105 鬼
「マイラス・リアス・ラマイ子爵、これはどういった状況であろうか」
厳しい顔で睨みつけるミムズに対してマイラスは口元に笑みを浮かべたままで近寄っていく。うわーなんかタラシって感じの表情だな。
「これとは、ああ丁度軽食の時間でしたので、甘味と茶を取っていましてどうですかラースト卿もご一緒に」
まあ確かに、時間的にはおやつ位だろうけどさ、この状況で食えるのかよ。
「ウグゥガァァァ」
背後から響いてくるゴブリン達の声にマイラスの目が細められる、やっぱりコイツ楽しんでやがる、人の女性だけかと思ったら鬼もか、てことは自分より弱い存在は全部対象って事なのか。最悪だなこいつ。
「領軍から配布された粗末な食料では、ラースト卿のお口に合わないでしょう」
「御心配は無用です、陣中に有っては特段の事情がない限りは兵達と同じものを食すべきというのが我が国の習わしゆえ、街中などでならともかく、『迷宮』内で贅沢など言えませぬ」
へー、意外とまともな規則が有るじゃん、てことはあのアクラスやパルスもあの硬いパンで我慢してるって事か。
「ところでラマイ子爵、再度尋ねさせて頂くがこれはどう言った事であろうか」
「はて、ああこの魔物どもですか、これは魔法の実験です。『氷筍陣』でどれだけの敵を倒せるか試したのです。私は氷系と風系の魔法が得意なので、こうして熟練度を上げませんと」
そういえばコイツの『鑑定』内容だと確かに氷と風は『魔道』レベルになってかなり強力な魔法も有るのに、他は『雷』『火』『水』だけ、使える魔法も『小雷弾』『小火弾』『冷水浴』『冷水被覆』だけか。
ほとんど練習にしか使えない実戦向けじゃない魔法だけの為に三つも属性を取ったのか、しかもどれも熟練度が異常に高い、なんに使ってるんだこんな魔法を。
威力も弱いから殺傷力も少ししかないよな、ゴブリンや村人相手だとしても一撃で倒せずに怪我をさせるぐらいしか……
まさか拷問用か、こいつだったらあり得そうだな『冷水被覆』なんて、水を操って一定範囲を覆うだけの魔法だから顔にかければ溺れさせられるし。そう言えばサミューにはどれも『耐性』が有ったよね、てことはこの野郎はサミューにこの手の魔法を。
(落ち着かぬか、『大規模討伐』参加中に起こった問題は、主催した者が責任を持って対処することになる、下手をすれば『大規模討伐』参加の騎士や兵士の大半を敵に回すことになりかねぬぞ)
クソ、いや機会はいくらでもあるはずだ。
「それは理解できますが、止めを刺さずにおく理由が分かりかねる」
さて、どう答えるんだ、楽しみの為なんて言えないだろう。
「これは私の未熟ゆえの事、一撃で仕留めるほどに威力を出せなかったためでして」
(あり得ぬの、あれだけの手傷を負わせて死なさずにおく方が難しいわ)
やっぱりそうだよな、いくらミムズでもこんな話を……
「そうか、それであれば止めを刺してから寛ぐ事をお勧めするが、手傷を負わせただけで魔物を残しておくと思わぬ逆襲を受ける事も有るゆえ」
なんだ、それで失敗した経験でも有るのかな、アニメとかじゃたまにある光景だけど。いやそれよりも早いところ移動したいな、これ以上コイツの顔を見てると手が出そうだし、アラ達も待たせてるし。
「ミムズそろそろ行くぞ、今日中にもう数回狩をするからな」
そうだよな、オーガ狩りが有るんだからこんな所でクズの相手をしてる場合じゃない。ほんとならここでミムズとくっつけたいところだけど。
「そうだな、では子爵、自分達はこれで」
ん、なんだマイラスの表情がいきなり険しくなったな、どうしたってんだ。
「ラースト卿、老婆心ながら言わせていただくが卿は貴族階級に名を連ねる騎士、冒険者ごときに好きに言わせておいては御家名に傷がつくのではないでしょうか」
おやまあ、悪役貴族のテンプレのセリフか、こいつらしいと言えばらしいが。
(これでもお主は高位神官じゃから、身分で言えばこやつと変わらぬのじゃがのう、とはいえ見た目は比べ物にならぬが)
うるさいぞ、とはいえミムズも気分を害したみたいだな。
「ラマイ子爵……」
何か言いたそうに口を開こうとしたミムズの肩をディフィーさんが押さえて、マイラスの前にでる。
