104 特訓期間
「ゆう、いやリョー殿はこれからどうなさるのか」
鬼の死骸から採集部位を集めているミムズ達を見ながらラッドが聴いてくる。
「そうだな、魔物の捕獲依頼があるから明日からはオーガを集中的に狩るつもりだ」
アラ達のおかげでしばらくはノルマを気にしなくていいしね。このアドバンテージを生かして行かないとね。
「そう言えば、新種のオーガが出たそうですな。我らはこのまま鬼を排除しながら少しずつ『拠点』を進める予定ですので、もしよければ」
うーんそれもいいかな、神殿の『拠点』なら待遇は悪くないだろうけど、やっぱり神殿とべったりだと周りから疑われそうだよね。
「いや、他の『拠点』も見てみたいから、今回は遠慮しておこう」
「そうですか残念ですな、いつでも歓迎いたしますので機会があればぜひ」
さてと、今日はどうするかな、今から行ける距離の『拠点』だとすると、ん。
「リョー殿、それでしたら第一拠点に来ては頂けまいか、変異種オーガの調査は第一拠点を中心に行っているとの事であるし」
おおう、いきなりキッシュが詰め寄ってきたよ。
まあ、ラッテル領の連中としてはトーウが同じ『拠点』にいる方が安心できるんだろうけどね。
「仲介役が近くに居れば変異種の情報も入りやすいであろう」
ふむ、確かにテトビの近くの方が情報が集まるだろうけど、どうするかな。
「いやリョー殿、我らの第三拠点に来てはどうか、と言うか自分がリョー殿に来ていただきたいのだ、今日だけでもこれ程の上達が出来たのだ、これからも共に行動して『拠点』での休息時にも鍛えて頂ければどれほど強くなれる事か」
ミムズ、拠点で鍛錬する事を休息とは言わないぞ。うん、どう考えても第三拠点に行くのは面倒なことになりそうだな、休憩なしで戦闘狂の相手をする未来しか見えない。
「それはリョー殿の為にもよろしいかと思います。第一拠点が変異種狩りの中心になっているという事は、それを目当てとした冒険者が集まっているという事ですから、自然と『拠点』周辺の競争率も上がってしまうでしょう。冒険者の少ない第三拠点でしたらリョー殿の総取りも夢ではないかもしれませんよ」
いつの間にか近づいてきたディフィーさんが耳元でささやいて来る、確かに変異種が『迷宮』内で均等に居るなら他の連中がいない方が倍率は下がるよな。でも鬼が少数なら情報が重要かもしれないし、うーん。
「リョー殿が変異種狩りをされるならば、我ら一同も助力いたそう」
お、それはありがたいかも、とはいえラッテル領の連中だとそこまで期待は出来ないかな。下手に怪我をされてもトーウに悪いし。
「リョー殿がミムズ様の戦闘指導に当たってくださるなら、もちろんそれ相応の『お礼』を用意させていただきますが」
お、お礼だと、一体どんな事が。まあ普通に考えて謝礼金だろうけどさ、エッチなお礼ならそもそも貰えないしね。
悪くないかも、オーガは捕まえられるか解んないけど授業料は確実に貰えるし、それにいざとなったら今日みたいにミムズを囮にすれば探索の効率も上がるかもしれないしね。
でも、第一に集まるのはテトビが居るから解るけど、なんで第三拠点は少なくなるんだ。
(安定した勤め先の無い冒険者にとっての理想は、何処かの貴族に仕官したりお抱えになる事じゃが、流石に王族の目にかなうと思うほどの自信家はそうそう居るまい)
なるほどね、同じ試験日なら受かるかどうか解らない一流企業よりも、受かる確率の高い中小企業ってとこか、まあ人生と生活が掛ってるんだから安牌を切りたくなるよね。
「リョ、リョー殿、第一拠点は食事が良いですぞ」
食事か、でも補給内容はどこも変わらないはずだよな。お約束みたいな硬いパンに干し肉、塩漬け野菜にうっすいスープ。
「なにしろ第一拠点の野営地は元々緑地だった土地故に、土や倒木を少し掘っただけでまるまると肥えた芋虫……」
「よし第三拠点に行こう」
忘れてたよ、ラッテル領の連中はトーウと同じ食生活をしてたんだから、こいつらの言う旨い物ってのは何でもアリなんだよね。
「リョー殿、丸焼きも、炒めも、煮込みも食べ放題ですぞ」
こいつらにとっちゃ死にかけた『地虫窟』も御馳走の山に見えてたのかな。
「だ、旦那様」
あれ、トーウがうるうるしてる、ひょっとして食べ物に釣られかけたのかな、でもダメだからね禁欲が有るから俺自体は食べずに済むけど芋虫の丸焼きを食べる美少女なんて見たくないから。
