を犯したという報告書が公式に領府へ受理されてしまった以上、追放処分を撤回する訳には行きませんが、帰参のための条件である『迷宮踏破』や『魔道具』の収集は成功率の低さも危険の大きさも計り知れませんから。
強力な戦力であるディフィーたちが共に居れば、幾らかでも希望が持てるようになるでしょう。ですが……
「本当に付いて行っても良かったのか、という言葉は貴方が私にではなく私が貴方達に言うべき事なのかもしれないわ。私達と共にいれば、王族付きの侍女としての地位や安定した生活、安全も保障されますが。ミムズと共に行けば一冒険者と変わらない生活をする事になるのですよ」
「わたくし達四人の命は、リューン王家と何よりもラースト家の物です、わたくし達が姫様達やミムズ様のお役に立つ事が出来るのであれば、それは喜びでしかありません。たとえ汚泥をすすり、毒を食する事となろうとも、それがミムズ様の為であれば喜んで頂戴いたします。何よりもわたくし自身が、自ら調査し確認したいことがありますから」
それはきっと、彼女の事でしょうね。エアたちが報告してきたとある奴隷店で売られていたという話、あれ以降の足取りは全くつかめていません、私としてもミムズ達にしても気になっている事でしょうから。
「先生は、わたくし達四人にとって命の恩人です。ですから、なんとしても見つけ出して、国元へと……」
「そうですか、解りました。ディフィー、私の家族たちの事を頼みましたよ」
「この命に替えましても、必ずや」
ええと、GW中の更新ですが、色々とイベント等に参加するので、遅れる可能性があります。