「子爵閣下の御言葉を返すようで申し訳ありませんが、リョー殿にはこの度の『大規模討伐』においてミムズ様をご指導して頂くようお願いしております。その間は指導者であるリョー殿の指示に従うのは当然の事ではないかと」
あれ、何時の間にそんなことになってたんだ、しかも俺の指示に従うってミムズが相手だともう信用できないんだけどな。
「使用人風情が差し出口を挟むな、しかも冒険者の指示下に騎士が入るだとふざけたことを言うな」
おお、ディフィーさんを怒鳴るなんて命知らずな、いっそのことディフィーさんが食っちゃってくれないかな、この感じだとミムズにフラグは立ちそうにないし。
「ラマイ子爵、彼女は両殿下付きの侍女であり自分にとっては妹も同然、そのような物言いはご遠慮願いたい。またリョー殿に指導を仰ぐことはパルス殿下にも御承認いただいた事」
おいおい、今とんでもない事言ってなかったか、王女様の指示があったのかよ。
「くうう」
あーあー金髪碧眼の美形が悔しそうな顔をするってのは、傍から見てると面白い物だな、ざまあみろ。
(お主も機嫌が直ったようじゃの)
まあ、とりあえずはこの表情を拝めたから多少はすっとしたかな。
「では、我らはこれにて、『迷宮』内はどこに思わぬ危険があるとも限らぬ、お茶もいいがゆめゆめ油断されぬよう」
ミムズもイラついてるのかなそれだけ言って先に行っちゃったよ、遅れないように俺も行くか、なんか後ろに視線を感じるけど。
(どうやら、マイラスがこちらの方を睨んでおるようじゃのう)
まあ、あいつはミムズを狙ってったんだろうからな、あいつの視点からは俺が邪魔したせいで上手く行かなかったように見えるんだろうな。
「まったく、あの御仁は『迷宮』内だと言うのに何を考えておられるのか、騎士や貴族たるものは民の模範となるべきであろうに、それをこの炎天下の下で護衛の冒険者達を立たせて置きながら自分一人が日陰に座って軽食を取るなどと」
おーおー、ミムズが怒ってるよ、まあこいつはバカで考えなしだけど正義感は豊富だし性根は真面目だからな。元々マイラスとはウマが合わなかったか。
「ミムズ様は、ああいった貴族としての役目を果たさずに特権や贅沢のみを求められる方を毛嫌いされてますから」
ああ、たしかにそんな感じがするわ。
「リャーおかえりー」
半分近くが息絶えたゴブリン達の間を抜けて角を曲がるとアラが抱き着いて来た、ああ、この体温癒されるな。
「ただ今、アラ」
「リャー、怖い顔どうしたの」
あ、マイラスに腹を立ててたのが顔に出てたのか、不味いなアラを怖がらせちゃった。
「なんでもない、それよりも狩を続けよう変異種オーガを捕まえたらたくさん果物を買おうか」
「ほんと、アラねリンゴがいいの、あとねあとねお菓子も」
「果物でございますか、あ、あの旦那様……」
嬉しそうに笑うアラの後ろで、トーウがうれしさと不安をないまぜにしたような顔をしてるよ。
「お菓子もだな分かった、トーウの分ももちろん有るからな」
「わたくしもですか、い、いえ、わたくしごときお気になさらないでください」
いやさ、表情と言葉が合ってないからね、ほんとねそれじゃあいくら言っても説得力無いから。
「トーウ、仲間なんだから気にすることは無い、『大規模討伐』が終われば別行動をとっている奴隷達とも合流するが、彼女達にも普通の食事を取って貰っている、貴重な戦力なんだから遠慮する事無くしっかりと食べるようにしろ」
「しょ、承知いたしました」
さてと、それじゃあオーガを探すか、変異種はどこにいるかなー
「グギャ、ガギャ」
いたよ変異種、しかも三種類全部が数匹づつこれはお宝発見か、よっしゃ珍しくついてるぞ俺は。
(どうやら変異種は既に『型』が出来ておる様じゃのう)
(なんでだ、これだけ数がいるからか)
(それも有るが、『鑑定』するとどれもレベルが低いじゃろう、おそらくは発生したばかりなのじゃろう)
それはそれは、狩る側としては獲物が弱くていっぱい居るのはありがたい話だな。
(じゃが、それゆえに、面倒な個体もおるようじゃのう)
ん、なんだ、どうしたってんだ。
パワー・オーガ LV38
身体スキル 金剛力 格闘
戦闘スキル 破砕拳 引裂き
これは変異種か、いやどちらかと言うと上位個体かな。特殊能力と言うよりはレベルを上げて強くなったって感じだもんね。