「そ、そうか、ではリョー殿、第三拠点に帰り次第訓練を」
まあこっちはこっちでめんどくさいけど、芋虫よりはましだよね。
「がはっつ」
背中から地面に叩きつけられたミムズが息を吐く。
「もういいか」
「まだまだ」
まだやるのかよ、『拠点』に入ってからもう二十回は投げ飛ばしてるぞ、ラクナの言うとおり素手での格闘訓練をやってるんだが、いやーラクナに柔道その他を習っといてよかったわ。ポンポンポンポン面白いようにミムズが転がるな。
(こういった技は相手の力や不安定な重心を利用する物が多いからの、落ち着きのないミムズには良い教訓となるじゃろう)
そうは言ってもね、延々ミムズに付き合うこっちの身にもなってほしいわ。もうこれ以上続けるのもなんだし、今回で一気に決めて終わりにするか。
「行くぞ、はああ」
殴りかかってくるミムズの腕を避けると同時に片手で取り、そのままの勢いを殺さない様に引きながら足を刈る。
「高い身体能力やスキルに頼り過ぎてるから、こんな手で簡単にこけるんだ」
「だが、倒れただけでは負けはしな……」
上半身を起こそうとしたミムズの背後に回り込んで、右手を首に回し前腕部を喉に当てながら逆側から回した左腕を掴む。いやーいい感じに決まったなーチョークスリーパー。
「ぐ、が」
「相手を倒せばこういった技もかけやすくなるし、倒した直後に短剣を抜けば止めもさせる」
腕を外そうとするミムズの腰に背後から両足を回して動きを抑え込む。
「ぐぐうう」
「さてと、降参するなら俺の手を二回叩け、それで今日は終わりだ」
「く、まだまだあああ」
おいおい、気管が決まってるのに何で話せるんだよ。
(もしかすると窒息や縊首にも『耐性』があるようじゃの)
まじかよ、じゃあいくら絞めても効果がないって事か、確か毒とか火にも『耐性』あったよな、なんでそんなに『耐性』を持ってるんだよこいつは。
「があああ」
俺を背中に引っ付けたままで、ミムズが無理やり立ち上がりだす。おいおい思いっきり首を締め上げてる上に、両足を腰に回してるからおんぶしてるような状態なんだぞ、俺の体重がプラスされてても普通に立ち上がるとかどんな体力してるんだこいつは。
マズイ、このまま思いっきり後ろに倒れ込まれたら。
「ふん、ふん、ふううううん」
ミムズがバカでよかった、俺を振りほどこうと体を思いっきり揺らすだけだもんな、しかしこれは。
「ふん!ふううううんんん」
今の俺はミムズにおぶさって背後から密着してる状況なんだけど、この顔の位置でミムズが暴れてると勢いのままで大きく揺れるミムズの胸が思いっきり視界に。
そういえばコイツ、サミューと同じくらいスタイルが良いんだよな。こ、この状況は色々と不味いかも。
「そこで何をしている痴れ者が」
ん、いきなり叫び声が何だ。
「ミムズから離れぬか下郎が」
あれ、この声って確か。まあ取りあえず訓練はこれで終わりだよね。
「ア、アクラス殿下」
俺が手を放した直後にミムズがその場に跪く。その先に居たのは貧乳ハーフエルフだっけ。
(リューンの王太子であろうが、パルスの妹の)
(解ってるって、薬を持ってったのにふざけた態度を取ってきた恩知らずだろ)
ユニコーンの件はしっかり対処したみたいだけど、こっちとしては良い感情を持つ理由がないんだよな。
(まあ、こ奴らにも何か理由が有るのじゃろうがな、しかし面倒なことになったかもしれぬの)
そうだよな、こいつの目から見たら俺は側近の女の子を後ろから羽交い絞めにしてたように映っただろうし。
「貴様、ここでミムズに何をしていた、このような場で婦女子を辱めようとするとは、恥を知れ」
あちゃーやっぱり勘違いされたか。
(やれやれマズイの)
おーい首飾り、なんか楽しそうじゃないかおまえ。
「申し訳ありません殿下、彼には自分の訓練を頼んでおりまして先ほどの一件は徒手格闘の一環でございます」
セーフ、ミムズが庇ってくれたか、まあその通りだから俺にやましい事は何もないからね。
「そうか、ならば今回は不問とするが、ミムズはラースト家の当主、もう少し周りの目を考えた行動を取るよう心掛けよ。この場では国の者だけでなく他にも人がいるのでな」
「御意」
まあ、考えてみればそうか、ミムズも一応は貴族なんだもんな体面ってものがあるよね。
「そこの冒険者にも、身分を考えた行動を取るように伝えよ」
それだけ言って行っちゃったよ。
(注意で済んでよかったのう、手打ちなどという事になっておれば色々と面倒だったじゃろうし)
そうだよな、あれとは顔を合わさないように気を付けよ。とりあえずはミムズの授業料を貰いながらオーガ狩りだな。
「グギャアア」
怒りを込めたオーガの声を背後に聞きながら『軽速』を使って距離を取って振り向き『鑑定』する。
(またはずれじゃのう)
クソ、今回の群れにも変異種はいなかったか、これで何件目だよ。
(まあ、ミムズ達の訓練にはなるのでよいではないか)
まあそうだけどね、流石に授業料を取ってるからある程度は面倒を見ないとね。
(もう、少しで着くのう)
そろそろか、じゃあその前にっと、斜めに飛び上がって高度を取り鬼の数と位置を確認する。
この『鬼族の街』は元々が廃棄された都市だから、道の左右に色々な建物が有って足場には困らないんだよね。
数は21匹かオーガたちの位置関係と体格、見えるステータスを計算して選び出した五体にインクで印をつけてから再度走り出す。
再び追いかけてきたオーガたちと現在位置を確認する、よし、順調だな。
『風槍』『氷槍』『断頭斧』『二重横斬波』『破砕蹴』
左右の建物に隠れていたメンバーのスキルや魔法による奇襲で俺が印をつけていたレベルが高めのオーガが瞬殺される。
やってる事の基本はこの街の外周を回りながらゴブリンを狩ってた時と同じだ、俺が囮になって魔物を誘導し有利な戦場で奇襲をかける。違う点はと言えば。
「さあ、やるぞ」
槍を構えたミムズが三体のオーガと対峙しながら好戦的な笑みを浮かべる。
集団の中央部分にいた個体を狙わせたためにオーガは分散して、アラ、ミムズ、プテック、ディフィーさんが三体ずつ、トーウとサーレンさんがそれぞれ二体を相手に出来る態勢になる。
大きな危険がない範囲で、比較的強い相手と実戦経験を積めるこのやり方はディフィーさんも納得してくれている。
うん、二体だと楽勝だと言ってたミムズも三体だとそれなりに苦戦するもんな。本当は自力で一対一や一対二に持ち込んで敵に囲まれないようにする方法も覚えてほしいんだけど、まあそれは今後おいおい考えるか。
さてと次の群れはどこにいるかな。
「リョー殿、もうこの辺りにはオーガは居ないのではないでしょうか」
一番先に自分のノルマを片付けたディフィーさんが、他の連中の戦いを見守りながら問いかけてくるけど、そうかもしれないな、今の群れを見つけるのも結構手間取ったもんな、ゴブリンやオークは結構いるんだけどさ。
「そうだな、狩場を移動するか」
「だがこのままでは、ゴブリンやオークを放置することになりはしないか、今回の『大規模討伐』の目的は『迷宮』内の鬼を駆除して、周辺の民衆を鬼の脅威から救う事ではないか」
お、ミムズも終わったか意外と速かったな、しかしやっぱりこう言う事を言ってくるか、まあ想像ついてたけどね。
「そう言った弱い鬼の相手は他の冒険者連中でもできるだろう。だがオーガやトロルの相手が出来る戦力は限られている」
「うむ、それはそうだな」
「実力に不安のある冒険者がそう言った強い鬼と遭遇すれば危険だ、だからこそ弱い鬼は他に任せて、俺達は彼らの危険を排除するためにオーガなどを優先的に狩るべきだろう。俺達の働き次第で他の連中の安全度が上がり、それによって鬼退治の効率が上がり、ひいては周辺の脅威が排除される。俺の言う事に何か間違いがあるか」
さてと、これでどうするか、まあミムズの事だし。
「なるほど確かにそうだ、役割分担という事だな、このミムズの浅慮であった許してもらいたい」
よしよし上手く行ったな。
(本音は変異種狩りで金を稼ぎたいだけだろうに、物は言いようじゃのう)
他の連中も戦闘が終わったみたいだな、それじゃあ移動するか。
「なにかな、リャー変な声がするの」
狩場に適した場所を探しながら移動していたらアラが細長い耳をピクピクさせながら話しかけてくるけどどうしたんだろう。
「匂います、匂いますよ、これはまちがいないですよ」
「血の、匂い」
サーレンさんと、プテックも鼻をひくつかせてアラと同じ方を向く。血の匂いと変な声ねえ。
「もしや誰かが戦闘中なのやもしれない、リョー殿念のため確認し場合によっては加勢すべきと思うが」