「しかし、なんでこんな面倒そうなのが一緒にいるんだ」
(まあ、将来有望な個体を配下に置けば、他の群れとの縄張り争いで有利じゃからの)
青田買いって事かよ、なんだよそのどこぞの企業みたいな集団維持の戦略は。鬼の世界も大変なんだな……
「まあいい、多少の例外が有ろうと無かろうとやる事は決まってるんだからな」
一定の距離を確認してから足元の小石を数個拾ってポケットに入れて、一気に距離を詰める。
「グギャ」
「ガボッ」
ゴブリンズソードを抜いて、数頭の頭を殴りつけながらオーガ達の間を駆け抜ける。
「グララアアアア」
「ゴグルウアアアアア」
おー、怒ってる怒ってる、目の色を変えて追いかけてくるオーガの群れを確認してから『雷炎の指輪』を発動させる。
火の玉と雷撃をそれぞれ数発ずつ上空に放つ。
信号弾代わりになるなんて攻撃魔法って便利だね。
(ふむ、魔法を上空に撃って、現在位置や敵襲を知らせるというのは冒険者などで使う連絡方法じゃが、種類と数の組み合わせで細かい内容を伝えるとは)
あれ、てっきりあるのかと思ったんだけどな、少し考えればわかりそうだし、それに……
「この世界には狼煙や梯子乗りでの連絡も有るから、こう言うのも有りかと思ったんだが」
(どれも過去の『勇者』が持ち込んだやり方じゃのう)
あ、そうなの。まあ、モールス信号とか知ってたからヒントになったんだろうな、俺だってそれで思いついたんだし。
「グロロロアアア」
おおう、余計な事を考えてる場合じゃなかったな、怒り狂ったオーガに追いかけられてるんだし、しかもメイジもいるんだからさ。
「うおわあああ」
背後から放たれた三発の『火弾』を左に大きく跳んで避ける。
あぶねー、あのくらいなら数発当たってもすぐ回復するけど、足が止まったところを複数のメイジに狙い撃ちにされたりしたらシャレにならないし、その上囲まれて袋叩きにでもされようものなら。
オーガのパワーに加えて『毒』なんて食らったら『超再生』にガンガンMPを削られるだろうし、特にパワーの攻撃なんて普通なら一撃で即死だろうから数発でアウトだろうな。
「ウッロロロロ」
また魔法攻撃か、しかもタイミングと狙いをずらしてきやがった、脳筋のくせに、脳筋のくせに。頼むぞ俺の足と『軽速』、ここで当たったらアウトだからな。
右に跳んで広めの範囲に放たれた数発をかわしても、地面に付く直前の右足元を狙って次の魔法が飛んでくる、くそこいつら俺の足を潰す狙いか。
このままだとギリギリか、必死で足と爪先を伸ばし右足の親指が地面に触れたのを感じた瞬間に指先へ力を込める。
親指を曲げる力だけで数メートルも移動できるって、やっぱり『軽速』は便利だなー
「グロッラ、グラッガ」
くそ、また跳んだ瞬間を狙ってきやがった、とっさの事だから跳び過ぎたか、足はまだ地面に付かないし向こうの狙ってきたタイミングも絶妙過ぎる。
(ヒーラーの『知力上昇』が上手く働いておる様じゃが、お主も相手がオーガだと油断し過ぎじゃ、普段ならばこんな雑な避け方はしないじゃろうが)
う、反論できない、いやそれよりも回避だ回避。
右手で小石を前に放り投げ『軽速』の影響から外れたのを確認して、上から左手で叩く。
跳び箱の要領で石に当てた左手を支点に前方へと飛ぶ、よし回避した。
「ガッガギャ」
なんだ一気に体が吹き飛ばされた、これはまさか爆風か。
(ふむ、お主もゴブリン相手にやった手じゃのう)
ひょっとして、当たった際の威力よりも爆風を優先して放ってきたのか。
(『軽速』の弱点じゃな、今までお主の居た『迷宮』はそれほど強い風が吹いておらなかったからのう)
そうだよな考えてみれば、表面積だけ大きくて重量が無いんだから俺は風船みたいなもんなんだよな、ちょっとした外力で吹き飛ばされる。
クソ、とりあえず距離を取らないと、再度小石を使って飛び上がり、更に数個を足場にして一気に上空へと駆け上る。
よしこれでとりあえずは安全圏に……あ。
(お主の目的は囮として奴らをおびき寄せる事であろうに、完全に撒いてしまってどうするのじゃ)
えーと、ゴールデンウィーク中は更新が……
H27年9月27日 誤字修正しました。
H27年10月5日 誤字修正しました。