ミムズらしい提案だな、だけど下手すりゃ獲物を横取りしようとしてると思われるんじゃ。
「もし遠目で大丈夫そうでしたら、そのまま転進すればよいのではないかと」
なるほどディフィーさんのいう通りだね、それならトラブルにならないか。
「万が一の場合は戦闘になるかもしれない、他のパーティーがいると勝手が変わる場合があるかもしれない注意しろ」
まあうちは臨時パーティーみたいなものだから問題ないか、トーウは今回の討伐が初めての連携だし、ミムズ達も村人の救出作戦ぐらいでしか共闘してないからな、ほぼ各個で対応になってるもんな。
「がんばるよーリャー」
「旦那様の為にも全力を尽くします」
二人ともやる気十分だなー
「では皆の者参るぞ」
「やりますよー、サーレンは頑張りますよー」
「ミムズ様、お供いたします」
「頑張る」
何かこっちは討ち入り前みたいだなー
「こっちですよーこっち、こっちから匂いがしてますよー」
「サーレン、それ以上先走るのでしたら、切り刻んで鬼を誘き寄せるエサにしますよ」
尻尾を振って先行するサーレンさんが一人で行きすぎない様にディフィーさんが声をかけてるけど、なぜだろう彼女が言うと冗談に聞こえないんだよね、サーレンさんも青い顔してるし、あ、尻尾が股の下に回り込んで縮こまってる。
「リャーもうすぐだよ、この先を曲がったところ」
確かにアラが言うとおり変なうめき声が聞こえてくるね、でもなんだろうこの声、弱々しくて苦しそうで、でも人間の声にしてはなんか変な……
「ガガ、グ、ガガ」
「ゲ、ガギャ、グ……」
「ゴバ、バ、バ、ベ」
「こ、これは一体」
「このやり方はずいぶんと悪趣味ですね」
ミムズが呻くのも、ディフィーさんが呟くのもよく解るわ、これをやった奴はどう考えてもおかしいって。
「アラ、トーウ来るな」
「え、リャー」
「だ、旦那様一体何が」
あ、思わず強い口調になっちゃったか、二人が少し怯えたみたいな声出しちゃった。でもこれは見せられないよね。
俺達の目の前に居るのは大量のゴブリンやオーク、その全てが地面から生えた無数の氷の杭に串刺しにされている。
しかも……
(瀕死とは言え一匹残らず生きておるとは、これはあえて即死するような急所を避けた様じゃのう)
やっぱりそうか、太い杭が栓の代わりになって出血はほとんどないけど、氷のせいで内側から体温を奪われていく感覚とそれに伴って氷が解けて出血が増えていく恐怖は考えただけでも嫌だな。
「すまない、俺達がここを調査しているあいだ鬼が来ない様に少し戻って後方を警戒していてくれ」
「解った、リャー気を付けてね」
「二人だけですと何かあると危険でしょう、サーレン、プテックと共にお二人に同行なさい」
「わ、解りました」
声と共に足音が遠ざかっていくのを確認してから、俺達三人は先に進む。
「お優しいのですね、リョー殿は」
「子供に見せる物じゃないだろ」
どう考えても教育に悪すぎるよね、こんな光景は。
俺達に助けを求めるかのように一匹のオークが震える手を伸ばしてくるのを見て、思わず距離を取る。
「だが、アラ殿も子供とは言え戦士であろう、ならばこういった光景にも慣れておくべきではないのだろうか」
うーん、そうは言ってもな、やっぱりアラはまだまだ小さいし、あ、でもミムズも実年齢で考えれば子供だったか、俺一人で進むべきだったかな。
「とりあえず状況を確認しよう、これがなんの目的なのか解らない内はどうしようもない」
もしかしたら、こうして生殺しにする事で他の鬼を呼び寄せるとか、逆に鬼が寄り付かない様にして守りを固めてるのかも知れないし。
そう言った理にかなう目的があるなら文句を言える筋合いじゃないだろうし、『効率の良さを求めると冷酷や残酷につながる』って誰の言葉だっけ。第一俺の戦い方にしたって、脊髄を潰されて半身不随にされてから止めを刺されるオーガの立場になったら……
ただ問題は、趣味としてこれをやっているとしたらやりそうな奴に、心当たりが無茶苦茶あるって事なんだよな。
「おや、これはこれは、ラースト卿ではありませぬか」
ゴブリンを串刺しにする氷の柱の並ぶ先には、俺の予想通り金髪美形サド貴族の笑顔が有った。
次の投稿は5月1日予定です。
H27年9月21日 誤字修正、および印をつけたオーガの選定理由を追加しました。




